⑤引き受けましょうっ!


「あらあら……あらあらあらあらぁ」


 そんな狐黄太の姿を見たコックリは、にまぁっといやらしい笑みを浮かべ、意味ありげに千枝へ向かって視線を送る。

 いったい何を伝えたいのだろうか。


「千・枝・さん。十七歳の高校二年生、清らかな体で彼氏絶賛募集中の泉原千枝さん」

「大声で個人情報漏らさないでくださいよ。というか、何ですか急に」

「いえいえ、別に。私のことはお気になさらず。私のことは」

「いや、めちゃくちゃ気になるんですが」


 視線といい、突然の個人情報暴露といい、何をしたいのかまるで分からない。

 そんな風に思ってコックリを見ると、何故か物凄く渋い顔に変わっていた。

 ないわーお前それはないわー、と言わんばかりの表情だった。


「……もういいです。銀狗郎、狐黄太、準備をしてちょうだい」

「ほーい」

「……」

「じゅーんーびー、だってー!」

「は、はひっ!」


 千枝に見惚れていた狐黄太は、銀狗郎が耳元で大声を上げられてビクッと体を震わせた。銀狗郎に続くようにして部屋の隅、座布団が積み重ねられた場所へと歩いていくが、その最中も狐黄太はちらちらと千枝の方へと視線を向ける。


(分かるよ。年上の異性って緊張するよね)


 幼いころの自分と狐黄太を重ね合わせ、千枝はうんうんと頷く。

 もちろん狐黄太が見ているのはそういった理由からではない。

 そんな千枝のすぐ横では、コックリがすやすやと眠る少女を起こそうとしていた。

 

「ほら、茶々狸ささりも起きなさい。そこで寝てたら、千枝さんに迷惑がかかるでしょう」

「ぷぅえ」

「嫌、じゃないの。わがまま言わないで」

「ぷぷぅえ」

「これが終わったら眠っていいから、ね?」

「ぷぇ……」

(何、この会話)


 見た目に違わぬ可愛らしい声で、言語かどうかすら怪しい言葉を話しながら、もっそりと起き上がり欠伸をする茶々狸。そんな彼女を見て、これから勉強を教えることが出来るのか不安になる千枝だった。

 そうこうしている内に、千枝の前には狐・犬・狸のマークがそれぞれ描かれたものと、黒一色の座布団の合計四枚が並べられていた。ちなみに千枝が座っているのは唐草模様の座布団である。


「いぇーい、ザブトントーン」


 テンション高めの銀狗郎が、器用にも空中で正座して座布団に着地。続けて狐黄太が緊張した面持ちで座り、茶々狸はぽてりとテディベアスタイルで座る。

 最後にコックリが真っ黒の座布団に座り、咳ばらいをひとつ。


「えー、それでは改めてご紹介します」


 コックリが背筋をしゃんと伸ばして喋り始めると、茶々狸を除く二人も姿勢を正した。千枝も胸をそらすようにして、慌てて姿勢を正す。


「まず十二歳の長男、狐黄太です。今は出ていませんが、他の子と同じように動物の耳と尻尾があります」


 コックリが狐黄太に手をかざすと、ポンッと勢いよく頭に狐の耳が生えてきた。それに気づいた狐黄太は慌てて両手でそれを隠すと、恥ずかしそうに千枝の方を見る。

 中性的な顔立ちと相まって、とても可愛いと思うのだが、やはり思春期の男の子なのだろう。カッコいい、ならともかく、そんなことを言われれば恥ずかしがるに決まっている。


「先ほども軽く話しましたが、狐黄太は頭が固くて融通の利かない子ですが、そこに目を瞑ればいい子です。よく家事手伝いもしますし」

「きょ……狐黄太です! よ、よよよよろしくお願いします!」


 甘噛みしつつも深々とお辞儀をする狐黄太。

 ちらりと顔を上げて千枝を見ると、視線が合ってしまい、慌てて顔を下げる。

 てっきり生真面目でかたっ苦しい子を想像していたが、初々しくて可愛い目の前の少年に、千枝は内心胸をほっと撫で下ろした。


「さて、次に長女の銀狗郎ですが」

「長女!?」

「はい、長女ですが?」


 また冗談だろうと食いついてみたが、コックリは至極真面目な顔のまま。

 慌てて銀狗郎の方を見ると、こちらはなぜかVサインをしていた。

 なにゆえ。


「まぁ色々ありまして、うっかりこの名前です」

「うっかりってレベルじゃないでしょう!?」


 頭を軽く小突き、『てへっ☆』と似合わない仕草で誤魔化す親に、千枝は強く噛みつく。

 巷ではDQNネームが幅を利かせているが、女の子にこんな名前を付ける親は……居るわけがない、と言い切れる自信がない。だが、性別を間違える親は流石に居ないだろう。

 ……居ない、よね?


