②かてーきょうしのトライさん
《あらまぁ。それは……ぷふっ、大変でしたねぇ》
「笑いごとじゃないんですって! なんとか平均点は取れましたけど、授業中に当てられないかヒヤヒヤしてたんですから」
学校が終わった後、千枝はコックリとの打ち合わせも兼ねて今日の出来事を報告、もとい愚痴をこぼしていた。
いつもなら舞華が一緒に帰ろうと誘ってくるのだが、今日は気を使ったのか、HRが終わるとすぐに教室を出ていった。寂しい気もするが、ヘタに勘ぐられて質問攻めされるよりマシだろう。
《それはそれは、お疲れ様です》
「まったくですよ」
コックリが電話越しにお辞儀をしている姿が浮かび、千枝はいくらか胸のつかえが下りた。
中身がぎっしりと詰まったエナメルバッグを肩にかけ、教室を出る。いつもはスクールバッグを愛用しているのだが、今日は訳あって中学時代のものを引っ張り出してきた。おかげで今日は、どことなく埃臭いような気がする。
「それでバイトの件なんですけど、今日行っても大丈夫ですか?」
《構いませんよ。ついでに、公園で遊んでる銀狗郎と茶々狸を連れてきてくれると助かります》
「あれっ、二人だけなんですか? 狐黄太君は?」
コックリが話す公園とは、高校のすぐ横にある小さな公園のことだろう。そこ以外だったとしても千枝はそこ以外の公園を知らないし、あのコックリが千枝の知らない場所を指定してくるわけがない。しかし、保護者である狐黄太がいないのに、そんな遠くまで行って大丈夫なのだろうか。
《狐黄太は勉強してるんですよ》
「へぇー、さすがは長男。妹達のお手本となるよう頑張って」
《どうやったら竹とんぼが長く飛ぶのか実践中です》
感心を返してほしい。
《と言うのは冗談で、本当に勉強してますよ》
「なんで嘘ついてんですか」
まるで電話越しに心を読んだかのような、絶妙なタイミングだった。
《気がついたら口からぽろりと出てるんですよ。困ったものですね》
「それはこっちの台詞です」
《お互い苦労しますねぇ。それでは、また後ほど》
千枝が文句を言い返す前に、電話は切れてしまった。
再び胸にもやもやを抱えたまま、学校を出て公園を目指す。途中で舞華を見つけられないかと視線を彷徨わせるが、特にそれらしい姿を見つけられることもなく公園へと着いてしまった。
放課後だというのに、公園には見る限り子供の姿はなく、錆びかけたブランコが春風に揺られ軋めいているだけである。公園で遊ぶ子供が少なったのか、それとも単純に子供が少なくなったのか。少子化問題を身近に感じ、千枝の胸にはもやもやがまた一つ追加された。
遊んでいるはずの二人の姿を探して公園に入ると、なにやら聞き覚えのある声が砂場の方から聞こえてきた。コンクリートで出来たタコ型滑り台の裏手に周ると、そこには砂遊びに興じている銀狗郎と茶々狸の姿が。
そしてもう一人、千枝が聞き覚えのある声の持ち主が、一際大きな声ではしゃいでいた。
「よぉーっし、これでゴージャスグレートエキサイトホワイトサンド舞華ちゃんと愉快なお友だち城の完成だー!」
「やったー!」
「ぷぇー」
バンザーイ、バンザーイ。
子供達に混ざり、砂まみれになりながら両腕を何度も振り上げる馬鹿。ではなく舞華。
彼女の前には千枝の腰ほどもある砂の山が立っているが、あれを城と言い切れる自信はどこから来ているのだろう。
「舞華、あんた何してるの」
「バンザー……って、その声は愛しき我が親友、ティエリア姫!」
「誰だそいつ」
立ち上がり、某歌劇団のような動きで話す舞華の頭を軽く叩く。
