ながいながい雨の中編

第18話 決して、勇者とは呼べぬ人。

溢れる人、熟れた果実の匂い、からりと晴れ渡る空。

トアン達がついた場所は、フィルラーチ大陸の港の中では最北にあるクノンベル港。コートを着てるのはばからしいくらいに暑く、焔城にいたころでは考えられない。

たった一日で、こんなにも気候が違うなんて信じられなかった。

「じゃーな」

暑さにうだりながら、船の上からアクエが手を振る。

「ありがとうアクエさん。…っとルノさん、大丈夫?」

手を振り返すトアンによりかかるルノ。暑さと船酔いのダブルパンチ、すでにその足はふらふらだ。

「ああ…たぶん」

「多分じゃないと思うよ、おっとと」


たった一日でも船旅はそうとうきつかったようだ。折角のリクからのお弁当にもほとんど手を付けず、船室に転がったまま起きなかった、初めて船にのったルノ。


「海流はここの港で折り返し、焔城方面にむかってる。俺たちはこれ以上暑さに耐えらんないから帰るな」

「ありがとー」

「お世話さんです副船長」

シアングとチェリカがおじぎをして、再び動きだした船を見送った。



「まず宿とって、買い物だね」

「おートアンがリーダーやってる」

「へへ」

チェリカに誉められるとやはりくすぐったい。

「んじゃ、あの赤い屋根の宿でいいか?わかりやすいっしょ」

「そうだね」

シアングの言葉に頷き、賑やかな人ごみを掻き分けて、目指す宿に向かった。


「四人…ですね、はい。お部屋はいくつにいたしますか?」

「二つ…」

「一つでいいよーお金節約しなきゃ」

受付の女性とトアンが話しをしていると、チェリカが割り込んできた。確かに節約は重要、だが。

「それに、私一人はやだよ」

「で、でも」

「チェリちゃん、だったらトアンとおんなじ部屋にすりゃいいじゃん?金はありすぎる。使わなきゃ厄介事に巻き込まれるしな」

最後のほうは他人に聞こえないようにトーンを低くして、シアングが囁く。

「え!?で、でも!」

「いいじゃねーかよトアン?まあサービスってやつ」

「サービスって…」

「チェリちゃんは?オッケ?」

「オッケ!」

「じゃ。決まりだな」

部屋は二つで、ああ隣同士にしてくださいというシアングと受付の言葉を、トアンは嬉しいやら緊張やらでどこか遠くで聞いていた。



「さて、宿もとったし、買い物行きますか!ルノ、お前歩ける?」

「…無論だ」

「駄目だなこりゃ」

ひょいと、その軽い体を背中に負ぶさう。

「お、降ろせ!」

「ダーメ。しっかりつかまってなって」

「いやだ!離せってば!はーなーせー!!!! 」

「うん、いい子。さ、トアン、チェリちゃん、行こうぜ」

あっさりとルノを無視したシアングに促されるまま、トアンとチェリカは市へと踏み出した。

「今お金いくらあるの?」

「えーっと」

がさがさ鞄をあさり、一枚の紙切れを出した。実は船の中でやることがなかったため、シアングと二人で所持金を数えていたのだ。財布を二つに分け、一つには必ず5万フォン、その他は今日皆で使い、残りは皆個人の財布に入れることにした。

