③千枝は普通じゃないでしょ
「生き残る……道?」
思いの外、重たい言葉が返ってきた。てっきり人間と妖怪の共存とか、そういったものを想像していた千枝は少々面食らった。
「えぇ、そうです」
コックリは千枝の返事に頷き、話を続けた。
「前にも言いましたが、『コックリ』の生息数は年々減少傾向にあります。信じる人間が少なくなってきたからでしょうね。私の能力も年々弱くなってきています」
それでもまだ強い方ですがね、と控えめの笑顔を浮かべる。
「とは言っても、私がいつ消えるやもしれません。今は私の庇護がありますが、もし居なくなってしまったら、ロクに能力を使役できない彼らがどうなるか分かりません。ならば、最初から人として育てた方がいいだろうと思ったのです。幸い、あの子達は私と違って『コックリ』ではありませんから消える心配もありません」
「はぁ……」
いや、ちょっと待て。
「今、あの子達は『コックリ』じゃないって言いました?」
「あぁ、そういえば言い忘れてましたね。私達、血が繋がってないんですよ」
「そういうことは早めに言っておいてくれませんかねぇ!!」
しれっと言うコックリに千枝は思わず叫んだ。
なんでこう、そういう重要なことをもっと早くに言わないのだろうか、この人外は。人外的にはどうでもいいことなのだろうか。魚みたいに、個ではなく種として考えることの方が多いのか。いや、それだとさっきの発言と矛盾しているし。
しかし冷静に考えてみると、銀狗郎と茶々狸はコックリ要素がどこにもない。そう考えれば、話さなくても気づくと思っていた可能性もある。まぁ、そうだとしても腹の虫は治まらないが。
叫びを無視し、コックリは話を続ける。
「狐黄太は知り合いの――コックリと陰陽師の息子で、彼らが事故で死んでしまったので引き取りました。銀狗郎はとある民族の生き残りを別のコックリから押し付けられて、茶々狸は……あー……拾いました」
「茶々狸ちゃんだけ捨て子なんですか?」
「捨てられていたと言いますか、逃げ……いや、なんでもありません」
今、物凄く物騒な言葉を言いかけなかったかこの人。
コックリの顔を見るが、その瞳は「何も聞くな」と雄弁に語っていた。どうやら面倒くさいから話さないわけではなく、何やら理由がありそうだ。
仕方がないので、千枝は話を本筋に戻す。
「この際それは置いといてですね。それじゃあ、家庭教師じゃなくて学校に行った方が早いんじゃないですか? 友達もたくさん出来るでしょうし」
「私もそう考えたんですがね。狐黄太はともかく……」
「あぁ……」
ため息交じりにそう話すコックリに千枝は頷いた。
尻尾と耳を丸出しで走り回る銀狗郎と、喋れずに孤立する茶々狸。容易に想像できる。むしろそれ以外想像できない。
「ですから、まずは千枝さんと触れ合って学校生活の前準備をしておこうと」
「けど、皆思いっきり能力使ってますけど」
「これから使わせないように頑張ってください♪」
「丸投げですか……」
「お金払ってるんですし、そこら辺は、ねっ?」
「割に合わないんですけど」
年甲斐もなく舌ペロとウィンクをかますコックリに、千枝は冷たく返す。
子供達の輝かしい学校生活が自分の腕にかかっている。
そう思うと、心にプレッシャーやら期待やら重たいものが次々とのしかかる。
「それじゃあ、まずはどうしましょうかねぇ」
うまい話には裏があるのだと千枝が改めて痛感したところで、コックリが口を開いた。
「何かいい案はないんですか?」
「ないから千枝さんに頼んでるんですよ」
「アァ、ソウデシタネー」
丸投げである。
「んー……やっぱり勉強しつつ、家庭科とか道徳で教える、とか?」
「それなら勉強って名目で色々教えられますね。力の押さえ方とか、人間社会に獣耳はどれだけ不似合なのかとか」
「ニッチすぎやしませんかね」
どうにかして教えるとしたら、中二病とコスプレは現代社会でどのように見られるか、とかだろうか。教えること自体は特に問題はなさそうだが、それをどう伝えるのか考えるのは千枝である。中二病なんて発症したこともないし、そもそも彼らみたいに特別な力があるわけでもない。
「そういう千枝も微妙な答えだけどね」
気がつくと、舞華が寝転んだ体勢で天井付近に浮かんでいた。流石は幽霊。まったく気配を感じなかった。
「微妙って……じゃあ他にいいアイデアでもあるの?」
「たくさんあるわよ? 遊園地にお買い物、あとドライブに海外旅行」
「それってあなたがしたいだけじゃないんですか?」
寝転んだまま降りてくる舞華に、コックリはジトッとした視線をぶつける。しかし舞華は動じず、ちっちっと指を振った。
