第19話 しょうねんのこころ

「誰だ!」

噛み付くようなシアングの声。

それにもまったく動揺せず、なぜか眼帯の少年は隠れてないほうの朱色の瞳にどこか辛そうな色を見せた。

「動くな」

ぴしゃりと少年は言う。

「…ッ…ハクアスの…手の者か…?」

「あいつの名前を出すな!!」

ギラリとカマが輝く。

苦しそうに眉をしかめるルノは、微かだが震えていた。

「ホントに…てめえのせいだ!お前が逃げたせいで!」

「…すまなかった」

「!?」

「私の…せいだな…」

突然のルノの謝罪。少年が目を見開くのがトアンにもわかった。

「…てめえのそういうところが」

「お兄ちゃん!」

「ムカつくんだ!」


『何人殺してようが、オレは一緒にいてやる!罪を償え!』


思わずぎゅっと目をつぶった。でも、

いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。

ガラン!!

大ガマが地面に落ち、なにがなんだかわからないルノをヒラルコがひっぱった。

「だいじょーぶか?」

「あ、ああ…。」

少年の方を見ると、眼帯のほうの片目を押さえて蹲っていた。

「ど…して…邪魔するんだ…」

「大丈夫?」

「…」

チェリカが少年のそばにしゃがむ。

「あぶないよ!」

そういいながら、トアンも少年に近寄った。

「あ、あの…」

トアンの問い掛けに少年が顔を上げた。

「…!」

「!!」

目が合った瞬間、何か強く懐かしい感じがしたのだ。

ソレが何なのか、まったくわからない。

でも、

今のは──?


トアンが困惑していると、少年も動揺を見せた。どうやら先ほどの不思議な感覚に、少年も襲われたようだ。

トアンを見るその瞳には、殺意と憎しみと、驚くことにほんの少しの怯えの色が。

(でもこうしてみると…この人、あんまり悪い人じゃなさそうだ)

チェリカに視線を送ると、彼女も頷いた。

「あ、あの」

ガシャン!

「!」

話しかけたその瞬間、少年の体がとび、ゴミや瓦礫にぶつかった。

状況が飲み込めないトアンに対してチェリカの悲鳴が

聞こえる。

「シアング!どうして!」

「チェリちゃん、こいつは『アリスの箱庭』の暗殺者だ!お友達にはなれねえんだよ!」

怒りに満ちたシアングの声。ここでようやく、少年はシアングに蹴り飛ばされたのだと知る。

「違うよ!シアングがそう思うのはお兄ちゃんが…」

「理由はソレで十分だ!」

「違う違う!今のシアングは周りを見てない!」

「チェリ」

「バカバカバカバカバカー!あんなに哀しい『寂しいひと』に暴力振るうなんてー!シアングのバカー!」

「寂しい…?」

「もういいやめろ!」

シアングとチェリカの間にルノが割りいった。この二人が喧嘩するのは珍しいことだから、トアンはわたわたと慌てるばかりだ。

「お兄ちゃんもあの人を傷つけるの…?」

「そんな資格はない」

「お前!今殺られかけたじゃねーかよ!」

「それでも!」

シアングに怒鳴り返し、ルノはきっぱりと言う。

「あいつはきっと…」

ルノは言葉を切ると起き上がらない少年に視線を向けた。

「シアング、ちょっとピリピリしすぎだよ。今日はずっと…どうした?」

「あ、ああ…トアン。…わり、オレ…。」

ちらりと向こうに立っているヒラルコを見て、シアングは頭を押さえた。

「わり。オレどうかしてるよな…」

確かに、シアングは気は優しくて力持ち、というものだ。力はあっても一方的な暴力を振るうわけは決してなく、兄という言葉がとても合う。

それが、先程の行動をとるとは思えない…

「シアングは…ルノさんのことをよく見てるから。守ってるから。だからあの人に対してカッとなったんだよ」



生まれて初めて。

いや、記憶を失ってから初めて、と言うべきか。

自分にとって、何の見返りもなく、何の期待もなく…

『優しさ』を教えてくれた。


(あのガキ……名前は…何だっけか…)

鈍い痛みのなか、ぼんやりと頭は少ない記憶をめぐる。

(確か…確か、────くそ、思い出せない…)

「ウィ…」

唇が無意識に動く。意識も覚醒してきたようだ。

「…ル」




どうして、




(オレを…邪魔するんだ──…)


ゆっくりと左目を開ける。ぼんやりとした視界が、ゆっくり晴れていく。

そして映ったのは青空。

青空…?