「…うん。今大体12万フォンもあるよ」

「だね?じゃあさ、まず新しい服ほしいな。結構このローブもがんばったし」

「そうだね。シアング、ルノさん、服から行くけど」

「構わねえよ」

「ああ…」

ぐったりと返事を返すルノのためにも、この人ごみから一刻も早く出たほうがよさそうだ。



たっぷり二時間後、服屋から出てきた時、財布の中身は約9万フォンになっていた。

トアンは黒いシャツの上に茶色のベスト、新しい青地のマントの姿。ついでに紋章の入ったグローブ。

チェリカは淡い色のふわふわしたミニスカートのローブに黒いスパッツ、白いマントにロングブーツ。

ルノは肩までの黒く長いローブに闇色のマント、袖先が広がったアームウォーマー。

シアングは身軽そうな武道着に柔らかな黒いマント、黒いグローブをしっかりはめている。


「おーなんか変わったなあ」

「えへへー」

チェリカがくるくると回った。ふんわり、スカートとマントが揺れる。

彼女は、とてもこの新しい服を気に入ってるようだ。

動きやすーいとか着心地いーとか歌うように言いながら回っていた。


「じゃあ露店見ながら飯食う場所探すか」

「そうだね」

シアングに続いてトアンが歩きだす。なんとか立てるようになったルノとチェリカは、その後を手を繋ぎながらついてきた。




「あ!」

チェリカが足を止めたのは、小さなアクセサリーが飾られた店。店主らしい、若い女性がにこやかに笑いながら手をゆるりと振った。

「どうしたのチェリカ?」

「あ、うん。キレイだなって思ったの」

「本当だ…」

「おい!おいトアン!」

突然服をひっぱられた。一瞬目の前に花畑が見えた気さえする。

「な、なんだよシアング?」

「なんだよって…お前バァカじゃん!?チェリちゃんは今ピアスしてないっしょ?買ってやれよ」

ヒソヒソとした会話は続く。

「か、買ってやれって、で、でもどれを?」

「それはお前が決めるの。ほら早く」

「う、うん」

促されるままアクセサリーに目を向けるが、はっきりいってどれがいいかわからない。

わてわてしているトアンを見兼ねてか、シアングが助言を出した。

「チェリちゃんの見てるほうよく見んだよ。一緒にきてる買い物ならそれがわかるって」

「なるほど…!」

「なんか気に入ったものがあれば、それを見た瞬間目がとまって、そのあとちらちら見ちまうもんなんだ」

「ありがとう!」

礼をいってからすぐに、チェリカの目をこっそり追う。とまらない、とまらない、とまらな──とまった。

ほんの一瞬だが、小さな羽根が揺れる小さなピアスに、目がとまった。

すぐに目は動きだしたが、トアンはしっかりと見ていた。

「あ、あのチェリカ」

「んー?」

「どれか…買ってあげるよ」

「ホント!?へへ、でもねーいいんだ」

「え?」

「いーの。さ、もういこ?」

面食らうトアンを置いてチェリカは歩きだす。

「あ、まってよ!」

人波に隠れて見えなくなる…背中はすぐにシアングとルノが追ってくれた。シアングはトアンに目配せを送ったが、トアンは気付かない。

後を追って…いや。

ぴたりと足を止め、例の羽根の飾りがついたピアスを手に取った。

「これください」

「わかりました」

慣れた手つきで、手早く包んでくれたそれをポケットにいれて、代金の780フォンを渡した。この分は自分の分から引くことにしよう。それから仲間の後を追って駆け出す。


そんなトアンの背中を、女性はとてもやわらかな微笑みで見送った。



「遅いぞ」

「ルノさんごめん」

この暑さの中私を待たせるとは、とブツブツと文句を続けるルノをシアングが代わってなだめ、トアンに目線を送った。

それに笑って返し、シアングだけに見えるようにポケットをポンと叩くとシアングも笑う。それを見て、チェリカとルノは首をかしげた。

