第26話 君の心の雨が止むまで

ゆらゆら。

真っ白な世界に、ただひとり。

上下の感覚も無く、心地よい浮遊感に包まれて。

(ここは、何処?)

(オレは誰?)

(あぁそうか)

(オレは死んだのか)

目を閉じても、目を開けても、見えるのは白。

ゆらゆら。

あまりの心地よさに、ゆっくりと身を委ねた。

(あぁそうだ)

(約束したのに)

(……約束?)

(約束って何だ?)

(ずっと)

(ずっと、……。)

(ずっと、……なんだっけ)

音が一切無い空間で、自分の声が唯一の音だった。

(……いや)

(ずっと……)


『……ずっと。ずっと、傍に、いるから。』



見慣れた半分の世界に映ったのは、宝石のような、紅。

「気付いたか?!」

パッと明るい笑顔になると、紅い宝石は、そいつが後ろを向いたため、銀色の髪に隠された。

「おい、起きたぞ!」

「ホント!?」

バタバタと騒がしい音を聞きながら、レインは首だけ動かして辺りを見渡した。

埃っぽい部屋のソファの上に自分は寝ているようで、ランプの光がおぼろげに照らす室内にはコーヒーの良い匂いが立ち込めていた。

くん、元来コーヒー好きのレインの鼻が、無意識に動く。

(……いや、どうして)

こんなことしてる場合じゃない。状況は飲み込めないが、それより先に当然の疑問が口から零れた。

「どうしてオレは生きてるんだ……?」

それはとても、小さく掠れた声だったが。

「レイン! 良かったぁ、気がついて!」

今度は、深い青空が視界を塞ぐ。この状況は前にもあった。

名前も、覚えている。

「……チェリカ」

「うん、ちょっとだけ久しぶり」

「何で? オレ……」

自分は確かに、背中が切り裂かれる瞬間を覚えている。

そして、身体が冷えていくのも、意識が遠のいていくのも、覚えていた。

自分は、死んだ。

ならば、今ここに居る自分は何なのだろう。

「ああ、それはまだ、よくわからないんだけどね」

「は?」

「私たちにもさっぱり」

「でも一つ言えることがあるにゃ」

ひょい、レインの腹の上にガナッシュが飛び乗った。衝撃は無かったが、胃の辺りに不快感を感じる。

だが、心底嬉しそうなガナッシュを見てると、文句を言う気はうせた。

「へぇ……なんだよ、それ」

「レインは、運命に勝ったのにゃ! ホントならあのまま──」

「……ざけんな」

急速に、辺りの空気が冷めた。嬉しそうにしていたガナッシュも、怪訝そうな顔をチャリカと合わせる。

「ま、まあ、でも生きてるってことは良かったにゃ……」

「ふざけんなよ!」

突然のキツイ怒鳴り声にチェリカは身を竦ませ、ガナッシュはレインの上から退くとパタリと耳を伏せた。ルノも驚いたように目を丸くしている。

「何が運命だよ! 余計なことしやがって!! オレが喜ぶとでも思ったのか!?」



仮眠を貪っていたウィルの耳に飛び込んできたのは、何故かとても懐かしい声。

だがそれは酷く苛立っており、眠りの淵から引っ張り出されるのには十分だった。

ガバリと身を起こすと、まだ眠っているトアンと、コーヒーを淹れながら、サイフォンの前でうたた寝していて、自分と同じ原因で飛び起きたらしいシアングが目に入った。

さらには、脅えたようなルノとチェリカ、困ったような表情のガナッシュまで。


そして。

ソファの背に片手でしがみついているレイン。

「レイン……」

よかった、起きたのか。そう言う前に、肩で息をするレインを見て、先程の怒声は彼があげたものだと悟った。

「おいおい、そんな大声出して。傷は無くても、まだフラフラなんだから。ちゃんと休んだほうがいいにゃ」

「煩い!」

「う、煩いって……。なにそんなにカリカリしてるのにゃ?」

ガナッシュの言葉に、一瞬レインの言葉が詰まった。が、すぐに露になっている片手で片目を覆ってしまう。

まるで、それが泣いているような仕草に見えて、ウィルは居た堪れなくなる。

(うれし泣きってわけじゃ、ないよな)

「なんで……。オレに、オレに何しろってんだよ。どうせ真っ当に生きろとか、幸せになれとか言うんだろ」

「まあ……、そりゃ、そうだけど」

「笑わせんなよ! 今更、今更だ! オレにそんなこと許されると思ってんのかよ!」

「お前、何言ってんだよ!」

突然のウィルの声に、レインの肩がビクリと揺れた。

「お前……」

「覚えてるか? オレのこと」

ソファにしがみ付いたまま睨みつけてくるレインに、敵意はないと手をヒラヒラさせながら近づく。

「……。」

「オレは覚えてる。……レイン、あの時はなんも知らなかったけど、今のオレならお前のこと、少しはわかってるからさ」

「だから?」

冷たい言葉は、すべてを遮断するようで。

「許すも何も、しょうがなかったんだろ」

「……勝手に人の過去見といて、勝手なこといってんじゃねえ」


がたん!