「ッ!!」

ガツン。

慌ててのけぞったはいいが後頭部をしたたかにぶつけてしまった。

「いって…」

「大丈夫?」

「てめ…ああ、あいつの妹か」

「うん」

チェリカはにっこり笑って青空のような瞳を瞬きに隠した。倒れた少年を気遣って、とんでもない距離まで顔を近づけていたのだ。

「…なんだよ」

「痛そうだな、って思って」

「オレに寄んな。てめえだってあいつを引っ張り出した奴らの一人だろ。てめえを消すの指令がきたら消すぞ」

「てめえじゃない、チェリカ。チェーリーカー。君の名前は?」

「はあ!?」

何を言ってるんだこいつは、と少年が右目を見開く。

が、チェリカは待ったく気にせずトアンを呼んだ。

「おーいトアーン」

「チェリカ、危ないってば!」

といいながらすっとんできたトアン。

その後ろではシアングと顔を合わせないルノ、不満げなシアング、そして辺りの気配を探っているヒラルコ。

「危ないっていっときながらなんでそんなさっさか来るの?」

「え?!あ、だって、チェリカのこと心配だし…あ、いや、それに!オレはこの人があんまり悪い人に思えないんだよ」

「やっぱりー?」


「ふざけんな」


仏頂面の少年が口を開いた。

「どうして?」


パラパラと服に着いたゴミを払いとり、ゆっくり立ち上がる少年。

「…わかんねえのか」

「ん」

「オレに構うな」

どうして?と泣きそうな顔をするチェリカの手を、そっとトアンが握る。

「チェリカ…あのひとにはあのひとの、理由があるんだよ」

「でも…」

「うるせえガキ共だ」

少年の顔は後ろを向いて見えない。そして、トアンが口を開こうとした瞬間、彼はルノに向かって走っていった。

「!!」

「ルノさん!」

地面に落ちたカマを広い、その先は白い首に突き付けられた。ピンと張り詰めた空気が再び辺りに立ちこめ、いやに風が冷たく感じる。

「……泣いている…のか?」

「…ッ!?」

ルノはしっかりと少年を見ながら言った。動けないトアンたちが見守るなか、星の灯りで少年の横顔が見える。

しかし、少年の目には涙なんてない。

「心が泣いているのかお前は…?なぜ私を…殺さない」

「殺したい…!殺してえよ!でも!」

うなるように少年は叫ぶ。

「手が…動かねえんだ…!あのガキのせいで!」

ヒュン!と虚しく、風をきってカマが外される。チッと舌打ちを残し、少年はひらりと跳躍し、はるか頭上の屋根のうえに白いマフラーがはためいた。

「待て!」

ルノの声に一瞥をくれるが、彼は魔女のほうきのようにカマにまたがると、ブーツで屋根を蹴って夜空に消えていった。


トアンの目に、それは闇夜にとける黒アゲハ蝶のように見えた──…



「なんだったんだ…?あの感じ。すごく懐かしいような…それに、今どうしてオレ、こんなに焦ってるんだろ」

トアンの胸に、何かいやな…酷く働き掛ける焦燥感。あの少年がただ目の前からいなくなっただけで、それだけで『引き剥がされた』というような痛み。

「なんなんだよ……」

「トアン!」

「え?」

チェリカの声に振り向くと、彼女は地面にしゃがんだままトアンに手でおいでおいでしていた。

「どうしたの?」

「あのね、これ見て」

「これは…」

彼女の手の上で輝いていたのは小さなプレート。そこにはもう錆びて非常に見にくいが、名前が掘ってあった。

「rain…レイン?」

「さっきのひとの名前かなあ」

「どうだろう。持ってたほうがいいよ」

うん、頷いてチェリカはそれをポケットにつっこむ。

「さ、チェリカ宿に帰ろう?ルノさんとシアングまだ喧嘩してるみたいだしさ」

「うん!」



宿に帰ったあとのジャンケンの結果、ヒラルコはトアンとチェリカの部屋のソファで寝るということに決まった。真っ先にシャワーを浴びたチェリカは、よっぽど疲れていたのか寝付きがいいのか、トアンとヒラルコにおやすみを言うとベッドに入り…早くも寝息が聞こえてきた。


