第11話 思いの鎖

カシャンッ…


震える手でもう一度握るも、再び短剣は床に落ちた。

「…私…」

へたりと床にすわりこんでしまったルノに、トアンが声をかける。

「ルノさん」

「…トアン」

「大丈夫ですよ。ね?」

「……。」

どんなに励ましの言葉をかけても、その瞳から不安が消えることはなかった。




「ふむ…」

長椅子に座って足を組みながらテュテュリスは口を開いた。

「チェリカを、実の妹を刺したことで戦いそのものを体が拒否しているようじゃの」

「でも傷は治ってたよ?」

トアンが言うと、テュテュリスが足を組み替えながら答えた。

「その刺したという事実が、問題なんじゃよ」

「ジジイ…そんな何回も言うなよ」

顔を伏せていたルノがシアングを見る。

シアングはニッと笑うとルノの頭をがしがしと撫でた。

「で、どうすりゃいいんだ?」

「ルノがどうしたいかじゃ。…ルノ、戦う力を取り戻したいか?」

「………。足手まといはイヤだ」

「なら、無理矢理にでも引き出すかの。シアング、二階のホールを使ってルノと戦え」

「え、オレ?!」

「うむ」

「使用武器は己の拳。魔法は使いたいときに使って構わん」


広いホールに入り、テュテュリスが告げた。

動きやすいよう黒のタンクトップとズボン姿になったルノの先には、上着を腰に巻きつけた困り顔のシアング。



「トアン、リク。危なくなったら止めるのじゃ」

「う、うん。…でもテュテュリス、本当にやるの?」

「やる。さ、二人とも用意はいいかの?」

「あぁ」

「…いちおー」

「それでは…」


「試合開始ッ!」


「はっ!」

「おーっと」

ルノの拳を軽くうけると、そのまま腕をつかみ引き寄せた。

「お前さぁ…本気でオレにかなうと思ってんのかよ?」

「離せ!」

「魔法使いのお前が、魔法を使わないで勝てるわけないだろー」

「わかったモノか」

「ジジイも何考えてるんだか…大人しく…ッ?!」

ガスッ!