大きな音を立ててレインが立ち上がった。

そして数歩も歩かないうちに、グラリ、その身体が傾く。

「!!」

「危ねぇ!」

レインはぎゅっと目をつぶったが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。

恐る恐る瞳を開けると、安堵したような表情のシアングがいた。

「傷はねえけどさ。体力が回復してないから、今は休みな」

優しい言葉とともに、強い力でソファに押し戻された。

「……ッ」


「泣かないでいいよ」


ポツリとチェリカが囁くと、レインの眉が僅かに上がった。何言ってんだ? その表情が語っている。

「レインは、ずっと泣いてる。それを隠して、それから逃げて。……もう、泣かないでいいよ。泣かせない」

まるで、お伽話のヒーローのようなセリフ。それがチェリカの口から出てくるのは何かおかしい気もするし、ふさわしい気もした。

「私たちが、傍にいる。泣かないで。……どう生きるかは、レイン。君が決めることだよ」

スッと手を伸ばして、流れていない涙を拭うような仕草をしてみせる。

まるで、そこには涙が流れているように。

「……は、意味わかんね」

「うん」

「向こう行けよ、邪魔」

「うん」

「……行けって」

「うん」

「…………ッ」


頼むから。

もうそんな綺麗な瞳で、オレを見ないでほしい。


「レイン……」

ウィルがそっと近寄ってくるのがわかった。そのまま、ソファに座らせられたレインの横に座り込む。


頼むから。

オレに、何も期待しないでくれよ。


「この、偽善者共……!」

噛み付くような言葉に、僅かに震えが混じってるのは気のせいじゃない。

レインは膝を抱えて、ソファの隅に丸くなってしまった。

「オレは、そんなこと許される人間じゃない」

震える小さい声が、そう言った。

「オレは。オレ、は、育て親も、親友も! 知らねぇヤツも、沢山殺してきたんだ!!」


それはがきっと、彼を縛っているもの。

全てが戻ったときに、重くなった罪の意識。

「オレは、アルライドを……、ハクアスを! 大事なもんなのに、自分の手で、この手で殺した!! オレは、……んんッ」

最後のほうの言葉は、くぐもって途絶えた。

一瞬、何が起こったのかわからず、レインは目を見開いたまま。

反論しようと口を開いたままのウィルは、複雑な表情になった。

「今は、休めって」

よしよし、と優しく頭を撫でられる。久しぶりの感覚。

そのぬくもりを近くに感じて、レインはやっと自分が抱きしめられてることに気付いた。

「お前に……何が……」

「これからのこと考えろよ。落ち着いたらゆっくり考えな。……さて、喉渇いてねえ?」

「……」

レインが口を噤むと、シアングはにっと笑みを浮かべてレインをそっと離した。

「チェリちゃん、水とって」

「りょーかーい」

パタパタとチェリカが走っていくのを見やって、レインは手元に視線を落とした。

その左手の小指には、決して落ちない黒のマニキュア──暗殺部隊『グングニル』の証が有る。

「……。」

先程までのぬくもりを思い出すと、不意に寂しさを覚えて、ガナッシュを抱きしめた。

「どうしたにゃ?」

「わり……」

「いや、いい。落ち着いたなら、よかったにゃ」

「はい、水ですよ」

戻ってきたチェリカから差し出された水を受け取って、一口流し込んだ。

冷たい水が、乾いた身体に染み渡っていく。

「ああ、あとね、レイン、これ」

「?」

ごそごそとポケットを漁って、少女が差し出したのは──指輪。

「! これ、何処で!?」

奪い取るように手にとって、マジマジと見つめる。

「レインが倒れてた部屋。」

「なんだ、それ?」

不貞腐れていたウィルも、興味津々と言った風に覗き込んできた。

レインの手の中で鈍い光を放つそれは、蒼い宝石が埋め込まれた指輪。割と大きめなサイズのようで、レインの指には合わなさそうだ。

「これは、……ハクアスの指輪だ。そうだ、ハクアスは!? あの部屋に居たか?!」

「ううん」

「居なかったよ、お前一人」

ウィルとチェリカが顔を見合わせて、頷きあう。

「オーラに連れて行かれたんだ」

「何処ににゃ?」

「……わかんねー」

はあ、考えるのに疲れたように、レインは深いため息をついた。


「お、サンキュ」

ルノにコーヒーを手渡され、シアングは笑みを返した。──が、ルノの表情は晴れない。

「何だよ、その顔」

「……。」

「ああ、大丈夫だって。レインはきっと──」

「お前は手が早い」

「へ?」

ルノの言葉は、シアングが予想していたものとは大きく外れていた。

「ああいうことばかり得意なんだな」

「……あー、そうか。妬いてんの?」

「違う!」

さっと桜色になった頬は、図星ということだろうか。シアングは苦笑をこぼすと、ガシガシと頭を掻いた。

「あー嬉しー」

「違うと言ってるだろ!」

ひょい、投げつけられたコップをかわし、手で掴む。

「危ねえな」

「私は」

自分の感情がよく理解できていないらしく、ルノが口篭もった。それでも視線は痛いほど真剣な目をしていて。

「……なんか、悪いことしちまった?」

「──あ」

「バッカじゃねぇの」

ふと聞こえた抜くまれ口に振り返ると、視線が合う前にレインがツイとそっぽを向いた。

「レイン、どういうつもりだ」

「ギャーギャーうるせぇな、お前」

明らかに不機嫌な様子でルノがレインに近づく。

なんとかしようとウィルが口を開きかけたが、ガナッシュの一瞥に押し黙った。

「今のお前じゃ無理にゃ」

「なんでだよ」

「さっきのこといい、お前の考えがまだ浅すぎるってことにゃ。」

ひらりとウィルの膝に乗ると、ガナッシュは苦笑を零し、小声で諭した。

「私はお前にどうこう言われる筋合いはない」

「……ふうん」

スッと白い手が伸びて、ルノの胸倉を掴んで引き寄せた。

互いの呼吸がわかるほど、至近距離になる。もう少しで、唇にだって触れられそうだ。

「な、なにを」

「一途ってことか? それとも単に男を知らねぇだけ?」

「レイン!」

ウィルの非難の声に、ちらりと視線を動かす。が、すぐにルノの瞳に戻した。

「まだまだガキってことか」

口の端に笑みが浮かぶ。

だがそれは、嘲る様な嫌な笑いで。

「何が言いたい?」

「……いや、何も言いたかねぇよ」

「なら離せ!」

正直この状況は、背筋に何か寒いものを感じる。

「そこまで」


グイッ


突然、第三者の力で引き剥がされた。

誰かなんてすぐにわかる。──シアングだ。

「ネコジタ君、まあ落ち着け。悪いな、こいつ世間知らずで」

「私が悪いのか!? まったく、なんて男だ!」

すぐさま反論するが、シアングは聞き耳をもってくれない。

「……。」

それが何故か、とても苦しくて。押し黙ったルノに追い討ちをかけるように、レインはシアングに微笑んで見せた。

それは、ウィルにとっても、強い劣等感を覚えさせた。それほどに綺麗な笑顔だったからだ。

そんな状況を見ながら、ふと、チェリカはシアングと視線が合った。

シアングは、何故か自信たっぷりな笑みを返す。

(シアング、気付いてる?)

(あぁ)

(大丈夫?)

(……結構厄介だけどな。ウィルとルノには悪いけど)

二人は目で会話をすると、こっそり苦笑を零した。ガナッシュが気付いたように見上げてきたので、チェリカは手を伸ばして彼を膝に乗せる。

ウィルとルノは気付いていないが、レインは内心必死だったのだ。混乱が収まらず、更に覆いかぶさってくる罪の意識に抵抗するために、ルノを怒らせ──ウィルの感情等は計算外だが──それを客観視することで何とか自分を保っている。

その身体を引き合いに、言葉巧みに情報を聞き出すこともレインは慣れていたので、いつも通りのそれをやって。

そんな彼の必死な抵抗に気付いたのは、ガナッシュはもちろんチェリカもで、シアングもだった。


(ウィルはきっと、レインを守りたいんだろうけど……。一方的な正義感はレインを反発させるだろうにゃ。相手を変えるだけじゃにゃく、シアングみたいに受け止めることができる男のほうが……)


ガナッシュはクッと苦笑を浮かべると、誤魔化す為に大きな欠伸をした。




深い闇の中に、一筋の光が差した。

それを見て、自分は運命を変えることができたのだと、歓喜の声をあげそうになる。

と、ヒラヒラと飛んできた蝶が、自分の肩に止まった。

(やあ、もう大丈夫だよ)

『この話の結末は、ほんの、少しばかり』

(!?)

突然の声に振り返れば、あったはずの光が消えうせていた。

(どうして!?)

