第3話 旅立ち

「あの、トアン」

「?」


とりあえず家に帰って、テーブルを囲みながら話をしていた。


ウィルは、いない。彼は自分の家に帰ってしまった。彼がいてもチェリカにつっかかるだろうから、これはこれでいい。明日になればケロリとしているんだろう。きっと。


「……私のこと怖くない?」

「何で?」

「なんでって……」

チェリカは目線を昼食のパンに落とした。ふっくらと焼きあげたそれはとてもおいしかったが、今はあまり喉を通らない。

「あれ、どうやったの?」

「あれ?」

「あの火がでるやつだよ。……食べなよ? ほら」

「ありがとー。あれはね、魔法。知らない?」

「……あ、本で読んだことがあるよ。でも、実際にあるなんて」

そう言ってお茶をすすった。トアンにしてみればそれは空想でしかない。

「トアン、私わかった」

「?」

「……この村は、あるはずのない村なんだ」

「え?」

「よく聞いて。ここは、この世界は魔法を知らないなんてないに等しい。多少呼び名は変わっても、魔法は魔法。さっきの生き物は魔物という。」


トアンはわけが分からなくなってポカンとした。

あるはずのない村? じゃ、オレは何なんだ?このパンは?お茶は?

「えっとね」

トアンの頭上の?マークを見て、チェリカは苦笑した。


「夢幻道士っていう一族を知ってる?私は会ったこともないし聞いたことがあるだけなんだけど」

「うーん……知らないな」

「その一族は『夢』を自在に操れるんだ」

「夢?」

「どんな風に操るのかはわかんない。でも、その一族の中には夢で空間をつくれる人もいるらしい」

「じゃ、ここは夢の空間?」

「だと思う」

「そんな……」


ショックだ。そんな、そんな。

オレは夢なのか。せめてこの恋心だけは……


「私が何でこの話をしたかって言うと」

「え?」


「君がこの村で唯一、実在する人だから」


「……え?」

「私の話を信じるかどうかは自由だよ」

「ね、ねぇ、それって、オレがココをつくった、てこと?」

「……。そこまでは……。でももし、君以外が作ったのならいつ消えるかわかんない」

「オレ以外……。」

そしたら、どうなるんだろう。


みんな、消えてしまうのだろうか。

本当にこの村は夢なんだろうか?

そしたら、オレの服は?

素っ裸になるってことか!?


「トアン?」

「あ、な、何?」

「混乱させちゃったね、ごめん」

「あの、さ、チェリカ。オレの、服は?」

「服?」

「これも、夢?」


女の子に言うような内容じゃない。

オレはバカだ~ι

ところが、チェリカは顔色を変えずに言う。

「それは、この村の物?」

「ううん、おじさんが外で買って来たヤツ。この村の服は小さいらしいから。」

「じゃ、この家の中のものは?」

「ほとんど外のもの。本も、食べ物も。おじさん以外の人は外に行かないけど、おじさんは行くから」

「なら、本物」

「本当?」


よかった。安心。でもさ、何でおじさんは外に行ったんだろう?


「ねぇ、オレ以外の人は幻なんでしょ?」


そう言って、オレは少し傷ついた。幻って認めたくなかったから。


「そうだよ」

「幻は外にでれる?」

「…………わかんないけど、たぶん無理だと思うよ。……ぁ」

チェリカもトアンの言わんとしたことがわかったらしい。

「おじさん!!」

「そう。なんでだろ?……あ、チェリカ、夢は、作ってる人が消したいと思えば消えちゃうの?」

「うん」

「じゃ、オレがその人に会って、みんなをずっと消さないでって頼めば……」

「?」

「みんなを助けられる」

「でも、目的がわかんないよ。なんのためにこの村を作ったのか……」

「聞いてみればわかるって!!」

トアンはテーブルをまわりこみ、チェリカ手をとった。

「でさ、一つお願いがある」

「……」

一息おいて、トアンは言った。


「オレと一緒に来て!!」




最初から私はそのつもりだったよトアン。

ごめんね、びっくりしたよね。こんなこと言っちゃって。今まで自分がいた場所が夢なんて、びっくりするよね。

だから、せめて一緒に。君の目的が達成されるまで君を守るよ。

……これは君を利用する口実かもしれないけど……


ランプは持った。

簡単なテントも持った。

あとは食べ物とか、あとは……


そうだ。剣。


使ったことはないわけじゃない。

これを持って、ウィルと一緒に冒険ごっこしたんだ。


「トアン、準備できた?」

ひょこりとチェリカが顔を出す。

彼女は肩から鞄を背負い、背中に杖をくくっている。

「あ、うん」

「それ、持ってくの?」

剣を指し、言う。

「うん。オレが丸腰なのって、かっこわるいじゃん」

「私がいれば平気だよ?私強いもん」

「な、何を」

「まぁいいけどさ」



村の出口。この足を踏み出せば、オレは……

「行くのか」

「!!」

ウィルだ。

「うん」

「そいつも?」

「うん」

「そっか……」


な、なんでこんな寂しそうなんだウィル?


「気をつけてな。おい、お前」

ん、とチェリカが顔をあげる。

「こいつを信用してやれ。少なくとも、お前の旅の目的くらい教えてやれ」

「……」


え、なに、チェリカの旅の目的?

知りたいけど……。で、何でウィルが知ってるんだ?

