第7話 風と鈴の音

あの時。

あの時私は泣いてたな。

泣いて、泣いて、泣き叫んだ。

きつく抱きしめた体が音もなく崩れ、灰になって風に流されていく。


それでも、その一粒が無くなるまで…無くなっても泣いていた。花をあしらった髪飾りがただ一つ残ってた。ただ、一つだけ。

あの子が存在したと証明できる物は一つだけだった。

家の中は血生臭かった。ふと、傍に人の気配。


普段なら絶対に血をまとうことのない彼が。


「…全部やっつけたのだ…」

「ありがと…ごめんねシンカ」




私は。

長旅を覚悟した。

「ここが…」

空まで届きそうな塔。

「見張りがいねえな」

「そだね。好都合だけど」

チェリカが杖を抜く。

「行こう?トアン」


「あ、うん」



この旅の目的はチェリカの兄を助けること。

兄はキメラ(合成獣)の研究所関係に捕まっているらしいので、この塔もキメラの研究所と踏んでここに来た。



「たのもぉー」

「チェリカ、それ違うよ」

「あぶねぇ!」


バクン!!


突然足元の床があいた。いち早く気がついたシアングがトアンとチェリカを突き飛ばす。

「「シアング!」」



「いって…尻打った…」

穴をのぞき込むと小さくシアングが見える。


「やっぱさーぁ、上着着てっと羽根がでねぇんだよなぁ。尻いてぇーよー」


「シアングー大丈夫ー?」

「なんとかなー」

ゴゴ…


「チェリカ危ない!」

あわててトアンがチェリカを連れて後ろに跳ぶ。

二人の見る前で、床はぴったりと閉ざされてしまった。


「シッ…シアング!」

耳を当てると彼の声が。

「二人とも怪我ねぇか?!」

「ないよ!」

「オレはいいから先いきな! なんとかするから!」

「でも」

「…よしトアン行こ! シアングなら大丈夫!」

「チェリカ……。うん、そうだね!」

チェリカの言うとおり、シアングならきっと大丈夫だろう。

正面の階段を駆け足で登り始めた。



穴の中でシアングは立ち上がり、あたりを見回す。


全身の神経を集中させれば、空気の流れでこの穴に横道があるのがわかる。

大分目も慣れてきて、右手を壁について歩き出す。


(空気の流れをたどって行けば…)


ドン!