「ボク気に入ってるから大丈夫だよ。なんか強そうだし」

「いいの!? 女の子でしょ、女の子なんだよ!?」

「まぁまぁ、当人がそう言ってるんですからいいじゃありませんか」

「あなたのミスでしょうが!」


 千枝の発言を無視し、コックリは紹介を続ける。


「銀狗郎は見ての通り狼です」

「オオカミ……」

「がおー」


 両手を上げて威嚇された。

 かわいい。


「ってことは、銀狗郎君……いや、銀狗郎ちゃん?」

「君付けがいいなー」

「じゃあ銀狗郎君で。銀狗郎君は外国人ってことですか」

「何故?」


 こてん、と首を傾げるコックリ。


「何でって、だって日本の狼は絶滅してるじゃないですか」


 細かいことは覚えていないが、確か一九〇〇年頃には絶滅していたはずだ。細かい数字は覚えていないが、日本に住んでいた狼が絶滅していることは確実に覚えている。ならば銀狗郎は海外の狼だろうと考えた次第である。

 だがしかし、千枝は忘れていた。

 目の前の存在が常識から外れていることに。


「いますよ? わんさか。大神信仰のある人達が結界張って隠してるんです」

「……マジですか」


 学者が聞いたら発狂しそうな事実である。

 もうここまで来たら、忍者が存在していても驚きはしないだろう。むしろ居てほしい。忍術で戦ったり情報社会で戦っていてほしい。現代社会の裏で暗躍していたりするのだろうか。

 もはや現実逃避の内容ですらも、実際にあるかのようにしか思えなくなっていた。


「さっき自己紹介してたので、大体どんな感じの子なのかは、分かってもらえたかと思います。ちなみにチョコは与えてもらっても大丈夫ですよ」

「何の心配ですか」


 犬だからだろうか。

 銀狗郎に目を向けると、抱っこをねだる子供のように両手を差し出していた。


「ぎぶみーちょこれーと」

「……バレンタインまで待っててね」

「やったー!」


 ぴょんこぴょんこと器用に座布団の上で跳ねる銀狗郎を眺め、ひょっとしたら一番の難敵はこの子かもしれない、と思う千枝であった。


「次行きましょう。お次は我が家のアイドル、茶々狸です。愛称はさっちゃん、年齢は六歳で狸の耳と尻尾をしています。言葉は話せませんが、テレパシーがあるので意志疎通は大丈夫ですよ」

「読心術の次はテレパシーですか」


 未来予知に読心術、そしてテレパシー。

 その気になれば妖怪大戦争を起こせるんじゃなかろうか。


「なお、テレパシーは常人に使用すると頭が狂っちゃいますので注意を」

「ダメじゃん! 意志疎通できないじゃないですか!」


 戦争どころか虐殺まっしぐらだった。


「何か用事がある時は銀狗郎経由で話しますので大丈夫ですよ」

「根本的な解決になってない!」


 なんだろう、この『一番大人しい人が実は一番の強敵』みたいな状態は。簡単だと思っていた仕事の半分ぐらいが、茶々狸のせいで難易度が上がっているような気が。


(さて……)


 それはそれとして、これで全員終了したわけだが。

 しっかり者で堅物の長男、能天気な長女、喋らない次女。全員一癖も二癖もあるが、悪い子ではない。……むしろ、そこが厄介なわけなのだが。

 そんなことを考えていると、いつの間にかコックリが千枝の横に座っていた。


「次は千枝さんの紹介ですが、今日から三人の家庭教師になります。以上」

「いや、短すぎやしませんか」

「貧乳女子高生、十七歳、夢無し金無し」

「はっ倒しますよ?」


 全て事実なわけだが、それはそれ、これはこれである。

 場の空気を和らげるかのように、銀狗郎が興味津々といった表情で声を上げる。


「ねぇねぇ、苗字はトライなの?」

「それはCMだろ」

「ぷぅえ」

「夢がないなぁ、だって」

「六歳でその発言はどうなんだ茶々狸……」

「おませな時期なのよ、きっと」

「そういう問題じゃない気がするんだけど」


 三人の発言に正確に返答し、一息ついて眉間に指を当てる銀狗郎。その仕草が物凄く自然で、彼がいつも振り回されているのがよく分かる。


「では千枝さん、今度からお願いしますね」

「はい。……って、もう決定ですか!? 私の意思はっ!」

「え、断るんですか?」

「だって時給とかそこらへん聞いてませんよ!」

「時給二五〇〇円、千枝さんの好きな曜日・時間指定で構いません」

「引き受けましょうっ!」


 力強く握手を交わすと、狐黄太と銀狗郎がズルッとずっこけた。

 親が親なら、子供も古臭いリアクションをするものなのだろうか。


「この泉原千枝、お宅のお子様の家庭教師になることをここに宣言します!」

「え、あぁ、はい。頑張ってください」


 突然の変わりようにコックリもさすがに戸惑いを隠せない。


「やったぁ! じゃあこれからお姉ちゃんが毎日ウチに遊びに来てくれるんだ!」

「遊びにじゃなくて、勉強を教えに来てくれるんだよ」

「なんでもいいやっ、これからいっぱいよろしくお願いしまーす!」


 駆け寄って千枝にもぎゅっと抱きつく銀狗郎。後を追うように茶々狸も抱きつき、二人が千枝の顔を見上げ、にっこりと笑う。千枝も同じように笑みを返し、二人の頭をこれ幸いと撫でまくる。


「……」

「あなたも行ってきなさいな」

「ぼっ、僕はいいよ! 子供じゃないんだから!」

「……そうですか」


 そうやって片意地張っているところが子供なのだと思いつつ、コックリは幸せそうにはしゃぐ自分の娘達と、千枝を優しい瞳で眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る