至近距離の膝蹴りが見事に腹に決まり、シアングがうめいた。

「…ッいってぇッ!」

「もう少し真面目にやったらどうだ?!」

「そうかよッ!なら後悔すんなよ!」

伸ばした手がルノの足首をつかむ。

「ディブライズ!」

「う、あああああッ!!」

「シアングストップ!何したの?!」

「やべッ!ルノ、わりぃ!」

ルノは右足をかばうように倒れたまま、ビクッ、ビクンッと体をケイレンさせる。

「ルノさん大丈夫?!」

トアンがその右足に触れた瞬間。

「うあァッ!」

「え、ごめんなさいッ!」

「しびれ、か」

テュテュリスが苦々しい顔をしながら言った。

「え?」

「トアン、足がしびれたことはあるじゃろ?触られるのは辛い~、動かすのも辛い~、動かさないでしばらくしてから動かすのはもっと辛い~という…」

「何それ…ι酷くまぬけに見える…」

「シアングは雷鳴竜の子じゃからのう…宝石や詠唱無しでも簡単な雷の魔法は使えるのじゃな。悪いがリク、また風呂の準備を頼む」

「お風呂ッスか?」

「うむ。ルノ、少しは楽になったかの?」

「…~ッ…ぅ…」

「まだ辛いか。わしのとこの温泉に入れば楽になるぞ」

「今が、辛い…ん、だッ…!」

「風呂がわくまでほれ、もう一試合するか?」

「ジジイ…こんな状態じゃルノは戦えないだろ?」

シアングが不満そうに言った。

「ほう…お主、これを狙ってたのか。よかったのうルノ?随分愛されていて」

「な、」

「ほっほっほ。」

「なに言ってんだよ!」

シアングが顔を赤くして叫んだ。

「なにをいうもなにも、今の戦いこそが証拠。シアングはルノを傷つけたくないから試合続行不可能にしたのじゃ。…ルノ、傷はないじゃろ?しびれるだけで」

「…。あぁ…そうか…」


ルノはポツリとつぶやいた。

「だぁーッ!もーいいんだっつーの!ほらルノ、立てるか?」

「…」

「しょーがねーなぁ…よッ!」

ひょいとルノを担ぎあげるとシアングは笑った。

「おろせおろせおろせ!あ、足に触るなーッ!」

「ちったぁ静かにしろって」

「できるか!貴様、調子にのるなぁッ!」



「トアン、寂しいか?」

「え?」

ルノとシアングが出ていった後テュテュリスが言った。

「話に入れなくて」

「いや…別に…」

「ほっほっほ。無理はせんでいい」

「オレは…」

「ん?」

テュテュリスは微笑むと、耳を寄せてきた。

「正直寂しい…。でも、すぐに笑える。楽しいから、大丈夫だよ」

「そうか。偉いのう」

トアンが笑うとテュテュリスも笑った。

「そろそろトアン、わしと取りにいこう」

「え?」

「晩飯の材料じゃ」

「材料…?」

「まぁついてくれば良い」



テュテュリスの後について階段を降りる。

真っ暗な階段が永遠に続くのかとトアンは少し不安になった。

「もうすぐじゃ」

「地下で野菜でも育ててるの?野菜って日光がないと…」

「わかっておる、わしがどれだけ長生きしとるか知らんのか?…ほら、着いたぞ」

不意に、サッと優しい光がさし込んできた。


「う、わ…」


サワサワと揺れる草。のんびりとそれを食べる牛。

風車はゆっくりと回り、鳩が飛ぶ。

小川に流れる水は優しくきらめき、羊がそれを飲む。

「ここは…」

「ここが我が城の地下牧場。春になるまでここで動物たちは暮らすのじゃ。お、ヒヨさん。卵はどこかの?」

テュテュリスは足もとに寄ってきた鶏に笑いかけた。

広い部屋の中心にある細い塔の頂上は、まるで太陽のように輝いている。

「テュテュリス、あの塔は?」

「あぁ、あれは太陽の代わりじゃよ」

「えぇ?!」

「あれがわしの竜の玉。焔竜の玉じゃよ」

テュテュリスは鶏の後についていき、小さな林の中の巣に産み落とされた卵をとった。

「すまんの、ヒヨさん。ほれ、トアンも探せ」

「う、うん」

「ここは長い冬の間の仮の牧場。本当なら外でのんびりさせてやりたいが…凍えてしまう」

「あ、いたた!」

「そのうち春になると思うが…風がふかんからのぅ」

「テュテュリス!つつかれたよ!」

「きいとるかの?…ま、よい。なら野菜とってこい」

差し出されたメモを受け取って、トアンは歩き出した。

しかし、なぜかその紙には「ニンジン」というところだけ太字になっている。

「この字は、シアングかな?」



ルノはむっとしていた。

目の前にあるおいしそうな食事にまったく手をつけず、満足そうなシアングを睨みつけていた。

右足はまだ痺れるようで、それがさらに彼の機嫌を悪くしているようだ。


「ルノ、くわねーの?」

「…何か恨みでもあるのか?」

「ねーよ。ただ、お前今朝のスープのニンジン残してたから。まだ治ってねぇのかなって思って」

「いらない」

「うん?」

「いらない!」

「なんだと?」


ガタン!


音を立てて椅子を倒してシアングも立ち上がる。

ルノは本当に不機嫌だが、シアングはどこか楽しそうで。


「逃がさねぇよ?足、なかなか動かないんだろ?」

「…ッ」

「だったら大人しく食え」

「嫌だ」

「まだ言うか」

「貴様が食え!」


「あ、あのさ」

また乱闘になりかけない二人の間にトアンがなんとか入ると、

「ルノさん、あのさ、」

「何だ!」

「ニンジン…嫌い?」

「ッ!………そうだ」

ポツリと言うルノが、なんだか子供に見えた。

「しかもこいつ小食だしさーぁ。チェリちゃんみたいにガーッと食べてくれるとオレとしてもうれしいんだけど」

「知るか!」



そろそろ助けをだすかの、テュテュリスがそうつぶやいてリクを呼ぶ。

リクの手には、ニンジン抜きの料理の皿が乗っていた。



「明日は西の森の方にチェリカを探しにいくぞ。じゃから、今日は早く寝なさい」

「はーい」


皆を部屋から出した後、テュテュリスは一人考えごとをしていた。


(最近おかしなことが起こりすぎている…精霊の減少、それにわしの力の衰え……スイに連絡をとるべきか?)

