第24話 そして、君のためにできること
「何してるんだ二人とも」
「うわ!! 」
突然ルノから話し掛けられ、ドアに耳を張りつけていたトアンは縮み上がった。チェリカも振り向いて、お兄ちゃん、と笑う。
「呆れた、そんな悪趣味な真似を……。なあ、トウホとシロが買い出しで近くの町まで行くらしい。『お前ら、どーせここに残るなら留守番してくれよ』だとさ」
結局随分居座ってしまってるな、ルノが笑う。
「そーだねぇ。いつぐらいに帰るって?」
「明日か明後日。シロに乗っていったから案外早いんじゃないか。……ところで、その、彼は起きているか? 」
「彼? 」
「……レインのことだ」
「起きてるよ。お兄ちゃん、ほら、挨拶できる? 」
「無論だ」
「じゃ、いってらっしゃい。私とトアンはここで待ってるよ」
「うん。……あ、ちょっと怖いけどいい人だよ」
トアンの語尾が少し引きつってるのは気のせいだろうか。
「……? 」
首をかしげながらルノが部屋のドアを開ける。
「なあ」
「うわ!ルノ!びっくりさせんな! 」
「……何してるんだ二人とも」
「別になんもしてねぇよ」
「シアングー!!! 」
「いや、誤解ですよ!!? 」
「うるせぇなあ」
「……案外打ち解けられたみたい」
「うん……」
(何が起こってるんだろう……)
ドアが閉まった直後に聞こえてきた騒ぎに、チェリカがくすくす笑う。トアンは肩をすくめて見せた。
「よかった。ね、レイン、すっごいいい子でしょ? 」
「うん。すっごいいい子だよね」
「でしょー? 」
無邪気に笑うチェリカを見ていると、先ほどまでの自分の考えに胸が痛んだ。
「レインさん……暗殺者、やめられないかな」
「そうだよねー」
それは無理、と言うことは薄々感づいていた。なにしろ、彼の左手の小指に塗られた、黒のマニキュア。
あれは、暗殺部隊の隊員の証。
どうしても、落とすことができなかったのだ。
「私たちと会う前は……レイン、笑えたのかな」
「え? 」
「あ、いやさ、自惚れるつもりはないんだけどね。今まで、暗殺部隊なんかにいて、レイン、幸せだったのかな」
「そんなわけない。と、思う。だってさ、人を殺す仕事して、幸せになれるはずない……よ。そりゃ、例外はあるけど」
「……そうだよね」
「大事なのは、『レインさん』が、どうしたいか、だ」
トアンが立ち上がってドアノブに手をかけた。
「それに、オレたちができることがきっとある」
それを聞きながら、チェリカは顔を綻ばせた。
「ねー、レイン。やっぱりさ、これからも一緒にいようよ」
「……」
「ね? ね? ね? アリスの箱庭に帰っちゃダメだよ」
「…………。そんなこと……」
チェリカの必死な説得に、レインの顔が僅かに動く。
トアンはむくれたルノとどこか気まずそうなシアングをチラリと見て、チェリカに加担した。
「レインさん。確かにオレたちは頼りないかもしれませんが、あ、ごめんなさい」
意気込みのあまり、トアンが身を乗り出すと、反射的にレインの手が右目を押さえた。
自分が近づくと右目が痛むようだ。だが、その目を押さえるその顔は、どこか申し分けなさそうだった。
「……オレ、は。」
掠れた声が搾り出された。
「オレは、帰らなくては」
「どうして?! 」
「……待ってるんだ、ともだちが」
「ともだち?」
コクリと頷く。
「ああ。せっかくだけどな」
鋭い眼光が僅かに緩み、チェリカの頭をそっと撫でた。
「だから──」
ガシャーン!!!!
