第10話 運命を繋ぐ虹
気がつけば、ウィルは暗闇にポツンと立っていた。
「ここは『始まりの地』」
「誰だ?」
振り返ると灰色の髪に赤い瞳の、整った顔立ちの青年がいた。
「私はスイ。誕生の守護神。…お前はもともと魂を持たぬ存在だが、いつの間に持っていた」
「…そんなことがあんのか?」
「ある。そもそも魂とは、誰にでも持ちえるモノ。そして魂を持つモノはここ、始まりの地から再び歩き出す」
「オレも?歩き出すってことは生まれかわれるのか?」
「そうだ。……しかし」
スイは顔を伏せた。
「今精霊が消えていっている。このままではバランスが崩れてしまう。…お前には精霊になって…私の下について欲しい」
「精霊…になったら姿はこのままか?」
「お前が望めばな」
「オレさ、もう一回あいつらに会いたいんだ。で、一から成長したら間にあわねぇ…決めた!オレ精霊になる!」
「…。ありがとう。そうだ、今私の下に人の子がいる」
「人間?」
「14年前からだ。元々は魔族だが人間に転生し、魔族の頃の記憶はない。今の名をシラユキ。魔族だった頃の名は…ビャクヤ。」
「…ん」
朝の光にトアンは目を覚ました。
「…今のは…」
ただの自分の願望?
ウィルが救われて欲しい、という。
(あれ…ここ何処だ?)
見慣れぬ天井。慌てて上半身を起こすと頭がズキズキと痛んだ。ルノの魔法は傷は治せるか、減った体力までは回復しないようだ。
カチャ
「あ、目、覚めたんスか」
「?…あ!」
ドアが開いて、オレンジ色の髪の青年が顔を覗かせた。
「久しぶりっスね!」
「リクさん!」
リクは優しい笑みを浮かべる。
「服ボロボロだったんで、新しいの買っておきました」
随分薄着で寝ていたようだ。渡された服を着てベッドから降りた。
すぐ隣のベッドを見るとルノが寝ていた。
「この子男の子だったんスね~髪も長くて紛らわしかったんで、上着脱がすのも緊張したっス」
なるほど、寝顔は少女のようだ。髪の長さがそれに拍車をかけている。
「リクさん、ここは?」
ルノのベッドの横に新しい服を置いてからリクは答えた。
「ある人の城ですよ」
「実は俺、騎士として守りたい人ができたんです。この城の主なんですが」
長い廊下を歩きながら照れくさそうにリクが言った。
「どんな人?」
「トアン君たちも知ってるはずです」
「え?」
「会えばわかりますよ」
「会えば…?」
何だか寒い。思わず身震いをした。
「はい。あ、ここですよ」
古びた木の扉の前でリクは止まる。随分大きく、凝った細工が施されていた。
リクが開けてくれた扉の中に入ると、中は広く、部屋の中心には椅子があった。
ロウソクの火がゆらゆらと揺れ、窓の外から見える景色が白に塗りつぶされていることに驚いた。椅子にゆったりと腰掛けている長い黒髪の青年は、顔は幼くも見えるがまとっている雰囲気は大人の様だ。
「目が覚めたようじゃのう」
青年の金色の切れ目が細められる。
(この人…どこかで?)
見たことがあるような。
「あのう…失礼ですがあなたは?」
「なんじゃ、トアン。わしがわからんのか」
「その話し方に何かひっかかるんですけど」
うーん、と頭を抱えたトアンを見て青年はカラカラと笑う。
「すまんのう、この姿じゃとわからんのだな。ほら、わしじゃわし。」
「!」
ペロリと額をめくると、印があった。トアンは以前、見たことがある。
「テュテュリス!」
「大当たりじゃ。さてさて、腹は減っとらんか?二週間近く寝っぱなしだったからのう」
「二週間!?」
「うむ……ちと話があっての。食事にする。」
テュテュリスが立ち上がる。
バタン!
突然扉が開いて、ルノが飛び込んできた。
「おお、起きたのか」
「…チェリカは?!」
「落ち着けルノ。後でゆっくり話す」
その言葉は、何か嫌な感じがした。
トアンがテュテュリスに案内されて食堂に行くと、シアングがバタバタと走り回っていた。
「あ!シアングさん!俺やりますよ?!」
「あーいーって。あ、ようトアン」
「シアング…なにやってるの?」
「メシ作り。…あいつは?」
「ルノなら今着替えさせてる。…ん?」
扉がゆっくり開いた。
黒いローブの上に青い襟元が開いた上着。そして夜明けの空のような柔らかなマント。
「よく似合うのう」
「…そうか?」
少し照れたような笑みを見せたルノだが、ハッと我に返ると難しい顔をした。
トアンはふと思う。
(チェリカが…いない?)
