第21話 ゼロ
「二回連続の任務失敗。…どういうつもりですか」
薄暗い部屋で、蝋燭の光が頼りなげに騒めく。その光は、おぼろげに水色の瞳の女性と眼帯をした少年を映し出した。
「どうもこうも、オレだって知るかよ」
「それ相応の罰は覚悟の上で?」
「…」
「まあ待ちたまえオーラ。」
暗がりの中から眠そうな顔をした男がでてくる。オーラと呼ばれた水色の瞳の女性は体をビクリと反応させた。
「ハクアス様!?な、何故…!?」
「ねえオーラ。最近さ、どーもルノちゃんの暗殺命令が出ているようだけど。…暗殺部隊隊長である僕は、そんな命令聞いたこともない」
「なに!?」
途端に、眼帯をした少年が声をあげた。男は少年に微笑みをむけると、すぐに口をひらく。
「レイン君、きみは確かにその命令を受けたんだろう?……オーラから」
「あ、ああ」
「ふーん。どういうことかぁ?」
「…ひっ、」
女性の喉の奥から悲鳴が上がる。
「大体ね、ルノちゃんが今殺されたりしたら、キーク様の計画に支障をきたす。……君はどうやら、僕のお気に入りのレイン君がルノちゃんを殺せば、僕がレイン君を始末すると思ったのかい?」
「ち、違います、私はそんな!」
男は女性から視線を外し、状況が把握できず混乱している少年に向けた。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「レイン君。安心して?僕は君のこと大好きだから、いじめたりしないよ」
「てめえの存在がオレにとっちゃ最悪だ」
「君ねぇ……。そんなキレイな顔して、平然と毒舌をつくね。ま、そこも君のイイところだよ」
「…気持ちわりぃ」
「ふふ。さあさ、冷え込んできたし、温かくして早く寝なさい。僕が暖めてあげても」
「うぜぇ。……ハクアス、そいつを…」
「ん?」
「何でもねぇ。寝る」
何か言いたそうに振り向いてから部屋から出ていく少年を見送ると、男は女性に視線を戻す。……その表情は、先程と打って変わって冷酷なものだった。
「オーラ。顔をあげなさい」
おずおずと顔をあげる女性に冷たい怒りの表情を向けると、男はいきなり女性の頬を殴った。
「ッ…!」
「またこんなことしたら…君を処分する」
続けて、もう一度。鈍い音が響いた。
「僕のレイン君を傷つける奴は許さない」
「す、すみません…」
「……それからさ、ルノちゃんは今トアン君達と行動してるんだろう?まさかとは思うが、レイン君とトアン君を会わせたりしなかっただろうね?」
「それは…」
「わからないわけないだろう。君の目は、遠視ができるようこの僕が付けたんだから」
「あ、会わせておりません!」
「ふうん…?ね。さっきレイン君、何か言い掛けてたよね。あれ、君を殴るなって言おうとしたんだよ」
「は…?」
「最近人間としての心、取り戻してきたみたいだ。…だから、絶対にトアン君と合わせちゃいけない。」
「は、はい」
「なにせトアン君はレイン君の……いや、やめよう」
「…ハクアス様…」
くつり、男は小さく笑う。
「まあいいや。僕は研究があるから」
そういって男は部屋からでていった。
女性は、殴られた頬をそっとなぞる。
「ふふ……。ハクアス様が正気に戻るためには、何だっていたします…」
女性の目には確かに、会わせていけない、と言われていた二人が会ってしまったことが映っていた。
「貴方が、正気に戻るためには……。」
シンプルな部屋のベッドに、少年は寝転んでいた。シャワーを浴びたらしく、その短い金髪には滴がついている。
「は…」
最近、何故だかもやもやする。
(ウィルと会ってから、それからあいつらと会ってからだ…。)
それも、なにかとても焦る……。
「にゃー」
「ん…?」
ちりんという鈴の音がして、ぬいぐるみの黒猫がベッドに飛び乗った。それに、その猫は酷く汚れて、ボロボロだ。
「元気ないニャ。何かあったんかニャ?」
「ガナッシュ……。ああ、ちょっとな」
「ハクアスかニャ?」
「ちげぇよ」
少年はガナッシュと呼んだ黒猫に手を伸ばし、その頭をぶっきらぼうに撫でた。
「レイン…。右目、久々に見るニャ」
「!」
慌てて手で右目を覆う。
「俺にぐらい、その目隠す必要ないニャろ?」
「…そうだな」
少年は微笑みを浮かべた。唯一の友人にだけ見せる微笑み。
「あ、てめ!ガナッシュまたこんなに汚れて!しかもこれ、チョコレートの染みじゃねぇか!」
