第5話 海賊船エラトステネス

「さぁて、ついたぞ三人方」

「ここが港町ルトカスィ……」


潮の香りが鼻をくすぐる。

市場が広がる通り、船乗りの笑い声、魚のにおい。


三人は老人にお礼を言うと、彼の姿が見えなくなるまで見送った。




「師匠にいつか会ったら、よろしくと伝えてください」


船着き場の前まで来たとき、リクは言った。

「やっぱり行っちゃうの?」

「はい……俺は家の名を汚さぬよう、使えるべき人を探さなくては。」

じゃあ、と行って背を向け……はっと戻ってくる。

「あ、これっ……」

「?」

差し出されたのは緑の宝石がついた腕輪。

「これは?」

「もし旅先で、アクエ……俺の義弟に会ったら渡してください」

「わかった」

トアンは鞄の中にしまい込む。


「それじゃあ!」

そう言って彼は行ってしまった。



「トアン、これからどうする?」


おじが残した金があるから、しばらく金銭面で心配はない。

「じゃ、軽く装備を整えてから船にのろ」



「この杖いいなー」

「どうなさいます?」

「買う!」

「ではお代は」

「あ、オレが」

「ん?私あるから大丈夫だよ」



新品のトアンの腰の剣、チェリカの杖。

船着き場に行く頃には夕方になっていた。


「……え!?」

「申し訳ありません」



どうやら少し寄り道をしすぎたようで。

今日出る船はもうないらしい。


「あー……出る時間調べとけばよかった……」

がっくりとうなだれるトアン。

「次に出るのは二日以上先……ってチェリカ、なに見てるの?」

「……あれ」

指さす先には、大型の船が一隻。

「ね、トアン。今日はもう船でないって言ってたよね」

「? うん」

「あの人たち……船に荷物運んでるよ?それに明かりがついてる」

「本当だー……」


今すぐにでも出そうな雰囲気だ。


「……この木箱も積むのかな」

かなり大きな木箱だ。

「多分……」

「大きいねこれ」

「うん」

「……人間二人くらい入れそうだよね」

「…………チェリカ?まさか」


彼女はいたずら少年のようにニヤリと笑う。

「お金は後払い、だよ」


蓋を閉める瞬間、夕焼け空は青く染まっているのが見えた。








「おいガキ共っ!何してる!」

どうやら眠ってしまったようだ。体を縮めていたため節々が痛い。


無理矢理引きずりだされると、波の音とそれに合わせてきしむ木の音がした。

ランプが揺れている。

チェリカはまだ寝ているようだ。



「早くこいつら船長のとこ連れてくぞ」

「オレたちは」

お金は持ってます、勝手に乗ってすいませんー。

そう言おうとして、口をつぐむ。


喉元には、ナイフが突きつけられていた。




(怖い……オレたちどうなるんだろう……)

