第6話 焔竜

「やっぱり降りるのか」

「はい」

「お前ほど使えるやつはいねーのになぁ」

「ありがてぇ言葉です。でもオレは降りますよ」

「そうか……」

「今までどうもありがとうございました。言葉だけじゃ足りねぇぐらい感謝してます」

「おぅ。…………元気でな、シアング」



「えーっと、どこに行くんだっけ」

「チェリカぁ……朝確認したでしょー?」

「したよ。……あ、アヤタナ王国だ」

「ちょっ……」

止めるまもなく、チェリカは看板から港に飛び降りた。

「トアン!早く!」

チェリカが下で呼んでいる。

(まったく……チェリカは無茶するんだから……)

トアンはため息をつく。



海賊船の象徴であるマークをつけたままエラトステネスが普通に入港したことにトアンは驚いた。

石が飛んでくるわけでもなく、人々は笑って手をふる。

「解せないって顔だな」

振り向くとアクエが。今は人間の足だ。

「俺らは義賊なんだ。いい海賊なんだよ」

「……ルーガさん最初怖かったよ?」

「あいつはしょうがねぇさ。さ、行きな!」

「わわっ」

背中を押され、船から落ちる──を、チェリカが受け止めてくれた。勢いあまって、二人で倒れたが。


「ごごごごめん!」

「いたた……いいよいいよー」


「なーにやってんだか」


少年がひらりと飛び降り、トアンの横に着地した。


「シアング! 行くのか?」

船員たちから声がかかる。

「あぁ! 今までありがとな!」


「シアング……いいの?」

「いーの。チェリちゃん、オレぁ目的は忘れてねぇ。果たさなきゃなんねぇーのさ」

チェリカの頭をわしわしと撫で、シアングはもう一度船員たちをみた。

アクエとルーガも手を振っている。


「みんなー! ありがとなぁー!」

涙をこらえ、手を振り替えした。

港をでたのは夕方。シアングは薬草や食料を買い、チェリカは杖を買った。

前の杖は使いにくかったらしい。今度の杖は短く、20センチくらいのもので、腰のベルトにさした。




「アヤタナ王国に今から行けば途中で寝ても朝ぐらいにつく」

「じゃー行こう!」

小さな峠に、三人は足を踏み出した。

──日は、沈みかけていた。





木の上に一人の男いる。男は下にいる他の男に声をかけた。

「三人。ガキ共だ」

「いつやる?」

「夜だな。他の奴にも伝えとけ」





「疲れたー!」

「そろそろ休むか?」

「そうだね……チェリカ、平気?」

チェリカは座りこんで荒い息をつく。

「なんか……疲れる……」

「なんか食う?」

シアングがバッグをおろした瞬間──

「止まれ!」

見ると男が一人剣、を構えている。

「なんだ?」

「シアング!」

トアンが剣を抜くのを見て、シアングが言う。

「2対1か。残念だったな」

「どうかな?」

「何……?」


「シアング……トアン、ごめん」


いつの間にか多数の男たちが取り囲み、そのうちの一人がチェリカにナイフを突きつけている。

「なっ……」

「チェリカ!!」


ちりん。


(鈴の音……?)

ひゅん!!