部屋中の窓ガラスが割れて降り注いだ。
トアンは咄嗟にシーツでチェリカとレインを庇う。
シアングが身を屈めてルノのことを庇ったようだ。
「な、なんだ?」
「……!」
放心していたレインが、ガバリとトアンを押しのけ立ち上がる。
「レインさん!まだ動いちゃ!!」
「お前らここにいろ! 」
トアンの言葉を待たずに、レインが声を荒げた。そのまま右足を庇いながら窓から飛び出す。
「レイン!! ……トアン、外いこう!!」
「うん!」
チェリカと目を合わせて頷き、駆け出す、が。
「チェリカ!窓から出ちゃ駄目! 」
「だって玄関遠いんだもんー」
「駄目だって! 」
「はーい」
渋々窓から離れるチェリカと再び頷きあい、今度は二人そろって駆け出した。
「シアング、私たちもいくぞ」
「お前顔真っ青だぞ? 」
「いや、私はいい。レインを、彼を止めよう」
(まさか。まさか……。この雰囲気……)
ツンと鼻をつく薬品の匂いに、ルノは口元を押さえた。
立ち尽くすレインの前に、三頭のペガサスが小屋の前に舞い降りた。
一頭には女性。もう一頭には白衣をきた男。そして最後の一頭には、誰も乗っていない。
「あっはっはー、レイン君。君がこんなに遅いんで、迎えに着てみたよ。……怪我してたんだね、かわいそうに」
「……ハクアス」
「ふふ、どうしたの?そんなに怖い顔して。さ、早く帰ろう」
「……ッ」
『ずっと一緒にいようよ』
不意に、頭に響いたチェリカの声。
だが、ここには、
「帰る。帰るよハクアス」
焦げ茶色の髪を揺らし、ハクアスと呼ばれた男は嫌な笑いをした。
「ふふふ? てっきりいやだって言うかと思ったんだけどな」
「帰りたい」
「ん? それにその格好。かーわいいね」
「ハクアス!聞いてんのか! 」
早く、この場から立ち去らなければ。
……ルノが見つかってしまう。
いつもなら別に何も、思わないこと。
しかし……
「レイーン!!!!」
「!!」
ハッと振り返ってみれば、トアン、チェリカ、シアング、そして──ルノ。
その顔を見た瞬間、ルノの顔が恐怖に変わった。
ハクアスといえば、ルノを見て、口の端を持ち上げる。だが、
「ルノちゃん、お久しぶり」
「……」
「レイン君、僕にルノちゃんを見つけさせたくなかったんだね?僕がルノちゃんつれて帰っちゃったら、お仲間が悲しむと思って」
「違う」
咄嗟に出した声は、驚くほど頼りなかった。
「なぁなぁ……誰だあいつ? 」
こっそりとルノに耳打ちするシアングに、ルノは不安げに答える。
「ハクアスだ。アリスの箱庭の研究者で、主に合成獣と呪術の研究をしてる奴だ。そして──おそらくレインも所属している、暗殺部隊『グングニル』の隊長格」
「ふーん、なるほどね。で、お前はなんで怖がってんだ」
「別に……いや、……。あいつは、ハクアスは、狂っているんだ。なんというか、自分の興味があるものを、守って、育てて、……壊す。私も、んっ」
ピタリと唇に当てられたシアングの人差し指により、ルノの言葉は止まった。
「……いい。言うな。おいおっさん! 」
「ん、だぁれ君」
「オレが誰だろうと関係ないだろ。……あんたさっき、ルノを連れて帰るっていったな。言っとくけど、こいつの居場所はここ。あんたんとこにはねぇの! 」
「シアング」
「へっへっへ。惚れちゃった? 」
「んなわけあるか! 」
「……うっさいなぁ。やれやれ今日は頭にくることばっかりだ。うるさい男はいるし、肝心のレイン君の傍には、……まあ」
丁度、トアンが困惑しているレインの手を引いているところだった。
「例のあの子がいるみたいだし」
ドン!
「うわっ」
「ッ! 」
強い力で突き飛ばされ、トアンは地面のうえを転がる。
「やめてッ! 」
チェリカの悲鳴に起き上がると、倒れているレインに小型の武器を向けている。
(今、オレ、まさか……)
あの、突き飛ばされた感覚。
庇われた──……?
バンバンバン!!