「チーちゃんはぐっすりやな」

「うん、疲れてるみたいだからな…ふあー…、ん、オレもなんか眠い…」

「寝たいときは寝たらええ。おやすみみトアン」

「ヒラルコも…おやすみ」

ベッドに潜り込んだ直後、強烈な眠気が押し寄せてくる。

ヒラルコのおやすみ、とさらに返す笑顔を見ながら、トアンはやわらかい枕に頭を沈めた。



「あれ…ここは?」

気が付けば、暗闇に塗り潰された空間にトアンはいた。

「チェリカ…ヒラルコ?ルノさん、シアング…」

きょろきょろと辺りを見回すが、誰の姿も返事も、気配すらない。少し不安になってきたトアンだが…


ひらり


「ん?」


ひらり、ひらり…


目の前を漆黒のアゲハ蝶がとんでいく。不思議なことに、蝶の周りだけほのかな光が包んでいてその位置を教えた。

微かな光は、蝶の位置を主張しているようで、だが消え去りそうで。

「待って!」

暗闇の中、光だけ頼り走りだす。

しかし、そのうちにトアンは蝶の様子がおかしい事に気付いた。

(蝶はもともと危なっかしくとぶけど…この蝶は今にも落ちそうだ)

優雅、とは言えない。

どこか必死にとんで、落ちかけて、それでもとんで──

段々蝶との距離が縮まっていくと、なぜそう思ったのかわかった。

この蝶は。


(片方の羽が…半分以上ちぎりとられてる…)


誰かがいたずらでやったのか、それとも、


自分から逃げられなくするため──…?



「トアン」

「!? 」

不意に話しかけられ振り向くと、なんとそこにいたのは大神官、ヴァリンだった。

「ヴァ、ヴァリンさん!!なんでここに!いえ、ここはどこですか?! 」

慌てるトアンにふ、と笑顔を送り、落ち着いてくださいと告げる。

「ここは…夢の狭間」

「え?」

「先ほど何か追いかけていましたね」

「は、はい。蝶を」

「蝶…?きっとその蝶は夢幻道士の誰かの心でしょう。貴方は迷える心を追いかけていたのです。夢幻道士同士なら、夢の中でコンタクト取れますから」

「心…?」

「はい」

「でもあんなに不安定で、しかも蝶の姿でなんて…」

「蝶はおそらくその人をあらわすキーワード。そして不安定だからこそ、その人の心は夢の中に逃げ込んでいるのです。そして、貴方はそれに惹かれた」

「オレが……?」



闇の中、草色の髪の少年が立ち上がった。

手に持った大きな剣が鈍い光を帯びる。

「やんなあかんな…」

瑠璃色の瞳は冷たい光を映した。

「ごめんな、チーちゃん、トアン。俺やんなあかんねん」

ギィ…

できるだけ静かにドアを開け、暗闇を掻き分けてすぐ隣の部屋の前に立つ。

そして、ドアに手をかけた、瞬間。


「眠れねえのか?ヒラルコ」

「シアング!」

暗がりの中から金の瞳を光らせたシアングが近づいてくる。

「オレらの部屋に…何か用でもあんのか?」

「いや…」



「あの扉は」

ヴァリンの目はしっかりとトアンを見つめる。

「その人の拒絶の現れです」

「拒絶?でも、蝶はオレを導いてくれるみたいでしたよ」

「貴方に何か恐れを抱いたんだと思います。…貴方の力を恐れて」

「オレが何かできるんですか!?オレは何もできません!」

驚いたように、ヴァリンはぱちぱちと瞬きをした。

「オレは…オレはいつも守られたりそればっかりで」

「違いますよ。貴方は守られてるようで守っているのです。それに、『何もできない』わけないではありませんか?貴方はあの子を…ルノを救ったのです」

「あれは…皆がいたから…」

「ひとは一人では戦えませんよ。…誰かが横で手を握ってくれるから、誰かがすぐ傍に立っていてくれるから、ひとは何度でも立ち上がれるのです。そしてそのひとが立ち上がるから、横の誰かも立ち上がろうとする…トアン、貴方は貴方が思っているほど頼りないひとではありません」