「腹が減ってたんニャ、しょうがないニャー」
「オレのビター、もう少ないんだぞ。ぬいぐるみのクセに変なモンばっか食いやがって!」
逃げ出した友人を追い掛けてる少年の中で、何かが動き始めた。
記憶とともに無くした──心、が。
「おはよう!」
「お、おはよう」
宿に帰るとチェリカが満面の笑みで出迎えてくれた。圧倒されながらルノとシアングが返すと、彼女はさらににこりと笑った。
「それから……お帰りなさい」
「ありがとチェリちゃん」
何気ない一言がとても嬉しい。
彼女の頭を撫でながら、シアングは俯せになっているトアンを見た。
「トアン、大丈夫か?」
「ふああああ…う、うん」
「やけに眠そうだけど」
「うん、その、チェリカが…」
「──チェリカ、そのピアスは?」
ルノの声に振り向けば、チェリカの耳に手をあてていた。そこには、羽根の飾りがついたピアスが。
「これ、トアンがくれたんだ。えへへへ」
「そうなのか」
それを聞いて、シアングがトアンをつつく。
「お、渡したのか」
「うん。でもね…」
トアンはにやけた顔で語りだす。
それは、チェリカを起こそうとしたときのこと。
『チェリカ、チェリカ起きてよ』
『やーだよ…』
『うーん…ああ、サンタさんからのプレゼントが』
『ホント!?』
彼女はがばりと起き上がって枕もとのピアスを発見。大喜びで飛び跳ねたあと、なんとトアンに礼を言ったのだ。
「オレから、っていったら受け取ってくれないと思って嘘ついたのに、バレちゃってさ。…最初いらないっていったのはオレに負担かけたくなかったんだって。でもプレゼントだって言い切ったらさあ……」
「おい、なんかやだなあお前」
「なんだよ、シアングだってニヤニヤしてるじゃん」
「ん?まあな」
シアングはカリカリと頬をかいた。
「なにかいいことあったんだろ」
「お子ちゃまにゃあ言えねえなあ」
「………ええええええええ!!!!?」
慌てるトアンに笑っていると、ルノが訂正に入る。
「嘘だ。なにもない。トアンは少々バカ正直だな」
「ええ!?ルノ、冷てえ、ひでえ」
「知るか!」
「あ、なあ、ヒラルコは?」
「…あー」
シアングが切り出すと、トアンは頭をかく。それにチェリカが続けた。
「うん、いるよ」
「さっきからベッドで寝てる。チェリカ、今は?」
トアンに促され、チャリカがベッドを除く。
…ボカリという音がした。
「起きてるで。……何も殴ることないやろ!」
「起こそうかなって思ったんだもん。…私たちはさっきヒラルコの話聞いたんだよ。ね、ヒラルコ。お兄ちゃんたちにも話してあげて」
「せやな」
起き上がったヒラルコは、あったころのようなお気楽な口調に戻っていた。
そしてにこりと笑うと、しみじみと宙を仰ぐ。
「聞いてくれっか?俺の、ささやかなお話」
「ああ」
「ええとどこからはなそか。チーちゃん、そこのお茶とって」
「はい」
「サンキュな」
冷めたお茶をゴクリと飲み干し、ヒラルコはポツリポツリと話し始めた。
──それは、とても重い、話だった。
どこから話そか。
ん、はじめから?はじめからか。
ある森の奥にな、名もない村があったんや。そこが俺の故郷。
生意気だけど可愛い幼馴染、優しい村人。なんてベストな布陣なんや!まいっちゃうねえ。
え?早く先に進め?なんや、ルーちゃん。せっかちやな。
まあとりあえず平和な毎日。のどかな風景。あふれる自然。でもな、夢かと思った。
夢かと。
緑が突然、
赤になったんやから。
悲鳴と怒声。そして炎の中で輝く紅い瞳、灰色の髪。長くとがった耳をみて、俺は見とれた。
ワケがわからず見とれているしかできない俺を引っ張って、幼馴染、友達は俺に『避難訓練』いうた。
大勢の友達が俺の周りを走り、俺は不安になった。
なんか違うやろ?なんかへんや!俺は戻るでってな。
でも幼馴染は言うた。『ヒラルコは、この森の先の神父様に「訓練」やっていいに行く役やねん』と。
俺は変に納得した。周りの友達がいなくなっていくのを、「それも訓練の役目や」って納得して…。
最後に幼馴染と二人になって。幼馴染は言うた。
『急ぐんやでヒラルコ。全部終わったら、おいしいものいっぱい食べられるで』その言葉と笑みを信じて。
あたしは役目がある、言うて村に戻る幼馴染を見送って走り出した。だって、握ってくれた手はあったかくてな?