「うああああッ!! 」
ハクアスが引き金を引き、レイン目がけて──いや、レインを庇うように飛び出したチェリカ目がけて、何かが飛んでいく。
が、それはチェリカを押さえ込んで庇ったレインの背中に命中した。
「レイン君。またそーやって、君は僕に妬かせる気だね」
何がおかしいのか、クスクス笑いながらハクアスは言った。
「くそ!」
シアングは駆け出すと、レインをチェリカごと引っ張って後ろに庇った。
その横で、スッとルノとトアンも構える。
「渡さない」
トアンは、自分でも驚くほど、この状況で静かな声が出た。
「この人は、渡さない! ルノさんだって渡すもんか!」
「同感だぜ! アンタみたいな変態やろうのとこに、レインもルノも渡せねー!」
「レインの居場所だって作ってみせるさ。……勿論、私たちのところにな。もう、お前のところには帰さない!」
「……ああ、欝陶しい。とことん僕の邪魔するんだね君たち。帰さない? 渡さない? なに言っちゃってるんだいホントに。……しかも、トアン君。君がここにいるし。どいてくれない? 昨日今日あったばかりの人間を、そこまで庇うことないでしょ」
「昨日今日じゃない。前にもあってる」
「……前にも? 」
ハクアスの眉があがる。
「港町のことかい? 」
「関係ないだろ! 」
スイ、ハクアスの右手がトアンたちから外れ、後ろに待機していた女性に向けられる。
「!? 」
「オーラ。僕に嘘ついたね?……あの時、レイン君はトアン君に会っていたようだ」
「ハ、ハクアス様、私は」
「煩い」
パン
軽い音がした。
圧縮された空気が女性の体を仰け反らさせ、水色の髪が風に揺れる。
「こいつ!! 味方にまで! 」
シアングが噛み付くように言い放つ。
ハクアスはまったく興味無さそうに鼻で笑い、トアンに視線を戻した。
「やっぱりね。前の任務から戻ったレイン君、なんか様子変だったから、おっと」
怒りをまとった刄を小型の武器でやすやすと受けとめ、ハクアスがトアンを嘲るように笑った。
「ま、君は殺せないんだけど。どんなに殺したくとも」
キン!
容易く弾かれた剣によろめくトアンの脇をかけぬけ、ハクアスはシアングに一発、続けて二発打ち込んだ。
「……ッ」
「シアング!! 」
「ふふ、弱いね。……仮にも僕は隊長だよ?話にならない」
「もうやめて!! 」
「煩い。女は嫌い」
パン!
「……ッあ」
引きつるような声をあげて、チェリカの体が硬直する。
そしてそのまま、パタンと倒れた。
「チェリカ、──チェリカ!!! 」
駆け寄ろうとしたルノの足元とトアンの頬を、空気弾が擦る。
「ルノちゃん、帰っておいで。これ以上の犠牲はいやでしょ? 」
「……ッ」
ハクアスの手が、ルノにのびていく。が、それはぴたりと止まった。
トアンの剣を受けとめるのに体を反転させたからだ。
「まったく君もしつこい。キーク様の命令さえなけりゃ殺してやるのに」
「父さんの……ッ? 」
ギギギ、ぶつかり合う武器が嫌な音をたてる。
「ふふ、何も知らないみたいだね。結構ヒントあげたんだけど」
「……ううっ」
ふと、トアンの視界の先で、シアングが体を起こした。そしてルノの背中を押す。
「ルノ、今のうちに行け」
「だ、だが」
「チェリちゃんもトアンもみんな守るから……早く、逃げろ! 」
シアングに背中を押され、ルノが走りだす──いや、走りだせなかった。
ハクアスの何も持っていなかったはずの左手に、右手と同じ小型の武器が握られていて、シアングの頭を的確に狙っていたからだ。
それを、シアングは知らない。
「ルノ……!?なにやってんだよ! 」
「……あ」
狼狽えるルノ。
「わかった!もうやめろ! 」
レインが声を荒げ、風のような早さで走ってきた。
そしてルノの腹を殴る。
「……うッ」