最初はただ寝ているか別の所にいると考えていたが、ここにある椅子は五つ。
テュテュリスとリク、ルノとシアング、自分。
そんなトアンの気持ちを察したのか、テュテュリスは席につくと笑う。
まるで、心配するなとでもいうように。
まず出された温かなスープをすくって口にいれる。
柔らかいニンジンとジャガイモの味がスープによくでていた。
トアンが隣を見ると、シアングが向かいのルノをじっと見ていた。ルノはスプーン持ったまま困惑していたが、どうにかしっかり持つとスープを一口飲んだ。
その瞬間、ルノの口の端がほころぶ。
「…うまいか?」
「ああ」
しばらくルノはその顔のままぼーっとしていたが、シアングに話しかけられると顔を引き締めた。
「テュテュリスとやら。もう話してくれてもいいだろう?」
「んーこの肉がうまいのう」
テュテュリスはシアングが一番の力作だ!と言っていた鳥肉を食べている。
表面をパリパリに焼き上げ中には肉汁が詰まったそれは随分気に入ったようで。
「話を聞け!」
「そうっスよ。テュテュ、ルノさんのこと無視しちゃ駄目です」
怒ったように言うリクにルノは困惑する。
まだリクやテュテュリス、ひょっとしたらトアンやシアングのこともよく知らないかもしれない。トアンは焼きたてのパンを食べながら思った。
「なに怒ってるんじゃ」
「べ、別に」
「あーわかった。わしがシアングの料理ばかり食べるからかの?」
にしし、とテュテュリスが笑うとリクは顔を真っ赤にし慌てて下を向いた。
「慌てるでないルノ。チェリカは無事じゃ」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出したトアンに苦笑しながらテュテュリスは続ける。
「ただ…」
「ただ?」
「漠然とした方角はわかるのじゃが、明確な場所を探ろうとすると弾き返されるのじゃ」
「なっ、」
「ジジイ、最初っから説明してやれよ」
「ああそうじゃったな。…空から落ちてきたお前達を焔の力で包み、この城へ呼び寄せたのだ。わしは四人とも呼び寄せたはずじゃったが…」
そこまで言うとテュテュリスは小さなため息をついた。
「『何か別の力』が働きチェリカを連れていったのじゃ。恐らく………いやいい。とにかく城に呼び寄せる途中で持って行かれた」
「なんだと!」
「ルノ、まあそう怒るな。再び探りをいれておる」
「…そういえば何故私の名を知っている?」
「言わんかったかの?わしはお主の父と母の旧友じゃ」
「…、…。」
「いろいろ考える時間が必要か。チェリカのことはわしがなんとかしよう…ルノ、トアンに言うことがあるじゃろう」
「え?」
トアンは驚いてルノをみた。
ルノは何かを言いたそうに口を開いたが、言葉が見つからないようで口をつぐんだ。
そうしばらく考え込んでいたが、トアンの目をしっかり見ると、
「礼をいう。あそこから私を助けてくれて」
「は、はい!」
その紅い瞳にまっすぐに見つめられると思わずドギマギしてしまう。
「…あ、でも…」
「なんだ」
「貴方を利用していたのは…オレの父さんなんです」
「知っている」
「だから、オレは貴方に謝られる資格はありません」
「…関係ないだろう。お前と父は。お前はお前だ。…それに」
綺麗な指が頬に触れた。
「お前の紫の瞳は、あの男よりもずっと優しい」
そう言ってルノは微笑んだ。
「!」
途端に、トアンは自分の顔が火がついたように熱くなるのを感じた。
(な、何だ?)
まるで頭の中に心臓があるようだ。ドキドキという音が大きく聞こえる。
(…オレ、まさか…まさか)
ガツン!