ヒヤリとした感触が喉元にある。

未だ眠りこけるチェリカを男の一人が担ぎあげ運ぶ。



「船長、入りますぜ」

おぅ、返事が聞こえた。

ドアが開き、中に押し込められた。


「よぉ」

おそるおそる顔をあげる。


「エラトステネスへようこそ、チビ共。さぁて、何しに来たんだ?おいたにしちゃやりすぎだぜ」

若い男だ。

少し長いボサボサの灰色の髪、黒の瞳。

鯨の尾をかたどったペンダントをつけている。


「あ、あのオレたち、その」

「ぁん?」

「船が、でも、でも」

「……そっちのチビ女、お前のつれか?」


黒の瞳が光る。

「は、はい」

「……そか。いまさら放り出す訳にはならんし……あ、そだ」

「はい?」

「うちの食堂で働いて貰おうか。どだ?」

「お金なら」

「金より労力。……お前名前は?」

「あ、トアンです!こっちはチェリカ」

「そうか……オレはこの海賊船の船長、ルーガだ」

「ありがとうござ……か、かいぞくせんー!?」


ショックで口をパクパクさせるトアンを見てルーガは豪快に笑うと、外にいる男を呼んだ。

「まぁがんばれや。チェリカはここで寝かせとくわな。とって食ったりしないから安心しな」

はっはっはと言う声を遠くに聞きながら、トアンは厨房に引きずられていった……。



「料理長!新入りだ!」

皿と皿がぶつかりあう音がする。と、一人の中年の男が走ってきた。

「おぉ? 助かるよ。今ちょっと大変なんだ……おまえ名前は?」

「トアンです」

「トアンか……よし、おまえちょっと……うん」

「?」

「シアング! ちょっと頼む!」

「はいよー」

手を拭きながら少年がかけてくる。

赤い瞳に褐色の肌、赤紫色の髪の少年だ。首には青いバンダナをキリリと結んでいる。

トアンの側までくると、ニッと笑った。


「オレはシアング。よろしくな!」



ルーガがふと顔をあげると、チェリカと目があった。

「あ……よぉ」

「……ん」

「あ、オレはルーガ。お前さんの連れは今厨房で働いてる」

「……魚」

聞いたとたん、ルーガの顔色が変わる。

「お前……」

「ルーガさん、」

言いかけて彼女は口をつぐみ、ニヤリと笑う。



そして再び眠りに入ってしまった。

「……なんなんだこのチビ……」




「は~ふふん、ふ~ん♪っとくら。……よしトアン、味見してみ」

「……うんおいしいよ!」

スープを一口のんだ瞬間、優しい、暖かな味がした。


トアンはこの厨房で働いてる間、にこやかに話しかけてくれるシアングに好感を持っていた。

優しいお兄さんのような人だ。雰囲気はどこかルーガに似ている。


「シアングはどうしてこの船に?」

「……。信じてくれるか?」

「う、うん」

「落ちてきたんだ。海にな。ちょい前のこと何だけどさ……」

「落ちた?」

ああ、そう言って彼はフライパンにバターを塗った。

「オレ実は竜なんだ」

笑いながら言われると、嘘にしか思えない。

「あ、嘘じゃねーぞ。……すごい高いとこからおとされて、そんとき連れに女の子がいたんだけど……手が離れて、んで、バランス崩して落ちて、船長に助けられた」

ジャガイモを洗いながらトアンはシアングをみたが、何の表情も読めなかった。



ん?

落ちてきた?

……オレがチェリカに会う前にみた夢は?

あれは……シアング?




ふと窓をみると外は真っ暗だ。

大粒の雨が窓にぶつかっている。

なんだかひどく、不安になった。


「……シアング」

「ん?」


チェリカって言う女の子を知ってる?


ただそれだけ。

シアングがうんと言えば、感動の再会シーンだ。

チェリカにとっても、シアングにとっても喜ばしいことだろう。

シアングがいーや、と言えばチェリカとは初顔合わせ。それはいい友達が増えるというこということで喜ばしい。


それなのに。

それなのに、二人がもし……きっと知り合いだったら。

オレは取り残されてしまうんだろうか……。


「トアン?」

「……あ」

「どーしたよ。指切るぞ」

「いて」

「ほーれ見ろ。で?なんだよ?」

「あ……あのさ」



何悩んでるんだろ、オレ。

別にチェリカがいなくなる訳じゃない。

チェリカが笑ってくれるなら、オレは……


つらそうに顔を曇られるトアンを、シアングが心配そうにのぞき込む。


「大丈夫か?無理しなくていーんだぜ」

「違うよ、あのさ……」


そうだよ。

こんなにもいいお兄さんなんだ。

悩む必要なんてない。

みんなで笑って旅ができれば。

その『みんな』に、オレもカウントされるし!


「シアング、その女の子の名前って」

「ん?」

「……チェリカって言わない?」

「……?!」

「シアング?」

「知ってるのか?!その子無事か?!」

「う、うん。オレと一緒にここに乗り込んで、今船長……ルーガさんのとこで寝てる」

「……」


船が揺れた。大きな波にぶつかったんだろうか?