『悲しすぎるかも、しれない』

ゾゾゾッと闇が押し寄せてくる。

くぐもった悲鳴を上げながら、どうして、なんでと考え続けた。

しかし、答えは返ってこなかった──

「うわあああ!」

ガバリと身を起こして、バクバクとうるさい心臓を押さえた。

一息ついて、自分はかなり情けない声を上げて起きたことを、今更悟った。

「トアン、起きた? よかった、ばったり倒れちゃうから心配してたんだ」

ひょこりと現れたチェリカの顔を見て、心臓がまた跳ねた。……さっきの嫌な感じではなく、心地よいものだったが。

「あ、あれ? オレどうして」

「レインのことがあった後ね、この部屋に来たんだけど」

そう言ってチェリカはぐるりと部屋を見渡した。トアンもつられて首を回す。

小さな部屋だ。明かりといえば天井に吊り下げられたランプだけだが、狭い部屋のため薄暗い程度。とりあえず簡単なキッチンと簡素なつくりのソファが並べられていて、ここが仮眠室兼休憩室といったところだろうか。が、部屋の隅にはった蜘蛛の巣はこの部屋が長年使われていないことを表していた。

「こっちこっち」

チェリカに言われるまま、ソファから降りて、数歩踏み出す。

そういえば、この部屋に入ったときは急激な眠気に襲われたが、今は足もフラつくことなんてない。

(疲れてたのかな)


