第4話 リコの村

森を抜け、小高い丘の上で休憩していると、小さな馬車が近づいてきた。

馬車と言っても、一頭の馬が荷車を引いている、という物だ。荷台には果物の入っていたと思われる籠が数個、そして老人が座っていた。

「お前さん方、ここで何をしているのかね?」

馬を止め、老人が問う。優しげな笑顔だ。

「え、あ」

「森を抜けて、ちょっと休んでたんです」

言葉に迷ったチェリカの代わりにトアンが言う。

「疲れているのかね?ならわしの家へおいで。」

「え?」

「すぐ側のリコと言う村じゃよ。何、悪いことはしないよ」

「どうする?」

「……甘える」

内心疲れはてていたトアンにとって、まさに救いの手。






「ここがリコの村……」

三十分ほど荷台に乗った後、小さな村に到着した。

「ここはのう、港に行くための立ち寄りの村なんじゃよ」

老人は笑う。

「港?」

小さな家の前に馬車をとめ、二人を中へ促した。



「おやまぁ、小さなお客様だこと。なんにもないとこだけどゆっくりしていってね」

老婆が笑いながら言う。と、そこへ老人が地図をもって入ってきた。

「これはの、このレティス大陸の地図じゃよ。ほら、ここがリコじゃ」

一点を指す。なるほど。リコのすぐ東に港町がある。ルトカスィと言う町だ。

トアンはその地図に自分の村、フィリウル村が載っていないことに少し沈んだ。


「おじいさん、この地図は?」

「ほっほっほ。わしは若い頃、冒険家に憧れておってのう。そのころ使ってた地図じゃよ。お前さん方は世界を、いやこの大陸をしらなすぎる。お嬢ちゃん、古いもんでわるぃがのう、しばらくはそれを使ってやってくれんか」

「くれるんですか?」

「あぁ」

老人は目を細める。まるで、若い頃の自分を探しているようだった。

「そうそう、リクさんはまだいるのかのぅ?」

紅茶を受け取りながら老人がいう。

「ええ。まだお二階でお休みになっていますよ」


「リク?」

トアンが訪ねる。チェリカは紅茶と一緒に出されたクッキーを食べている。……何枚目だろうか。聞かないことにする。

「二日前にここに訪れた旅人さんで」

「おはようござ……ふぁーぁ。」

眠そうな声と間抜けなあくびに振り返ると、オレンジ色の髪のひょろりと背の高い青年がいた。

「俺の噂っスかぁ?ども。俺がリクです」

「ど、どうも」

トアンが言うとチェリカは頭を下げた。

口の中には、クッキー。



老夫婦はにこやかに笑い、果物やお菓子を出してくれた。

そして、そして泊まっていけとすすめる。


「そんなにしてもらう訳には……」

「船は明日の夕方に来るんじゃ。明日の朝港まで送ろう。なぁに、遠慮なんてせんでいい。お前さんらが孫みたいで嬉しいんじゃよ」

そうそう、老婆が笑った。


お言葉に甘えて。

……甘えすぎな気がする……



リクは老婆の肩を揉んだり、夕食を手伝っていた。チェリカとトアンは家の掃除をした。

そして、暖かい夕食を終え、二階の一部屋にリクと三人で寝る。

トアンには抵抗があったが、二人には無いようだった。



綺麗な部屋。小さな窓からは太陽の光が射し込んでくる。

天井がとても高いその部屋には、大きな大きな本棚があった。沢山の本が並んでいる。


ここは、とトアンは辺りを見回す。

「チェリカ? いないの? リクさん?」

返事はない。


ふと、視界の端の大きなベッドが目についた。

のぞき込むと、そこには。



子供が眠っていた。長い銀の髪は白いシーツの上に広がり、頬はほんのりと桜色で。

(将来は美人になるぞ)

とトアンは思う。と、子供がもぞもぞと身動きした。

トアンにはこの子供が誰かに似ているような気がしてならなかった。


誰だ?



子供がゆっくりと目を開く。

紅い、瞳だった。

その目線が動き、トアンと合う。


「ご、ごめん!! あ、オレは怪しい奴とかじゃなくてその……?」

目線は合ったが、子供は目を伏せた。

「あ、あの「目が覚めたら、みんなが一緒にいればいいのに……」

悲しそうに、寂しそうに、トアンの言葉を遮って言った。

起き上がり、窓に近づく。トアンには目もくれず。……気付いてないのだろうか?

そんなはずは……


そして子供は窓から外を見、歌いだした。トアンも近づいて窓から外を見た。


(た、高い!!)

