4 あなたが僕にくれたモノ
①緊張してるとか?
「た・ぬ・きっ♪」
「ぱ・ぷ・ぴっ」
「た・ぬ・き?」
「ぱ・ぷ・ぴ?」
「たちつて……」
「ぱぴぷぺ……」
「たぬき~!」
「ぱぷぴー!」
「や~~~~ん! もう、可愛いなぁ茶々狸ちゃんはぁ!!」
柔らかな日差しが差し込む昼下がり、千枝は膝の上に乗せた茶々狸を抱きしめて頬ずりを行う。その傍らでは、どう見ても一泊用には見えない程パンパンに膨れ上がった大型のショルダーバックが、圧倒的な存在感を放っていた。
むぎゅり、と茶々狸の丸い頬が形を変えて強く上下に動く。そんなことをされてもいつも通り無表情なこの幼女は、しかしながらどこか嬉しそうにその行為を受け入れていた。
家族の共有空間である居間でそんな行為をすれば、当然様々な反応が来るわけで。
「千枝さん、茶々狸の肌が荒れるのでやめてくれません?」
「いいなぁ、いいなぁー! ボクもやってほしいなぁー!」
「次は舞華ちゃんがさっちゃんを頬ずりしたーい」
(……羨ましいぞ、茶々狸)
クールぶっている狐黄太を除いて、そんな反応が千枝に返ってきた。
「ぷうぇ」
「ほら、茶々狸ちゃんもこう言ってますし、いいじゃないですか」
「いや、千枝さんは分からないでしょう」
「わかりますー、心で理解しているんですー」
割り込むように座った銀狗郎と茶々狸を抱きしめつつ、口を尖らせてコックリに言う。
「ですー」
「ぷぇすー」
銀狗郎と茶々狸も真似をするように口を尖らせる。
「……」
コックリが無言で右手を上げ、コキャっと音を鳴らす。
それだけで姉妹は顔を青ざめさせ、お互い抱き合うようにして体を震わせた。
「ごめんなしゃい……」
「ぱぷぴぇ……」
あのか弱そうな細腕から、いったいどのようお仕置きがなされるのだろうか。頬を引っ張られても平然としていた狐黄太が怖がる辺り、よほど恐ろしいものには違いない。笑顔で二人を眺め、次いで千枝の顔を見つめてきたコックリに引きつった笑みを浮かべながら、千枝は冷汗が流れるのを感じた。
「まぁまぁまぁまぁ。いいじゃない、そりゃあはしゃぎたくもなるわよ」
迫ろうとするコックリの前に、舞華が割り込んできた。
「……聞きたかったのですが、なぜあなたがここに居るんですかね」
「千枝が居るんだから、舞華ちゃんも当然居るに決まってるでしょうが。千枝一人だけでこんな面白イベントを満喫するなんてズルいし」
「許可した覚えはありませんが?」
「アンタが許可しなくても、この子達が許可を出してくれるわよ。ね~?」
舞華が銀狗郎と茶々狸に笑顔を向ける。コックリの視線に怯えながらも、二人はこくこくと頷いた。
続けて狐黄太を見ると。
「まぁ、一人だけ仲間はずれっていうのは、僕も後味悪くて嫌かな」
コックリの視線に竦むことなく、堂々とそう言い放った。
「ドヤぁ……」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる舞華。腹の立つことこの上ない。
いつもならここでコックリの攻撃が来るはずなのだが、舞華をしばらく眺めたのち、脱力するようにため息を吐くと、ゆっくり右手を降ろした。
「おろ?」
「……今日は子供達と千枝さんが主役ですからね。許してあげましょう」
「そ、それはどうも」
拍子抜けしたのか安心したのか、舞華は挙動不審気味に礼を述べる。
「それでは、私は昼食の片づけがあるので失礼します」
コックリがすたすたと部屋を出ていき、四人は不思議そうな顔で顔を見合う。
「何アレ、なんか気持ち悪いんだけど」
「逆にこわーい」
「ぴぷぅい」
「後で怒られなきゃいいんだけど……」
「皆、そこまで言う?」
まさか狐黄太までそんなことを言うとは。やはり珍しいことなのだろうか。
そんな千枝の発言に、舞華が答える。
「だってよ? あの毒舌吐いて人をあざ笑うのを愛してるあの女が、子供が主役とかのたまうだなんておかしいと思わない?」
「舞華お姉ちゃんもけっこー当てはまってるよねー」
「……それは否定しないけども!」
「しないんだ……」
やはり同族嫌悪ではないのだろうか。
「別にいつも通り、舞華ちゃんを殴って、嫌味混じりに許せばいいじゃない。どうせいつもしてることなんだからさ」
「それは……僕達の意見を優先してくれたからじゃ」
「そうなんだけどね~。なーんか引っかかるというか、腑に落ちないというか」
うーん、と舞華が腕を組み考え込む。