トアンの横を何かがすり抜けた。

すれ違いざま、再び鈴の音。


「うわぁぁ!」

「がっ……」


「!?」

トアンたちを取り囲む男たちがバタバタと倒れていく。

「なんだなんだ?」

「わかんないよー……」



黄緑色の影が見えた。

俺は暴れるガキを押さえながら目をこらす。


影が、止まった。俺の前で。

「具合が悪い子を人質にとるなんて……いけないね」




トアンとシアングは呆然と見ていた。

チェリカにナイフを突きつけていた男の前に、その人物は止まった。

こちらからは顔は見えないが茶色の髪と黄緑色のマント、白いローブが見える。

膝下くらいの丈のローブの裾からズボンの端が少しだけ見え、足にはブーツ。

ブーツには、小さな鈴。


「具合が悪い子を人質にとるなんて……いけないね」


その人物は言った。

少し高い、優しい声だ。


「なんだ!? てめぇ!」

「ただの旅人です。その子を離して……あなたの仲間は殺してない」

剣をつきつけ、言う。

それにしても、とトアンは思う。

変わった剣だ。それに重そうで。

この人……後ろ姿でだが細身で、とても扱えるようには見えない。

「何なんだ……?」

「ただの旅人。さぁ、行きなさい」

「く……!」

「わっ!」

男はチェリカを突き飛ばすと、のびている男たちを蹴り付けておこし、逃げていった。


「大丈夫? 具合悪そうだね」

「大丈夫だよ。ありがとう!」


その人はチェリカと目線を合わせるためにしゃがみ込む。


「魔法使い?」

「そだよ。どうして?」

「最近杖を変えたね?」

「……? うん。さっき」

「見たところ随分短い杖だけど」

「前のは長かったんだ」

「極端に長さが違う杖にすると、杖に込める魔力が変わるよね。だから体調が悪くなる」

チェリカを起こすと、言った。

「……………………果物を食べたほうがいい。楽になるよ」

「おめぇ……何者だ?」

シアングが口を開く。

ふわり。

マントがめくり上がり、振り返った顔を隠してしまった。

「あ、すみません。驚かすつもりは………………もう行かなくては」

ちりん。

鈴が鳴った。

「待ってください!せめて、名前を!」

「……ツムギ」

ちりん!

鈴の音を鳴らし、茶髪の人物……ツムギは走っていってしまった。




火を囲んで座る三人。

「ごめんね、私が……」

「いいんだよチェリカ。はい、リンゴ」

「ありがとー」

シャリ。

一口かじると、口の中に甘さと酸味が広がる。


「ね、魔力の扱いって難しいの?オレよくわかんなくて」

「あ、杖のこと?魔力は手のひらを伝って杖に入り、先端のこれ……小さいけど宝石だよ。これに行く。魔法を使わなかったりしたらそのまま手のひらに戻ってくるんだ。……杖じゃなくって、剣とかに宝石がついてる場合もあるよ。宝石を身に付けただけで魔法を使うっていう、すごい人もいる……らしい」

赤く火が燃えあがり、チェリカの顔を照らした。


それは少女ではなく、少年のようにも見える。


「杖が長いと魔力を行き渡らせる為に出す魔力も多くなる。私はいきなり短くして、同じ量を出し続けてたから体調が悪くなった……んだと思うよ」

「今は? 平気?」

「うん。大分回復したよ」

「そっか……あの人がリクさんの師匠かな」

「あの人? ツムギさんか。随分若かったよ?」

「オレ顔見てないよ……はぁ」

パチパチ……

火は燃え続ける。

「ね、シアング。何でアヤタナに行くの?」

「ん? これだよ」

火を指さすシアング。

「え? 何?」

「焔竜だ」

「ほむらりゅー?」

あぁ、そう言ってシアングはたき火に小枝を投げ入れる。


「トアン、竜の存在は知ってるだろ?」

「う、うん」

「オレも竜なんだ。前言ったろ。雷鳴竜だ」

「……へ?」

シアングの赤い瞳が光る。

「だ、だって赤い……!」

「あぁこの目か。他はどうだかしんねーが、オレのとこの竜は一族制なんだ。オレの一族は全員竜になれる。親父が一番すげぇ竜だ。で、デコに印がある」

トアンはシアングの額をみた。

何もない。

「印を受け継いだははれて不老になって、完全な竜になれる。オレはまだ印がねぇ……だから不老じゃねぇし完全な竜になれねぇ」


チェリカがあくびをした。シアングは上着を脱いでチェリカにかけてやる……すぐに寝息が聞こえた。


「目もちゃんと金になるさ。魔力を使えばな。一回使ったら赤にゃ戻んねーなぁ」

「どうして?」

「戻る必要がねーからだ。頼りにる仲間がいるんだ。周りに正体隠す必要ねーよ」

「じゃあ……どうして海賊船で……?」

「ルーガさん達に迷惑かけるわけにゃーいけねぇ。その点」

シアングは笑った。

「お前らにゃあ迷惑かけてもいーだろ?」



さ、寝るか!と彼は言って横になった。

そしてポツリと言う。

「いいもんだなぁ……」




翌朝早く、チェリカに揺り起こされた。

「トアン! どーしたのさ!私より起きるの遅いなんて珍しいよ!」

「ぅ……」

なんとか体を起こすも眠い。

瞼が下がってくる。


昨日のシアングの言葉を考えていて眠れなかったのだ。

シアングは自分を信用してくれてる。

なら自分もそれにあう何かをしなくてはならない。

でも何かってなんだろう?


そんなことばかり考えて、眠りに落ちたのは空が明るくなってから。




「あとちょい歩けばアヤタナだ。ほれがんばれ」

「あふ……はーい……」

のろのろと起き上がり、身支度を整えた。



「おぉっでけぇー!」

「あれお城だよね?トアン!見てみなよ!」

はしゃぐ二人に促されるまま顔をあげると。


沢山の人が行き交う大通り、きれいな町並び。

そして大通りの向こうには、巨大な城がたっていた。

「なんでこんな祭り騒ぎなんだ?」

「さぁ……すいませーん」

チェリカが向かいからやってきた黒髪の青年に声をかけた。

青年はチェリカの目線に合わせるようにかがむ。

「これ、何かのお祭り?」

「うむ。焔竜がきてるらしい。我が輩も見てきたぞよ」

随分変わった青年だ。

黒い瞳は優しそう。しかし……

あの頭の横からでてる耳は何なんだ?

