第20話 もう一度歩き出すために

「…わかった。もういいヒラルコ」

「ルノさん!」

「いいだろうトアン?私は死んでない。…それに、相当な恨みがあるのだから…似ていた私をみた瞬間、私にその影を重ねていたんだろう」

「…ルーちゃん」

ヒラルコはうなだれたまま顔をあげない。

「ルノさんならそう言うと思ったよ。さ、ヒラルコ顔をあげてくれよ」

トアンの言葉に、ヒラルコは顔をあげたが…すぐに瞳を見開いた。

「?どうした?」

「ルーちゃん…首…」

「え?」

トアンも視線を向け…あ、と声を上げた。

彼の細い首には、しっかりとヒラルコの指の形の痣がついていたのだ。

「あ、」

慌てて手で覆うが、痣が消えるわけではない。

「ルーちゃん…」

「ヒラルコ、君のことは明日…話してよ。今日はもう休まなきゃ」

再びうつむいたヒラルコを気遣うようにトアンが言うと、ルノも頷く。でも、と言いかけた彼をトアンの手が押す。

「ゆっくり寝たほうがいいよ」

「ああ。誰にだって失敗はあるものだ。…それに、私たちは『仲間』だろう?失敗も、受け止める。受け止めてやる」

ルノがにこりと笑うとヒラルコの瞳に涙が盛り上がる。

「酷いで、二人とも…」

「え?」

「責めてくれたほうが楽や…!」

言うやいなや、彼は部屋を出て行った。

トアンが追おうとしたが、ルノが制す。

「頭を冷やしにいったんだろう。私たちがいても…余計に傷付けるだけだ」

「ルノさん……すごい」

「何がだ?」

「オレ、……そんなふうにいえない。さっきまで、怖かったでしょう?そりゃ、ヒラルコなりの事情があったのはわかったけど」

「私がそういえたのは、トアンのおかげだ」

「…?」

「お前に会って、私は少し……他人を認めることができるようになったんだ。自分ひとりが不幸だと思っていたあのときにはできなかった」

「え、オ、オレなんにも……!」

「お前はお前のままでいい。なにもできない、と言うわけではない。」

ルノは首の痣を擦りながらトアンに笑いかける。

「あ……うん……」

思わず照れて頭をかくトアンを見て、クツリとルノが笑いをこぼした。

ついさっきまで、命の危機にあっていたのに、こんなふうに笑えるなんて……。


「これからどうしよう?」

「とりあえず明るくならなくては話にならん。今何時だ?」

「えと」

暗闇に目を凝らせば、月明かりで時計の針が見えた。今、3を指している。


「……まだまだ、だな」

「眠ったほうがいいよ。ルノさん疲れて…あ」

ふと、目線を下げれば投げ出されたままの短剣。二本で一セットのそれは、相方を失った今、寂しそう輝いている。相方は、砕けてしまったから。

「ご、ごめん、オレ」

「何故謝る?」

「だって、剣壊しちゃって」

「ああ……それは私を守るためだろう?気にするな。それに、あれはもう古いものだから。」

「でも!…明日、新しい武器買って返します!」

「…なら杖がいいな。長いやつ。それで高いものがいい」

「ル、ルノさん…」

そんなにお金ないんだよ、と困った顔になったトアンをみてルノがケラケラ笑う。

「嘘だよ嘘。そんな情けない顔をするな。普通のものでいい……なあ、シアング知らないか?」

「あ!」

「ど、どうした?」

「さっき廊下に倒れてたんだ!」

トアンが慌ててドアを開けるが──そこに彼の姿はない。

「あれ?」

「……トアン、『倒れていた』といったな。何故だ?」

「わからない…あ、でもルノさんに逃げろって言ってたんだ。きっとヒラルコに何かされたんだと思う」

「私に…?」

ルノが立ち上がる。

「トアン、お前は部屋にいろ。ヒラルコが戻ってくるかもしれないし、チェリカについててくれ」

「ルノさんは?」

「あいつを探してくる!」

いうやいなや、ルノは部屋を飛び出していってしまった。

「あ、ルノさーん!!…靴も履かないで……。」

裸足で走っていった彼が心配だが、とりあえず自分は言われた通りにしよう。


陽が出たとき、みんなが笑って集まれることを祈りながら。



高台にある教会の屋根の上…朝6時にならされるらしい鐘の横で、シアングはガシガシと頭をかいた。ここは、この町全てが見渡せる。

それにしても、朝は随分冷える。昼間のうだるよな暑さが嘘のようだ。まだ空は暗く沈黙し、地平線の彼方に太陽の光は見えない。

「…はあ。」

正直、やりきれない思いで頭がいっぱいだ。

「……守れなかった」

正確には守れなかったわけではない。ただ、自分ではないひとが守った。

自分はなにもできなかったのに。


「あー、でもどこをどう間違えたんだが。ホントは…オレはあいつのことを…」

守るために近づいたんじゃねぇのに、と彼は一人で苦笑する。


それは紛れもない、事実だった。


彼が仲間に打ち明けていない、重すぎる宿命。

(でもオレは…守りたかったんだ……)

「シアング!!」

「!?」

突然のことに驚き身を起こす。

「シアングー!?」

屋根の上から見える下の路地。そこを走る銀髪の少年──ルノだ。

(いやだ)