「おい、大丈夫か?」

「うん。ウィルこそ平気?」

「ま、オレは……」

なにか難しい顔をしているウィルにそう答えると、ウィルは困ったような顔をして頭を掻いた。

さっぱり状況が飲めず、トアンがポカンとしていると、チェリカがこっそり耳打ちしてくれた。

「トアン、コーヒー飲むか?」

やや不機嫌な声で、ルノがコーヒーを差し出す。

「あ、う、うん、いります」

「ほら……顔色は良いな。良かった」

不機嫌だった彼の顔が、一気に綻んだ。やはり起きないトアンが心配だったのだろう。

そのルノの後ろで、シアングがひょいと肩を竦めて見せた。チェリカから聞いた通り、何だか関係がギクシャクしているようで。

そんなシアングに同情しつつ、すっと目線を下げるとソファに座っている少年と目が合った。


この騒ぎの中心、レインだ。


彼が兄とわかったことはとても嬉しい。だが、自分はほんの先程までその存在を知らなかったのだ。

どう話し掛けていいか、わからない。

「あ、あの」

「てめぇがオレを助けたんだろ、多分。」

「え?」

「そんな気がする。……生憎オレは、あんまり嬉しくない。正直迷惑だ」

「お前!」

あまりの言い様に、ウィルが反論した。

それを煩そうに一瞥し、レインは視線を落とした。

そこには、掌に乗せたハクアスの指輪がある。それを指にはめる訳ではなく、ただ見ていた。

「オレは、もうどこに行けばいいかわからねぇ。隊の連中もほとんど殺された。……生き残って、どうするかなんて、まだなにも考えたくない。」

ギュ、手が白くなるほどに指輪を握り締める。

「兄さん……」

「兄さん、なんて呼ぶな。気持ちわりぃ」

相変わらず指輪を見つめたままの兄の口から出たのは、これ以上ない拒否の言葉。

カッとしたウィルがまた何か言おうとして、シアングに止められているのが視界の端に映った。

「……お前」

「オレ、トアンです」

「知らねぇし興味ねぇよ、お前の名前なんか。……今度こんなふざけた真似しやがったら、殺す」

あんまりではないか。

少なからずショックを受けながら、トアンは今の兄の言葉を、頭の中でもう一度繰り返してみた。


『今度こんなふざけた真似しやがったら、殺す』


『今度こんなふざけた』


『今度』


「それって、オレたちと一緒に来てくれるってことですか!?」

「はぁ?」

「そっか! 『今度』ってことは、一緒に居ないと無理だもんね」

トアンの意思が伝わったのか、チェリカもポンと手を叩いてにっこり笑った。

目を瞬かせていたレインは、反論する気が失せたのか、ため息をついてソファに沈んだ。


「ありがとうって言わなくていいのかにゃ?」

わーい、喜ぶチェリカの腕から逃げ出したガナッシュが擦り寄ってきた。

「は……。何でだよ」

「今ここにこうしていること。……あんまり悪くないにゃろ」

「どうかね」

「またまた、素直じゃないにゃ」

「……。」

「なあ」

ふと聞こえた別の声にのろのろと顔をあげる。

赤い宝石が、自分を見ていた。

ルノは、まだ複雑そうな顔をしながらも、レインに向かってペコリと頭を下げた。

「なんのつもりだよ」

「……ハクアスがお前にやたら絡んでたのは、その……」

「お前が逃げ出したからじゃねぇ。……オレの言掛りだった」

以外にも素直なその言い草に、思わずクッと笑い声をこぼしてしまった。途端に向けられる、訝しげな視線。

「ふふ、す、すまない」

「何笑ってんの?」

「何か拍子抜けしてしまって……。……そうだ、レイン」

「あ?」

すっと伸びてきた手が、眼帯に触れた。

思わず身を引こうとするが、なんとかその場に止める。

「これ、外さないか?」

「……何でだよ」

「いや、その下の瞳が見たいなと」

「オレの勝手だろ」

「いやいや、取ってみるべきじゃん?」

突然、反対側からシアングの手が伸びてきた。

「ちょ、ふざけんなよ!」

離せ! そう言って暴れるレイン見て、シアングとルノの心に悪戯心が生まれる。

先程までのギスギスした雰囲気は何処へやら、二人は顔を見合わせてニッと笑った。

「取れ」

「命令すんな」

「取っちまえ」

「触るな!」

「レイン、さっさと取れ! きっと気分が変わるぞ? ……多分」

「肝心なとこがあやふやじゃねぇか!」

「一々キレんなよ。何? 特集──何故十代はキレるのかってやつ?」

「知らねぇよ」

もうほっといてくれ、といわんばかりに、レインはブンブンと首を振った。

「何故そこまで嫌がるんだ」

少し気の毒になったのか、ルノが優しく問う。

「……い」

「うん?」

「この下の瞳のせいで、いろんな人を巻き込んだ。これを取ったら、また──」

悲しそうな表情のまま俯くレインに、見かねたガナッシュが助太刀を出す。

「でもこいつらは、その瞳について咎めないにゃ。それどころか、受け入れてくれる。そうにゃろ、レイン?」

「……。」

「ルノの言うとおり、眼帯を取ればきっと気分が変わる。今まで自分を縛ってたものを、自分の手で捨てるのにゃ」

自分の手で。

そう言われて、レインの手がゆるゆると上がってく。

「それににゃ、このもみあげだって見たいって」

「変なこと言うなよ! このボロ猫!」


バリ


ガナッシュの爪がウィルの頬を掻いた。

「痛え──!!!」

「ボロとか言うなにゃ」

「私も見たいなー」

のんびりした口調でチェリカが割り込んできた。

「きっと綺麗だよ、レインのオッドアイ。両目合わせて夕焼けみたいになると思うんだよね、紫の瞳と朱色の瞳ってさ」

うっとりと夢見るように言うと、そっとその指が優しく頬に触れた。

「トアンも見たいよね」

「え、あ……」

「?」

「うん、見たいな。兄さんの瞳」

きっと不快な思いをさせてしまうから、オレと同じ、という言葉を飲み込んで。

レインは呆然と事の成り行きを見ていたが、やがてふっと息を吐くと勢いよく眼帯を取り払った。

その下にあった瞳は、閉じられていた。長い睫毛が震え、ゆっくりと開いていく。


蒼とは違い、藍でもない。

深海のようでもないし、空のようでもない。

蒼と紅という、相対する色の間──


トアンは今まで生きてきた15年間、自分の顔を見る機会はありふれていた。例えばそれは鏡であったり、水であったりと形は違うが、とにかく何度もあったはずだ。

それなのに、初めて見るような感覚だった。


レインの、瞳は──……


「綺麗ー」

「本当……宝石みたいだ」

満足したように笑い、チェリカが目をぱちぱちさせる。その横で、ルノも笑っていた。

「おおー、お人形さんみたいだぜ、ネコジタ君」

「うるさいな」

「兄さん……」

「視線がキモイ」

照れ隠しなのか、惚けた言葉をバッサバッさと斬っていくレイン。

久しぶりに見た両目での広い世界。気分は爽快──というわけではないが、少しだけスッキリした。

そして、心底嬉しそうなガナッシュを見ていると、更に気分が明るくなった。

──と。

惚けた瞳で、ウィルがボーっとこちらを見ていた。

正直あまりいい気はしない。

「なんだよ、人の顔ジロジロ見て」

怪訝そうに眉を寄せるレインに、ハッとしたように慌てた表情になった。

「あ、……ごめん」

「ふん」

「驚いたんだ」

「……は?」

「随分印象が変わって。」

「……それ、口説き文句?」

レインが妖艶な笑みを浮かべ、ウィルに手を伸ばしかけ──止めた。

「ンなわけないだろ!」

真っ赤になったウィルが可哀想だとか、そういうことを思ったんじゃない。

ただ、真面目過ぎる彼とは、きっと自分が合わないだろうと思ってしまったのだ。

それをすぐに隠すと、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「お前なんか相手にするわけないだろバーカ」

「何だと!? もう一回言ってみろ!」

「何回でも言ってやらぁ。バーカバーカ」



「さーて、そろそろいこうぜ」

十分すぎるほど休息を取った後、シアングが切り出した。

まだ休みたいとチェリカがブーイングをしたが、ルノがそれを宥める。

それを無言で見ながら、レインも立ち上がった。一歩踏み出した瞬間、また身体がフラつく。それをすぐに、先程と同じようにシアングが受け止めてくれた。

「……ッ」

「だーもう! ……悪いこた言わねえ。ここに残れ」

「は!?」

「倒れるぞ」

「構わねぇ!」

「まあまあ」

ガナッシュが割って入ってきた。

「確かに残ったほうがいいにゃ。傷があるという事実は無に還ったとはいえ、トアンの力はまた不完全。やっぱり体力が回復してないのにゃ」

「でもオレは……。オーラとの決着を着けねぇと……」

悔しそうに唇を噛むレイン。

彼を置いていく事は、できそうにない。意地でもついてくるだろう。

しかし、置いていかなければ、彼の身体はきっと……


「じゃ、オレが一緒に残るよ」

「シアング!」

「だってさあ、ルノは傷を癒さなきゃなんねーし、チェリちゃんは剣が聞かなかった場合魔法を使うだろ。トアンはそれこそ全員を見ながら戦えるし、ウィルのことはまだ良くわかんねーけどきっと頼りになる。ガナッシュは」

「オレはまだやることがあるからにゃ」

かりかりと耳の裏を掻きながらガナッシュが言う。

やることってなあに? とチェリカが尋ねる横では、ルノの顔が再び曇っていた。

それはそうだろう。

ほとんどの時間をシアングの隣で過ごしたルノ。幼い時はできるだけ、旅をするようになってからはほぼ毎日。

それが急に、一人になること。

──それと、もう一つ。

「お兄ちゃん、レインにヤキモチ妬いてるみたい」

チェリカが小さく呟く。

「え、そうかな」

「うん。だって、シアングさっきからずーっとレインのこと見てて、かまってばっかり。それで、さ。」

「ルノさん……。そうだったのか」

「そういうとこって一番素直になれないみたい」

どこか大人びた口調で、チェリカ呟いて肩を竦めた。

「だったらオレが残るよ」

「ウィル」

「……残りたい」

「や、駄目」

どこか必死なウィルの申し出は、あっさりとした一言の前に崩されてしまった。

「なんでだ!?」

「ホラ、そーやって熱くなる。……今のネコジタ君はきっとそれとぶつかる」

「でも!」

「あいつの為に何かしてやりたいのはわかるさ。……だから、ネコジタ君のために、ネコジタ君を殺したヤツを倒してくるんだ」

ぐっと作った握り拳を、コツンと合わせられた。

「ルノを頼む。チェリちゃんとトアンもな。……ウィル」

「…………。わかった」

ガツン、痛いくらいの勢いで拳が返される。

「そうと決まったらさっさと行こうぜ! まってろよレイン!」

「あ、待ってよウィル!」

ルノの手を取って、走り出したウィルを追ってトアンとチェリカも続く。

最後にガナッシュが、チラリと一瞥を送って走り去っていった。


「……うわ」

「おお」

すげー、と呟くウィルの声に、ルノの思わず零れた言葉が続いた。

それは、レインが倒れていた部屋の奥にあった。


床に大きな四角形の穴が開いていて、そこに階段がある。

階段といっても普通の大きさじゃない。一段一段の高さはとても低いが、広さが縦横それぞれ三メートルほど。そんな奇妙な階段が、暗闇に向かって続いていたのだ。

そして。

その階段には、赤い跡が──何かを引きずったような跡がついていた。

「これ……」

「ハクアスの遺体が無いってことは、おそらく……」

少し眉をしかめるチェリカに、ルノが呟いた。二人とも考えていることは同じらしく、あまり浮かない顔をしていた。


ハクアスの遺体は、オーラの手によってこの階段を運ばれていったようだ。

生々しいその跡に、思わずトアンも口元を押さえる。


「あんまり行きたくないなあ」

「そう言うな。……私も気が進まないがな」

「ま、ま、もうすぐ終わるから。付き合ってくれにゃ」

ガナッシュに促されるまま、四人は階段を降り始めた。


「……どうして」

「うん?」

「お前、残ったんだよ?」

「ああ」

温め直したコーヒーを両手に持って、シアングはレインの隣に座った。

飲む? と差し出すと、素直に受け取った。

「なんかさ」

「?」

「オレ、最初お前嫌いだったんだよねー」

「ふーん」

「なにしろルノのこと殺そうとしてたし」

「まあな」

コーヒーを少し口に含んで、すぐにカップから口を離した。

赤い舌がペロリと出されているところを見ると、火傷か、熱かったか……

「熱かった? ……随分興味なさ気だな、自分のことなのに」

「結構……。興味ないっていうか、今更だろ。事実は変わらねぇ。で?」

視線は、コーヒー。

シアングは、まじまじとレインの横顔を見つめた。

出会いは最悪。

自分のことにすら無頓着な彼を守ってあげたいとか、そういうことは思わない。

ただ。

出会いは最悪だったのに、いつの間にかそれほどでもなくなって。


以外に猫舌だったこととか、

口はとことんキツイところとか、

良い意味でも悪い意味でも、レインという人物は、シアングが今まで出会った人間にはいないタイプだった。

(まだまだ閉鎖的な世界にいたってことか)

