第16話 淡雪の唄
とりあえず今日は、文句があっても互いに何も言うなというテュテュリスの言葉に従い、トアンたちはチェリカとの再会に喜びを向けることに専念した。
アクエは何かいいたそうにしていたが、ムククヒルににらまれたりシアングに警戒されたり、リクに怒られたりて渋々部屋に帰っていった。
「びっくりしたよ、すごい強い人がいたと思ったらチェリカなんだもん」
「トアンは弱かったなぁ」
「なッ!」
「嘘々。加減してくれたんだよね。強かったよ、十分」
あはは、チェリカが笑う。
部屋の中にはベッド二つにソファ一つ。
窓をあければ小さなベランダがある部屋に、トアン達四人は集まっていた。
「そっか、チェリちゃん剣も使えたんだっけ」
「シアング知ってたの?」
トアンが不満そうに言うとシアングは忘れてた、と言った。
「小さい頃、ルノの代わりに王子になろうとがんばって稽古してた…よな?」
「うん」
「…すまない」
「ん?」
口を開いたのはルノだ。
「私の」「違うよ」
遮って、チェリカは言う。
「私がしたかったからしたんだもん!…あ!」
ポケットにつっこんだままだったピアスを取り出す。
「これお兄ちゃんのだよね」
「…ぁ」
「お兄ちゃんを助けようとして旅してた時、何回も助けられたよ」
そういえば、とトアンは思い出した。
チェリカと出会いたてのころ、村に魔物が現れた。何とか倒したものの、ほっとして気が抜けたチェリカを助けるため怪我をした時、そのピアスを当ててもらったら楽になった。
その後も度々ピアスの力の世話になっていたし、かなり助けてもらった。
「もともとルノさんのなの?」
「いや、違う」
ルノは首を振る。
「これは、私とチェリカの母さんの物だった」
「そうなの?」
「あぁ」
「お母さんが旅してるときにつけてたんだって」
チェリカはクスリと笑った。
「だからチェリカ、母さんの物なら私とお前で一つずつ持てばいいじゃないか」
「ダメだよ」
「何故だ?」
「だって、これお兄ちゃんの力を押さえる為でしょ?」
「…は?」
すまして言うチェリカに、ルノはポカンとする。
「氷の魔法って言うのは精霊が気まぐれで、いつ精霊の力が流れ込んできて暴走するかわからないから、何かに力を封じて暴走を押さえるんだよね」
「…そうだが」
「それにこれはお母さんがお兄ちゃんに渡した物だし」
「だが!」
「私にもうそれは必要ないもん」
チェリカはルノの前まで歩いていくとにっこりと笑う。
「これからはお兄ちゃんが治してくれるんでしょ?」
「つまり一緒にいろ、ということか?」
「うん!」
「…ふ。わかった。」
チェリカにつられてルノも笑った。
「これからどうすんだ?」
しばらくした後、シアングが言う。
「そうだねぇ…最初の目的の『お兄ちゃんと会う』は達成したし」
「だがアリスの箱庭はまだ実在する。」
ハッキリとした嫌悪を表すルノの口調に、トアンは気が重くなった。
すぐに気付いたチェリカがトアンの服を引っ張る。
「トアン、トアンが悪いワケじゃないってば」
「そうだ。…すまない、私も無神経だったな」
「ごめん、二人とも…」
「お前の親父だって悪いとは限んねーぞ」
シアングの言葉に、トアンは顔をあげる。
「どういうこと?」
「そうだな…トアン、お袋は?」
「わからない」
「…とりあえずトアンのお袋が不治の病かなんかで、それを助ける為にアリスの箱庭にいるとか」
「え?」
「だから、何か知らねーが願いがあって、それを叶えるためにいるんじゃねーかってこと」
「…そうか」
かなり無理矢理だが、問いただしてみたい。
許されることではないが、まだ父に失望しきれる訳じゃなかった。
「決まりだね!次の大きな目的はアリスの箱庭の真実を突き止めるのだ!」
チェリカが拳をあげるのに、その場に居た全員が続いた。
「そういえば、チェリカとルノさんのご両親は?」
存在は知っていたが、今どこにいるか全く会話にでてこなかった。
「…いるよ。けどいない」
「え?」
「…実は…。」
チェリカが目を伏せたのに対し、ルノは首を傾げる。
わからない、と。
「あのね、…お兄ちゃんが幽閉されてからすぐに、…。封印されたの」
「何?!」
ルノが立ち上がるのを見て、シアングが止めた。
「落ち着けって。お前知らなかったのかよ?」
「知るわけがないだろう!」
「何で親父とお袋が助けにこなかったか疑問に思わなかったのか?」
「それは…それが得策だと」