見つかる心配は少ないが、鐘突きの塔の後ろに身を隠す。

耳をふさぎたいと思うが、それをさせなかったのは悲痛すぎる彼の声。


今にも壊れそうで、今にも崩れそうで。


思わず身を乗り出すと、偶然にも縋るように空を見上げた彼と目が合った。

「そんなところにいたのか!」

途端に安堵の表情をうかべ、屋根へ登れる場所を探す。

「ルノ…」

梯子をのぼる音が近づいてくる。

「くるなよ…こないでくれ……」

逃げ出したい気持ちで山々だが、足はちっとも動かない。

やがて、ルノがひょこりと顔をだした。その顔は、焦りと悲しみに彩られていて──

「シアング」

「…」

「…一人で、いなくならないでくれ。パーティ全体にかかわるんだ」

冷たい口調で綴られたそれは、予想した言葉とかけ離れていた。…とても悪い意味で。

「わかってる!…反省はしてる。これからはパーティーのことを」

「──わかっていない!」

「なにぃ!?」

「私は……」

「わかってるっていってんだろ!だからオレはこれからはちゃんと考える!」

「……っ、違うんだっ……!」

見る見るうちにルノの顔が赤に染まっていく。暗やみのなかでもよくわかった。

一体なんなんだとシアングが頭をかく。

「……『私』が!!いやなんだ!」

「えっ…?」

「今いっただろう!私は、お前がいなくなるの…いやなんだ」

恥を承知でルノがつぶやく。その頬はさくら色で、言葉は意味がよくわからない。

「お、おい」

「お前が、何か背負っているのは知っている。でも、だからこそ頼りにしてほしい」

いてもたってもいられなくなり、シアングはルノのもとによる。何気なく落とした視線にうつったのは傷だらけの白い素足だった。

「……ルノ、お前…その足…」

あ、とルノが視線を下げ、そして決まり悪そうに笑った。

「なんだよ、靴くらいはいてこいって」

「仕方がないだろう。早くしなければ、お前がいなくなってしまうと思ったから」

「ルノ…」

「間にあわなかった、ら、ど、しよう、かと…」

途切れ途切れに言葉を言って、ルノはくるりと後ろをむいた。肩が震えているのを見るまでもなく、声が震えているのを聞いて、ルノが泣いているのをシアングは知った。

(オレは、…馬鹿だ。どうしようもない…。あの時、すべてを裏切ってでもこいつを守ろうって思ったのに!)

「ルノ!」

「!」

思わず、小さな後ろ姿を抱き寄る。すぐさまピクリと反応を見せたが、有無を言わさぬ力に素直に従った。

シアングの腕に、ルノの手が添えられる。

「オレ、お前を守るよ。だから、もう泣くな」

「泣きたくて、泣いてるワケではない…ッ」

シアングのほんの少しの隙をつき、体を反転させる。驚くシアングを強く抱き締めた。

「傍にいてくれ。いなくなるな。……そして忘れるな!私をあの小さな部屋から連れ出したのは、他でもない!シアングなんだ!」

「そうだよ」

ルノの頬に雫が落ちた。…シアングの、涙だ。

「…シアング?」

「オレは、もう、お前を一人にしないよ。…ちゃんと立ち向かう。」

涙を拭くこともなく、決意を語るシアングの暖かい胸に頭を預けた。

力強い鼓動。自分とは違う世界に住むと知ってなお、叶わぬ願いを抱いてしまう。

「……ありがとう。」

感謝の微笑みを浮かべ、そろりと伸ばした腕で涙を拭ってやると、シアングも笑みをうかべた。




たとえこの先の道が別れていようとも

進むべき道が別れていても

再び会えることを祈りながら

今は信じてともに歩こう

互いに隠したナイフが互いを傷つけても

それでも祈ろう

それでも歩こう




「お、明るくなってきたぞ」

鐘突きがつかう毛布をシアングが引っ張りだし、自分に羽織りルノを手招きする。そのままルノを包み込むと白み始めた空を二人で眺めていた。

「美しいな。……夜明けだ」

「ああ」

頭を預けたまま、ルノがつぶやいた。

銀の髪はなんの惜し気もなく、褐色の指を擦り抜けてゆく。

地平線の彼方…海と空の境目が顔を出し始めた太陽によって露になり、じわじわと闇を押し上げている。

「寒い?」

「いや、お前が暖かいから……」

「へへ、そっか」

「ふふ」

毛布の中のルノの白く小さい手を、シアングの大きな褐色の手が包む。

「照れる、ぞ」

「照れとけ」

「なんだそれは…」

じわじわ広がる朝の光は少しずつ強くなっていく。

「ルノ」

「うん?」

「眠くないか?」

「ああ…少し。それよりシアング。戻ったら皆に謝らなくては」

「そうだな」

先程まであんなに遠く感じたシアングが、今とても近く思える。

何気ない会話をしながらも、それがすごく嬉しくて。

明るくなりつつある空。それに伴い目覚め始める街。通りをあるくひとが一人、また一人と増えていく。


「ここからまた一日が始まるんだ」

「オレたちもな。…ここから、また。」

顔を見合わせてクスリと笑う。


「おいおい困るなあ」


「!?」

突然の声に驚いて振り返ると、鐘つき役らしい男が笑っていた。

「イチャつくなら他でやってくれ。鐘がつけないだろう」

「い、イチャつく!?何を言って」

「ほいじゃ帰りますか」

男の苦笑にルノが反論しかけたが、シアングが笑って引っ張っていく。

カラーン…カラーン…

二人の背中に、澄んだ鐘の音が響いた。

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