シアングはゆっくりと瞬きした。彼の顔にみるみる喜びの色が広がる。

「あああやべー……超嬉しい……」

笑いながら、目尻の涙を拭うのをトアンも笑いながら見ていた。


やっぱり言って良かった。


心底、そう思った。





また、船が揺れた。

「うっわ……」

皮を向いたジャガイモが手から逃げる。

揺れは収まらない。

「な、なんだなんだぁ?」

「シアング! トアン! 二人とも大丈夫か?!」

料理長がやってきた。


「火を消せ! 包丁もしまえ! この揺れはただごとじゃない!」

揺れる壁を背にして指示をする。

「言われなくても!……お?」

揺れが収まった。……と思ったら。


ミシッ……バキバキッ



「うわぁっなんだこいつ!」

「おい!気をつけろ!……って、おいチビ!」


外では慌ただしく人々が動いている。


「……料理長、トアン、ここにいな」

シアングが立ち上がり、バンダナをきつく閉めた。そして、獣の爪のような武器をつけた。

何がなんだかわからないトアンは、ハッとしたように壁にかけてあった剣をとった。

「料理長、行ってくる」



「嫌な感じがする……」

ルーガが書きかけた海図から顔をあげると、チェリカと目があった。


「どした。つくづく変なガキだな、お前」

「空気が気持ち悪い……」

「ん?あぁ」

ルーガは窓を見ていった。

「変な天気だな……嵐の予感じゃねぇけど」

「……!」

と、チェリカが起き上がると杖をとり、外に出ていく。

「待てって!」

あわててルーガも立ち上がる。



「おいルーガ、俺を置いていく気か?」

……隣の部屋からだ。

シャワーしたばかりだったようで、ドアの隙間からのぞく栗色の髪からポタポタと水が落ちる。


「海があれてる。お前の力を借りるかもしれない……だから服着るな」

「はいはい」

少年はキリリとバスタオルを体に巻くと伸びをした。

「さ、行こうぜ」

「すまねぇな、アクエ」






看板に出ると、チェリカは唖然とした。

船員達がなんとかくい止めてる物は、巨大なイカの魔物だったのだ。


「あ~……おいしそう……」

思わずぐぅ、と鳴った腹を押さえると、チェリカは満足気に笑う。


「焼いたらおいしいかな?」



ミシッ……バキバキッ


手の一つが船の縁を壊した。

「うわぁっなんだこいつ!」

「おい! 気をつけろ! ……って、おいチビ!」


うろたえる船員達の間を駆け抜け、杖に意識を集中する。


「赤き刃よ紅蓮の牙よ! 焼けぇっレングー!!」




「あ、うまそ」

シアングが外に出たときの感想はそれだ。

香ばしい匂いがあたりに漂い、その匂いのもとは、怒りに腕を振り回し、積み荷や人をなぎ払った。

シアングに向かって来た腕は爪で切り落としてしまう。

「食材だな、こりゃ」


「……!」


ふと見ると、一人の少女が魔法を唱えていた。

キラキラひかる短い金髪。

あの子は……!



あの手が、離れなければ。



昔の話だ。

体中が痛くって、苦しかった。


『畜生……こんなこと……』

『君は誰?』

『……お前は?っつ!』

『大丈夫? さ、手を』


笑いかけながら差し出されたその手。

そんとき、いつかオレもとりたくなるような手を、誰かに差しだしたいと思ったんだ。




オレにいろんなことを教えてくれたあの手を離してしまったことを、ずっと後悔してた。



「チェリちゃん!」

「!」

彼女が振り返る。すぐに驚きの色が広がる。



……その一瞬が甘かった。

「え、や、わぁー!!」

イカの足が彼女の足を捕らえ、海に引きずり込んだ。

荒れた海に、金髪頭は見えなくなる。

「チェリちゃん!チェリちゃーん!」

「シアング!」

船から身をのりだして叫ぶシアングをトアンが押さえた。

「ね、どうしたの!? 落ち着いてよ!!」

「チェリちゃんが落ちたんだ!」

「チェリちゃんって……チェリカぁ!? 大変だ!」

トアンが上着を脱ぎ、飛び込もうとした瞬間。



「無理だ。さがれ!」

トアンの横を、誰かが駆け抜けていく。



バシャン!