ふっと顔を上げて、夜空を見上げた。


「スイ…。」



トアンたち三人が眠る部屋の前で、テュテュリスは笑った。

「景気づけにいっちょいたずらするかのう」

中をのぞくと、三人分の寝息が聞こえた。

「しめしめ…」



「うわああああ!」

「痛い!痛い痛いいたい~!」



「何だなんだ!?」

突然の悲鳴にシアングとトアンは起き上がる。

と、ランプを持ったリクが飛び込んできた。

「どうしたんスか!?…って何やってんスかあんた!」

明るいランプに照らされたのは、

頭をかばったテュテュリスと枕と手にしたルノだった。

「乱暴じゃのう…本当にあの二人の子供か?」

「ほうっておけ!」

「ジジイ…一体何したんだよ?」

「……むぅ。さすがのルノも寝込みを襲われたら魔法が出るかと思ったからのう。」

「何考えてんスかあんたは!すいませんねールノさん」

「…別に…」

「はーなーせー…」

テュテュリスが引きずられて廊下の暗闇に消えていく。

「びっくりした…。シアング、ルノさん、寝なおそう?」

「そーだな。…ルノ?どうした?」

「…いや、」

ルノはじっと自分の手を見つめたまま。

(…今…魔力が…)

一瞬だけ。

(考えてもしょうがないか…)

枕に頭を埋めると、なんだか安心した。


ボーンボーン…


廊下の壁掛け時計がなった。

ルノは寝付けないまま、体を丸める。

(…寒い)

入浴で温まった体はすっかり冷え、寝付けそうにない。

(テュテュリスのバカが…あのまま寝かせてくれればよかったものを…)