「バッカじゃーん」
「何だと?!」
「どこの世界に自分の子供が幽閉されて黙ってる親がいんだよ」
「だが…」
「封印って…誰に?」
黙り込むルノに代わってトアンが聞く。
「…クラインハムト。叔父さんだよ」
「あの男、アリスの箱庭に私を売って、しかもアリスの箱庭を操ってた」
「そうなの?」
チェリカが目をぱちくりとさせる。
「じゃぁそいつが黒幕か」
シアングがにっと笑ってチェリカとルノ、トアンの頭を順に撫でた。
「んじゃこの後の進路、どーする?」
「私はどこでもいい」
「私もだよ。…トアンは?」
「え?!あ、…。特に…」
話を振られて慌てるトアンをシアングがつつく。
「しっかりしろよリーダー」
「え?!な、何でオレが?!」
「だって一番常識あるのトアンだし」
チェリカがコロコロと笑った。
「そ、そんな!常識ならルノさんの方が」
「こいつ変なとこでボケるぜ」
「誰がボケだ!」
からかうシアングにルノがつかみかかる。
「それにシアングの方がみんなのお兄さんみたいでリーダーっぽ」
「こいつは無理だ!酒好きでお節介でうっとうしくて!」
「言ってくれんじゃん」
バチバチとにらみ合う二人はほっといて、チェリカが口を開いた。
「やっぱトアンだね!」
「…う、うん」
あまり乗り気ではないが、誰かに頼りにされるのは嬉しいものだ。
トアンがソファで寝て、チェリカがベッドの一つで寝ている。
「もう寝ちまったのか」
シアングはふっと笑ってずれた毛布を直してやる。
「疲れていたんだろう」
「お前は?」
「…そろそろ眠い。今日はいろんなことがあって…疲れた」
ルノは窓に手をつき、空を眺めた。
外では月がでているのに雪が降っているが、あいにく窓は曇っていて外が見えない。
「風ひくぞ」
振り向けば、いつの間にか後ろにシアングが立っていた。
「窓…冷たいな」
「そりゃな」
「…シアング」
「ん?」
曇った窓に視線を戻し、ルノは言う。
シアングからルノの表情は読めないが、声は沈んでいた。
「…」
「どうしたんだよ」
「実は、な」
「あぁ」
「暗殺者の…ことなんだが」
「お前を狙った奴か」
「そうだ。…このままトアンたちと一緒にいれば、きっと巻き込んでしまう」
「何言ってんだよ、敵は同じ。それにちゃんと守ってやるから。…一人でトンズラしたら三人で地獄の果てまで追いかけるからな」
「迷惑だ」
「なら一人で行くな。オレたちが守ってやるから」
「…そうか…この種といい、お前等といい…私は守られてばかりだな」
ルノは曇った窓に、額をコツンと当てた。
この時窓の外に一人の少年がいて、同じように額を当てていることを、ルノは知らなかった。
その少年こそルノを矢から救ったことも、失ったと思ったその少年が生きているということも、ルノは知らなかった。
「おっはよ──ッ!」
ドスン!
「うッ」
うめきながらトアンが瞳を開けると、満面の笑みのチェリカがいた。
「あ…おはよう」
「うん!」
「朝から元気だね…」
「えへへ!みんなで同じ部屋に泊まれたから嬉しくって!」
「そっかぁ…」
チェリカはトアンの腹の上に座っているが、重さは殆ど感じない。
重さの代わりに感じたのは、最初に飛び乗られた衝撃だけだ。
「軽いねチェリカ」
「そう?」
上半身だけ起き上がってみたが、思わずチェリカの顔が近くにあって、トアンは再び頭をソファに沈めた。
顔が熱い。
「ル、ルノさんたちは?」
「んー」
チェリカは首だけ回して、すぐに視線を戻した。
「まだ寝てるよ。シアングも一緒にね」
「そ、そっか」
やましいことはしてないとはいえ、チェリカは自分の兄が男と寄り添うように寝てるのに、何も思わないのだろうか。
…彼女はそういうことについてほとんど無頓着だ。
鈍いのかなんなのか…
その時。
グー…
トアンの腹がなった。
「あ…」
さらに顔が赤くなるが、チェリカはクスクス笑うと
「あーお腹へったねぇ」
と言う。
「そ、そうだね」
「ここってご飯どうしてた?」
「シアングとリクさんが作ってたよ」
「リクさん?シアングならわかるけど…料理上手いの?」
「うん、上手いよ」
「そっか!でも、シアングとどっちがうまいかなぁ?」
「ん…どうだろ」
両方上手いんだけど、とトアンは思う。
この会話を偶然にも少し前に起きていたシアングは、しっかり聞いていた。
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