「って!」

「ひぎゃぁ!」


考えごとをして注意を怠った自分に舌打ちし、シアングは身構えた。

「む!シアングではないかっ!」

と、ぶつかった相手が言う。

目を懲らすと、そこには。


「シンカ…?」


着物の裾を翻して、シンカは笑う。

「そうなのだ」

「…なんでんなとこに居んだよ?」

「我が輩は人を探しに来たのだ」

耳がシュンと垂れた。

「ツムギ、か?」

「…ほぇ?」

「アヤタナにつく前に会ったんだ。おまえはそれ言う前に行っちまったけど」

「まことか!?」

「そのあとどっか消えた。行く先はわからんけど」

「…そうなのか」

「わりぃな」

「でも! この塔に居るもしれないのだ! 我が輩、ここにいろんな動物が運び込まれるのを見たのだ!! ツムギは…きっと!」

「動物扱いかよ…まぁいいか」

そら、と手をだす。

「行こうぜ? 一緒に探してやっから」




身を隠しながら通路を進むうちに、微かな血の臭いに気付く。男の声にも。

「チェリカ……」

トアンの呼びかけにうなずいて答える。

「この奥からだね。トアン怖いの?」

「べ、別に…」

「大丈夫だよ。多分そんなにすごいものじゃないと思う…けど」

苦笑するチェリカの手が震えていた。



「そのすかした顔はどうにかなんねぇのか?」

バシッ

「かはっ」

「いい加減観念したらどうだ?」

バキッ

「っ…」

「つまんね。行こうぜ」

錠の閉まる音がして、足音が遠ざかる。

おそるおそる顔を出すと…


壁に両手が鎖で繋がれた人がいた。

頭は伏せ、茶髪の髪が顔にかかっている。半裸の上半身に残る痣が痛々しい。


「だ、大丈夫ですか!?」

「トアン、剣で鍵こじ開けて!」

バキっ…

扉を開けるとチェリカが飛び込む。

「…ん、君…たちは…?」

「……! ツムギさんだよね?!」

「えぇ!?」

「トアン! ツムギさんだよ! 前に助けてくれた…」


茶色の髪に深緑色の瞳。優しそうな少年だ。

なんとか鎖を切り、手当を始める。

「薬草薬草~…あ! あったあった」

「んっ…」

傷にしみるのか、顔をしかめる。

「あっ…すいません」

「大丈夫。ありがとうねぇ」

そう言って彼は笑った。

「トアン君、薬草ありがとう。もう大丈夫だよ? チェリカちゃんもね」

「よかった…寒くはないですか?」

「ん…少し寒いねぇ」

「じゃぁオレの上着どうぞ」

上着を差し出すと、ツムギは目をパチパチとさせた。

「いいの?」

「いいですよ」

「トアン寒くない? 私のマント羽織る?」

「平気だよ。ありがとうチェリカ」

半袖になったトアンの笑みにつられてチェリカも笑う。ツムギも笑った。

「私のローブもマントも剣もきっと最上階にある」

「最上階って…もうすぐですか?」

「トアン君、敬語使わなくていいよ。…そうだね、まだまだだね」

それを聞いてチェリカが息をはいた。

「まだまだなのかぁ…」

「あぁ、でもね、電気の精霊の力を借りた移動装置がこの奥にあって、そこからかなり上まで行けるはず」

ツムギが立ち上がって促す。

「さ、行こうか」








「じゃーツムギはお前の元々の主人なんだな」

「そうなのだ」

薄暗い道を歩く。

シンカの耳が照れくさそうにピクピクと動き、顔を赤くした。


「なんでおっかけてんだ?」

「…濡れ衣を着てるのだ。ツムギは!我が輩はそれが濡れ衣だっと知ってるのだ!でもっ…」

しゅんとうなだれる。耳も垂れた。

「連れていってもらえなかったのだ…」

「…」






「ムギさん、あれ?」

二つ並んだ巨大な扉を指してチェリカが言った。

いつの間にかツムギの呼び名がムギさんになっているのに、ツムギは笑った。

「ふふ。そう、あれだよ」

「どうやって使うの?」

「乗ればわかるよ。…右が使える。さ、今だよ」

中は以外に広く、そして明るかった。

「ツムギさん、動かせそうですか?」

「敬語はいいって…ん、これかな」


ゴウンッ!


「!!」

下から突き上げられるような衝撃に思わず身を丸くする。

「これはきっと古代文明の応用だねぇ。なるほど」

「ツムギさん…体が浮くみたいで気持ち悪いんですけど」

「トアン情けなーい」

「チェリカだってさっき驚いてたよね」

不満そうな顔をすればチェリカが爆笑した。

自分はより間抜けな顔になってたらしい。

トアンはそれに気がつくと、顔を赤くしてうつむいた。

ゴンッ!

再び衝撃。

「着いたみたいだねぇ」

「もうですか?」

「そうみたい…おー」

扉があいた。

あたり一面には…何もない。ただ今自分たちが出てきた小さな部屋があるだけだ。


強い風が吹き荒れ、下にアヤタナが小さく見えた。ずいぶん高いところにいるようだ。


「うわー…高いや」

「エアスリクはもっと高いよ?雲が地面を撫でるもん」

チェリカが笑う。

「へぇー…」

「もう少し高いところにある雲からちゃんと雨も降るし雪も降るけどね」








『侵入者発見!侵入者発見!』

「わーっ何!?」

黒い仮面をつけた男たちにぐるりと取り囲まれて。

「合成獣!!」

「えぇっ!? 人みたいだよ!?」

「トアンよく見て!!」

「よく見たって人みたいだ…」

あぁもう、チェリカが躍起になった。

「目! 目を見るの!」

言われてトアンは目を凝らす。


光を宿さない濁った瞳。

暗い、暗い瞳。


「…!」


怖い。

怖い、と思った。


『侵入者…侵入者!!』


「一斉に来る!」

チェリカが身構える。



ふわり。

ツムギの髪を風が撫でた。


(この子の察知の良さは天性の物…なら気付いているはず)

『青い瞳にどこまで感づかれたか…俺はしらねーぞ?』


自分の中から声がした。


(君のことじゃないよ…最近精霊の悲鳴が聞こえるんだ)

『それか…俺も知ってる。“スイ”を探せ』

(スイ?)