「ヴァリンさん…」

にこりと微笑むヴァリンの言葉に、思わず目頭が熱くなった。



「シアングこそ。こない真っ暗んとこでなにしてんのや?」

「…」

「あー、俺を警戒しとんか」

からからとヒラルコが笑い、そんな気はないと手を振った。

「どーしたもんかな」

「なんや。全然信用してへんな」

「まあな」

キッパリとシアングは言う。

それにヒラルコは苦笑をみせた。

「そんで寝ずに見張りか?ご苦労サン」

「お前がなんにもしなきゃオレだって寝れんだよ」

「ま、俺が睡眠薬入れたり細工してそうなモンには一切ふれんかったし。水差しもコップにも」

うんうんと一人で頷くヒラルコに、シアングは眉をひそめた。

あまりにも自分に不利なことをいうヒラルコの行動は理解できない。

「ヒラルコ…お前なんなんだよ」

「なんなんだろ言われてもなあ。──あんたが予想した通り、ルーちゃん始末しにきたんや」

「!?」

ぐらり、突然視界が揺らぎ、徐々に力が抜ける。

「な…」

「睡眠薬ばっか警戒しててもあかんで?俺は睡眠魔法が得意なんや。…細工なんかする必要ない」

口の端を僅かに歪め、瑠璃色の瞳の少年は言う。

「お前ッ……ルノに……」

「手ェだしたらあかん、言いたいんやろ?おあいにくやな。ホント、」

ずるずると体が床に沈む。シアングは睡魔に抵抗するが、適うはずもなく。

「あんたもアホや。ルーちゃんのこと守るフリして…ホントは見張ってるだけなんやろ」

金の瞳が一瞬見開かれた。が、すぐに閉じていってしまう。

「違う、オレは…ッ本気で…あいつのことを……。」

「オヤスミ」

ヒラルコがドアノブに手を掛ける。そして、ゆっくりとそれを回した。

咄嗟にシアングは手をのばしたが、僅かに指が動いただけ。


『見張ってるだけなんやろ』


(ちくしょう…オレは、オレは…)




ふと、人の気配を感じた。

浅かった眠りのせいかもしれないし、いつもの気配ではないからかもしれない。

浅くても眠りというものはやっかいだ。落ちていくときはすべてを受けとめるゼリー状の物のようだが、起きるとなるとまるで体中にまとわりつく。

その脱出しようともがいた分だけ、反動する。その強い力…睡魔を押し退けた先に、目覚めがあるのだ。

そんなことを考えながら、ルノはまだもがいてもいなかった。今、とても心地よかったから。


だが、体はすぐに命の危険を察知した。


「ん…」

「おこんばんわ」

「シアング…?」

いつのまにか、ベッドの隅で寝るクセがついてしまったようだ。隣にあいたスペースを見るが、シアングはいない。

さらに隣のベッドを見るが…いない。

(そうか…ケンカしたままだったか…。)