訓練や、信じ込んで。
…ん?なんやルーちゃん。青ざめて。そうやな、俺はアホや。まったくのアホ。
でな、しばらく走って、教会についてん。神父様は俺を見て、『中に入りなさい』いうた。俺は『もうかえらな。訓練さかい』でも神父様は俺の手握って、中に入れた。慌てる俺の目の前で、扉がしまった。
茶とお菓子が出て、それ食って、走りつかれた俺は眠った。
流石にちょっと変や思ったけど、ご褒美かなんかだと思って。
なんてバカなんだろう。
あんとき村に戻ってれば、せめてなにか、できたのかもしれないのに。
そんで次の日、俺、『かえる』いうたら神父様に止められてて。何がなんだかわかんなくて、神父様の目ェ盗んで抜け出して村かえったんや。
いや、帰ったんではないな。
村は、なかったから。
黒焦げの元友達とか、もうバラバラになった親とか、…幼馴染の首とか。
最初はドッキリかなんか思ったんけど、んなワケないわな。とにかく、生きてる人間はいなかったわけよ。
わけわからんまま泣いてたら神父様がきてな、
『君は星の道だ。君を守るために皆は犠牲になったんだよ』
って。
意味わからんやろ?なんで、犠牲になる必要あるんや。そうして生き残りは勇者になり、魔物を殺してるってワケや。悪魔のような男、灰色の悪魔を探して。
「俺の話、おしまい。」
「……すまない、ヒラルコ。私は、お前にそんな過去が」
「誰だって消したい傷はあるはずや。俺だって例外やない。…もち、シアングもやろ?」
「オ、オレ?」
急に話を振られて、シアングは目をぱちくりさせる。…だが、しかしすぐに顔を引き締めた。
今は──いえない。
「……」
「ごめんなあルーちゃん。首の痣」
「ん…大丈夫だ」
ルノはクスリと笑うと何か考え込んでいるチェリカのもとに歩み寄る。トアンも首を向けた。
「どうした?」
「……あのさあ、さっきから思ってたんだけど。その、灰色の髪に紅い目…まるでアクエの言ってた、『灰色の悪魔』って。呼び名も同じだし」
「確かに…。」
ルノは顎に軽く手をあて、眉を潜めた。
「本人じゃなくても何かあると思うんだよね」
「ああ」
「灰色の悪魔、か」
考え込む双子の横で、トアンはつぶやく。
そして何気なく視線を動かし、テーブルの上にある、あるものを見付けて思わず声をあげた。
「あ」
そこにあったのはビーズで作った小さな蝶のブローチ。
「どうした?」
「…ルノさん…。」
トアンは仲間たちの前に向き直る。
「みんな、オレ、実は変な夢みたんだ。夢の中で羽の千切れた蝶を追い掛けてたら、いきなり扉がでてきて追い掛けられなくなっちゃって。そしたヴァリンさんがでてきて…。このままでは蝶が死ぬとか。」
「蝶…?」
「変な夢だけど、現実味があったんだ。現にヴァリンさんはルノさんが危ないって知ってたし」
「じゃ、きっと蝶ってのは何かの比喩で、予知夢されたものじゃないかなぁ」
ヴァリンさんなりに何か教えようとしてたんだよ、というチェリカの横で、ヴァリンとは誰だ?とルノが首を傾げる。
「オレ達に協力してくれた夢幻道士のねーちゃんだよ」
と、すかさずシアングがささやいた。
(でも)
蝶ってなんだと頭を捻る仲間をみながら、トアンは考える。
(何でだか知らないけど、オレはあの人…レインを思い出すんだ。それに、あの人はどこかオレと関係あるような…)
片目の暗殺者
片翼の蝶
少しずつパズルのピースが増えていく。
そして少しずつ繋がっていく。
そしていつか『心』も、繋がるのだろうか。
答えを知るものは、まだいない。
「なんかすんごい静かになっちゃったねえ」
肩掛けの鞄に小さいキャンディやチョコレートをいっぱいに詰め込みながら、チェリカがぽつりと呟いた。
確かに、と続けたのはルノ。
「急に静かになったものだ。…ヒラルコがいないだけで」