「その耳……飾り?」

トアンの疑問をチェリカも感じたらしく、言った。

「いたたたっ!痛いのだ!ひっぱっちゃだめなのだ!」

「あ、ごめんなさい……」


「あんた魔物か?」

シアングが進みでる。

シアングの耳は少しとがっているが、トアンは昨日の話を聞くまで何かに引っかけたのかと思っていた。


そんなわけあるか。



「魔物……我が輩は妖魔である。分かりやすく言うと魔族なのだ。魔物とは違うのだ」


魔物と魔族。

魔物とは人に害あるものがほとんどで、本能で行動する。知能がある魔物は大きな害がある。

まれに知能があり害がない動物の分類に近いモノもいるが、彼等(?)はそれぞれの意志によって魔物の分類になったという。

魔族は人間に決して気を許さないと言う。人間とは体が少し違い、体の一部が動物の体のようになってるものが多いらしい。

魔族は人と同じような暮らしをするという。




チェリカに耳をひっぱられた青年……彼の耳は犬の形によく似ている。

しかし彼は気を許さないどころかもう打ち解けたようだ。


「すまん、我が輩そろそろ行くのだ。我が輩人を探してここに来たのでな、いないとなれば探しにいかなくては」

「そうなんだ。あ、ねぇ名前」

「我が輩の国では魔族が人間に名前を言うのは服従の証なのだ。魔族に名前を聞くときは、まず自分からなのらんとな」

「私チェリカ! こっちはトアンにシアング!」

「いい子だのー。我が輩、シンカと申す。昔はマカと言ったがの、その名は捨てた」

「シンカは誰を探してるの?」

「…………。ツムギという者だ。主ら焔竜に会いに行くのだろう? アレは……いや、何でもないのだ! さらば!」

「あ、ねえっ!」

伸ばしたチェリカの手にシンカの服は捕まらず。


「ツムギツムギ……なんなんだよ?」

「オレもわかんないよー……しかも焔竜について何かいいかけてたよね?」

どうやらその焔竜は城にいるらしい。一般解放になっているから、町の人も旅人も見に行けるようだ。

「会えばわかる。会わなきゃわかんないままだよ」

「チェリちゃんは気楽でいーねぇ」

「そー? あ! 見えてきた!」

駆け出すチェリカにシアングとトアンは続く。



溢れるような人ごみ。

「うー、見えないー」

「本当だすげぇ人……トアンは見えるか?」

「オレはなんとか」

「そっか。よし! っらぁ!」

シアングがチェリカをひょいっと担ぎ上げ、肩車をする。

「うん!よく見えるよ!」

「おーっきくなったなーチェリちゃん……トアン、背伸びすんならオレにつかまんな」

「あ、ありがとう」



「我は焔竜! 深紅なる竜!」

青年が人々の前にでてきた。

燃えるような赤い髪。


「すごいわ……あれが焔竜様ね……!」

「あの髪! 『焔』竜の証だ!」

人々の感激の声が聞こえた。

「うわぁ……あの人が焔竜?」

「トアン、そりゃちげぇよ。……くそ、シンカ……そういう意味か……!」

「シアング? それってどういう」

肩の上のチェリカが口を開く。

「二人ともデコ見てみ」

「え……?」


額は前髪で隠れているが、うっすらと肌が見える。


そこには。


「印……あるよ?」

確かに印らしきモノは見える。

「トアン、あれは印じゃない。チェリちゃんわかるか?」

「ペンかな。あの人普通の人みい……?」

「え、じゃあニセモノ!?」

「バカ! トアン声でけぇ!!」

シアングが怒鳴るもすでに遅し。


「王の前で焔竜様を侮辱する愚か者め!」

「牢に入れておけ!」





「……展開早いねー」

「チェリカ!どーしてそんな余裕なんだー!?」

「諦めろトアン」

「シアング諦め早いよー!!」

トアンの叫びは、冷たい石の廊下に吸い込まれていった……。



「捕まっちゃったね。どうする?」

「ううっ……」

「泣かないでトアン。きっと出れるよ」

「チェリカ……時々君が羨ましいよ……」


ジャラ。


「ん?」

「どーした泣き虫」