今この状況を一つ一つ把握していくうち、徐々に頭は覚醒していく。

「なーに寝呆けてんねん」

「あ…?」

間近でにっこりと微笑むヒラルコ。

「シアングじゃ…ない」

「シアングや…ないで」

「…ん…?…──ヒ、ヒラルコ!?」

「あったりい」

「な、何故!?何して」

「なんやろねー自分の胸にきいてみい」

ヒラルコがおおいかぶさったままなので起き上がれないが、紅い瞳の視界の端に何か映った。


キラリ、と…


「…!!」

「なーに驚いてん?」

「それ、は」

「あーぁ」

にやりと笑うヒラルコが怖かった。とめどない憎しみが、その瞳から流れ込んでくるようで。

「お察しのとおり剣や。あー、待ちわびたでこの瞬間…。…なんで俺の村、焼いたんや」

「お前の村!?知らな…」

「しらばっくれるんやない!」

「!」

ビクリとルノの体が震えた。

「もっかい聞くで」

「違う!本当に知らないんだ!」

「ホンマに?」

「ああ!」

「…せやけどなあ、俺もみすみす手がかり失うワケにはいかないんや」

「手がかり…?あ、…っ…」

ヒンヤリとした感覚の大きな剣…その切っ先が喉に当てられ、指先がピクリと反応した。

「その紅い目…あいつと、関係あるんやろ」

「あいつ…?何を言っているのかわからない…」




「トアン。この先…貴方はきっと…いえ絶対に、『蝶』に会うことにるでしょうね」

「は、はい」

「しかし、『蝶』が死に落ちるか再び空を飛べるかは貴方にかかって…」

そこでヴァリンは言葉を切った。瞳を閉じ、耳をすますように。

「…」

「どうしたんですか?あ、まさか『蝶』の声が」「いいえ」

トアンを遮り、ヴァリンはキッパリと否定した。

「なにかよくないことが起こっています…貴方の仲間が、危ない」

「え!?」

「何をグズグズしてるんですか!!早く目を覚ましなさい!」

「オレ起き方なんてわかりません!どうやってこんなとこに来たのもよくわからないのに」

「そうでしたね。貴方はまだまだ発展途中…。いいですか、心のなかで念じなさい。ただ『起きたい』と。ただそれだけを。」

「『起きたい』…。ありがとうございます」

「いいえ」

お礼を言ってから、目を閉じて願った。

無意識のうちにだした右手に、ドアノブらしきものが触れる。考えるまもなく、勢い良くそれを回した──…



「あ」

目を見開くと、天井。睡眠後とは思えないほど頭はスッキリしていた。

先程のヴァリンの言葉を思い出し、慌てて身を起こす。

「すー…すー…」

やわらかな寝息。隣のベッドで、窓から入る月明かりに照らされていたのはチェリカ。

「よかった…チェリカは無事だ」

安堵するのも束の間、ソファの上にヒラルコの姿が見えない。

「ヒラルコ…?シアング、ルノさん!」

ずり落ちた毛布をチェリカにかけてからトアンは靴を履くと部屋を飛び出す。

「うわ!!シ、シアング!」

驚いたことに、壁にもたれて動かないシアング。

「起きてよ!どうしたんだよ!?」

いくらゆり動かしても起きる気配はない。と、シアングが何かつぶやいた。

「…ルノ…わりぃ…逃げろ…」

「──ルノさん!?」




「俺の村焼いた奴。あんた見たいな紅い瞳とキラキラした灰色の髪。あんたは銀髪やけど似たようなもんやろ」

「…そんなの関係ないじゃないか!」

「黙れ!」

「黙らない!」

「チッ…なんや、以外に強気やな。ってきり泣き叫んで命乞いでもするか思ったんやけど」

「誰が!…それに、私はそんな無様なまねはしない!してたまるか!しかもいわれのない理由で!」

「うるせえ!」


「やめろ!」



まさに。

まさに危機一髪だろう。


トアンの呼びかけに驚いたヒラルコは狙いを外し、その剣は枕に突き刺さった。

すぐに引き抜かれたが、勢いがあったので真っ白な羽毛があたりに降る。


トアンはそれを、場違いながらも綺麗だ、と思った。


ヒラルコが身構えなおす間にルノはベッドから離れ、トアンは逃げ出した彼を背中にかばう。

「大丈夫?!」

「…あ、ああ」

「よかった」

声は優しいが、その目はしっかりとヒラルコを睨みつけていた。

ルノはいつもと違トアンの雰囲気に、瞳を瞬かせる。

(なんだ…?まるで、初めて会ったときと印象が違う…)

あの頼りなげな部分は優しさになり、そして強さになった。確実にトアンは成長しているとるのは悟る。

(焔城の戦い…それにチェリカをリードする立場に変わってきたから…。こいつはこんなにも強くなった。……それなのに…私は…)

「トアン、どけ」

「どかない!」

「自分には関係ないやろ。痛いメ見たくなかったらどけいうてんねん」

「いやだ。…どうしたんだよヒラルコ…。昼間はあんなに優しかったし、暗殺者に襲われたときもルノさんのことかばって…」

「自分で殺らな、気がすまんからな」

じり、ヒラルコがわずかに動く。トアンはその言葉に背筋が凍るような感覚に包まれた。

「…で、でも、どうして…」

「自分、そいつのなんや」

「え?」

「せやから、自分はそいつのなんやねん。なんで首つっこんでくんのや」

「オレは…」

「トアンは私の友人だ。とても大事な」

ルノがはっきりとした口調で、トアンを遮って代わりに答えた。

「ルノさん…」

「そうだろう?」

「うん!」

「でも…本当にトアンには関係ないんだぞ」

「あるよ。ルノさんはオレの大事な仲間で、友達だから。」

トアンが照れながらいうと、つられてルノも照れたように笑った。

「だからヒラルコ!オレはどかない!」

「そか…ならちょい黙っててもらうで!」


剣を構えたヒラルコと対峙する。その時初めて、彼の気迫がビリビリと伝わってきた。

今更だがトアンは自分が丸腰であることに気付き、、手元にあったホウキを構えた。しかしそれはないよりはいい、と言うものだ。

それに気付いたルノが壁にかけてあった自分の短剣を一つトアンに渡す。

「そんなものよりまだこちらの方がいいだろう」

「ありがとう!」

「所詮一剣士…星の道である俺に適うはずない!」

(え!?)