『そうだ』

(…ふふ。私は最初君をなんとかしてもらう予定で時の精霊を探してたのに…今は君と共存の為に探してるんだ)

『っけ…バカじゃねぇの』

(ふふふ。“ムクク”、それじゃあね)


ゆっくり瞬きして目をあける。深緑の瞳が輝いた。


「フィーティス!」

強い風が吹き、男達を吹き飛ばした。

その風に男たちは吹き飛ばされ、塔から落ちていく。


「ツムギさんすごい!」

「二人とも怪我はない?」

「あ、はい。ないです」

「…詠唱なしで…あんな魔法を…」

チェリカがつぶやく。ツムギはくつりと笑うと小さな指輪を見せた。

「これは?」

「君の、杖のような物だよ。それに今の魔法はこの場所に風が溢れていたからできたんだ」

「風?」

「うん、そう。今この場にある風を利用したんだよ」

「ムギさん…すごい!」

「ありがとう」

トアンと同じような感想を言うチェリカに笑っていると、ふと何かの気配を感じた。

「ツムギさん?」

「何か…来る!」

その声に再びチェリカが身構えた。トアンは二人をかばうように前にでる。



「ひぃぃいいい! 死ぬー!! 死ぬ! 死ぬー!!」

「うるせぇ! んで重ぇ!! 落とすぞ!!」


怒鳴り声は下から聞こえてくる。

「今のは…」



バサッ!