「痛い!」
いきなり襲ってきた臑の痛みにトアンは叫び声をあげた。
涙目で顔をあげると面白くなさそうな顔をしたシアングがいた。
「…何だよ…いたた」
「別にぃー」
シアングはついと顔を逸らす。
「まだまだガキじゃのう…ふっ」
テュテュリスがにやりと笑ったのを見たシアングは、
「ジジイ!」
といいながらつめよっていった。あくまでもニヤニヤ笑いつつけるテュテュリスにシアングが紅茶の入ったポットを構え、慌てたリクが止めに入っていく。
「あ、あの、ルノさん」
「何だ」
「ありがとうございます…やっぱり楽になります。チェリカにも前に同じこと言われたんです」
「チェリカに?」
「はい。でもやっぱりオレ…またこの前みたいなことがあって」
「以外に馬鹿だな」
「え?」
「二回目だぞ。…お前はお前だと言ったろう?」
ふっとルノは笑うと騒がしい部屋を出ていった。
「のうトアン」
ふと名前を呼ばれて振り返ると、テュテュリスがいた。その後ろには激戦中のシアングとリク。
「実はお主らを助けたのはわし一人の力ではない」
「そうなんですか?」
「そう。お主は感じなかったか?風を。」
「風…意識を失う前、暖かい風だと思いました」
風。
トアンの脳裏に、一人の少年が浮かぶ。
少年というよりは中性的、いつもニコニコしているわりにはとんでもない過去を持つ、優しい深緑の瞳の人。
「…まさか」
「?心当たりがあるのかの?」
「は、はい」
「ふむ…わしも一人だけ心当たりがあるぞ」
「え?」
「内緒じゃ」
ルノがテュテュリスの城から出ると、辺りは白に塗りつぶされていた。ブーツの底からジワジワと冷気が伝わってくる。
ついと空に向かって手を伸ばした。
(遠い)
自分の目は紅い。自分がいた大陸は、厚い雲に閉ざされて見えない。
手を伸ばしても届かないのはわかりきっていた。距離ではなく、自分の存在から。
空は、遠すぎる。
強い風に煽られ、雪の上に倒れる。
(随分長く眠っていて…体が慣れていないのか)
音もなく降り続ける雪が、頬に落ち、溶けていく。
(私は自由になったのか?…チェリカを見つけるまで…謝るまで自由を認められないが)
全身から冷気が伝わってくる。
(さすがに寒いな)
それでもルノは起き上がらなかった。
──このまま…
「やっと見つけたぞ!何でこんなとこにいんだよ!」
雪が、止んだ。
「…何か用か」
「何か用かじゃねえよ。…あーこんなに冷えてら」
「構うな」
シアングに起こされながらルノはつぶやいた。
ほうっておいて欲しかった。
「お前それはねぇんじゃねーの?全速力で城探してたぞオレ」
「…何故だ」
「は?」
「何故だと聞いている」
「何でって言われてもな」
シアングは照れ臭そうに笑った。
「心配したからだ」
「心配?そんなもの何の役に立つ?」
「役に立つってお前…」
呆れ果ててルノを見返すが、ルノは真剣な瞳そのものだ。なんとかそれに答えようとシアングは頭を捻る。
「役に立つとかじゃなくって、大事な奴がいなくなったり怪我したら心配するだろ?」
「…」
「チェリちゃんのこと心配してるだろ?今」
「…あぁ」
「それと同じだ」
「同じ?お前…私のことを大事に思っているのか?」
ルノが顔をしかめた。
「はは、お子様だなお前」
「お子様だと!?」
「そーそー。ほら戻るぞ」
「触るな」
バシッ、肩にかけられた手を振り解くとルノは歩き出す。
「待てって」
「うるさい」
「はーやれやれ。怒りっぽくてやだねぇ」
バシッ。再び肩にかけられた手を振り解く。
「なれなれしい!」
「…」
シアングはムッとした顔になると声色を変えて、
「ルノちゃ~ん」
と呼んだ。
直後に雪玉が顔にぶつかる。
「ってめ…」
「ふん」
もう一つ投げてから、さくさく、雪の上を歩いていく。
暖かい室内に入った瞬間、余程体の冷えが強調されたらしく、ルノは暖炉の前で丸くなってしまった。
「ルノさん!火傷しますよ?!」
「寒いんだ」
慌てるトアンにルノはそっけなく答える。
「なーにやっとるんじゃ」
「あ、テュテュリス」
「これルノ。そんなところで寝てはいかんぞ」
「…」
「トアン、引き離せ」
「う、うん…あ、軽いですねルノさん」
何とか引き離すも、手を離した瞬間にまたルノは暖炉の前で丸くなってしまった。
「ルノさーん…」
「トアン…何故お主ルノに対して敬語なんじゃ?わしにはいつの間にかタメ口になっとるし…」
「何でっていうか…ルノさん年下に見えないから」
ころり、ルノの顔がこちらを向く。
「いい加減敬語だけはやめて欲しいな」
「そ、そうですか?」
「ああ」
「ふむ…。お主等、ここで暮らすのにいらん遠慮は邪魔じゃの。冷えた体を温める為に一緒に風呂に入ってきたらどうじゃ?」
「え!?」
「あ、オレは?」
「どこにいたんじゃシアング…まあ三人で入ってこい」