「それにしてもあっちいなー。何でこんなにマント厚いんだ?」

「この大陸はこれから寒くなっていくらしい。だからだろうな」

「おお!ルノ様の知識が炸裂してる!」

「うるさい」

人ごみの真ん中でふざけだした(片方は真面目なのだが)二人は放っておき、トアンとチェリカは視線を巡らす。…と。

「あ、ここのお店でご飯食べよう!いー匂いがするー」

「そうだね。ルノさん、シアング、ここにしよう」

目の前の大きな店に決め、四人は人ごみを避けながら店に入っていった。


カランカラーン…


「いらっしゃい!四人かい?」

中に入ると、驚くことに冷たく心地よい風が頬を撫でる。掃除の行き届いた清潔な店は、かなりの人に溢れていた。

「はい」

「おーい!四人様奥のお席にどうぞ!」

店主の男性の指す方向にある四人掛けの席につくと、すぐに水が運ばれてきた。

その水を運んできたのは小さな少女。だがその髪や肌は薄く透けて、周りの景色が見える。

「あい。お水です!」

「ありがとう」

「あい!メニューになりますです!」

「あ、ねえ君は…?」

「氷娘…アンティーだ」

トアンの質問に、少女に代わってルノが答えた。

「アンティー?」

「そう。周りに心地よい冷気をもたらす辺境の魔物。…何故こんなところに?捕らえられているのか?」

ルノが椅子から降りてアンティーと視線をあわせる。

「いいえ。リッキーはてんさんのお子さんなのです!」

「てんさん?店主のことか?」

「あい!」

リッキーと名乗った少女はポケットから伝票を出した。

「おきまりですか?」

「私鳥とトマトのドリアー!」

チェリカがトアンにメニューを回す。

「じゃあオレシーフードドリア。はいシアング」

「あー?あーんじゃジャガイモとベーコンのグラタン。はいルノ…ってもお前こういうの食える?」

「…どういう料理だ?」

「見りゃわかる。…こってりしたやつ」

「そうか…」

ちらりとルノはチェリカの腕を見る。決して太くはないが、ルノの腕よりはしっかりしていた。

「食べる。マカロニとブロッコリーのグラタンがいい」

「あい!わかりました!」

「ちょっとまて。お前今何で決断した」

「チェリカより少しでも多く食べてしっかりする。今決めた」

きっぱりと言い切ったルノは椅子にふんぞり返ると水を飲んだ。

「お前…最近わがままだな…」

「ね、ねえ。何でこんなに暑いのにグラタンとかドリアとか食べるんだろう?」

「ホントだねえー。メニューにもそれだけだったし」

種類は多かったけど、と、慌てて話題を変えたトアンにのんびりとチェリカがのってきた。

「この大陸はこれから寒くなるのだろう?だから今のうちに脂肪を貯えておくんじゃないか」

「その通り」

ルノの言葉に、いつの間にか側にいた店主が答えた。

「頭がいいんだな姉ちゃん」

「私は『姉ちゃん』ではない!」

「店主さん、この人は私の『お兄ちゃん』なんだー」

えへーとチェリカが笑う。

「あーそいつは失礼。うちのメニューは大盛り基準でね。喰い切れるか聞きにきたんだ」

「オレ喰える」

「オレも食べられる」

「私余裕だよー」

「…」

「すいません、やっぱこいつの軽くしてやってください」

黙りこくったルノに代わってシアングが言う。

「おい!余計なことを」

「お願いします」

「はーい」

店主はにかやかに笑うと店の奥に走っていった。



「やっぱりお兄ちゃん軽くしてもらってよかったね」

「あーそうだな」

テーブルに運ばれてきたのはグラタンやドリアの皿…いや、皿というか桶というか、とにかく大きな皿だった。トアンは早くも戦意を失いかけたが、チェリカはさっそくスプーンを取り、シアングは面白そうに頷いた。しかしルノはうんざりして顔を背ける。