「レイン!? 」
シアングが非難の声をあげる。気絶したルノをハクアスに向かって投げると、それを易々と受けとめるハクアス。
「……レイン君? 」
「帰る」
「ふふ。じゃ、いこう」
「レイン!どういうつもり!? 」
トアンが追い縋る。こんなの悲しすぎる。それに納得いかない。
めんどくさそうに武器を向けたハクアスを──レインが急かした。
そのまま彼は感情を殺した顔でトアンとシアングの体を蹴り上げる。
あまりの衝撃に、息がつまった。
「ゲホッ」
「……ッツ、チェリカが悲しむよ!ねえ、行かないでよレイン! 」
「……」
声だけは追い掛ける。レインは、なにも答えない。
「じゃ、ね。トアン君」
ルノを担いだハクアスがひらひらと手を振り、無人のペガサスをレインに引き渡した。
レインがまたがると、三頭のペガサスは上空に舞い上がっていく。
「待って、待って!! レイ──ン!! 」
トアンの声が、森に響いた。
「レインのヤツ……最初っからルノ連れてくつもりだったんだな」
割れた窓は適当に修復され、胸騒ぎがするといって早めに帰ってきたトウホに手当てを受けながらシアングが呟いた。
トアンは反論ができなかった。何故なら、自分もよくわかっていなかったからだ。
「いや、それにしても俺見つかんなくて良かった。ほら、俺、一応脱走者だし」
トウホが場を和ませようと笑う。が、それは逆効果で。
「……」
重い沈黙が、圧し掛かった。
「どうかな」
「チェリカ」
不自然なほど落ち着いたチェリカの声に、トアンは驚きを隠せない。
彼女は先ほど意識を取り戻したばかりだが、状況は飲み込んでた。
「だっておかしいよ。レイン、帰ろうと思うなら、私たちが外に行く前に帰れたはずだもん」
「だからそれは!ルノが出てくるのを」
「そうかもしれないけど!」
「そうにきまってる!」
「~、シアングはちょっと黙って!!お兄ちゃんのことから離れて!」
猛然と返していたシアングが言葉に詰まった。
その顔には、『何を言ってんだ』という疑問の色が強く浮かんでいた。
「でもチェリカ、悔しいとか思わない?やっと見つけたお兄さん、連れて行かれたんだよ? 」
「思うよ。悲しいって。でも、でもレインが出てきたあのタイミング、よく考えてみてよ。あのままレインが出てこなかったら、私たち、」
チェリカが続きを飲んだ。
ハクアスとの力の差は歴然だった。それでも抵抗していたのだ。もしあのまま戦闘が、いや一方的な残虐が続けば、自分たちは。
トアンは助かったかもしれないが、シアングとチェリカは、今ここで話し合うことができなかったかもしれない。
ゾッとしたトアンが顔をあげるのと同時に、チェリカが再び口を開いた。
「……。ね?そうだとしたら、レインが急いでたのも」
「オレたちを守るため……? 」
あの、去っていく後姿が脳裏に浮かんだ。
「オレは納得できねぇ」
憮然として言い放ったのはシアングだ。
「シアング」
非難の声をチェリカがあげる前に、シアングが続けた。
「だから、オレは自分の目で確かめる。……あいつが何考えてたのか、っての。」
ニッと笑ったその顔は、先ほどまでの彼とは違う。
いつも通りの、シアングだった。
暗い牢獄のなかで、ルノは膝を抱き寄せた。
寒い。
薄い毛布一枚では、どうにも耐えられるものではない。
「寒い……」
コツ、コツ、コツ……
ブーツの音が響き、誰かが近づいてきたのを知る。
暗闇から溶け出すように、漆黒の服を纏った少年が歩いてきた。クリームに近い淡い金髪、右目を隠す眼帯。レインだ。
両手にトレーを持ち、湯気がたつ食器を並べていた。
「レイン」
僅かな期待に顔を上げたルノを見ずに、レインが食事を差し入れる鉄格子の小さな入り口をあけた。
「飯」
「……」
「受け取れ。手が疲れる。……頭からぶっかけるぞ」