テュテュリスは軽く笑うと立ち上がる。
「こっちじゃよ」
テュテュリスに導かれるまま城の廊下を歩く。
今は昼過ぎだろうが、トアンが廊下の窓から見た空はどんよりと曇っていた。
やがて廊下の隅に「湯」という文字が書いてあるのれんがかかった場所についた。
「おほん、ここが我が城の風呂。赤いのれんが女湯、青いのれんが男湯じゃ」
「女湯って…女の人いるの?…まさかテュテュリスが?」
自慢気なテュテュリスにトアンが聞く。
「ふっふっふ。わしの性別は秘密じゃ。真ん中みたいな顔じゃから混乱するのも無理ないがの」
「…でもシアングはジジイって」
「トアン、オレもわかんねーんだわ。ジジイって呼ぶのはババアって呼ぶよか何かましだろ?ま、ジジイが女でもこんな女好みじゃねーけど」
「うるさいの。さっさと入れ!」
入るとまず脱衣所があった。床一面に敷き詰められているのは昔本で見た畳だな、とトアンは思う。
「テュテュリス、畳ってどこかの島国の文化なんだよね」
「そうじゃよ。よう知っとるの」
「本で読んだことあるんだ。なんでここに?」
「うむ…わしの親友がそこの国出身でな、訳あって国に帰れない身なのじゃ。だからせめて、ここで安心できるようにの」
「へー」
「靴を脱いでからあがるのじゃよ」
「わかってるよ」
テキパキと服を脱ぎ、腰にタオルを巻きつけるとトアンは脱衣所の奥のドアをあけた。
「おぉー……さむっ」
野外に設置された風呂…露天風呂。塀に囲まれた広い風呂全体は天井がないため空が見え、また刺すような寒さが身にしみた。
「寒~ッ…あー…しびれる…」
慌てて飛び込んだ熱い湯は、体をじーんとさせた。
「うーわすげぇや」
「あ、シアング。あーったかいよ…」
ざぶ、隣にシアングが入ってきた。
「あー…あったけぇ」
「うん…ルノさんは?」
「あいつならもうすぐ来るぜ」
「何か緊張するよ…」
「何で?」
「いや、ほら…ルノさんってパッと見女の子みたいだから…」
「混浴か。お前も結構なこと言うようになったな。まー15歳だもんな」
「ち、違うよ!」
「どう違うんだよスケベ」
「違うって!オレには……それよりシアングの方が何か期待してるんじゃ!」
「な、何言ってんだよ」
ガラッ
「騒がしい」
しっかりと体にタオルを巻き付け、長い髪の毛を一つに結ったルノが入ってきた。
「ル、ルルルルノさんッ!」
「ほーう」
「…何だ二人とも気色悪い」
「べ、別に…」
「早く入れよ。あったけーぞ」
「…」
ちょん。
「熱ッ!」
少し足の先をつけてから引く。
「熱くねーよ?」
「熱い」
「でもそこにつったってんのも寒いだろ」
「…」
ざばり。
シアングがお湯から出る。
ルノのところまでペタペタ寄っていくとその体を担ぎ上げ、浴槽に投げ入れた。
バシャーン!
「ッ!何をする馬鹿モノ!」
「つかお前なんだそのタオル!男なら下だけで十分だッ!脱げぇ──!」
「離せ離せ!トアン!ボーッとしてないで助けろ!」
「あ、うん!」
「ほっほっほ。にぎやかじゃの」
「テュテュ…」
コーヒーのカップを持ったテュテュリスが、満足そうな笑みを浮かべながらリクのもとへやってきた。
「聞こえるか?幸せになれる。」
「そうっスね。あ、テュテュリスは入らなかったんですか?」
「わしはあとじゃ。一緒に入るかの?」
「へッ?!」
「冗談じゃ」
「…」
「シアング、私に寄るな」
「なんだよそれ」
「言葉の通りだッ!」
「お前実は女でした、とかオチあったりして?」
「ない!」
「じゃあタオル取れよ!」
「イヤだ!」
トアンは騒がしい二人を横に、ため息をついた。
今頃何してるんだろ…
チェリカ…
「ようあったまったか?」
「あ、うん」
テュテュリスの問いにトアンは笑って返す。
「元気がないの。どうかしたかの?」
「あ…別に、何でも」
「チェリカのことはわしがなんとかする。安心せえ。お主はこの城でゆっくりしとれば良い」
「うん…」
「ところでの、」
「ん?」
「あの二人を何とかしてくれんか」
テュテュリスが困ったように眉を寄せ、指さす先にはシアングとルノがいた。
もう30分ほどたつのに、二人の口論はまったく収まらない。
互いに息を切らせ、それでも相手の服を離さずにらみ合う。
「しつこいなッ…」
「お前もだろッ」
「ッ…くらえッ!」
ガスッ!
「ってぇ…!てめぇ!」
ルノの臑蹴りが見事に決まり、シアングがうずくまる。
その隙にルノは短剣を構え、詠唱を始める。
カシャンッ
「我が身に集ッ…!?」
呆然と、ルノは自分の手のひらを見る。
短剣を落としてしまった手を。
「……な」
テュテュリスがそっと寄っていく。
「お主…まさか…魔法を使うのが怖いのか…?」
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