「んー!おいしー!」

「…熱くないか?」

「んん? お兄ちゃん熱いのダメ? おいしいのに」

トアンも一口食べてみる。熱々のソースとこんがりとしたチーズ、プリッとした海老も、なるほど、とてもおいしい。…だが、量が量だ。

「トアン、あーん」

「え、ええ!?」

「おいしいよ?ほらあーんして」

どうしたの?と首を傾げながら、チェリカがスプーンを差し出す。

なお戸惑っていると、シアングに足を蹴られた。

正直かなり痛い。


「あ、あーん」

「あーん」


不自然じゃないように、できるだけ素早く綺麗にスプーンの上のものを食べ、ゆっくり離れた。


「ありがと…お、おいしかったよ」

正直味はほとんどわからなかったが。

「うーんおいしいよねー。はいお兄ちゃん」

「…いい」

「お前食えよー」

「もう入らん!」

「バーカ」

「お前に言われたくない!」


なんとかテーブルの上の皿が片付いたのはチェリカのおかげと言えよう。ゆっくり休んでいると店主がやってきた。

「おお、すごいねお嬢ちゃん」

「すっごくおいしかったんでガンガンいけたよ!」

「嬉しいねえ。うちの料理をそんなふうに食べてくれるお客さんは、最近お嬢ちゃんとあの子くらいか」

「あの子?」

苦しい息の下ルノが口を開いた。

「うん、あそこの草色の髪の…あ、食べ終った」


「おっちゃんごっそさん!うまかったで!」


カランとスプーンを置いて、歳17、8草色の髪の少年が近寄ってきた。まだ幼さを残しながらも、その瑠璃色の瞳はとても強い。

「ありがとよ!そんなに食ってくれてこっちも嬉しいぜ」

「店主さんの腕がええねん。ん、すごいなここ!」

少年はテーブルの上の皿を見て驚き、順々にトアンたちの顔をみた。

(あれ…?)