トアンは見た。

一人の少年が飛び込んだのだ。そして水に落ちる瞬間。


彼の下半身が、きらめく魚の尾になるのを。



「っは!」

少年が再び顔を水面に出したとき、しっかりとチェリカを抱えていた。

「チェリカ!」

「チェリちゃん!」

「大丈夫、生きてる!ルーガ!ボーッっとしてねぇでロープ投げてくれ!」

「あぁ!」

少年はしっかりと受け取ると、引き上げるように叫んだ。


「よっ……せ!」

ルーガにひっぱられ、船の上で息をつく。

「よくやった」

「うん……でもタオル流されちまった……」

「んなの気にすんな」

ルーガにわしわしと撫でられ、少年は照れくさそうに顔を背けた。

「あの」

「ん?」

トアンが声をかけると少年は水色の瞳を向けた。

「ありがとうございます」

「いーって。お前怖くないの?」

「え?」

「コレコレ」

パシンッ


少年が足(?)で船板を叩いた。

「いや、別に」

「へ~……なあシアング」

「?」

チェリカを担ぎ上げ、船の中に帰ろうとするシアングを少年が止めた。

「こいつ、不思議なヤツだな」

「あぁ。変わってる」

二人はククッと喉で笑った。

「トアン、中戻るぞ」

「う、うん」




「……ックション!」


何回目かのくしゃみをチェリカがした。

あのあと厨房に戻ったところ、鍋はひっくり返ってるわ材料は床に散乱してたわで大変だった。

とりあえず掃除をし、床に落ちたゴミは料理長が持っていった。

いつ何時どんなことが起こるかわからない船の上で夕食だったはずの材料のなれの果ては、魚を釣るときのエサにするらしい。


食堂の大きな暖炉の前にタオルにくるまったチェリカは丸くなり、火の暖かさにトアンはうつらうつらし始めた。

シアングはイカの解体にかりだされ、今は二人きり……

ではない。

「おいおい、寝るなよ」

ピシャンッ

……水がかけられた。

後ろを見ると大きな浴槽がある。

水をかけた人物はここにいた。

魚の尾が水からでている。

「冷たいです」

「あはは、そりゃな」

少年は笑った。



「イカ~晩飯はイカ~……よートアン」

シアングだ。

巨大イカの足を肩にかけている。

「シアング……この子が……」

「な、この子!?お前いくつだよ」

「15! ……そろそろ君の名前教えてよ~……」

栗色の髪がふわりと揺れて、少年が笑った。

シアングも笑っている。

トアンはこの少年の名前を知らない。

いくら聞いても教えてくれなかった。


「俺は17歳だ!」

「え!? ……シアングは?」

「言ってなかったか? 17だぞ」

シアングはますます笑う。

「君、オレより年上なの? ……ぜんぜん見えない」

「ま、そりゃそうだろうな」

少年が得意気に言う。

シアングはイカの足を置くと、チェリカの隣に腰をおろした。

「チェリカちゃん起きろ~」

「んー……」

彼女はうるさそうに寝返りをうった。


何がなんだかわからないトアンに、少年は言う。

「……この姿は15なんだ」

「え?」

「俺、人魚だから……お前『不老』って知ってるか?」

不老。

「……歳をとらないこと、だよね」

「違うって。だいたいはあってるけどね」

「え?」

「不老ってことはつまり、時の流れから切り離されたヤツらのことだ」

「歳をとらないってことじゃん」

「いやいや。そんなのはありえない」

「……?」

「もしいたとして、爪をきったらのびないし、髪ものびない、傷は癒えない。体中の細胞が止まったってことだ。息もしないな」

「……」

「ありえないだろ?」

「うーん」

「俺のいう不老ってのはな、ちょっと違う。さっきもいったろ?時の流れから切り離されたヤツらって」

少年は一息つくと、言った。

「不老のヤツを取り巻く時間の流れがふつうと違うんだ」

「でも、一応歳はとるんでしょ?」

「まぁな。不老って言ったって完璧じゃない」

「君もそうなの?」

「あぁ。ちょうど15歳のときに人魚の血が目覚めたから、ずーっと15なんだ」

「……結局オレ同い年だったじゃん」

「まぁな」

少年は笑った。水がはねた。

「ねぇ、君の名前は?」

「……俺は」



「──シアング? シアングなの?」

「チェリちゃん!」

驚いてとなりをみると、チェリカが起きていた。

大きな目をパチパチと瞬かせて、シアングに飛びつく。

「シアングー!!」

「よかった……無事だったんだな」