たまに優しくしただけでこの扱いとは、さすがに酷過ぎるのではないだろうか。コックリだって一応は子供を持つ母親なのだから、そういったことをしてもおかしくないだろう。まぁ、腑に落ちないというのは否定しないが。
他に思い当たる理由といえば……。
「……緊張してるとか?」
半ば一人言のように呟いた千枝の発言に、全員が反応した。
「あー、ごめん。もっかい言ってくんない?」
舞華が半笑いで言う。
「緊張してて、どう振る舞っていいのか分からないとか。どうかな?」
「……たまに思うけど、千枝って不思議な思考をするときあるわよね」
「そうかな?」
「そうよ」
舞華に変なものを見るような目で見つめられ、千枝は小首を傾げる。
誰だって初めてのことをするときは緊張するものではないだろうか。それがたとえ、あの“コックリさん”であったとしても。むしろ、なんでも知っているように常々振る舞っているからこそ、それを気取られぬよう慎重に行動しているのでは。
そんな風に千枝は考えたのだが、どうやら舞華には理解されなかったらしい。
「あいつがそんなことで緊張するわけないでしょう? 言っても私達、千枝の何倍も生きてるのよ」
「死んでるけどねー」
銀狗郎が茶々狸の頬を弄びながら横やりを入れる。
「細かいことは言わないっ! とにかく、それは絶対にありえないって。もしそうだとしたら、今日一日中なんでも言うこと聞いてあげ」
ガッシャーン!
舞華の声を遮るように、何かが割れる音が台所から響いてくる。
「少々手元が狂って皿を落としただけなので、気にしないでください」
続けて、台所の方からいつも通りのコックリの声。
「母さんがお皿を落とすなんて……」
「今日は雨が降るかも!」
「ぷぁー」
普段では考えられない母親の行動に三兄妹がざわつく中、舞華が偉そうに喋っていた体勢で固まっていた。
「……ようと思ったけど、やっぱりなしで」
「さようですか」
そんな権利を貰ったところで何も嬉しくないので、千枝は冷や汗だらだらな舞華に適当に返事をしておいた。いったい何を命令されると思っていたのだか。
(それはそうと)
三兄妹の話しぶりから察するに、どうやら千枝の推理はあながち間違いでもなさそうだ。老人の経験よりも、時には若者の勘の方が当たる時もあるのだということが証明され。
「……」
「あー、そういえば色々遊べる物持ってきてたんだったー!」
舞華の突き刺さるというか刺し殺すような視線から逃げるように、千枝は自分の荷物へと移動する。やはり年齢ネタには敏感らしい。
「なにがあるのーっ?」
銀狗郎が跳ねるように走ってきてショルダーバッグを覗き込み、それに気づいた二人もすたすたぽてぽてと歩み寄ってくる。
「えーっとねぇ、UNOでしょ? トランプでしょ? 人生ゲーム、ジェンガ、海賊危機一発、忠犬ガオガオ、叩いて被ってジャンケンポンセット、オセロ、それから……」
「いや、多すぎじゃないですか?」
次から次へと並べられていく玩具の数々に、さすがの狐黄太も引き気味に言う。
「楽しいからいいと思うなー、ボク」
ぶかぶかな黄色のヘルメットを被り、銀狗郎が千枝の味方をする。その後ろでは茶々狸がピコピコハンマーで海賊をぽこぽこ叩いていた。
「狐黄太君はこういうので遊ぶの、嫌い?」
しゃがんでいるため、自然と見上げるような形で千枝が若干不満そうな顔で言う。
「嫌いではないですけど、適切な量と言いますか限度と言いますか……」
見慣れぬ視点からの表情にどぎまぎしつつ、狐黄太がそう話す。
どれも意外と時間を食う物ばかりである。全部やろうとするならば、遊び慣れていない人は軽く酔うこと間違いなしなぐらいには。
「ほいじゃあこれ」
そう言って舞華が狐黄太に何かを握らせる。
「そんで千枝はこっち」
同じように千枝にも何かを握らせた。
舞華の手には白黒を基調としたプラスチックが握られており、何かを計測するかのように針が動くタイプのメーターが付いている。そこから赤と黒二本の線がそれぞれ狐黄太と千枝に握らせた手の方に伸びている。
「これは?」
「んー? ラブテスター」
「ぶふぅっ!?」
狐黄太がむせたように肩を揺らす。
「なぁに? それ」
「よくぞ聞いてくれましたギンちゃん! これはねぇ、二人がどれぐらいラブラブかを計測してくれるすんばらしいオモチy……じゃなくて機械なんだよぉ!」
「すごーい!」
「そうでしょ~う? あとは二人が空いた手を握り合うだけ。つーわけでヨロピク☆」
キャピッと舌ペロウィンクを狐黄太に向けて行う舞華。
当然、チェリーな狐黄太がそんなことをするわけもなく。
「できるわけないでしょう!?」