「泣き虫って……!ひどいよシアング!」

「わりぃわりぃ。……ぁ?」


ジャラ。



「鎖の音? もしもーし!誰かいるの?」

「のんきだなぁチェリちゃん……」

シアングも立ち上がり、向かいの牢を見る。


ジャラ……

暗闇の奥から一人の子供が出てきた。

漆黒の髪、鋭い切れ目。

そして金色の瞳。

「なんじゃ貴様ら。ギャーギャーとうるさいの」

ずいぶん不機嫌そうだ。

足には鎖。それは大きな鉄の玉に繋がっていた。


「…………んぅ、シアング! シアングではないか! 大きくなったの」

「へ?」

「わしじゃ! テュテュリスじゃ!」

「はぁ?! なんでそんなちっちぇえんだ!?」

ガシャン!

鉄の檻が大きく鳴った。


「シアング……誰?」

「あ、わりわり。トアン、チェリちゃん。こいつのデコ見てみ」

言われるまでもなく。

テュテュリス名乗った子供の額には印。

そして何より金色の瞳が、子供の正体を語っていた。

「なんでこんなトコにいんだよ?」

「捕まったのじゃ」

「食い逃げで?」

「ちがわい!」

テュテュリスが怒った。

「この人、本当の焔竜なんだよね?」

「そうじゃ。さぁひれ伏せガキんちょ」

(え、偉そう……!)

「なんでこんなトコにいる、じゃったか。はなして聞かせよう」

「チェリちゃん、トアン、年寄りの話はなげぇから覚悟しとけ」

「年寄りではなぁーい!」

一通り怒鳴ったあと、テュテュリスは喋りだした。




焔竜は代々一人だけ。先の竜がいなくなって長い月日がたった。

『焔竜の髪は赤い……テュテュ、お前は竜にはなれない』

わしは大人たちにそう言われ続けてきた。

お前たちも見ただろう?ニセモノの髪は赤い。

今までずっと焔竜の髪は赤かった。黒髪の竜なんて出て見ろ、即座に災厄の種とされる。わしの一族で『黒い竜は災いを呼ぶ』と言われててな、まったく……。


わし自身、竜にはなれないと思っていたよ。

しかしな……


わしが24の時、焔竜の神殿にわしを始めとした若者は連れて行かれ、竜の玉の前に一人一人立たされた。

わしは最後じゃった。



「竜の玉って何?」

「ちび娘。竜の玉はの、竜の力がこもっている玉じゃ」

「へぇー……」

「ち、ちょっと待ってよ!」

トアンが身を乗り出す。

「24って、24歳でしょ!?」

「そうじゃよ」


どうみても、テュテュリスは10歳かそこらだ。


「な、なんでなんで!?」

「小僧…………わしはもともとは麗しい若者じゃぞ。それがの、玉が奪われてこんな姿になってしもうた」

「奪われた!? なにやってんだよジジィ!」

シアングが怒鳴る。

「ジッ……ジジィじゃと!?」

「竜の玉はその身のそばにねーと……! お前っ……!!」

シアングの鬼気迫る顔にテュテュリスは数歩下がるとむっとした顔を向けた。


「びっくりするじゃろ!」

「ふざけんな!」

「傍におかないと、何?」

「……力が弱って」

「死……!?」

「死にゃしねーよトアン。ただまぁ、ずっとそのままだったらそうなるだろーな」

「だめだ! ここを出ようテュテュリスさん!」

「トアン落ち着いて。どうやって出るの?」

「……あ」

「心配いらぬ。わしが出してやる……そろそろここも飽きたのでな」

「飽きたって……ジジイ……」

「うるさいのぉ。風呂にも入りたいのじゃ」

小さな手が、鉄格子をつかんだ。

──瞬間。


グニャッ!



みるみるうちに鉄格子が溶けていく。


大きい足枷を両手で転がし、よちよちと歩いてくる。さらにトアンたちの牢の鉄格子をつかみ、溶かす。


「あ……ありがとうございます」

トアンは乾いた喉から、何とか言葉を紡ぐ。

「ありがとー!」

「……チェリカ、やっぱり君が羨ましいよ」

「そう?」



「ジジイ!その手でオレに触んな!」

「臆病じゃの。火傷なぞせんわ。ほれシアング、ぼさっとしとらんで鎖を壊してくれ。枷が重くてかなわんのじゃ」

「わーったよ」

ガキン!