「うん!トアンに助けられたんだ!あ、シアング、トアンだよ」

チェリカはトアンの袖をひっぱり、笑う。

「あぁ。さっき話したよ。……な? トアン」

「うん」

「トアン! ありがとう! シアングにあえたよ!! トアンのおかげだよ!」

いつになく興奮気味のチェリカは頬をピンク色に染め今度はトアンに抱きついた。

「うわわっ! チェリカ!」

チェリカはくすくす笑いながらも、手に力を込めた。

トアンの顔は赤くなるばかりで。

「……ありがと、トアン」

ポロリと涙をこぼす瞳を、トアンは拭ってあげた。



「あ、さっき助けてくれたね。ありがとう」

チェリカは少年に笑いかける。少年も笑った。


「あ、君の名前……」

「わりぃわりぃ。つい言いそびれちまったよ。……俺の名前はアクエ。アクエ・マリウス。兄を探して旅をしてる」

「……え?」


『俺には弟が一人います』

鮮やかなオレンジの髪。

『もしあったら、これを渡してください』

人の良さそうな青年。

『……弟の名前はアクエ』



「「リクさんの弟!?」」

──。

一瞬の沈黙があった。


「……兄さんを知っているのか!?」

「やっぱり?」

「な、なぁ兄さんは俺のことなんかいってたか?……ほら、その、俺人じゃないから……小さい頃から水にさわると変身しちゃって……」

「いや、そんなんじゃなかったよ。アクエさんの話をするとき、すごく優しそうな目してたもん」

チェリカがいった。

「……ほんとうに?じゃ、なんででてったんだ?」

「ある事件に巻き込まれて……家族にあわせる顔がないって。あ!そうだ、これ」

トアンが鞄をひっぱってきて、中からリクから預かったものを出す。

緑の宝石がついた腕輪だ。


「俺に? ……兄さん……」

うつむいていたアクエはやっと顔をあげる。

「ありがとな、トアン、チェリカ。俺はやっぱり兄さんを探して旅を続けられる」

「よかった」

「ちゃんとあって、戻ってきてくれって頼むんだ」

そういって、うれしそうに笑う。

チェリカはそんなアクエを羨ましく思った。

「チェリちゃん、大丈夫だって。オレもついてくんだから、な?」

「……ありがとね、シアング」



そう、必ず。

ルノはオレが助けなきゃ。

ルノはオレの、大事な。




「や、離せぇー! やめろ!!」

なんもしねぇって!いててて、何だよー!」


ウィルは少年をにらみつけた。

この少年はウィルが世話を命じられた少年であり、今まで眠っていた。仕方がないので部屋をうろうろし、暇なので顔をのぞき込んでいたところ、少年がハッと目を覚ました。

その時、ウィルはそのキラキラ光る銀の髪を撫でていたのだ。

少年は怒ってウィルの頬をつねり、ウィルは少年の手をつかみあげていた。

「離せっ!」

「お前が離せよ!ほっぺたひっぱんなよ!!」

「っ~! 痛い痛い!手を離せ!」

「いででで!この……っ」

「いっ……!」

「……え、あ」

怒鳴った拍子に、少年の細い腕を強く握ってしまった。

あわてて離すと少年も頬を離し、涙目でウィルをにらむ。


「……誰だ、お前」

「お前の世話係のウィルだ。悪いな、痛かったか?」

「……バカ力……」

「なんだと!?」

「新顔だな」

「ま、な。ところでお前、名前は?」

「……周りのヤツ等から聞いてないのか?」

少年は少女のような顔に笑みを浮かべて言った。紅い瞳と、耳元のピアスが光る。

「あぁ」

「私はルノだ。よろしくな、ウィル」


差し出された手を、ウィルは握った。

少し冷たかった。



「酒がたりねぇ!」

「ルーガ!飲み過ぎだ!」

「いいんだよアホ。カラッと揚げて食っちまうぞ!」

「ぶ、侮辱だ!」

「だったら黙ってろアクエ。まじに揚げるぞ」

「ふっざけんなー!!」

アクエが投げた皿は綺麗に弧を描いて飛び、ルーガの顔にヒットした。

とたんに周りから沸き上がる笑い声。



「あ……」

「トアン気にすんな。いつものことだ」

シアングが料理を運びながら言った。トアンは食器を持ったまま後を追う。



「あの二人の夫婦喧嘩は今に始まったことじゃねぇ。みてて楽しいぜ」

「うん。あ、コップヒット……痛いなー……」

「シアング酒追加」

「オレも!」

「こっちは食い物だ!」


「わーったよ酒乱ども!っくそ!オレも飲みてぇ──!!」

シアングはそう叫ぶと厨房にかけこんだ。すぐにでてくると、両手に酒瓶。