脅しなのか本気なのかはわからなかったが、トレーを受け取った。ルノが酷く落ち込んでいるのは、すぐにわかる。
なにしろトラウマを引き出すこの場所に、目覚めたらたった一人で、仲間と引き剥がされて連れてこられたのだ。……それが仲間が助かる最善の策だとしても。それに、レインの冷たい態度。少しだけ見てしまった穏やかな一面に、そのギャップについていけない。
以外にも豪華な食事にまったく手を付けないルノにレインはため息を溢した。
再び黒い服を纏っているレインは、冷徹なイメージを与える。一瞬見せた暖かな表情は、今、一切ない。
「……ガナッシュ、ここでこいつ見張ってろ」
レインの肩の辺りの闇が動き、一匹の黒猫が飛び降りた。
あまりの言い草に文句を言おうとしたが、レインはさっさと闇に戻っていってしまった。
再び辺りは静寂に包まれる。ルノは、鉄格子の隙間から見える青緑色の瞳と目があった。ガナッシュ、だろう。
「お、おいで? 」
「にゃー」
恐る恐る呼んでみると、黒猫は鉄格子の隙間に顔を押しつけ、牢のなかに入ってきた。
多少ヨタヨタしながら、子猫はルノのもとへ近づいてきた。
暗がりから、頼りなげにゆれる蝋燭の明かりの下にでてきたところで、ルノは目を見開く羽目になる。
なんとその子猫は──子猫だと思っていたものは、小さな小さな、それもくたびれた猫のぬいぐるみだったのだ。
「な、な、なんだ、お前──」
「驚かしちまったかにゃ?お前さん、名前を尋ねるときは先に名乗るものにゃろ? 」
「しゃ、喋った……?! 」
口をパクパクさせて喉を引きつらせるルノをみて、子猫はため息を一つ。
「なんにゃ、案外頭固いんだにゃ。もっと不思議なこと、今まで見てきたにゃろ?今更ぬいぐるみが喋るくらいで驚くにゃんて」
「生憎そんなぬいぐるみ持ってなかったんでな」
「口の減らないガキだにゃ、ったく」
ルノの強がりに、ぬいぐるみはニヤリとわらった。
「ま、いいにゃ。俺、ガナッシュにゃ」
「ガナッシュ? 」
「そうにゃ。お前の名前、は? 」
ピョコンと膝のうえに乗ってきたガナッシュに、ルノは面食らった。
確かに今更ではあったが、喋るぬいぐるみ、なんて。
(新種の魔物、だろうか)
考えだし推測にに警戒しながらも、ゆっくりと口をひらく。
「ルノ、ルノだ」
「ルノか、よろしくにゃ」
「……膝からおりろ」
「嫌にゃ」
よく見るとボタンが糸がほつれている。まるで置物のように丸くなってしまったガナッシュに、今度はルノがため息をついた。
「なんにゃ、寒いのかにゃ? 」
「そういうわけでは……いや、ん? 」
先ほどまでの寒さが嘘のように消えている。
それどころか、じんわりと暖かさが伝わってくるようだ。
「あったかいにゃろ」
「本当だ」
「俺は体温が高いにゃあ。風邪ひかせちゃまずいしにゃ」
「ぬいぐるみなのに? 」
「んん、俺、特別な方法で作られたぬいぐるみだからにゃ」
「そうなのか? そういうものか? 」
「にゃ」
何だか拍子抜けした。
張り詰めていた自分が、優しく解かれるようだった。
それでもなんだか背中が心細くて、ぎゅっとガナッシュを抱きしめる。
「……素直に甘えられるんだにゃ」
「うるさい。なあ、先程私が風邪を引くと困るといっていたが……やはり、実験、されるのか? 」
「違うにゃ。ま、しばらくは何もないにゃろ。俺が守ってやるからにゃ」
「頼りないな」
「何を言うにゃ。レインにも頼まれたしにゃ」
「レインに?」
あまりにも、意外な答えにルノの瞳は丸くなる。
自分が先程見たレインは、とても冷たかったのに。
「そうにゃ。……にゃあ、レインのこと、嫌わないでくれよにゃ? 」
「え? 」
「お前を連れてきたのも、お仲間を殺させないためだと思うにゃ。ホントはすっごいいい子なんにゃよ?レインは」