「うん。いきなりだったしさ」
「ま、私が奴の探している『灰色の悪魔』ではないなら、一緒に行動する意味はないからな…」
あくびを一つして、ルノは幌にもたれかかった。
買ったばかりの新品の杖、その長い杖の先についているのは海の底より澄んだ丸い青い水晶。一目見て気に入ったというそれを床に置きながら、バックから本を、ポーチからメガネを取り出す。
「あーあ。みんなで旅ができると思ったのになあ」
「そうだな。…でもこれが狭いよりましだろう」
「もー!お兄ちゃんのアホんだら」
チェリカとルノは、今、馬車のなかにいる。
ヒラルコは「探し人が違った以上、一緒にはいられへん」と言って一人で行ってしまった。少しだけやけど一緒にいられて楽しかったで、と残し。
彼については不思議な点が多い。ルノを殺すため仲間になったのは確かだろうが、そうならば何故、馬車の購入をすすめたのだろう。
「最後まで迷ってたんじゃないかな」と言ったのはチェリカだ。──そうかもしれない。きっとヒラルコは本来やさしい人なのだろう…それが憎しみの間で右往左往していたようだ。
トアンとシアングは買い出しにでていていない。
二人だけの馬車の中は、少し広すぎる。
チェリカはほとんど無意識に、膝をかかえ身分の胸に引き寄せた。
自分の兄の紅い瞳は、メガネごしに本の文章を追って動いている。それが少し悲しくて。
「…チェリカ?」
ふと、自分の視線に気づいたらしく、ルノが顔を上げた。
「あ」
「私の顔に…何か?」
「う、ううん、違うの。」
ふるふると首を振る妹はどこか、違う。兄はそう思った。
他人に遠慮せず、他人との距離を知らず、他人の痛みを知ることができる。
それはいい意味であれ悪い意味であれ、自分にはないモノだと思う。
だから、今自分にどこか遠慮する妹が、どこか不安になった。
「…」
「…寂しいなって思ったんだ」
「何?」
「だって、二人になったのに、お兄ちゃんがずっと本読んでるんだもん」
「あ、そ、そうか?」
「あのね、いつものお兄ちゃんが本読んでるのはいいの。でも今、お兄ちゃん、何かもやもやしたもの溜め込んでる。それを無理して、隠してない?」
「…!」
なんてことだ。
ルノは息を飲み込んだが、勤めて冷静に、悟られないように言葉を続ける。
「何故、そう思う?」
「なんとなく」
どうやらこの妹に、自分は上手な嘘はつけないようだ。
「…」
「言えないならそれでいいんだ。…でも、無理はしないで」
「心配いらない」
動揺を隠して微笑んで、その太陽の光を思わせる金髪を、そっと撫でる。
「うん…」
まだ悲しそうな顔をする妹に、兄は困ってカリカリと頬をかいた。こんなとき、あいつならなんと言うんだろう。
ああ、そうだ。
「お兄ちゃんを信じなさい」
「うん!」
やっと笑ってくれた妹に安心し、兄もにこりと笑った。
ズキッ……
僅かに胸が痛んだが、不安を抱えるのは、自分だけで──十分だ。
「ただいま」
「疲れたぁー」
荷物を馬車のなかにおろすと、トアンは床にのびてしまった。そのうえをシアングが踏むぞー、と言いながら飛び越え、荷物を整理する。
「ん、チェリちゃん、ルノ、どーした?」
「何でもない」
「なんでもないよー」
まるで迷子の兄妹が怯えながら寄り添うように、不安な影を落とす双子……シアングは優しく頭を撫でてやった。
「お前ら、あんま抱え込むなよ」
「…抱え込んでいるのはお前もだろう」
「え?」
「いや、なんでも…」
シアングが顔を上げたとき、そこにいたのはいつものひねくれたルノ。そしてにこにこしたチェリカ。
「何買ってきたのー?」
「食料と薬草と…」
トアンがポーチの中から古びた本を取り出し、チェリカに見せた。
「これ何?中真っ白だ…」