「ですよねー」
「だよねー」
知ってましたよ、と言わんばかりの表情の舞華と銀狗郎。どことなく狐黄太を馬鹿にするというか、意気地なしと落胆しているような、そんな空気を出していた。
もちろん、狐黄太だって手を握りたくないわけではない。むしろ握りたい。めちゃくちゃにぎにぎしたい。しかし、いかんせん彼にはこのチャンスを利用するという度胸がなかった。
おちょくられてなんやかんやで終わり……そうなると狐黄太も舞華も思っていた。
「隙ありっ」
が、今日の千枝は違っていた。主にテンションの高さが。
油断していた狐黄太の手をぎゅっと握ったのだ。
いわゆる恋人つなぎで。
「「おぉっ!?」」
「はひぃっ!!」
情けない声を上げ、狐黄太がビクゥッと体を強張らせる。慌てて握られた手を一瞥し、次に千枝の顔へと目を向ける。が、上を見ようとした狐黄太のすぐ横、同じ目線の高さに千枝の顔はあった。
悪戯が上手くいった子供のようにあどけない、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた千枝。そんな彼女を見て、狐黄太はゾクリとした。もちろん嫌悪感からではない。体の内から歓びが溢れだそうとしているのを抑えつけてしまったような、そんな感覚だった。
「ほらほらっ、舞華、今のうちに!」
「えっ、あぁ、はい、かしこまりました」
あまりに咄嗟のことで、舞華はキャラを忘れてメーターを覗き込む。
そんなことをしている間、狐黄太はもう心臓が爆発しそうな程に緊張していた。なんせ隣に座ることすら緊張するような男の子である。手を繋ぎ、体が密着し、そして小悪魔的笑顔。甘くていい匂いはするわ、手は柔らかいわ、顔がすぐ横にあるわでもうパニック。
「どう?」
「えーっとねぇ……」
一瞬、舞華の口元がニヤリと吊り上がった。
「アー、チョット、古イカラ反応ガ悪イナー」
「じゃあ分からないの?」
もちろんそんなことはなく、メーターの針は振り切れんばかりに暴れている。
「モウ少シィ? ニギニギ? シテタラ? 分カルカモー?」
「嘘だ! 今ちょっとだけ悪い顔しましたもん!」
「ソンナコトナイヨ―」
もはや隠す気もない程に邪悪な笑みを浮かべる舞華に、狐黄太はぐぬぬと歯噛みする。
この状況、狐黄太にとってはもちろん喜ばしいことなのだが、自分の意志ではなく他人に、それも人をオモチャ代わりにしているような輩の悪戯で、惚れた相手との初恋人繋ぎをするということが屈辱だった。つまり、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
ぐひひ、とセクハラ親父的なオーラを醸し出しながら狐黄太の照れ顔を堪能する舞華。
そんな舞華の横で、銀狗郎がぼそりと。
「もっと近づいたらどうなるのかなぁ?」
「「え?」」
「そうだね。そうした方が分かるかもね」
そう言うやいなや、千枝は狐黄太の頬に自らの頬をくっつけた。
今更だが、このラブテスターという代物、かの大手京都ゲームメーカーから出た玩具である。電流を計測する検流計を応用した物で、まずは本体から延びたケーブルの先にある金属製のボタンを男女が握る。次に男女が空いた手を握り合えば、人間の微弱な電流を本体が感知して針が動く……という仕組みである。
当然、電流は水気がある方が流れやすい。好意を持っている男女が手を握れば、ある程度汗を掻くので針も大きく動く。パーティグッズにしてはよく出来た商品である。
とまぁ、そういうわけで、頬を近づけようが抱き合おうが、すでに手汗ダラダラな狐黄太にはまったく効果がないのである。舞華もそれを知っていたのでこれ以上やらせなかったわけなのだが……。
「どう? 反応は出た?」
「―――――――――」
「あー、うん、すっごい反応してるわよ」
メーターではなく、狐黄太を見ながら舞華はそう答えた。
白目を剥いて頭から湯気を出した狐黄太がすぐ横にいるわけなのだが、なぜ千枝は何も反応しないのだろう。これは霊的な反応であって、人間の彼女には見えないとかだろうか。
(いやでも完全に白目剥いてるわよねぇ……)
しげしげと狐黄太を眺めながら、舞華はピュアというかウブというか対千枝耐性ゼロの少年と、鈍いを通り過ぎてもはや故意にやっているのではないかと疑ってしまう親友の鈍感さについて少し真面目に考えるのだった。
いや、助けなさいよ。
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