地上までどれくらいあるのだろうか?

下には森が広がっていて、緑の絨毯のようだった。その向こうには何か城のような建物が見え、そして遙か彼方まで青空が続く。



隣にいた子供の歌声は、空に吸い込まれていくようだった。

その時、ふわりとした風が入って来て、その子の髪を遊んだ。耳元があらわになり、そこには、


涙型の。


(この子は……!!)






「……!!」

チェリカはガバリと身を起した。……いやな予感がする。

ふと横を見るとリクと目があった。

彼は苦しそうに胸を押さえ、それでも笑いかける。

「どうしたんスか、チェリカちゃん?」

「リクさんこそ、具合悪そう……」

チェリカは姿勢を正す。何だ?この違和感は。

「俺は大丈夫です……っつ!」

顔をしかめるリクに、チェリカは鞄から涙型のピアスを取り出す。闇の中で、それはきらきらと光った。

「これ、苦しかったり痛かったりしたところに当てると気分が良くなるよ」

「サンキュっス…………これは、『雪の雫』?」

「え?」

「間違いない、雪の雫だ……」

「何、それ?」

「ええと、雪の雫って言うのは氷竜の流した涙なんスよ。何でも、とてつもない魔力を持っているって」

「氷竜?」

「この世界にいる自然竜の一種っス。自然竜とは、今確認されているだけでも八種類います。で、精霊とは少し違います。精霊たちは生まれてきた子に能力を授けたり日々忙しいんです。小さい精霊たちはこの世の全ての物に宿っています。そしてそれらを全て束ねるのが大精霊です。守護神みたいなものですよ。」

「?」

「あ~旅をしていけばわかるっスよ?んで、竜は精霊とは違い、竜血と呼ばれるその竜の血を持っている人がなるんです。彼らは額にそれぞれの印を持ち、一族のシンボルとして生きています。瞳が金色なのが特徴っス」

リクはそう言ってほほえんだ。だが、まだ胸は苦しいようだ。

「そして彼等は竜自身に変身することもできるんです。知識の量は半端じゃないので、訪ねてみるといいっスよ」

わからないことはまだあったが、チェリカはうなずいておく。竜血と聞いた時に、一人の少年が頭にうかんだ。



確か……雷竜の血を受け継いだって……シアング……。



「……ん?」

「どうしたっスか?」

「リクさん、なんでそんなに詳しいの?」

「あー……」




逃げろ!!




「!!」



逃げろ!!早く!!




「……この声」

直接頭に響く声。


「これは……」

「聞こえるんスか……?」



逃げろ……早く逃げてくれ……




声は聞くに耐えないほど悲痛で。



「リクさんも聞こえるの?」

「……はい」

「なんで?」

「なんでって言われても……」

「だってリクさんは、普通の人間でしょ?」

「……。」

リクは目を閉じる。

今まで耳を塞ぎ続けていたことだった。



「……残念ながら俺はただの人間じゃないんスよ、これが。……チェリカちゃん、あなたも『キメラ』なんですか?」

「キメラ……」

「この声が聞こえるなら、犠牲者なんスか?」

「違うわ、彼女は犠牲者じゃないわよ。」


「「!?」」

窓からだ。二人が振り向くと、窓の外に女性が浮かんでいた。長い杏色の髪が宙に散っている。

辺りには毒々しい赤の斑点がついた黒い蝶が無数に飛んでいた。


「こんにわ……リク。まったく、せっかく生き残ったのに逃げだしたなんて。」

リクが唇を噛む。

「俺はあんなの望んでなかった!!あんな……あんな」

「あなたは力をもらったのよ?」

「そんな、いらなかった!」

「白狼の力よ?」

「俺は……」

「ま、あなたが戻る気がないなら死んでもらうか……アクエを使うまで。」

とたん、リクの顔色が変わった。

「アクエに手を出すな!」

「だって、あなたが逃げたから実験材料が足りなくなっちゃったのよ?」


「おねえさん」


黙っていたチェリカが口を開いた。

「あら?」

「おねえさん誰?」

「ごめんなさいね、あたしはミシェル。ふふ、あなたは?」

「私は……」

チェリカはスッと杖を構える。

青い瞳が月の光で光った。

と、ミシェルが口元に手をやる。

「まぁ……その瞳は……。……ここに居たのね?みんな探してたわよチェリカ。……あの子もね。」

ミシェルはふわりと飛んでいく。

「待って!」

がらりと窓を開け、チェリカが寝まきのまま飛び出す。

「ここ二階……っ」

ひらりと着地し、駆け出す。

リクは目でミシェルを探す。

「野原か……っくそ!」

自分も剣を持つ。

目を閉じると、父の言葉がよみがえる。


『リク、お前も清流竜に使える騎士の家の子だ。強い強い剣技を持つ。だから誓え。闇雲に剣を振るわないと。守りたい物を見つけ、それを守るために剣を握れ。……アクエは生まれつき体が弱い子だ。あの子が剣を持つことはできまい。』


