③頭は大丈夫ですか?
テーブルの下。隣の席、椅子。
どこを探しても、もう一つのパフェの姿は見当たらない。
先ほども言ったとおり、この席の周辺にはゴミ箱が設置されていない。そもそも捨てようとすれば席を立たなければならず、そうすれば流石に千枝だって気づく。
「質問疑問があるならどうぞ」
混乱する千枝に向かって、コックリは依然笑顔のままそう言った。
「わ、私に何したんですか……!?」
「何を、とは?」
「何って、それは……よく分かりませんけど。と、とにかく。じゃなくて、じゃあ、このパフェはなんですか! 一個しか置いてないじゃないですか!」
目の前のパフェに指を突き付け、コックリの顔を見つめる。
「それは簡単です。食べ終えたので捨てたんですよ」
「う、嘘だ! だってまだ半分も食べてなかったじゃないですか!」
先ほど千枝が見た限りでは、まだ上のソフトクリーム部分を崩しに掛かっていた。
しかしコックリはそれに動じず、
「実は私、早食いが特技でして。ほら、テレビでも流れてるじゃないですか。いっぱい食べる君が好き、って。まぁ、あれはダイエットサプリメントのCMですけど」
千枝の目を見据えながらそんなことを話した。
そんなコックリに苛立ちを覚え、千枝は真っ直ぐ睨み返す。
「あんな一瞬で食べきれるわけないでしょう!」
「……そうですね、食べきれないですよね」
少しの間を置いて、コックリは観念したようにそう言った。
その直後、千枝は更に自分の目を疑った。
何も無かったはずのコックリの前に、先ほど彼女が食べていたのと同じ量のパフェが、テーブルからせり上がってきていた。せり上がる、というのも表現としては違う。例えるならば、水の中に物が落ちる映像を逆再生したような、そんな現れ方。
千枝が目の前の状況を理解できずにいると、コックリはクスリと笑った。
その顔は先ほどとは違い、まるで狐のように細く薄く目が開かれ、口元が三日月のように開かれた、意地悪そうな笑顔だった。
「やはり千枝さんを選んで正解でした。思った以上に素質がありそうです」
「素質って……。い、いったい何者なんですか?」
「言ったじゃないですか。家庭教師を頼みに来た、明治生まれの、
そう話す彼女はとても愉快そうで、いつの間にか頭に生えた三角形の獣の耳と背後で蠢く尻尾がなければ、どこかのご令嬢に見えただろう。その耳と尾は髪と同じ黒色で、耳はまるで千枝に見せつけるかのように、二つとも正面を向いている。
そんな彼女を見て、千枝は勇気を振り絞って口を開けた。
「あ、あの……」
「ふふっ、どうしました?」
コックリはテーブルに肘を立て、組んだ手の甲に顎を乗せた。
「……頭は大丈夫ですか?」
そしてガクン、と勢いよく頭を下げた。
それはもう、鞭打ち症になるんじゃないかと思わんばかりの勢いで。
「えっ、え、えぇぇぇぇぇぇ……?」
いや、だってそうだろう。いきなり「私は人間じゃないんですよ!」と言われたら、誰だってそう思う。千枝だってそう思う。
「さ、さっきのを見てなんとも思わないんですか?」
予想していた反応と違ったのだろう。コックリは面白いほどあたふたしていた。
そんな彼女に、千枝は更なる追撃を加える。
「いや、びっくりしましたよ。すごい手品ですよね」
「てじっ」
余程傷ついたのだろう。口元がピクピクと痙攣していた。
「ちょっと前まで流行ってましたよね~。何て言うんでしたっけ、メンタリスト? やっぱり目の前で見ると魔法としか思えないですよ。……あぁ、だから芸名がコックリなんだ! 妖術とかそんな感じがしますもんね!」
「いや、そういうわけでは……」
もうあたふたとか通り越し、諦めや失望が織り交じったような空気を出すコックリ。
「あれ。でもコックリさんって降霊術の名称で、霊とか妖怪の名前じゃないはずじゃ」
「……やたら詳しいですね」
千枝はやったことがないが、小学校の時に一時期ブームになったのだ。怖かったのでやる度胸はなかったが、興味はあったので調べて覚えていたわけである。
はぁ、とため息ひとつ。コックリは気を取り直して話し始めた。
「まぁ、この際それはいいです。そういうことになってますが、実際は私のような『コックリ』という存在がいましてですね、我々が地域ごとに分かれて『コックリさん』を担当しています。昔は信じる人が多くてですね、うっかり嘘から真、無から有といった具合に私達が生まれてしまったわけです。今じゃあ担当区域が町単位から市単位になってしまうほどには減少してしまいましたが。……なに言ってんだこいつって顔をしてらっしゃいますが、とりあえず最後まで聞いてくださいます?」
ばれたらしい。
ジトッと千枝を見るコックリに苦笑いを返しつつ、頭の中で評価をまとめる。
信憑性はともかく、設定としては新しいし、なるほど中々面白い。
パフェの件もあるため、千枝は目の前の可哀想な大人の話に乗ってあげることにした。