自分は常識人だと少なからず思っていたので、そう気付いた今、少し寂しかった。

「……あのさ、ネコジタ君」

「それやめろって」

「いいじゃんあだ名くらい……あ、お気に入りのあだ名とか、あったん?」

「……」

沈黙は肯定だろうか。

「教えてくれよ」

「うるさいな、何だよさっきから。」

「いや、さ。オレ、お前とお近づきになりたいんだ」

「は?」

ぽかんとしているレインに、シアングはヘラリと笑う。

「……それ、どういう」

「あ、誤解しないでくれよ? お近づきになりたいってのはさ。友達になりてーなって思って」

「ともだち?」

「そ」

「態々作んなくてもいるじゃん、もう。お前の煩い仲間が」

「そのことなんだけどさ。……ルノは友達とかそういう感じじゃなくて、チェリちゃんは友達っていうよか手のかかる妹で、トアンは情けない弟、ウィルは弟の友達って感じで。よくよく考えたら、オレって友達って呼べるのいないんだよね」

「ふーん」

興味なさそうな返事と、どこか遠くを見る瞳。聞いているのかいないのかわからない態度すら、新鮮だった。

「歳いくつだっけ」

「……多分、16」

「オレの一個下か。やっぱりさぁ、友達になろうぜ?」

「……。」

其々違う色の瞳が、まっすぐにシアングを見る。ゆっくりと瞬きをし、どう答えるか考えているようだ。

(わりと今までの問いに答えてくれてるってことは、脈アリだよな)

期待に満ちた表情を隠して、酷くゆっくり感じる時間を耐え抜いた。

「…………。あぁ」

「ホントか!?」

思わず子供のように、目を輝かせて身体を揺さぶってきたシアングに、今度はレインが驚く番だった。

ただ、そんなに揺らすとコーヒーが零れそうだ、とぼんやり考えて。

「あーめっちゃ嬉しい!」

「あ」

「うん?」

「あだ名。教えてやるよ」

レインは、小さく微笑むと右手をカップから離して、シアングの褐色の頬に触れた。

「…………イバラの花嫁」

「イバラ??」

「ああ、昔アルがつけたんだ。最近は使ってねぇけど、オレは、あの時剣より鞭のほうが得意だったから。なんでイバラなんだかは知らねぇけどさ」

そういって、少し寂しそうな視線をコーヒーに落とした。

「……マジで、アルライドのこと好きだったんだな」

「どうかね」

「素直じゃねーなぁ」

呟いてから、シアングの頭に一つ疑問が浮かんだ。

(どうしてガナッシュは、自分がアルライドだって言ってやらねーんだろ。……レイン、こんなに寂しそうなのに)


永遠に続くかと思われた薄暗い階段の先には、小さな部屋があった。

壁の色は青。床も青。そしてその床に描かれた大きな魔方陣と、至る所に置かれた蝋燭の明かりが、この部屋の不気味さを引き立てる。沢山の蝋燭は、まるで人を死の世界に導くものようにすら見えた。