振り下ろされたヒラルコの剣を、いつものくせで手の甲で受けとめようとしてしまう。

(しまっ…今グローブしてなかった!)

慌てて短剣で受けとめるが、慣れないのと慌てていたのでうまく受けられず、ビリビリと腕が痺れた。

「っつ…」

「クリアフール!」

すかさずルノが魔法の詠唱をし、ヒラルコを遠ざける。

「チッ…」

ガキィン!!

剣を交えて、トアンはヒラルコの強さを知った。

(星の道って…こんなにも強かったのか!)

星の道…勇者に与えられる、選ばれた力。

そう、『選ばれた』。

先程の言葉に、少なからず動揺していた自分。


自分ではない

自分にはない


特別な、チカラ。

そんなものに、自分は勝てるのだろうか…?


「トアン。俺はお前には関係ないいうてんねん」

チリチリチリ…

合わせた剣が鳴く。

「関係…ある!」

チリチリチリチリ…

僅かにトアンが押す。それに伴い、ルノが短剣を構えて詠唱を始めた。

「そうか…なら」

「!?」

「ちょっと痛いメにおうてもらうで!」

チチチチ……ガキン!!

ヒラルコが勢いを返し、剣を押した瞬間、音をたてて剣が砕けた。

驚くトアンの脇腹をヒラルコの蹴りが襲い、声をあげるまもなく部屋の壁に叩きつけられた。

ガタン!


「わッ!…ガフッ…」

「トアン!」

「あんたは自分の心配でもしたらどうや?」

じり、とルノに一歩近づく。

慌ててトアンが起き上がろうとするが、鈍い音をたてて首のすぐ横に、ヒラルコが投げた剣がささった。

それはうごくな、というイミで。

「ルノさん…ッ逃げろ!」

「しかし、」

「逃がすわけないやろ!」

「うあ!」

トアンの方に駆け寄ろうとしたルノの首を掴み、壁に押しつける。


「…んッ…う…」

ギリ、指に力がこもった。

「やめろ!ヒラルコ!やめろぉー!」

「く、ん…」

ルノが苦しそうに顔を歪め、ヒラルコの手を引っ掻く。が、ヒラルコは力を緩めず、ますます力をこめた。

「すぐ楽になるで」

「あぅ…ん…!」

苦しみから逃れようとルノが首を動かす。──その時、さらさらと銀髪が崩れ、耳元のピアスが光った。

それを見た瞬間、ヒラルコが目を見開く。


「ちゃう…違う!こいつやない!」

「ゲホッ、ケホ、ゲホッ…」

突然手を離し、それでそのまま自分の頭を抱えるヒラルコ。

それを見ながら、なんとか息を調え、ルノはずるずるとその場にヘタリこんだ。

「ルノさん大丈夫?」

「ああ…ケホッ。ヒ、ヒラルコはどうして?」

「さあ…ヒラルコ、どうしたの?」

「ちゃうんや…ルーちゃんや、ない……。」

なんと彼はボロボロ涙をこぼしながら、悲しみにくれていたのだ。

その様子驚いてトアンとルノと顔を見合わせた。

先程までルノのことを殺そうとしていたのに、突然の豹変ぶりは一体……

「なあ、おい…」

「自分や、なかった」

ヒラルコが顔をあげ、ルノを見つめた。

「でも、俺に残された手がかりは外見しか、ないねん。あいつの耳は…もっとピンと長くて…。すんまへん…」

「…」

つまり彼は。

外見の類似を求め、ルノを殺すため仲間に加わった。

が、実際彼の求める人物の耳は長く、ルノではなかった。それがわかった瞬間、村を焼かれたという憎しみがプツンときれ、自分のした行為に混乱しながらも謝罪をしたのだ。

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