「ひめ―!」
「ぷえー」
「二人も乗らなくていいから」
さすがに叩くわけにもいかず、代わりにぽふっと頭の上に手を乗せる。習性なのか銀狗郎が手に頭をぐりぐり擦りつけてくるが、砂やら小石の感触がして非常にむず痒い。
「そんで、なんで千枝はこの二人のこと知ってるの?」
手や服に付いた砂を払いつつ、舞華が至極当然な疑問を投げかけてくる。
「逆に、何で舞華がこの二人と遊んでたのか気になるんだけど?」
「ぷーっ! 君は疑問文には疑問文で答えろと学校で教わったのかーい?」
「エナメルクラッシャー!」
「どゎるくぁ」
肩を支点に勢いをつけて振ったエナメルバッグは、鈍い音を立てて舞華の腹に命中した。
崩れ落ちた舞華を見下ろし、千枝がため息をつく。
「何で遊んでたの?」
「ぐ、偶然公園に寄ったら遊んでって誘われて……」
「そうなの?」
「そうだよー。すべり台で遊んでたから、さそってあげたんだー」
むふー、となぜか誇らしげに胸を張る銀狗郎。
どうやら本当らしいが、なぜ滑り台で……。
「ぷぇっ」
「悲しいことがあると滑り台で遊ぶんだってさー」
「一昔前の青春ドラマじゃないんだから……」
この際、茶々狸が読心術と舞華の記憶を探ったことは触れないでおこう。テレパシーが出来るのなら、そういった芸当が出来てもおかしくはない。
「いいじゃない落ち着くんだから! それより、次は千枝の番だかんねっ!」
「あー……」
ビシィっ、と指をさされ、千枝は明後日の方向へ顔を向ける。
一度隠してしまった手前、家庭教師のことは言い出しづらい。
というか、舞華は茶々狸の発言(?)に何の疑問も持たなかったのだろうか。馬鹿だからだろうか。きっとそうに違いない。ありがとう、馬鹿でいてくれて。
「何どもってんのよー。……ま、まさか彼氏の連れ子とか言わないでしょうね!?」
「言わない言わない」
「じゃあ何で話さ……あぁ、もういい。この子達に直接聞いてやるもんねー」
「ちょっ、待っ、ずるいって!」
慌てふためく千枝を尻目に、舞華が銀狗郎と目線を合わせる。
「ねぇねぇ、なんで君達はこのお姉ちゃんのこと知ってるの?」
「こじんじょーほーなので言えませーん」
「ぐぬぬ、最近の子供はしっかりしてるな……」
歯噛みする舞華。
「けど、お姉ちゃんの友だちだからおしえてあげるー」
「前言撤回」
まさかの手の平返しに、千枝は思わず仰け反ってしまった。
止めようと慌てて動くが、銀狗郎の口は止まらない。
「あのねー、お姉ちゃんはボク達の先生なんだよ」
「え、先生って、あの勉強教える先生?」
「そだよー。かてーきょうしのトライさんなんだよー」
舞華は驚いたように目を瞬かせると、ぐるりと振り返り千枝を睨みつけた。
「千―枝ー?」
「な、なんでしょうか?」
「なんでそんな大事なこと、大親友の舞華ちゃん様に隠してたのかなー?」
詰め寄ってくる舞華の気迫に押されて後ずさるが、舞華は逃がすまいと千枝の頬を片手で捕まえる。ひょっとこ口になった千枝に舞華がズイッと顔を寄せるが、その光景は傍から見れば、まるでキスを強行しようとしているように見えなくもない。
だが、そんな百合展開があるわけもなく、舞華は笑みを浮かべて口を開いた。
「んー? どったのかなー、喋れないのかなー?」
「ひゅいまふぇん、ひょふぇんははぁい」
「なんで謝るのかなー? 馬鹿だから分かんないなー、教えてほしいなー」
「ふひゅひゅ……ひょふぇんっふぇはー!」
「我が怒りと悲しみ、その身をもって償うがいいわー!」
ぐにぐにぐにぐにぐにぐにぐに。