俺はアクエを守りたかった。でも、守れなかった。

だから俺は……。

剣をつかむと自分も窓から飛び降りた。






「ー……。」

トアンは目を覚ました後、しばらく呆然としていた。

なんなんだよ、今の夢は?


「寒い……」

毛布にくるまる。見るば、窓が開いていた。

「あれ……?ねぇ、チェリ……!」

何気なく隣を見て、叫び出したくなるのをこらえる。

「リ、リクさん大変だ!チェリカがって……リクさんもいないし!一人でのりつっこみやってる場合じゃないし!」

あわてて立てかけてあった剣を持ち、窓から身を乗り出す。

「二人ともどこに……」

おっかなびっくり飛び降りて、トアンは走りだした。




「はっ!」

「遅いわ!」

剣を振るがミシェルはひらりと飛んで逃げてしまう。

「くそっ……」



雲に月が奪われた野原で、宙で笑っているミシェルには得体のしれない恐怖があった。

リクは頭を振ってその思いを振り払う。

「ねぇ、リク。おとなしく戻らない?」

「いやだ!」

ちらりと後ろを見るとうずくまるチェリカがいた。


「チェリカちゃん! 大丈夫っスか?!」

視線はミシェルから外さず言う。


「……無理よ、動けないわ」

「な」

「この蝶の鱗粉はね、体を麻痺させる効果があるのよ。最も、確実ではないけど」

それが効くってことはよっぽど抵抗力ないのね、とつけたす。


「たぁぁっ!」

「「!?」」

リクが驚いて顔をあげ、ミシェルが振り返り……慌てて飛び上がる。

「トアン君……」

知らぬ間にミシェルの後ろに回ったトアンが攻撃したのだ。

「きゃっ……あ、あたしの髪が!」

体はかわしたものの、杏色の長い髪が剣によってわずかに切られたのだ。

「え、人間?」

「もー、覚えてなさい!ぼうや、あたしを怒らせたんだから! リク、チェリカ! あんたらも必ず……」

そういうと彼女は飛んでいった。




「リクさんチェリカが具合悪そう……」

「大丈夫だよ……」

「そんな、ほら手貸して」


パシッ


乾いた音が響く。

トアンは呆然と叩かれた頬を撫でた。


「……。ごめん、トアン。もう私と一緒に来ては……」


パシンッ!



「チェリカ、それどういうこと?」

「……」

「黙ってちゃわかんないよ!オレは君と離れるなんていやだし……!」

「私と一緒に来たら絶対後悔する!」

「だったら全部言ってよ!それにオレは何があってもずっと一緒にいる!」

「……」

「……ぶって、ごめん」

「いいよ。私こそごめん」

チェリカは笑う。どこか困ったように。

「ありがとう……トアン」


「どこから話せばいい?」

藁の積まれた荷台の上に座ったチェリカが言う。


昨日、部屋に戻ったあと三人は速やかに床に入ったのだが、チェリカは遅くまで考え込んでいたようだ。

そして用意が整うまで結論をだしたらしい。

トアンはその間、リクの剣技を見せてもらっていた。

昨日みることはできなかったが、改めてトアンは思う。


リクの剣技は相当なものだ。


普段はふにゃけているが剣を持つと目つきが変わる。

リクに訪ねると、彼は笑いながら言った。「習慣というか躾というか血というか」


トアンが頭を悩ましていると、老人が呼びに来た。準備ができた、と。



「全部」

すぐ隣に座ったままトアンが言った。

「全部……ちょっとながいよ?」

ちらりとリクを見ると目があった。

「リクさんも、聞いてくれる?」

「……はい。」




世界は三つにわかれている。一番下は魔人と呼ばれる人たちの世界、真ん中はトアンたち……今ここにいるこの世界。そしてその上にぽっかり浮かんだ島々があるんだ。そこの名前はエアスリク。