(そんな)
「信じられないかとは、思うにゃ。でも、さっきここにきたのもお前さんを心配してからにゃ」
(そんな……)
「うん?どうしたにゃ」
「お前の話……私が考えていたものと同じだ」
それを聞くと、ガナッシュの瞳が嬉しそうに、ボタンのように輝いた。いや、実際ボタンなのだが。
「そうかにゃ! 」
「あ、ああ。でもその話、本当なのか?」
「んにゃあ。マジにゃ。……ホントにホントに、レインはいい子なのにゃ」
「いい子、か。でも何故だ? 何故私にかまう? 」
「責任感じてるのにゃ」
「責任? 」
膝の上ではもの足りず、ルノはガナッシュを胸に抱きよせた。
「お前さんを、ここに連れてきてしまったこと。……レインに会ったのは、この間が初めてかにゃ? 」
「いや、前に港町で」
「……。そんときの命令は、お前さんを『殺す』ことだったにゃ。でも、それはオーラが仕組んだ偽の命だったのにゃ。ホントは、お前さんを『生きて』連れかえることだった」
「まて、オーラとは誰だ? 何故そんなことをした? 」
「ハクアスの護衛にゃ。ハクアスのことが好きな、水色の髪の女」
言われて、ルノはああ、と思い出した。
ハクアスと一緒にきた、あの女性だ。
「でもハクアスはレインのことが好きだから。オーラに対してすごく冷たいにゃ。それで嫉妬して、にゃ」
(あのハクアスを? ……なんとまあ、不幸な人だ。──ん? まてよ? )
「ハクアスがレインを好き、だって?レインは男だろ? 」
危うく流してしまうところだった。
ルノの問いに、ガナッシュはそうそう、と思い出したように続きを口にする。
「純粋に『好き』って気持ちは、性別なんて関係ないにゃ」
「そういうものか? 」
「そうにゃ。……お前さんなら、わかるにゃろ? 」
「わかるか」
「ふむむ……。」
ガナッシュはにやりと笑うと、尻尾を大きく振った。
「まあ、いいにゃ。勝手に気づくにゃ」
「……」
理解できないとルノは眉を寄せて考えてみる。
──と、脳裏にシアングの顔が映った。
(……? あいつなら、わかるというのか? そもそもなんであいつなんだ)
「おーい、話を戻すにゃ。ま、そんなわけでお前さんは生かしてつれてこられたけどにゃ、しばらく俺が傍についててやるにゃ」
「……何故、私に話した? レインのこと」
ルノの問いに、ガナッシュはまた尻尾を振る。
出逢ったばかりに自分に、何故。
「お前さんはきっと……いや、なんでもないにゃ」
「? 」
ガナッシュの表情は読めない。
「レインはいいのか?」
暫くしてから、ルノがガナッシュに話しかける。その背をゆっくり撫でながら。
「にゃ? 」
「レインも寒いだろう。お前がここにいては。お前は、湯たんぽ代わりになっていたのと違うか? 」
「ああ……」
ちょっと口ごもったガナッシュ。あまりその表情はいいものではない。
「レインは大丈夫にゃ。……仕事、あるから」
「答えになってないぞ? 」
仕事があることと暖かいということは、無関係だと思う。
「大人の事情にゃ。お前さん、まだガキだから教えらんないにゃ」
「が、ガキとはなんだガキとは! 」
「……」
それきり黙ってしまったガナッシュ。どうやら眠ったのだと思い(そもそもぬいぐるみが寝るのかわからなかったが)、悪態をつきながら、ルノはゆっくり目を閉じる。
思っていたよりずっと、寝心地はよさそうだ。
「お前さんなら、いや、お前さんたちならきっと」
寝息を立てるルノにガナッシュはそっと囁いた。
「レインを、助けてくれるにゃ」
──この話の結末は、ほんの少しばかり、
「運命なんてモノ、変えてくれるにゃろ」
悲しすぎるかも、しれない──
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