「なんか……重い」

ふらり、おぼつかない足取りで、チェリカが部屋の中に進む。

「チェリカ?」

「空気が、すごい重くて……。潰されそう」

ちらりと振り返ると、ルノも口元を押さえていた。ウィルさえも何かを感じ取り、辺りを見渡している。

「トアンはなんともないのか?」

「う、うん。全然」

「……そうか、お前は魔力をもっていないからか」

「魔力を? ……でも、普通の人間はもともと魔力を持たないって」

「僅かながらには有るんだ。尤も、それを使うことは難しいが」

「そうなんだ……」

漠然とした気持ちで、トアンは自分の手を見た。

魔法とは、未知のもの。特別な人間にしか魔力はない。

──そう信じて疑わなかった。だから、ただの普通の人間の自分に、それは存在しないと。でも今、真実を知り、トアンの心に疎外感が生まれた。

「そうだ! ウィルは?」

「あ、オレは今精霊だし。ルノやチェリカほどじゃないけど、何か感じる」

「……じゃあ、やっぱり、オレだけなんだね」

「お、落ち込むなよ」

「だってさあ、ううう、オレなんにも感じないし」

「わかったから泣き付くなよ! 動けねぇ!」


『ど……して……こ……こに……』


突然の声に、トアンたちは身を竦ませた。それも。その声というのもまるで、地の底をなにか引き摺りまわすような……おぞましいものだったからだ。

「オーラ……?」

ガナッシュが先頭に進み出て、小さな声で問いかけた。

肯定するように、部屋の奥に居た闇の塊が蠢いた。

「う、動いた」

「オレ、あれただの影だと思ってた……」

トアンとウィルが、其々ごくんと喉を鳴らす。

「どうしてそんなものになったのにゃ?」

『あ……ぁ……わ……たしは……』

ズルズルとしてしわがれた声に、チェリカが思わずルノにしがみ付く。

『お……おぉ……あああ……』

ぐにゃり、闇が広がる。ゆっくりと、ゆっくりと。

『も……じゃま……は……させ……な……い』

「な、なに……?」

脅えるチェリカを庇うように、ルノが杖を構えた。それを見て、トアンも剣を抜いて二人の前に立つ。

『おおおおおおお!!!』

「うわ!」

ゆっくりと広がっていた闇が、弾けた様に勢い良く成長した。

ズズ、嫌な音を立て、闇を突き破りながらオーラが──オーラだったものが顔を出した。

ドロドロに溶けた顔には、どろりと濁った虚ろな瞳。その額には、美しかった水色の髪の名残が張り付いている。その姿は──グロテクスな赤ん坊のようにも見えた。

「う……」

咽返る様な腐敗臭に吐き気を覚え、トアンは左手で口を覆った。

そうしている合間にも、オーラの身体は闇を突き破って、ビチャリと濡れた音を立てながらにじり出てくる。

白骨が見える腐った腕、そして下半身には、上半身と大きさがつりあっていない蛇のような一本の大きな足。巨大な鱗が鈍く輝き、その凄惨なオーラの顔を照らした。

「オーラ……姿が……」

「もう、人間ではない!」

愕然と呟いたガナッシュの言葉の続きを拾って、ルノが高らかに叫んだ。

「どうしてこんなことに?」

おずおずと見上げながら、チェリカ問いかける。が、返事は、ない。

「あ……」

「ウィル?」

「あ、あそこ」

震える指でウィルの指が指した先には、小さな祭壇があった。その上に、まるで神への供物のように捧げられたそれは──変わり果てたハクアスが居た。

オーラは引き摺ってきたハクアスをここに安置したらしい。

『ハクアス様は、連れて行かせない』

「な、なんだって?」

『渡すものか……渡すものか!』

その声とともに、地面を薙ぎ払うかのようにして、太い足が迫ってきた。

「跳べ!」

あまり運動が得意じゃないルノの手をチェリカが取って、しっかり跳んでかわす。

「戦うしかないにゃ! 皆、其々時間を稼いでほしい!」

「え?」

「俺がこの魔方陣に」

ピシャリと尻尾が床の魔方陣を叩いた。

「オーラを封印する」

「封印って、そんなことできるの?」

「多分にゃ。」

「信じていいんだな?」

不安そうなルノに、ガナッシュは小さく笑って見せた。

「勿論」



「けっこー元気じゃん……」

首に巻きついた鞭に顔をしかめながら、シアングが文句を言った。が、それはすぐに、よりキツく絡まってきた鞭によって呻き声に変わる。

「ちょ……うう、キツイって、マジ……」

「……。」

「ネ、コジタ君?」

「…………。」

レインは忙しなく辺りを見渡していた。

「ざわざわする」

「え?……あだ!」

ピシっといい音がして、鞭が解けた。呼吸は楽になったが、衝撃で首は赤くなっているだろう。

「嫌な感じ……何だ?」

シアングのことは一切お構いなしに、不安げにもう一度見渡す。

「落ち着けよ。どうしたの?」

「……」

「オレはなんにも感じないけど」

殺気もなにも……と呟くシアングの前で、無言のままレインは鞭を腰のベルトに着けた。

その仕草を見て、咄嗟に肩に手がかけられる。

「どこ行く気?」

「……」

「黙ってたらわかんねー」

「…………ガナッシュのところ」

「え?」

「行くんだ! このまま終われるわけあるかよ!」

ギクシャクとした走りでドアに駆け寄り、乱暴に蹴って開けた。

「待てって! おい!」

慌ててシアングも後を追って走りだす。


雨の音が、聞こえた気がした。



「はぁああ!」

勢い良く振り翳した剣は、鱗に滑って横に弾かれる。トアンが体勢を崩したその隙をオーラが狙ってきたが、逆にその狙いを逆手にとって、ウィルの槍が右目を潰した。

「トアン!」

『ギャアアアア!』

「ありがとう」

「いや。……さっきからこんなのの繰り返し。はあ、大分疲れたよ、オレ」

オーラが怒りに任せて突き出した手をさっとかわし、ウィルがぼやいた。

「オレの剣も、ウィルの槍も、チェリカとルノさんの魔法も……」

「全然効かないね」

額を押さえながら、チェリカが続きを言った。

「このままじゃ、体力ギレしちゃう。あ、お兄ちゃん、私掠り傷だよ」

「これは掠り傷とは呼べない」

「ルノさん大丈夫? ……さっきからオレたちの治療ずっとしてくれて」

「大丈夫だ……は、心配するな」

そう言うルノの表情は、一番疲労していた。額の汗を拭うとチェリカの腕の傷に再び治療を施す。

「ガナッシュ! まだ!?」

「ごめんにゃ、もうちょい……ッ」

「……お兄ちゃん、まだ大丈夫?」

「何故?」

「火の魔法と氷の魔法、一気に当てるの。そうすれば」

「成程。……よし。トアン、ウィル! もう少し頑張ってくれ!」

「わかった!」

心強い返事を聞き届けると、チェリカは兄の手を握った。

ルノは驚いた顔をしたが、すぐに小さく笑みを浮かべる。二人は目を閉じると、詠唱をはじめた。

「……闇深き其処から現われし紅蓮の竜」

「永遠と呼ぶべき氷結の時間……」

カタカタ、大気の震えに、トアンとウィルは顔を見合わせる。

が、その一瞬、ウィルに向かってオーラの爪が伸びた。咄嗟に槍を突き出してかわすが、ウィルを助けようと飛び出してきたトアンの背後に、爪が──

「おい!」

「!?」

襲い来るだろう衝撃に目をぎゅっとつぶるが──


ピシィ!


空気を切り裂くような音がして、衝撃は訪れなかった。

恐る恐る後ろに振り返ると、そこには。


「兄さん!」

オーラの腕に幾重にも巻きついた鞭。それを引いて腕を止めたのは、レインだった。

『邪魔を……』

ギリギリ、鞭が悲鳴を上げる。

「レイン、どうしてここに!!」

「オレは……オレがこなきゃ、終われない……」

呻く様な声。オーラの凄まじい力を押さえつけている為、元々万全ではないレインの身体は限界を訴えていた。

「兄さん……」

「弟だ」

「え?」

小さい言葉は、間違いなくトアンに向けられたものだった。

「多分、てめぇは弟なんだ。まだハッキリとはわかんねぇけど……だから! 守ってや」

『邪魔だぁ!』

ビチィ!