「じゃな」

あっさりと、ウィルが背中を向けて、村に帰っていく。

「ウィル……?」

返事は、ない。

「トアン?」

「……行こうか。」

足を踏み出して、振り返る。

「……!」

村は、なかった。

そこには、村の広さと同じ、野原があった。トアンの家だけ、ポツンと建っている。


外からじゃこう見えるのか。また戻ってくれば、この線を越えればみんなに会えるよね。


そう割り切って、オレは歩きだした。チェリカと一緒に。




村の広場に、その男はいた。

青の髪、紫の瞳。

その側に、少年がいる。長い銀の髪を後ろで一つにまとめ、頭の横に面をつけていて、紅の瞳が何の感情もないように鈍く光った。

「お前たちはよく目的を果たした……」

薄く、笑う。

一人の少年が、男の前に現れた。……ウィルだ。

「待ってくれ!!」

「?」

「オレはまだ消えたくない!! 外が見たい!」

「……で、どうする?」

「何でもする。だから!!」

「何でもする、か。」

男はしばらく考え込んでいたが、言った。

「お前に肉体をやる。だから、」

横の少年を見る。

「『これ』を……守れ。なにに変えても。たとえそれが誰かの命であってもだ」

「わかった」

ウィルは少年を見る。……彼の瞳はなにも写してはいない。

「名前は?」

「困ったことに口を聞いてくれないんだ、お前が聞いてくれ。では行くぞ」


村人たちは何も知らない。それでも消えて行く。想像者の思いのままに。


痛みも感じずに、自分が幻であることもわからずに。

「みんな……」

呆然とつぶやくウィルに、男はいった。

「帰るぞ。……お前は今から獣の合成獣にしてやる」

「獣……」

「安心しろ。自我は残る。それに普段の姿は人間のままだ。獣の能力がつくだけ。……そうだな、鳥の力をやろう」

「は、はい」


男が手を振ると、黒く翼を持った馬が二頭現れた。

一頭に自分と少年を乗せ、もう一頭にウィルを乗せる。

そして、空へ羽ばたいていった……。




「トアン危ない!」

あわてて跳び退くと、トアンの居た場所に頭に角を持ったウサギが突進してきた。

「び、びっくりしたぁ~」

「やっ!」

トアンの頭上をひょいと跳び越え、杖を振るう。

ウサギはひるんだようで、森の奥へ消えていった。


「チ、チェリカ、ありがと……」

「うん、ケガない?」

「ないない……」

「じゃ、行こう。ある程度歩けば、森をでられる。それから村を探そうね」

ほほえみながらそう言って歩きだすチェリカの後ろで、トアンは小さなため息をついた。


村をでて数時間。小さい魔物が何度か襲いかかってきた。

だが、その中でトアンが満足に剣をふるえた回数は、とても少ない。


(これじゃあまるでただの役立たずだ……)


それに比べて、彼女は戦闘に慣れている。

魔法は時間がかかり、それほどこのあたりの魔物は強くないので、杖をそのまま使っていた。

殺さず、森に追い返す。


「殺すのは嫌だな」

チェリカが言った。

何故、聞くと、

「ここらへんのは弱いから、経験にもあんまならないし。」

と、現実的にお答になりました。



少なくとも、経験が足りない。

チェリカは全然足しにならなくても、トアンには足りない。



「トアーン、置いてくよー?」

「あ、待って!!」

トアンが顔をあげる。


と。

「……?」


な、なんだ?

チェリカの後ろにでっかい影が……


「トアン?」

「チェリカ、後ろ!!」


助けなきゃ!!


そう思った時には、走りだしていた。


「へ?」

チェリカが振り返る。

と、影の右腕が上げられ、自分に向かって振りおろされる。

(よけなきゃ……、え、うわゎゎゎ!?)

体が、後ろにぐんと引っ張られる。

ギィン!!

振りおろされた腕を、入れ替わり前に出たトアンの剣が止める。

(お、重い……)

影が腕を引っ込め、ゆっくりと歩いてくる。


それは、熊だった。

もっとも、頭から出ている二本の角を除けば。


「くそっ」

「赤き刃よ、紅蓮の牙よ!」

チェリカが詠唱をし始める。

「避けてねトアン!! 焼け!レング!」

その声と同時にトアンは剣を引き後ろに飛んだ。直後、炎が魔物に当たる。

「やった!」

「……まだだ!!」

え?とチェリカが首を傾げる先で、魔物が身震いをした。と、毛皮についた焦げがぱらぱらと落ちる。

「なっ……」

「下がって!」

チェリカをかばうように前に出て、再び剣を構えた。


魔法使いだって完璧じゃない。詠唱中なんて隙だらけだ。だから、


「はぁぁぁ!!」

剣を振り上げ、重力に逆らわず一気に切りつけた。


「グァッ!」

その巨体が、ゆっくりと地面に沈んでいく。






小鳥の鳴き声が森に響いた。



「やった……」

「やったねトアン!!」

放心状態のトアンに、チェリカが飛びついた。

「すごいね! ……さっきはありがと。助けられちゃった……」

「そ、そんなんじゃ」

慌てて離れて、振り向く。……自分でも赤いとわかるほど、顔が熱い。

「チェリカ、あのさ。……やっぱり、君にあってオレに無いものって、あるでしょ? だから、助けあえると思うんだ……ごめん、自分でも何言ってるか」

「わかるよ」

彼女が笑う。

「ありがと、トアン」


その笑顔は、どこか泣き出しそうに見えた。


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