「なぁに言ってんのよ。実地で勉強するのが一番に決まってるじゃない。家の中だけじゃ教えられることにも限度があるわよ」
「たしかに……」
「でしょ? それに、そういったところに家族揃って行ったことあるの?」
今度は舞華がコックリのことをジトッと見つめる。
「そういえば買い物以外は連れ出したことがありませんね。公園で遊ばせるのも、人除けのお守り持たせてますし」
「ほら見てみなさいよ。親のアンタがそうやって子供達を人から遠ざけてるから、普通の人との接し方が分からないのよ」
ふんっと鼻を鳴らし、勝ち誇った表情を浮かべる舞華。
珍しく正論なので、コックリも悔しそうに歯噛みするだけに留まった。
と、ここで千枝は首を傾げた。
「でも、私と初めて会ったときは」
「千枝は普通じゃないでしょ。コックリの家庭教師とか言われても、普通はホイホイ付いて行かない」
「すみません……」
これもまた正論だった。
だがしかし、千枝には譲れないことがあった。
「……でもさ、いきなり遊園地って言うのはハードルが高くない?」
「と言うと?」
「急に背伸びしてる感じがするって言うか、徐々に慣らしていった方がいいと思うの。例えばー……お泊り会、そうっ、お泊り会とか!」
手を打ち鳴らして提案する千枝を、舞華が訝し気に見る。
「……それこそ、千枝がしたいだけじゃないの?」
「ち、違うってば! 友達が出来たら家に呼ぶでしょ? そしたらいつかお泊り会に――」
「で、どこかいい場所を知ってるんですか?」
「水族館とかショッピングモールとか。あー、どうせこの時期なら遊園地が……」
「無視しないで聞いてよ~!」
何も聞こえていなかったかのように振る舞う舞華の肩を掴み、がくがくと揺さぶる千枝。舞華の頭は乱暴に回されるアナログスティックのように動き、顔が青ざめていく、。
「聞ぃくぅかぁらぁやぁめぇてぇ~」
舞華がそう言うと、千枝は大人しく手を離した。
しかし舞華の勢いは止まらず、そのまま吹っ飛んで洗濯機に突っ込む。激しい衝突音。飛び散る洗濯物。そして青筋を立てるコックリ。
「……あなたの芸人根性で我が家を荒らさないでくれませんか?」
「ごめん」
洗濯機に頭を突っ込んだ体勢で舞華が謝る。スカートが捲れ上がってパンツが見えているのだが、何故かでかでかと『許せ』と筆文字が書かれていた。
「……」
コックリが無言で右手を振り下ろす。
ッパァン!!
「イッタぁ!?」
さすがに尻を強打されるのは痛かったのか、舞華が洗濯機から飛び出してくる。
キッと涙まじりにコックリを睨むが、当の本人は素知らぬ顔。
「ちょっと、痛いじゃないのよ! 舞華ちゃんのプリティなお尻が使い物にならなくなったらどうしてくれるわけ!?」
舞華がずんずんと詰め寄るが、コックリは鼻で笑う。
「私の知ったことじゃないです。それにおつむもすでに痛んでるのですから、今さらどこかがダメになったところで手遅れですよ」
「なんだおらケンカ売ってんのかあぁん!?」
「どうどう」
飛びかかろうとする舞華を押さえ、千枝は呆れたような顔を浮かべる。
コックリに対してすぐキレる舞華も舞華だが、それを分かったうえで煽るコックリもコックリである。結局、間にいる自分が止めに入ることになるのだからやめてほしい。水と油とはまさにこの二人のことだろう。
「……しかし、いい考えかもしれませんね。お泊り会」
鼻息荒く睨み付ける舞華を冷やかに見下しつつ、コックリがポツリと呟く。
「「えっ」」
思わぬ発言に、千枝も舞華も目を丸くしてコックリを見る。
「自分で提案しておいて何を驚いているんですか。初めてですが、どこかへ出かけるよりもリスクが低いですし、私も準備に走り回らなくていい。完璧じゃないですか」
「なぁんだ、アンタがやりたいわけじゃないのね。つまんないの~」
舞華が露骨に残念そうな顔をして肩を落とす。またそれをダシにしてイジるつもりだったのだろうか。何度も手痛い仕返しをくらっているというのに懲りない幽霊である。
そんな舞華を尻目に、千枝は興奮したようにコックリへ詰め寄る。
「い、いいんですかっ、お泊り会っ! 本当にっ!」
「……そんながっつかれると、中止した方がいいような気が」
「お、大人しくします! 当日には大人しくしますから! はい!」
どうせなら今すぐ大人しくなってもらいたいものだが。
コックリの意地悪にもツッコミを忘れてコクコク頷く千枝。
「な、なんなら土下座でも!」
「いやそれはさすがにどうなのよ千枝」
屈もうとする千枝の頭にすかさず舞華がチョップを入れる。