「トアン、おめぇも飲め──!」

「えぇ!?オレお酒は……ん?」

肩に重みを感じて振り向くとチェリカがよりかかっていた。しかし。

……片手に、グラス。

「ちび魔法使い!もっとのめ!」

「ルーガ!ガキにまでのませんな!」

「シアングつまみ!」

「お──い!! オレパシリじゃねーぞ──!!」

「トアンこれおいしいよ?」


あぁ。

みんな大騒ぎだ。

オレ一人で考えてても仕様がないな。


「チェリカぁ、酔ってるの?」

「んーん、全然」

「……酔ってるよね?」

「全然だってば!トアンものみんさい!」

ばしばし肩をたたかれる。

酔っているのかいないのか。



わからんないよ……チェリカぁ……



すすめられるまま一口のんで。



あれ、なんだか頭がぼーっと……




「トアン!? トアーン!」

チェリカの声を遠くに感じながら、トアンの意識は沈んでいった。





ちりん。


ちりん、ちりん。

「兄貴、ずっとこの時を待ってたぜ」

「……」

トアンはその場に立ち尽くす。

黒い髪の青年が、茶髪の髪の人物……兄貴と呼ばれたからには兄だろうか……に剣をつきつけている。その向こうには、白髪の青年が弓を構えたままトアンと同じく立ち尽くしていた。


(助けなきゃ! 殺されちゃう!)

そう思っても、足が動かない。


「兄貴……どうして抵抗しないんだ?なんで……なんで」

「……」


「いかん!やめるのじゃ!犬!貴様もとめんか!」

と、長い黒髪をもつ青年が飛び込んできた。

それに続く、四人の人影。

(え……!?)

トアン、チェリカ、シアング、そして。

「邪魔すんな!焔竜!」

剣を突きつけた青年が叫ぶ。

「兄貴は……こいつはビャクヤを殺した!」

「トウホ……」

「死ねぇ!!」

「ツムギ──!!」

焔竜と呼ばれた青年が叫ぶ。

剣が降り上げられ、そして。



「やめろ────!!!」


「うわっ何トアン!」

ハッと目をあけると、チェリカの顔。

「今の寝言?……怖い夢でもみた?」

「違うよ……っつ」

頭が痛い。

ガンガンする……


「お酒弱かったんだねぇ」

「……オレ」

「倒れたんだよ。ごめんね」

「気にしないで」

笑った拍子に頭に響いたが、チェリカは安心したようだ。

「……ね、チェリカ」

「?」

「オレ、変な夢みた……」

「どんな?」

「……兄弟なのに」

ポタ。

「なのに、なのに……」

ポタ……

涙が、こぼれた。

「トアン?」

チェリカの手が涙を拭ってくれた。

「私、みんなに慰められて、優しく涙を拭いてもらってばっかり。だから……いつか誰かにやってあげたくて」

にっこり笑った。

「チェリカ……どうして、あんな夢見たんだろう?」

無意識の産物。……とは思えない。



チェリカにしっかり礼をいって、トアンは起き上がった。

鈴の音が、まだ頭に残っていた。




どこにいるんだろうか。


時の精霊は。



一人の少年は崖の上から森を見おろす。


遠くに、街の明かりが見える。

そこから『何か』伝わってくる。

誰だ?

誰だなんだ?


「確か……向こうにはアヤタナ王国があった……」


よし、決めた。


次の目的はアヤタナだ。


少年は短い茶色の髪を夜空に広げ、瞳を閉じた。



時の精霊。

私は……探し出さなければ……


この体に宿る呪いをなんとかしないと。



少年は歩き出す。


ちりん。

ブーツにつけた小さな鈴がなった。





あの宴会から三週間程たった。

トアンとチェリカは船員達と随分仲良くなった。

トアンは料理の手伝い、チェリカは掃除。

毎日毎日海ばかり見て、毎日毎日船で寝て。

もともと陸育ちだったトアンに限界が来た、その日。


「おぉーい! 陸が見えたぞ!」

「本当!?」

「嬉しそうだねトアン」

「あはは……まあね……」


ルーガはトアンとチェリカを見て笑った。

「この調子でいきゃー明日には着く。……さぁて、着くのはどこだ?」

「……レティス大陸以外?」

「い~や残念。レティス大陸なんだよなーこれが」

「?」

「あのな、この船はレティス大陸をぐるーっと回って、ルトカスィとは反対の港に来たんだ。ふつーにこようとすりゃー山がきつくてこれねぇんだよな」

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