「我々ってことは、全員あなたみたいな人間の姿をしてるんですか?」
「まさか。色々ですよ。普通に狐の者もいれば、狐の姿で服着て二足歩行してる者もいます。要は『コックリさん』という不可思議な存在が何でも教えてくれる、ということが重要なんです」
「へぇ、結構ざっくりとした存在なんですね」
「……」
図星だったらしく、コックリの表情が引きつった。
そのまま話を逸らすようにごほんと咳払い。
「……結局、家庭教師のアルバイトは引き受けてくれないんですか?」
「えっ、あれ本気だったんですか」
てっきり嘘だと思っていた。
「あれが嘘だったら、私が何で千枝さんに目を付けて、ここで話をするように仕向けたのか分からないじゃないですか。小学生の頃に好きな男子を校庭に呼んで、告白せずに終わった千枝さんとは違うんですよ」
「な、なんでそのことをっ!?」
コックリの話す内容に千枝は顔を赤らめる。
確かにコックリが述べたことは全て事実だが、そのことを誰にも話したことはない。もっと言えば、千枝はこの町で生まれたのではなく中学三年生の春に引っ越してきた。それに父親がいわゆる転勤族で、それ以前にも何度も引っ越しを経験している。いったい誰から聞いたのだろうか。
「いや、ですから私コックリさんですし。未来が見えるんなら過去だって見れますよ」
「あっ、なるほどー。そうですよねー」
って、そんなわけあるか。
「ところがどっこい、あるんですよねぇ。というか、私が散々話してあげたのにまーだ信じてくれませんか。強情な人ですねぇ」
スプーンを弄りつつ、コックリが流し目で千枝を見る。まるで本当に心を読んだかの様な発言に、千枝の心臓は飛び跳ねた。
「えっ。も、もしかして、私の心を読んだりしました?」
「はい、読みましたよ」
あっけらかんと答えるコックリ。さすがはメンタリストである。
「だから違うって言ってるでしょうが。メンタリストはそんな万能じゃありませんて。本当に心を読んだんですよ」
「えー?」
そう言われてもにわかには信じられない。
ならば。
(カリフォルニア太郎)
「……試すためとはいえ、もうちょっとマシな単語は思いつかなかったんですか。何ですか、カリフォルニア太郎って」
「うわっ、本物だ!」
心の中を言い当てられ、驚くと共に千枝は鳥肌を立てた。
「ふふっ、すごいでしょう」
「気持ち悪っ!」
「気持ち悪いってなんですか!」
「あはは、すみません……つい本音が」
「なんのフォローにもなってませんけど?」
腕をさすりつつ申し訳なさそうに笑みを浮かべる千枝に、コックリはため息を吐く。
「まったく、最近の子供は人を信じることを忘れてしまったんでしょうかねぇ」
頬杖をつき、どこか遠くを見つめるコックリ。
この際、あんた人間じゃないでしょう、なんていう野暮なツッコミはするまい。
「なんでそんな能力があるんですか……」
「そりゃあ、『○○君と付き合えますか?』って質問なら未来見れば一発ですけど、『○○君は私のことどう思ってますか?』って聞かれたら困るじゃないですか。ちなみに、未来の対象の心を読む、なんて重ね技は無理ですからね」
「別にそこまで聞いてません」
「えー、なんでですかー。もっと興味持ってくださいよー。人生初であろう人外、化物、魑魅魍魎なんですよー? 祟りますよー?」
「そんなしょうもないことで祟らないで下さいよ……」
がっくんがっくんと体を揺さぶられながらも、千枝は冷静にツッコミを入れた。別に興味がないわけではなく、短時間に色々と起こったせいで感覚がマヒしているだけだ。
しかしこうなった以上、認めざるを得まい。
今、自分の目の前にいるのは正真正銘本物の、あのコックリさんだ。
幻覚然り、読心術然り、過去視然り。もしかしたら何か種があるのかもしれないが、あいにく今の千枝には思いつきそうもない。
まぁ、特に悪さに巻き込むつもりもないらしいし、受けてもいいだろう。
「それで、いつからやればいいんですか?」
「えっ、本当に引き受けるんですか」
「どっちなんですか!?」
「いやですねぇ、ジョークですよ。都市伝説ジョーク」
ケラケラと笑うコックリをよっぽど殴ってやろうかと思ったが、ぐっと堪える。
「そうですねぇ……千枝さんがよければ、今からでも顔合わせに来てもらいたいのですけども」
「それはさすがに急すぎじゃないですか……?」
「ここからすぐ近くですし大丈夫ですよ。それに、どんな子か見てもらってから、引き受けるかどうか判断してもらおうと思いまして」
職場環境は大事ですから、とコックリは立ち上がり、そのまますたすたと出口へと歩いて行ってしまう。
慌てて荷物を持って後を追いかける千枝。
本当に自分勝手な人だと心の中で愚痴るが、その口元は楽しそうに笑っていた。
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