嫌な音がして鞭が引き千切られた。そのまま怒りに燃えたオーラの腕が、レインの細身を殴り飛ばす。

「レイン!」

トアンより先にウィルが駆け出そうとして──ほっと胸を撫で下ろした。

レインの身体はしっかりとシアングが受け止めていて、怪我はないようだ。

「まったく……無茶すんな」

「あ……」

「トアン! ウィル! 安心しな、大丈夫だ!」

シアングの声に、ウィルが槍を構えなおした。トアンも剣をゆっくりと上げ、オーラに斬りかかる。

ウィルがオーラの注意を引き、その隙にトアンの剣が残った目を潰す。

グニャリとした嫌な手応えを感じ、首を足場にジャンプし、苦痛に悶えるオーラから離れた。

その瞬間、蝋燭に照らされる部屋にチェリカとルノの声が響いた。

「今空の声に目覚め、その目で自ら狂い叫べ!」

「絶対零度の終焉に、時の狭間に凍りつけ!」


「ダイクルフレイマー!!」

「ハディアルランサー!」

カッと部屋に光が満ち、オーラの周りで爆発した。

『ギャアアアア!!!』

「す、すごい」

肉片を撒き散らしながら、両目を潰されたオーラは絶叫を上げた。

「チェリカ、ルノさんすごい!」

トアンが顔を輝かせて、未だ手を握ったままの二人に近づく。

──二人は、放心していた。

「ど、どうしたの……?」

「……知らない」

搾り出すような声で、チェリカが呟いた。

「え?」

「こんなの知らない、知らないよ、こんな魔法……」

カクリと膝を折って、チェリカが座り込んだ。握ったままの手に引かれ、ルノも座り込む。

「炎でも氷でもない、爆発なんて」

小さく震える彼女を見て、トアンは居てもたってもいられなくなり、自分も座り込んで目線を合わせる。

「チェリカ、落ち着いて──」

『うおおおおお!!!』

いつの間に起き上がったのか、雄叫びを上げながら最後の力を振り絞ってオーラが突進してきた。

「うわ! ガナッシュまだ?!」

「やれやれ……待たせたにゃ」

ちりん、首輪についた鈴が一声鳴いた。そして、足元にあった魔方陣が、模様に添って光だす。

強い風が小さな部屋に吹き荒れ、トアンは目をぎゅっとつぶって、思わずチェリカとルノを庇うように抱きしめる。


やがて、風が治まっていく。

「うお!!」

ゆっくり目を明ければ、すぐ側に石化したオーラの姿があった。

「い、石になってる」

「トアン、みえないー」

「え!? ああ、ごめん!」

ぱっと赤面しながら双子を解放する。と、レインを庇っていたシアングがニヤニヤ笑いながらトアンを指差していた。

「な、なんだよ」

「いやいや。まったく油断も隙もないですねー、ね、ネコジタ君」

「ガナッシュ!」

レインに話を振るも、さっさとシアングの手を振りほどいて、レインはガナッシュの元へと駆け寄ってしまった。

ソレを見て、今度はトアンがニヤリと笑みを浮かべる。


「ガナッシュ、お前、どうしてそんな」

「レインー、なんで来たにゃ」

「……あ」

「おあいこー」

「違うだろ」

「あららー。チェリカとルノ、大丈夫かにゃ?」

「……」

「多分、相反する属性の魔法が同時に、しかも双子の気持ちがシンクロしてたからあんな新しい魔法が生まれたのかと思うにゃ」

「確かにな」

「チェリカの感情が流れ込んできたんだ、さっき。……だがガナッシュ、」

ゴゴ……

ルノの言葉が終わらないうちに、地鳴りが聞こえた。

はっと身構えるトアンたちを、強い揺れが襲う。

「な、な、な、何!?」

「外でた方がいいんじゃねぇの!?」

シアングの言葉に、全員が階段に向かった。

オーラの石像が、ただ寂しく残された──


長い階段を登り終えると、辺りの光景にトアンは呆然とした。

壁は亀裂が入り、天井は崩れ始めている。間違いなく、崩壊していく。

チラリと、レインが階段を見た。

「ハクアスのことか?」

何気なく口にしたウィルの一言に、レインの瞳が揺らいだような気がした。──図星、だろう。

「……こっからでたら考えろ。時間がない、と思う」

「……。」

そのまま落とした視線の先には、ガナッシュの首輪にしていた黒いリボン。いつの間にか、随分とほつれてしまった。

しゃがみ込んで、リボンを解く。

「にゃ?」

「よし、……あとで新しいのつけてやる。……お前ら、魔法力の間通ってきただろ。そこから抜け道がある。」

外したそれを無造作にポケットに突っ込見ながら話す。首輪についた鈴の音が微かに聞こえた。

「じゃ、あそこまでいけば……」

ゴゴゴゴ!

再びの地鳴りに、チェリカの肩が跳ねる。

「うわ!」

「わ、わ、わ! いけば、脱出できるってこと!?」

「ああ」

「あまり遠くないしな。しかし急ごう、このままでは生き埋めだ」

ルノに急かされるまま、弾かれたように走り出す。

魔力がほとんど尽きているチェリカとルノの手はトアンとシアングがしっかり引いて、体調が万全じゃないレインの背中は、そっとウィルが押していった。

途中の揺れに足元を掬われそうになりながらも、なんとか魔法力の間に走る。



「ど、して……?」

息を切らしたチェリカの言葉に、トアンは返す言葉もなかった。

ようやくたどり着いた魔法力の間は、レインが言う抜け道も、トアンたちが通ってきた道さえも瓦礫の下に埋まっていた。

残ったのは、魔方陣だけ。

「は、そ、そんな」

「ネコジタ君、別の出口はねーのか?」

「…………。」

「マジかよ」

レインの無言の返事は、絶望を指していた。

「他に出口は?」

「ねぇよ」

「じゃ、このまま生き埋めかぁ」

「……やけに落ち着いてるなチェリカ」

呆れたようにルノがぼやいた。呆れる以外にこの状況をどうすることもできなかったからだ。

「お兄ちゃん、なんでそんなに焦ってるの?」

「な、なんでって……」

「大丈夫。なんとかなるって」

「なんなんだその自信……。出口はもうないんだぞ」

「だーかーら、天井に穴開けて、」

ずっずっずっ……

「!?」

床を這うような音に振り返れば、真っ黒な塊がこちらに近づいてきていた。

「なに?」

『に……がさ、ない……』

「オーラ!?」

その正体に気付いて、レインの瞳が見開かれる。

「……オーラ。もうやめたらどうかにゃ」

『お、まえ……は、……の瞳は……』

「!!」

オーラの言葉にいち早く反応したガナッシュが、さっと姿勢を変えた。

「瞳? 瞳ってなに?」

チェリカが首を傾げる。

「いや、大丈夫。……お前らはちゃんと逃げられる。」


ブン!


その言葉がおわらないうちに、足元の魔法陣が強く光った。円の縁に沿ってそれは光り、トアンたちを囲む。

──ガナッシュ以外を。

「ガナッシュ!?」

悲鳴のような悲痛な声で、レインが叫んだ。ぴったりと光りの壁に手を付ける。

「おい? なんのつもりだ!?」


「俺は、いけないんだ」


「え?」

「……なんだって?」

『まもの、のこ……やはり、おまえは……』

「──魔物の子?」

「…………。そう、俺は魔物の子だ。俺は、化物なんだ」

いつの間にか、その語尾から、彼をガナッシュと偽るための言葉が消えていた。

それに気付いたとき、トアンの背筋を冷たいものが流れる。

まさか。

「な、なに言ってんのか全然わかんねぇ」

徐々に状況を把握していき、カラカラに乾いていく喉で、なんとか声を絞り出すレイン。

「ずっとさ。俺、やっぱり俺なんか生きてちゃいけないんだって思ってたんだよね」

「……え」

「でもさ、違ったんだよね。俺にも生きる理由があったんだ。お前見ててさ、……そう考えるようになって」

「…………やめろ」

「まるで昔の俺みたいだったんだよ、初めて見たレイン。自分の存在理由がわからなくて、足掻いて足掻いて、それでも」

「やめろ、やめろやめろやめろっ! そんな遺言みたいな言葉聞きたくねぇよ!! なんだよ、なんでだよ! お前までオレを置いていくのかよ!!!」


ガンガンガン!


レインの拳が、光の壁を叩く。しかし、それは鈍い音を返すだけで。

普段の彼からは考えられないほどの取り乱し方に、トアンもルノも、シアングも。そしてウィルも、かける言葉が見つからない。──と。

「ガナッシュ! こっちきて!」

「チェリカ!?」

一つ、壁を叩く音が増えた。

「駄目だよ! このままじゃ……。今ならまだ間に合うよ!」

「……うん!」

必死な様子のチェリカはトアンにそう告げると、再び壁を叩き始めた。

トアンもそれに習い、思い切り壁を叩く。

(兄さんはまだ、ガナッシュをガナッシュだと思ってる。どうして本当のことを教えてあげないんだ!?)