強めに指を動かされ、痛いような気持ち良いような、そんな絶妙な痛みが襲い掛かってくる。
「んんんんんんーっ!」
苦しそうに両手をバタバタと動かす千枝。多少なりとも隠し事をしていた自責の念があるので、振り払うことも出来ず、舞華の為すがままにされるしかない。
舞華はそんな千枝の苦しむ顔を、うっとりとしたような表情で見つめていた。
S気質でロリ体型で巨乳とか、いったいどの層を狙っているのだろうか。
「こらっ、お姉ちゃんいじめちゃダメだよー! ケンカ反対!」
そんなマニア向け舞華を止めようと、銀狗郎が二人の間に割って入り、無理やり引き離す。
「喧嘩じゃないよー。コミュニケーションだよ、こみゅこみゅ」
「うーっ……」
舞華が笑顔で釈明するが、銀狗郎は威圧感のないうなり声をあげて威嚇する。
警戒したまま千枝を見やると、揉まれ過ぎて赤くなった頬をさすっているところだった。視線に気がついた千枝は、しゃがんで銀狗郎と目線を合わせて笑顔を浮かべるが、目尻に溜まった涙が流れたのを銀狗郎は見逃さなかった。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「平気平気、どうってことないよ」
「でも、ほっぺたがすっごく赤くなってる」
文字通り腫物を扱うように、そっと優しく千枝の頬に触れる銀狗郎。手に付いた砂が擦れ、一瞬ビクッと体を強張らせるが、すぐに元通り笑顔を浮かべ、銀狗郎の手に自分の手を重ねる。
「銀狗郎君が心配してくれたからもう治っちゃったよ」
「ぷぇっ!」
「あぁっ、もちろん茶々狸ちゃんもね。二人ともありがとう」
忘れんなよ、と言わんばかりに、反対側の頬に茶々狸がそっと手を差し伸べる。その手を取って頬に押し付けると、茶々狸は満足した様子で笑顔を浮かべた。どちらもざらざらして少し痛いのだが、その笑顔と柔らかい手の感触がそれを上回る癒し効果を与えてくれる。
「あんなにデレデレしちゃって。まったくもう……羨ましいなぁぁぁぁぁぁ」
せっかく砂を払ったというのに、砂場で暴れ回る舞華。ますますどの層を狙っているのか分からなくなってきた。
そんなニッチ舞華を眺め、千枝はため息ひとつ。
「うるさいよ舞華。近所迷惑」
「だってさぁー、可愛い子に囲まれて心配されるとか、すっごいレアなイベントじゃん。いいないいなー、私も頬っぺたぷにぷにしてくんないかなー」
自分の頬をこねくり回してアピールする舞華だが、二人はそちらの方を見向きもせずに千枝の頬を心配していた。しばらく視線を送る舞華だが、ダメだと悟るとなぜか千枝を恨めしそうに見てきた。自業自得だろうに。
いつまでもこんな場所にいるわけにもいかないので、千枝は手を止めさせて立ち上がる。
二人が名残惜しそうに千枝の顔を見ているが、気にしない。
「お姉ちゃんのほっぺなら空い」
「さて二人とも、お母さんが待ってるからお家に帰ろうねー」
「はーい!」
「ぷぇーい」
しゃしゃり出てきた舞華を完全に見なかったことにして、三人は仲良く手を繋いで公園を出ていく。それはそれは楽しそうに。
今日はダンゴムシ観察してたんだよー。そうなんだー、楽しかった? ぷえ、ぷぷっぇ! 手のひらで歩かれてくすぐったかった、だって。くすぐったいよねー、あれ。お姉ちゃんもしたことあるの? 小学校の時にね。やいのやいの。
「……」
残された舞華は、西日が目に入ったのだろうか。涙を流して立ち尽くしていた。
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