大きな羽音がして褐色の肌の少年…なぜか上半身裸だ。背中からは竜の翼が生えている。上着は腰に巻きつけていて。その足には黒髪の…。

「「シアング! それと」」

「「「シンカ!?」」」

見事に三人の声がかぶった。


「おー! チェリちゃん! トアン!」


笑いながらシアングが着地する。

「無事だったか?オレはやっと出口みっけて飛んできたんだ…さみぃな、ここ」

腰に巻いていた上着をほどき、着込んだ。着込む前に背中の翼が消える。そこには、翼のような痣が残っていた。

「ムギさん…ツムギさんと会ったんだ」

「うん」

「ツムギ?」

シアングの眉が寄る。


「ツムギー!我が輩ずっと探してたのだぁ~!」

「わぁっ」

とびついて相手の顔に自分の顔をこすりつける仕草は犬そのもの。

ただそれを受け止めるだけの力がシンカより小柄なツムギには無く、二人とも倒れた。

「シンカ…どうして…?」

起き上がろうとしないツムギ。

馬乗りになって泣きわめくシンカ。

チェリカはトアンと顔を見合わせると、シンカを落ち着かせようと声をかける。早くしないとツムギが潰れそうだ。

「落ち着いてよ! ムギさん痛そう!」

「シンカさん!」

「…お? おぉ! 久しぶりなのだ!」

「早っ!」

「チェリカそこは突っ込まない!」


ようやく落ち着いたシンカは、ゆっくり話し出した。

「…どうして、と聞いたな? 我が輩はツムギが濡れ衣だと知っているから!頼ってくれると思ってたのだ!」

「巻き込みたくなかった」

ツムギがつぶやく。

「ツムギさん、よかったらさ、オレたちに話してくれないかな」

「私も聞きたい! 力になるよ!」

「…みんな」


「お前は人間か?」


静かにシアングが口を開いた。

その問いに、ツムギは悲しそうに答える。

「半分人間だよ」

「随分なモン飼ってんだな」

『俺を獣扱いするんじゃねぇ!』

「…へ?」

「あ! なんでもないよなんでも!」

慌てる彼は一瞬顔をしかめた。

まるで、目に見えない何かを叱咤するように。


「………よければ…私の話を少し聞いてくれる?」


また泣きそうなシンカの頭を撫でながら、ツムギは言う。



君…シアング君の言う通り私は完全な人間じゃない。

私の体の中には、『時の守護神』が眠ってる。


「時の守護神?」

トアンは頭の上に?をいっぱい浮かべている。

「うん。名前はムククヒル。昔、時間を管理していたんだ。生き物の生命の時間がたゆまないように…」


「昔?」


うん昔。ある日、ムククヒルのもとへ人間の男たちがやってきたんだ。

そこで人間たちはムククヒルを怒らせた。人間たちを葬ってもムククヒルの怒りは収まらず、ついに。

世界を滅ぼそうとしてムククヒルは追い出されたんだ…時の精霊にね。

それからムククヒルは罰として人間に転生させられ…


「それがムギさん?」

「うん。私で何回か目だけど、ね」

ツムギの髪を強い風が撫であげる。


私は先代達と同じように暴走したムククヒルに呑まれるはずだった。

けど。

けど、私の時は先代達と場合が違かったんだよ。


「チェリカ寝ちゃだめ!」

「起きてるよ!」

「コラ」


ムククヒルを止めることができる三つの物。


とある時計の長針と短針の化身、ムククヒルを怒らせた人間のリーダー。



「…ちょっと難しかったかな?」

「…っ! 大丈夫です!」

「トアンが眠いんじゃん」

「うぅ…」

くすり。

そのやりとりを見てツムギは笑う。

「じゃあ簡単に話すよ?」


そのリーダーも転生しててね、それが私の弟、トウホだった。

私は全然気がつかなかったよ。



私がムククヒルに呑まれそうになった時、ここにいるシンカやみんなが助けてくれた。

そしてその場に、針の化身の二人がいたんだ。


青銀の髪と赤い目、白い蝙蝠の翼を持つビャクヤ。

草色の髪と藍色の目、黒い文鳥の羽根を持つソウ。

それから白犬の魔族シロ、黒犬の魔族シンカやいろいろな人たちと幸せに暮らした。

私の弟はビャクヤを相棒にしてた。

幸せ…だった。

でも、その時間は長く続かなかった…


「ツムギさん…」

トアンが心配そうに声をかける。

「戦争があって、トウホとシロとソウは戦地に行った。ある日私たちの家に敵が乗り込んできて…ビャクヤが…」

ホロリ。

涙が一粒こぼれた。

「泣かないで」

「ごめ…っ…」


シンカが立ち上がる。

「…ツムギは自分がビャクヤを殺したとトウホに言ったのだ!」

「!?」

「あの子は…憎しみでもないと生きられないから…ビャクヤを失った悲しみを私を憎むことで忘れるならそれでいい」

ツムギの横顔は綺麗で、儚かった。



君たちはヴァリンに会うといい」

「ヴァリン?」

「うん。神殿セレストの大神官だよ。あの人も君と同じ…まぁいいや。とにかく行ってごらん」

「ありがとうございます!」

「あ、ムギさん!前にリクさんに会ったんだけど、よろしくって言ってたから今言うね! よろしく!」

「…チェリちゃん、よろしく言っとくっていうのはそーゆー意味じゃねぇと思うぜ」

「そうなの?」

「ふふ、ありがとう。そうだ! セレストは遠いから私が送ってあげる」

「へ?」


「過ぎては戻らぬ風よ…声をあげて我を追い越せ……」

「ぇ、え?!」

フワリと体が浮き上がり手を振るシンカと笑っているツムギから離れていく。

「普通に行ったら三日くらいかかるよ! さぁ…行け!」

「うわわわ~!」

途端に体が風に押され飛んでいく。



「リク…懐かしいな」

「ほえ?」

「なんでもない!シンカ! いこ!」

「うむ!」

「…あ…上着…………また会えるといいな…」




暖かな陽の当たる部屋で、目を覚ました。

「大神官様?」

「…今…夢を見ました…」

嫌な夢だった。

そしてそれを破る光の夢。


紫の瞳はそっと閉じられた。


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