──ふと隣を見れば、シアングもルノも、壁を叩いていた。

「ガナッシュ! こんなの、私は納得しないぞ!」

「おい早くこいよ! ネコジタ君悲しませんな!」

「こんなのってやだよ!」

「ガナッシュ!!」

今や鈍い音はさらに増えて、ガナッシュを呼ぶ声は強い願いだった。

しかし、ガナッシュはゆるゆると首を振る。

そしてスッと顔をあげたそのボタンの瞳には、深い緑色の輝きがあった。

「どうして……」

爪は割れ、ボロボロに傷ついた手が、力なく滑り落ちる。

「兄さん」

しゃがみ込んで項垂れるレインの肩は、震えていた。

「嘘だろ……? なんでだよ、なんで。お前がいなくなるんだよ、くそ……。 畜生、これは、償いなのか……? 今まで、オレが殺しすぎたから? だからハクアスも、アルも、ガナッシュも…………」

嗚咽をあげながら、紡ぎだされる言葉。レインは、泣いているのだろう。


諦めちゃ駄目だ、とか

まだ間に合う、とか

兄さんが諦めてどうするんだよ、なんて。


そんな言葉、今の彼にかけられる筈ない。

ガナッシュとの付き合いが一番長い彼が、アルライドとの付き合いが一番長い彼が。

ボタンの瞳の奥に、強い決意を見てしまったのだ。

そっと顔を覗き込むと、驚いたことに流れているはずの涙はそこにはなかった。

どう見ても、彼の仕草は泣いているようなのに。

「……結局、レインの涙、取り返せなかったな」

「いらない、そんなの、……わけわかんねぇよ……」

「ね、聞いて? 俺がレインのとこにきたのも、こうなるのも。最初から決まってたんだ。……これは、俺に対するチャンスでもあった」

「チャンス……?」

「ぬいぐるみの姿で、お前の運命から動かすこと。そのために俺の身体は作られて、三つの力がこめられたんだ。一つは過去を視る力、二つ目は封印する力。」

トアンはぼんやりと、レインの過去を視たときにそんなことを聞いたことを思い出した。

「最後が、……心繋ぎ。空間と空間を繋ぐ能力。レイン、俺のこんな力もこの姿も、レインの父さんが願ってつくったんだよ」

「親父……」

「そう。レインを巻き込むつもりはなかったから、その修正を」

「じゃあ、お前とオレを引き離すのも、親父が仕組んだのかよ!?」

「ち、違う」

「なにが違うんだよ! お前のこと、使い捨てみたいに! ……お前とオレはともだちだろ? なのに、なんでこんなに扱いが違うんだよ!」

「……その気持ち、とても嬉しい、にゃ」

ニコリと微笑むガナッシュを見て、レインの肩が揺れた。

そして、レインの掌に、壁越しに前足を合わせる。

「レインは魔物の子として生まれた俺に、生きていく理由をくれた。」


「レイン。顔あげて」

「……。」

「……俺は、ずっとずっと傍にいるから……。」

小さく呟かれたその一言に、レインの目がゆっくり見開かれていく。

「お前……」

「うん?」

「……まさか、」


「アルライド…………?」


レインの震える唇が、ゆっくり名前を呟く。

その瞬間、ガナッシュの後ろに光が集まってきて、人の形を作った。少し撥ねた黒髪、優しげな深緑の瞳。半透明で、後ろが透けて見える肌。

トアンが出会った、17歳のアルライドだった。

「あ……」

「ごめん。俺は、自分勝手だ。」

衝撃に喉を貼りつかせるレインと、辛そうに顔を歪めるアルライド。

「ガナッシュで終わるつもりだったのに、きっと、レインなら、ああ言えば気付いてくれるかなって思って」

「忘れられるわけねぇよ、……お前の最期の言葉だから」

「今まで黙ってて、ごめん」

「あやまんな。……アル、オレは、お前を二度も見殺しにするのか?」

「レイン……」

「そんなの嫌だよ、嫌だ。アル、頼む、オレをもうおいていかないでくれ」

小さく、消え去りそうな声。

アルライドはふっと視線を逸らしたが、手は重ねたまま。

「──会いたかった」

ポツリ、独白のように搾り出されたレインの言葉。

「もう、離れるの、嫌だ」

「レイン」

「おいてかないで」

頼む、お願いだ、アル、決して叶わない懇願が、壁に阻まれる。

「お前がガナッシュでも、アルでも、オレはお前が……ッ」

「レイン、もう言わないで。」

アルライドの瞳は、トアンが見てもとても優しかった。

「最後の俺の力は、俺のこの身体を使って発動させたんだ。……負担が大きすぎて、魔方陣じゃ無理だから、さ」

「アル」

「俺、自己満足で自分がアルライドだったって言ったけど……レイン、自分の道を見誤らないで」

「アル!」

「……きっと、俺はレインの『気持ち』に応えられない」

静かな声の拒絶に、レインの呼吸が詰まった。

「レインのことは、凄いすき。……でも、レインが俺に向けてる『すき』とは違う」

ぎり、歯をかみ締める音。

「レイン、ハクアスは俺に妬いてた。だから、全部が全部、誰か一人のせいじゃないんだよ」

アルライドが指を絡める仕草をする。ただ、壁を掻く結果になったが。

「ひとのこころは、難しいから」

「簡単に言うな。そんな、オレは、お前のこと」

「どう思ってたの?」

「……。…………すき」

「うん」

「アルのこと、すきだ」

「うん」

「アル!」

「……レイン」


『ずっと。ずっと傍に、いるから。約束だよ!』


アルライドが叫んだ瞬間、足元の魔方陣からの光がトアンたちの身体を包み始めた。

「なに?」

光はじわじわと、トアンたちの身体を分解していく。慌てふためいたトアンたちだが、アルライドの優しい瞳を見て、無条件に安心できた。

凛とした声が、響く。

「トアン! 約束しただろ! なにがあっても、レインを此処から連れ出すって!」

その言葉に、トアンはキッと顔をあげた。そのまま抵抗するレインの手を掴んで壁から引き離す。

「嫌だ、嫌だ! 離せ! アル!」

「ごめんなさい、兄さん……!」

「こんなの嫌だよ! お前がいないなんて、嫌だ!!」

「手伝う!」

一人じゃ耐えられなかったが、ウィルとシアングも協力してレインを引っ張ってくれた。チェリカとルノはアルライドにもう一度視線を向ける。

手が、壁から離れた。

「それじゃあね、レイン」

バイバイ、本当に優しく笑って手を振るアルライドの笑顔。


「アルライド──ッ」




レインの悲鳴のような叫び声を残して、辺りは静まり返った。魔方陣の光は消え、一瞬で明かりを消したように暗くなる。

アルライドは──ガナッシュは、オーラに向き合った。

『にがしたか……』

「レインを追わせるわけにはいかないんだ」

『……』

「俺? 俺はこれで満足してる。すきだったけど、大きな意味でね。だから、」

ゴゴゴゴ!

大地がゆれ、大きな壁の塊が崩れ落ちてきた。

『ここで、朽ちるのか』

「……さぁね、俺は魔物の──誕生の守護神の力を受けてるから。また、案外生き返るかも」

『私は……』

「オーラは、ちゃんと生き返れるよ」

ガナッシュはカリカリと耳の後ろを掻くと、魔方陣を一瞥した。

「次に会えたら──レインは俺に、欲しかった言葉をくれるかな?」

それに対する答えは、もう得られない。

ガナッシュは建物が崩れる音から逃れるように、そっと目を閉じた。




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