忌々しげに舌打ちした、そのとき。


「…眠れねえのか?」

「!?」

顔をあげると、隣のシアングと目が合った。

「貴様、寝ていなかったのか」

「いや…お前が寝れねぇみたいだから起きた」

「な、」

「まじで」

「…起こしてしまったのか」

「そーゆーわけじゃねぇけど。」

ルノはむくりと起き上がるとベッドの横に立った。

ひんやりとした床に、思わず身震いする。

「…シアング」

「ん?」

「そっち…行っていいか」

「へ?!」

思わず変な声を出したシアングに、もう一度言う。

「寒いんだ。行っていいか?」

「あ、あぁうん。いいぞ」

礼を言ってからシアングのベッドに潜り込む。

「暖かいな…」

「そ、そうか?」

「何をあわてる?」

「いや、その。お前オレのこと嫌いだと思ってたから…」

「嫌い?私が?貴様を?」

「そう思ってた」

「何故?」

「いや、やけにオレのこと避けるし。冷たいし」

「…そうか」

柔らかい枕に顔を埋める。


「…ない」


「ん?」

「別に嫌いじゃない。お前のこと」

「…そうなん?」

「でも好きでもない」

「あらら」

そんなにきっぱり言うかぁ?とシアングがつぶやいた。

その様子にルノは笑う。

「でもよ、オレは好きだぜ」

「!」

ずい、乗り出してきたシアングに身を引く。

「お前のこと。仲間としても、オレだけの姫君としても」

「…オレだけの姫君?」

「オレはお前の騎士なんだぞ?騎士が守るのは姫だろうが」

「…気に食わない」

「ひょっとしてさ、お前、オレと誓いをたてたの忘れてねぇ?」

「覚えてる。あのおぞましい儀式だろう?」

ルノは楽しそうに笑う。

「お、おぞましいって…」

「ははは」

「ふ、お前ってさぁ…」

シアングもつられて笑い出す。


「いっこだけ頼みがある」

「ん?」

「たまにさ、オレのこと『貴様』って言うだろ。やめてくんないか?嫌いじゃないんだろ?」

「…努力しよう」

「お、なんか素直じゃん」

「…ん…。私は…お前のこと…」

「なんだよ?」

「……。」

シアングが訝しげにルノをみると、静かな寝息を立てていた。

「寝たのか。なんか不安になるんだよなぁ…お前を見てると」

ルノの髪を優しく撫でながらポツリとつぶやいた。

「お前は、オレが守る。…もうあんなのはまっぴらだッ…!」

甦ってきた光景に唇を噛みしめる。



『ルナ!ルナリアーッ!』

『お兄ちゃまー!助けてぇ!』

何度も殴られたが構わなかった。ルナを、妹を助ける為なら。

『黙れ悪魔め!神の名の下に裁きを与える!』

それなのに、オレの手は届かない。

ルナを押さえた男が斧を振りあげる。

『やめろっ…!』

…何でだよ。

オレたちはお前等を助けにきたのに。



魔物に襲われた教会があるから、助けてこいって親父に言われて。

雷鳴竜の子として生まれて、初めての仕事だったから、6歳の妹と、8歳のオレは張り切って出てきた、のに。

オレたちは魔物の仲間と思われた。理由は、瞳が赤かったからだ。



『やめてくれ!妹は離してくれぇッ!』

『あわてるな、後でお前も始末するから…やれ』

『いや!助けて…ッいやぁ──ッ!……』

ゴトリ。

何かが、地面に落ちた。


そう、何かが。




オレは、目の前で。


妹を殺されたんだ。

だからかもしんねぇ。

『瞳が紅いから』ってだけで幽閉されたお前の話を聞いたとき、

『今度こそ守りたい』

って思ったのは。




「…シアング」

「うわぁ!な、なんだよルノ…びっくりさせんなよ」

「お前がやかましいから目が覚めた。」

「えぇ?!オ、オレ喋ってた?」

「何か名前を、な」

ルノはむくりと起き上がると、シアングの方を向いて座った。

「…お前は……何も言ってくれないんだな」

「え?」

「私に、何も。」

「…あ、」

「無理にとは言わない。ただ、私に親しくするつもりなら…いつか、話してほしい」

ルノはつぶやくと微笑む。

「ルノ…。わりぃ!」

「な!」

突然抱きつかれ、ルノは慌ててシアングを突き放そうとする。が、力ではかなわない。

「おい!シアング離せ!離」

「わりぃ」

「……シアング?」

様子が違うシアングに戸惑いを覚える。

「どうしたというのだ?急に、こんな…」

ますます力がこもるシアングの腕。

「ルナ…」

「ルナ?」

「……すまねぇッ…」

泣きそうなその声に、ただ困惑するばかりで。

(私はルナというヤツに似ているのか?…そもそもルナとは誰のことだ?)

さっぱりわけがわからず、混乱する一方で。


その隣のベッドで、トアンは固まっていた。

(…あー…。覗きなんてしたくないのに…ι寝返りうつにもうてないよ…)


時計が、三回鳴った。



「おはようございます!いい朝ッスよ!」

「…おはようございます」

リクが元気に起こしにきた。結局ルノとシアングは寝たらしいがトアンは眠れず、重い目をこする。

「トアン君顔色悪いッスよ?大丈夫ッスか?」

「大丈夫…」

トアンの返事にリクは満足げに笑うと、シアングのベッドに向かう。

「朝ですよ…あ」

寄り添って寝ていたシアングとルノに、リクがとまった。

困ったように頭を掻き、どうすればいいか迷っているようだ。

トアンはどう助けを出したらいいか迷っていた。


「…おっす」

シアングが目を覚ました。

「お、はよう、ござ、います」

「何固まってんだよ?…あ」

傍らのルノを見、ニヤリと笑った。

「おはようルノv」

耳元で低くささやくと、ルノが目を覚ました。

「ん、……!」


ガスっ!


わき腹にケリ蹴りをくらい、シアングがベッドから落ちる。

「いってぇ…」

シアングはむくりと起き上がりるとやれやれとため息をついた。

「せっかくオレの魅力満載な声で起こしてやったのに…。お子様はやだねぇ」

「何が魅力満載だバカ者!ただの気色悪い声じゃないか!それをこともあろうか耳元でッ…!」

「あ、耳弱いんだ?ふーん」

「なんだその笑いは!」

「あのう…」

放っておくと壮絶な口喧嘩になりそうなので、リクは今のうちに言うことを伝えようと口を開いた。


「朝ご飯できてるっス。食べたら森に行くからならべく早くきてくださいね?」




「早い!すごい!」

今、トアンたちは馬車にのっている。

周りは見渡す限りの銀世界の中。遠くにあった森がぐんぐん近づいてくる。


馬車を引くのは真っ白な馬で、かなりの早さだ。

「ジジイーどこに隠してたんだよこんなもん」

「うるさいのう。今は寒いから城の奥に閉まっといたんじゃ。ほれトアン、落ちるぞ」

「あ、うん」

興奮して身を乗り出していたトアンだが、テュテュリス素直に従った。馬車の隅では、気分が悪いといってルノが丸くなっている。



「そろそろ森…あ!?」

馬を操るリクが叫んだ。

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