最後にルノを見た瞬間、少年の目は驚愕と深い憎悪を覗かせた。──一瞬だけ。ほんの一瞬だけだが。


気のせいだったのかとトアンが首を傾げると少年はにっこりと笑いかけてくれた。

「君はー?」

チェリカが人懐っこい笑いを浮かべる。

「ああ堪忍な。俺、ヒラルコ言うねん」

「私はチェリカだよ」

「よろしくな、チーちゃん」

「チーちゃん…よろしくねヒラルコ」

そういう風に呼ばれるの初めてだよーとチェリカがさらに笑う。そんな彼女を見て、やはり先程のは間違いであろうとトアンが席を立った。

「オレはトアンです」

「トアンか。よろしくな」

ちらりとシアングを見ると、ヒラルコを疑うような目をしていた。

「どうしたの?」

「あ、わり。……シアングだ」

「よろしくな」

チェリカに促されてシアングが笑いかけた。いつも通りの笑顔だ。

「よっしゃ!あとはそこの銀髪やな!」

「…よろしく」

だるそうにルノが言う。

「おいおいおーい!名前聞いとらんがな!」

「そうか。……ルノだ」

「ルーちゃんね、おし」

「なんだそれは!」

「ええねんええねん!気にすんなや!どや、店主!ここは俺の奢りや」

「だめですよ!」

「ちーさいことは気にすんな」

ヒラルコは素早く店主に代金を支払うと、さあさあとトアン達を立たせると外に出た。


「ねえヒラルコ、やっぱり悪いよ」

「ん?ええよ」


「でも」

チェリカがなお口を開くと、ヒラルコが片目をつぶった。

「そやな。代金の代わりに頼みたいことがあんねん」

「何ですか?」

「俺を仲間に入れてほしいねん」

「いいよ!」

「ダメだ」

頷いたチェリカに代わってシアングがきっぱりと言った。

「どうして?」

「どうしても」

「でもヒラルコ、いい人だよ」

「…」

また、なにか疑うような目。シアングはその後とくに何も言わず、ついと目を逸らす。

「ごめんね」

「ごめんなさい」

トアンとチェリカが謝ると、ヒラルコはええよ、と笑った。

「シアング、そんなこと言うな。すまないなヒラルコ、あいつの言うことは気にするな。歓迎する」

続いてルノが謝罪をした。よっしゃありがとな、といいながら、一瞬ヒラルコの瞳に何か過った。


「あのなあ、馬車持ってっか?」

「馬車?」

「そうや。この港に馬車と馬、それで5万フォンくらいで買える店があんねんて」

今トアン達は、新しい地図を買いに、地図屋にいる。シアングは相変わらずヒラルコと少し距離をおいていた。

「次はどこいくん?」

「まだ決めてないけど…」

「そうなんか?でもな、一番近い町でも遠いねん。ほら」

商品のうちの一つをとって、彼が差した地図上の点は、確かに森をこえた先だった。それ以外の町も相当遠い。

「じゃあ馬車が必要だね」

「チェリカ」

「だってさトアン?この大陸大きいし、それこそ馬車必要だよ」

「あ、そうか」

「ねー?」

ヒラルコが説明するのに使った地図を買い、地図屋を後にする。

「おいシアング。いい加減に機嫌を直さないか」

「…ルノ。オレからしばらく離れるな」

「は?」

「いいから!」

いうやいなや、シアングはルノの手を痛いほど掴むと自分の後ろに下がらせた。

「っつ…痛い!なんなんだ!」

「あいつには気を付けろ。なんかあったらすぐオレを呼べ」

「意味がわからない!」

「…」

「おい」

「…」

「なあ!」

それ以降はシアングの口は閉ざされ、ただヒラルコを睨んでいた。

それにヒラルコは振り返って笑って返す。

それでも、一瞬なにか強い──…


「馬車ってどこに売ってるの?」

「んー…ああ、あそこでも売ってるで」

「ホントだ」

レンガでてきた小さな家、赤を基本とした色使い。とても可愛らしい、そしてとても小さい。

花を模したランプがちらちらと揺れる店の扉を開けると、花を模したベルがカラコロと鳴った。

「いらっしゃい」

店にいたのは、一人の老人だった。

「おお、若いお客さんだね。それに奇妙な顔触れ。空の子に竜の子、夢幻導士に…星(あかり)の道ではないか」

順々にみてから老人は頷いた。

「あかりのみち?ヒラルコだよね。なあにソレ?」

「あー…ま、ええねんええねん。それよりジイちゃん、馬車欲しいねん」

「ああ、ああ。馬車かい?あるとも。小さいが」

老人がささくれだった指で窓を指す。すかさずトアンがのぞくと、真っ白な馬車と闇夜のような美しい雌馬がいた。

「すごい!!」

「きれい!!」

横で背伸びをするチェリカも目を輝かしている。

「綺麗な馬じゃろう?」

「うん」

「あれは気性が激しいがいい馬じゃよ。馬車つきで6万フォンじゃ」

「あーかーんーってジイちゃん!んなだせん!」

ヒラルコが進み出てにっこり笑う。

「ではいくらまでじゃ?」

「4万5000フォンや」

「元気のいいことじゃなあ。5万3000」

「あかん。4万8000や」

「ならば5万1000」

「ジイちゃんいい老後おくれや。成立やな」

ヒラルコの説得により、かなりの値引きをした一行だったが彼は少し不満げで、

「もっといけたかもしんない」

と言うのが彼の感想だった。

「馬の名前も決めなきゃ」

「そうだねー」

トアンとチェリカは上機嫌で外に出たが、ふいにチェリカが足を止めた。

「…どうしたの?」

「今のおじいちゃん…どうしてお兄ちゃんが『空の子』ってわかったんだろ…」

「わからない」

言ったのはルノだ。

「あの老人からは何か不思議な気配がした」

「お兄ちゃんも?私も思ったんだよ…あ、ヒラルコ、星の道って結局なんなの?」

「そやったな-。ま、改めて自己紹介しよ。俺はヒラルコ・バングー。山ン中の辺境の村出身や。あ、この喋り方は俺の国の訛りやで。んでもって星の道っちゅーのは、……。んまあ簡単に言って勇者ってとこや」