鎖が断ち切られた。



「王のところに行くのじゃ!」

シアングの肩の上でテュテュリスが叫ぶ。

「ジジイ! てめぇは楽だからいいよなチクショウ!」

走りながらシアングが怒鳴った。

「しかたがないじゃろ。わしは早く走れんのじゃ」

「っくそ……」

シアング゙怒らないでよ!」

トアンが叫び返す。


「……ねぇトアン、シアング゙」

「何だいチェリカ?」

「王様ってどこにいるの?」

「………………え?」











アヤタナから離れた森の中で。

「時の守護神だな」

「……あなたたちは?」

「一緒に来て貰おうか」

「……」

暖かそうな深緑の瞳が伏せられる。そしてゆっくり開き、叫んだ。

「駆けては戻らぬ風よ!声をあっ……」

ガツン!

後頭部に走る衝撃。


「危なかったな。こいつ……いきなり魔法ぶっぱなすつもりだったぞ」

「見ろよ。なかなか可愛い顔してるじゃねーか?」

「おいおいあまり遊ぶなよ。目を覚ますぞ」


話を聞きながら、少年の意識は沈んでいった──……。





「お前らはアホじゃなぁ」

「うっせぇ!!」

結局テュテュリスが道を指し、城の中を走るトアンたち。

「そこじゃ!」

「え?どこ?」

「今通り過ぎたろう!!そのでかい扉じゃ!」


バタン!


「な、何事だ!?」

「こいつら……牢にぶち込んだはずじゃ!?」

「何をしている王を守れ!」


慌てて兵士が剣を抜き、王……初老の男だ……の前に出てくる。


「焔竜さま! お守りください!」


と、赤い髪の男が進み出てきた。テュテュリスはシアングからヒラリと飛び降りると男を睨みつける。


「失せろ」

「……!?」

「どけ!」

幼い少年から発せられた凄まじい気迫に、男は後ずさりした。


「王よ……」

「……そなたは?」

「聞いたな?名を聞いたな!!」


トアンはワクワクして思わず手を握ったが、シアングは気の抜けた顔で見ている。ちなみにチェリカは非常に面白そうに見ている。彼女はのいたずらがバレた瞬間が大好きなので、目をキラキラさせている。


「我が名はテュテュリス! 赤き炎の化身焔竜!」

「そなたのような子供が?」

「見かけで図るな。その気になればこの国、消し炭にして見せるぞ」

不吉な言葉に王は眉をしかめる。

「わしの言葉が信じられんのか?」

「貴様! よくも!」

と、先ほどの赤髪の青年が剣を構えて飛び出してきた。


「テュテュリス! 危ない!」

「愚かな……」


手をのばし、スッと切れ目をさらに細める。そして──。


ドンッ!


あたりを眩しい光が包む。すぐに光は晴れ、青年がいた場所には。


「な、なんだよこれ」

「うっわ……」




そこには、緑のゼリー状のものが散乱していた。




「あれは魔物じゃ。天然ではないがの」


「テュテュリス様」

王がひざまずいた。兵士も続く。


「先ほどのご無礼をお許しください……かの?」

「申し訳ございません……しかし!」

顔をあげた王の瞳は真摯なものだった。

「あの方は……あの方はゼノンに会わせてくれると!」

「むぅ」

再び顔を伏せた王に近づく。

「顔をあげよ」

優しい声だ。

「今回のことには目をつぶる。次からはよく相手の目を見るのじゃ。お主ほどの男なら、きっと見破れる。……じゃが……ゼノンか……」

テュテュリスは考え込んでいたがやがてため息。


「……。それよかはよ玉を返してくれんかの?」



ゼノン。

ゼノンって誰だ?

「トアン」

テュテュリスがしっかりと見つめていた。

その目にはっきりと写っているのは『深入りするな』の忠告の色。


「ね、王様。最近変わったことない? ……偽者が来たのっていつ?」

チェリカが王に話し掛けている。

「──最近……。ここから西の森に、巨大な塔が建った。

それからしばらくしてヤツがきた」

「西の……森……」


「あれは天然の魔物じゃねー。キメラか」

「多分。その塔で研究されたモノだと……」

ってことは、とシアングが伸びをした。

「アイツがそこにいる可能性もあるってこった」

「……うん。トアン! 次は西の塔にいこ!」

トアンのところへ走っていく後姿を見て、シアングは苦笑した。

「まってろよ」


もうすぐだ。もうすぐ。もうすぐ会える。



「わしの神殿はここより北にある。いつか来い」

町の前で、テュテュリスは言った。

「ジジイそのまま帰んのか?」

「ん? いや、玉も返してもらったし、使い魔を呼ぶ」

「なんでもとにもどんねーんだよ?」

「戻る。……魔力が落ちているのじゃ!できるならはよもどりたいわい!」


怒ってから、テュテュリスはさらばだ、といって握手してくれた。

暖かな手だった。



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