魔人の中で強い力を持つ人たちの瞳は赤。エアスリクの王族……強い力を持った人たちの瞳は青。

「……つまりチェリカは」

青い瞳で。

「私のお父さんはエアスリクの王様だったんだよ」



光と炎の一族、エアスリクの重臣たちはとりわけ優越感が大きくて、普通の人……そして赤の瞳をバカにしてた。赤の瞳の人々は青の瞳や普通の人をバカにしたりしないんだけど……。


私のお父さんは昔、この世界を救う旅をしたらしいんだ。お父さんは種族の優越感なんかに浸らず、相手が誰でも気にしなかった。

そんなお父さんに惹かれたのがお母さん。

闇と氷の魔法の使い手の一族。でもその一族にはある決まりがあったんだ。

禁忌の子供。

決して炎の魔法使いと結ばれてはならない。


もしそれを破れば……


「破れば……?」

「……氷の魔法使いの一族はね、精霊の力で女の子しか生まれないんだ。男の子は禁忌の子……今まで男の子は生まれなかったけど。氷の精霊……女の人の姿をしているんだけどすごい厳しくてね、炎……火の魔法使い以外としか結婚できなかったの。なんでも火の大精霊に恨みがあるんだって。火の魔法使いと結ばれたら、禁忌の子が生まれるって……」




それでも、私のお母さんは、お父さんと……。




そして生まれたんだ……双子が。


男と女の双子が。






「ルノを……隔離する?」

「そうです。このままではこの城が凍り付く……」

「そんなことできるわけないだろう!」


私がと双子の兄が六歳になったばかりの時。



「ルノは俺の息子だ! それを、そんなっ……」

「兄さん!」


城はここ一週間近く雪が降っていた。

どちらかというと吹雪。

外は真っ白で、遊びに行きたかったけど止められたのを覚えてる。


お父さんと、叔父さんが喧嘩してたんだ。珍しいなーと思ってみてた。


「チェリカ」

「お兄ちゃん」

「父さん喧嘩してるのか?」

「うん……」

「……寒いな。部屋に戻ろう?」

差し出されたお兄ちゃんの手は、少し冷たかった。



「……その日に、氷の大精霊が来たんだ。それで、お兄ちゃんを見てすごく怒って、」

ふぅ。小さなため息をついた。

「そんで『生きるなら髪を少しのばせ。切ったらその分、反動がくる』って言ったんだ。……三日もたたないうちにお兄ちゃんは幽閉されたよ。で、八年前からちょくちょく変な研究に使われるようになって……」

「チェリカ……」

「これがだいたい全部かな?」

声は笑っているが、伏せた顔は髪に隠れて見えない。



「……じゃぁ次は俺っスね」

「リクさん」

「簡単に言うと……俺の家、マリウス家は代々有名な騎士を出してきたんです。俺、小さい頃に母をなくして、父に育てられてきました。でも五年前……」


『あなたはいいキメラになる』


「リクさん、それは」

いいんスよ、と彼は笑う。寂しそうに。

「キメラの材料狩りにあって……俺はもう家に帰れない。そう思って旅にでたんです」

「……ごめん」

「な、チェリカちゃんが謝ることないっスよι」

「……ありがとう」

「ふふ。で、今から二年前、俺は師匠と出会いました」

「師匠?」

「はい。変わった人でした……」




旅の疲れで倒れた俺が目を開けたとき、心配そうに覗き込んでいて。


「……ここは?」

「無理しないで。まだ寝てたほうがいい」


俺と同い年くらいの、男……?

中性的な顔をしている。

短い茶色の髪がふわりと揺れた。


その時の俺は、この人を巻き込んでしまうと思った。


「ありがとうございます、もう大丈夫です……」

「だめだって」

「……俺にかかわっちゃダメですよ」

「ん?」

「俺は、その」

「訳有り?……私も訳有りだよ」

「え」

「実の弟に追われててね……詮索しないよ、私は。」

変わった人だ。

自分の事情は言うけど、聞かない。


「俺は……っ」


気づいたら全部その人に言った。

胸のつかえが取れるようだった。

全部聞き終わると、笑った。


「そう。ありがとう話してくれて。……具合は?」

「あ、おかげさまで」

その人の傍らにある剣が目に入った。変わった形だ。

「じゃ、私はこれで」

「あ!」


よほど使い込んでいるんだろう。不思議な人だ……


「俺を弟子にしてください!あなたを知りたい!」

「へ」



「で、頼み込んで頼み込んで、ようやく少しの間だけ弟子にしてもらったんです。」

「名前は?」




「……ツムギ、っていってました」


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