「勇者!?すごい!」

「でもな、あんまいいモンじゃないねんで……」

そういったヒラルコはとても悲しそうな顔をした。

そしてそれ以上は何も言わず話をふる。

「トアンたちはなんなん?」

「あ、オレは夢幻道士っていう夢を使う一族です。といってもまだわからないことばかりですけど…。この子はチェリカ。えっと」

「天空の王国エアスリクの…子だよ。それからあっちが私の双子お兄ちゃん」

『子』ということを強調し、兄を指す。

「双子?!全然にとらんな」

「どこか雰囲気は似てるけど」

トアンが言うと、双子はうれしそうに笑った。兄は少し顔を赤くして、妹はとろけるように。

「それにエアスリクって伝説の…ホンマに?」

「ホンマにー」

「それにしても双子…か」

どこか遠くをみて、ヒラルコがつぶやく。

「ホンマに…なんか…?」



シアングも簡単に紹介を終え、馬車と馬は宿に届けてもらうことにした。あとはブラブラ町をまわり、すっかり暗くなったころ、宿に帰る道につく。

「もう星が出てるー。あ、ねえトアン」

「え?」

「やっぱり私とお兄ちゃん、似てないかな」

「双子にして考えると…。あ、いや、だって髪の色も瞳の色も違うから…。夢幻道士なら瞳は紫だけど」

「そっかぁ…。」

ほんの少し瞳を伏せて、チェリカは言う。

「…ごめんね」

「ど、どうして?」

「トアン、まだ夢幻道士のこと…?」

そこまでいって彼女は言葉を切った。

(オレが一族を嫌がってるとか嫌ってるとか思って、あやまったのか。)

「ううん。チェリカや皆がいるし、許してくれたし。自分のこともっと知りたいと思う」

「よかった!」

薄暗い道に声が響く。

「オレも、ヴァリンさんみたく予知夢とかできたらいいのになあ」

「あはは!だったらさ、ね、今日見た夢は何だった?」

「今日?今日…何か見た気はするんだけど。…んー」


『片目の蝶の片翼はもがれてしまった…このままでは上手に翔べない…蝶は死んでしまう!お願い、あの子を助けて…』


真っ暗な闇のなか、金髪というよりクリーム色の髪の女性がこちらに背を向けて泣いている。


トアンはそれを、どこか遠くで見ていた。

『しかたなかった。あれは…あの子を守るためには』

暗やみから別の声が重なった。男のようだ。

『あの子が…片目だから!?右目だけが紫だから!?』

『違う!あの子は、あの子は…″心繋ぎ″だからだ!』

『だからって!!だからって…!可哀想に私の坊や…いえ坊やたち!』



「トアン?トアンー」

いきなりザワザワと周りの音が聞こえてきた。顔を上げれば、心配そうな顔をしたチェリカがいる。

「あ、ああ…ごめん」

「大丈夫か?」

「うん。ルノさん、大丈夫だよ」

「どうしたの?」

「いや…。今朝夢をみたんだよ。でも全然思い出せなくて、でも今いきなりでてきたんだ。」

トアンは今見た光景を皆に話した。全員複雑そうな顔をしたが…

「紫の瞳がでてきたってことは…きっと夢幻道士が関係してるんだと思う」

暗い路地にトアンの声が響く。

そのときだった。


「あ」


店の裏の薄汚れた壁。さらにその先の屋根を見て、チェリカがすっとんきょうな声をだした。

トアンもそれを追い、──…

一瞬、一瞬だ。

白いマフラーが、星灯りを背負った黒い影とともに見えた。

「…!」

声を出す前に、その影はフッと消える。驚いて目を見開くが、静寂。

「うわ!!」

それを破ったのはルノの悲鳴だった。


「ルノ!」「ルノさん!」「お兄ちゃん!」


「脱走者ルノ、てめえを始末する」

振り向けば、巨大なカマをがルノの首にかかっている。動けないルノの後ろで、短い金髪…クリーム色の髪が星の灯りにキラキラと輝く。

右目には、眼帯。驚くような白い肌の少年が立っていた。

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