「うん。オレ、これにこれからの日記つけたいなって。だってさ、天空の王国の王女と王子、雷鳴竜の血を継ぐ人!こんなわくわくするひとが揃ってるんだから、書き残さないと!」
目を輝かせながらトアンは言う。
「すごい、トアン物書きさんになれるよ」
「もう楽しみで!」
チェリカたちも何かあったら好きに書き込んでくれ、と付け足し、紫の瞳は期待に満ち溢れていた。
「エアスリクの存在もほぼ伝説上のもの。一部の人間と精霊たちのみが知っているようなものだ。……信じてもらえればいいがな」
「そーゆーこたぁ言わないの」
キッパリと言い切るルノに、シアングが横槍を入れる。
「べ、別に水を差すつもりは!ただ…私たちがそれだけ透明な存在ということだ」
最後の方の声が小さくなっていたが、トアンはルノが言いたいことがなんとなくわかった。
こうしていれば普通の人間だが、チェリカとルノは…実はまったく違う世界で生きているのだ。
天空に浮く島──エアスリク。トアンは想像することすらできないが、それを認めてしまったら、この二人が遠い所に住んでいるということも認めてしまう。
それは──嫌だった。
「大丈夫だよルノさん。今、ルノさんはここにいるから。それに…だからこそ、書き残すんだ。ルノさんとチェリカの存在を」
「オレは無視かよ」
「シ、シアングもだった」
「あはははっ!」
ポカリと一発叩かれて訂正する様子を、チェリカが笑った。
「わ、笑うなよチェリカ!」
「だって面白いんだもん!」
「お子ちゃまカップルは仲がよろしいこと…んでもってアダルティ二人組はどーします?」
「何もしない!」
「カ、カップルだなんて!」
ルノとトアンが真っ赤になってそれぞれ別々な否定をし、顔を見合わせてクスリと笑う。
まるでひだまりの中のような暖かさで包まれた馬車の中で、仲間という関係がしっかりと結び付けられた。
とても幸せな、時間。
それはまだ、世界の光のしたで歩いているからだ。
「この雌馬の名前、どうする?」
たてがみを撫でながらトアンが仲間に問う。まっさきに答えたのはチェリカ。
「キャラメル!」
「菓子や甘いものに関する名前は妖精につけられるものなんだ。…こいつは妖精じゃないぞ」
ルノが本のページを捲りながらいう。
「へえー」
「お兄ちゃん物知りー」
「ほいじゃどーすんだ?」
ルノは少し首を傾げてから、
「……フレディ?」
といった。
「却下」
「フレディのどこが悪いんだ!」
「全部だよ全部」
「お兄ちゃんもシアングもちゃんと考えてよー。…別にキャラメルでもいいと思うけどなあ」
「キャラメルかあ…。ジャスミンは?」
「ジャスミン?可愛ーい!ジャスミンでいーよ!」
チェリカはひょいと馬に飛び乗って首をポンポンと撫でる。よろしくね、ジャスミンといって微笑んだ。
シアングとルノも頷くのをみて、彼女の名前は『ジャスミン』に決定した。
「まず、森を抜けなくちゃ」
今手綱を持つのはトアン。順に手綱を握ってみたところ、一番ジャスミンがおとなしかったのがトアンだったのだ。次にシアング、チェリカ、ランク外がルノ(危なっかしくて見ていられないので途中中断)だった。
地図を片手にフムフムと道を覚えていると、ジャスミンが小さく嘶いた。早く行くぞ、と言う意味だと思われる。
「なんだよーもう…わかったって」
「おーい」
ゆっくりと動き出した馬車の中からチェリカが顔をだし、隣に座った。
「隣いー?」
「う、うん。でも寒いよ?」
「寒いのはトアンもでしょ。一緒だよ」
ふんわり笑うと膝掛けを半分かけてくれて。
緊張するトアンが手綱を振るうと、乾いた道を森に向けて馬車は走り出した。
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