いったい『お泊り会』のどこに、彼女をなりふり構わなくさせる要素があるのだろうか。ここまで来ると子供達の身に危険を感じざるをえないコックリであった。
「なんでそこまでしてお泊り会にこだわるの? なんなら舞華ちゃんが毎日してあげるわよ? 毎日枕元に立っててあげるわよ?」
「それじゃあ泊まってるんじゃなくて、
コックリが珍しく、普通にツッコミを入れた。
それらを全てスルーし、千枝が夢見る乙女の様に手を組み話し出す。
「だってお泊り会ってさ、なんかいいじゃない。枕投げしたり、遅くまでトランプで遊んだり、布団に入って恋バナしたりしてさぁ。『好きなタイプは? 私は~』とかなんとか言って! キャー!」
勝手に盛り上がってくねくね悶え始める千枝。
そんな友人を見て、舞華が一言。
「……意外と千枝って少女趣味?」
「スケバンが少女漫画好きみたいな、そんな感じですかね」
コックリも同じようなコメント。
いくらゲーセン通いや食べ歩きが趣味とはいえ、やっぱり中身は女の子。人並みにはそういった話題に興味があるらしい。
なら学校でそういった話題をするのかと言えば、結局以前の告白騒動に繋がってしまうので基本的にはしない。それを拗らせてしまった結果、このようなことになってしまったのだろう。
「……それに昔から憧れてたんだ。皆と仲良くなる前に引っ越しちゃうからさ、お泊り会とかそういうのしたことないし。だから一度ぐらいはしたいなぁって思ったまま、気がついたら高校生になっちゃってて。この歳になるとさすがにそういうのはし辛いじゃない?」
だから嬉しいの、とはにかむ千枝。
そう言われてしまうと、茶化していた舞華とコックリも、バツが悪そうに視線を交わす。
「純粋な願いって私苦手なんですよね」
「同感だわ」
小声でそんな会話を交わす二人。片や都市伝説、片や浮遊霊である。良くも悪くも、特に目標も願望もなく長い間生きてきた二人からすれば、千枝のような願いはむず痒いらしい。どこまで捻くれているのだろうか、この二人は。
「仕方がないですねぇ……」
やれやれといった感じに、コックリがため息を吐く。
「千枝さんがそこまでおっしゃるのなら、お泊り会を開いてあげようじゃあないですか」
「アンタ、さっきは良い案だって自分で言ってたじゃないのよ」
「決定したとは一言も言ってません。それに、恩は売れるうちに売っておかないと」
「うわぁ下衆」
どうにかしてほしいと頼んでいた者とは思えない発言である。
その発言を聞き、舞華が心の底から軽蔑したような目でコックリを見る。……いつもそんな風に見ているような気もするが。
そんなやり取りをしている二人の横で、千枝の表情がじわじわと明るくなっていく。反応を待っていたコックリがそちらに顔を向けると、嬉しそうに笑う千枝がいた。
「ありがとうございますっ!」
勢いよく腰を曲げ、深々とお辞儀をする千枝。
そんな彼女を見て、コックリは困ったように鼻の頭を掻く。
「調子が狂いますね……」
いつものようなツッコミがないと、なんとなく寂しく感じるものである。
なんというか、こう、物足りないというか。純粋な感謝をされるのは違うというか。嫌味なり軽い冗談なり、なんでもいいからそういう会話が続くようなリアクションが欲しいというか。
(……)
それはつまり、俗に言う『構ってちゃん』ではないのだろうか。
コックリがそのことに気がついたのと、千枝が部屋を出ていくのは同時だった。
「じゃあ、皆に報告してきますねっ!」
「いってら~」
うふふあはは、と軽やかなステップで子供達の元へと向かう千枝。キャラが崩壊しているような気もするが、本人が楽しそうなので構わないだろう。
遠ざかっていくご機嫌な鼻歌に、舞華は手をひらひらと振って見送る。
そうして顔はそのまま、薄目を開け、ちらりとコックリの方を見る。
「いや、まさか私が……そんな、知らぬ間に芸人魂を体に覚えさせられて……?」
「……」
「私はクールビューティ、お淑やかでお茶目なお姉さん……」
光の消えた瞳で虚空を見つめ、自分に覚えこませるように呟き続けるコックリ。
何があったのかは分からないし別に知りたくないが、どうやらアイデンティティーが壊れかけているらしい。呟いている内容に違和感を感じざるをえないが。
「……どうなるんだか」
居間の方から聞こえてくる歓声と、呪詛のように呟き続けるコックリに挟まれながら、舞華は不安そうに呟いた。
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