第3小節:最近の主人公は、最初から理不尽に強い

第3小節:最近の主人公は、最初から理不尽に強い(1)

 近頃、巷ではある奇妙な噂が広まっていた。なんでもそれは、夜中にとある路地を歩いていると、路地裏から真っ黒な女性の霊が現れ、路地裏の奥に引きずり込まれてしまうというもの。そして引きずり込まれた人間は、二度と生きては帰ってこられないらしい。所謂、神隠しというヤツであった。

 この事件は、最初はよくある都市伝説や怪談話のひとつとして、誰一人信じていなかった。しかし今朝、ある朝刊の記事により事態は一変した。なんと、その黒い女性の影が人を引きずり込む瞬間を撮影したというのだ。


『神隠しの真実! 暗闇へ誘う"セクシー"女幽霊少女の謎!?』


 そんな見出しが踊る記事と共に、そこにはコンビニの防犯カメラが捕らえたという一枚の写真が掲載されていた。


「…うわ」


 駅の売店に置かれたそれが目に入ってしまった瞬間、私は顔をしかめた。別に、オカルトが苦手ってわけじゃない。むしろ、夏の怪談特集なんかは下らなくて割と好きだ。問題は、その写真にあった。


 そこに写されていたのは、路地裏の入り口辺りに立つ二つの影。そのうちひとつは、何やら驚いた表情の男。そしてもうひとつは、その男の首根っこを掴み、路地裏へ消えようとする長髪の少女の姿。深夜の暗闇の中という事もあって、その少女の顔を判別する事は出来なかったが…私にはその少女の顔が、一体どんな服で何をしていたのかも、はっきりとわかっていた。








「どういう事ですかこれっ!」


 私は、鞄の中から先ほど買った新聞を取り出す。そして、シンの眼前に突きつけ、写真の載っている辺りをバシバシと叩いた。


「どうって……よく撮れてるな、とか?」


 あまりにとぼけた事を言い出すので、私は思わずシンの顔面にその新聞紙を投げつけた。


「撮れてちゃ困るでしょう! 話と違うじゃないですか!」


 息の荒くなる。そんな私を、隣に座っていたゆかりさんがポンポンと肩を叩いて宥めようとする。


「でもゆかりさん!」

「"クイーン"、ね」


 6回目。


「でもクイーン!」


 私はまだまだ文句を言い足りなくて口を開こうとした。が、ゆかりさんに横の方を指さされた瞬間、はっと我に返り、思わず固まってしまった。

 私達が今いるのは、いつもアジトにしているコンサートホールではなく、駅より少し離れた小さなファミリーレストランだった。何故こんな所で会合が始まってしまったのかというと、どうも歯車の起動に成功したのはかなり久しぶりだったらしく、それも新人である私が功績をあげたという事でこれは褒美を取らせねばならん! …というシンの計らいらしい。だがそのおかげで、先ほどから周囲の視線が刺さりっぱなしだ。私は周りにへこへこ頭を下げながら、それでも納得がいかず無造作に放られた新聞の写真を睨み付けた。


 ……そう。この幽霊少女とは、ずばり私の事なのだ。この時、私は例の"布地がちょっぴりの戦闘スーツ"のステルス機能のテスト中だったのだ。この恥ずかしい服で、もし一目につく場所を通らなければならなくなった時、うまく機能しなかったら困ると思った。もう、この間の公園から帰る時のような好奇の目線に晒されるのはごめんだった。しかし、まさにこの時不具合が起きた。その結果がこの新聞の写真だ。顔が鮮明に映されていなかったからよかったようなものの、危うく世間の笑いものにされるあかりか二度と大手を振って外を歩けなくなるところだった。


「嘘つき!小悪党!もし私にコスプレ痴女なんて噂が立ったら訴えますからねっ」


 私が柄にもなく声を荒げると、シンも椅子から立ち上がり反論する。


「小悪党!? このクゥゥゥゥルな悪の首領様に向かって小悪党!? 俺はいずれ世界を手に入れる新世界の神だぞオラァ!?そんな口利いていいと思ってんのかー!?」


 もっとも、論点は明らかにずれていたが…。


「いやそこじゃなくてですね…」

「お前だったら聞くけど! 新人ちゃんが引っ張ってるこの男は何!?」


 叩きつけられた新聞の、写真に映るガタイのいい男にシンが指さしたので、私は言葉を詰まらせ視線を逸らした。"悪者"となった私としては、それはあまり触れてほしくない非道徳的行為だったのだ。


「いや、なんかカツアゲしてたんで懲らしめてやろうかと…」


 すると、案の定シンは声を荒げて新聞を私に投げ返した。


「アホ! 人を助ける悪者がいるか! お前の方が小悪党だわ! いや、むしろ小善人だわ!」


 小善人…?

 しかしそう言われても、みらいのせいで人助け根性が身に染みてしまっている私としては、困っている人を見て見ぬフリなんてできなかったのだ。


「あ、えっとその…戦闘能力のテストも兼ねて、って事で」


 私はなんとか誤魔化そうとしたが、その言い訳が逆に火に油を注いでしまった。


「まぁ小悪党かはともかく」


 そこにゆかりさんが割って入ってきた。シンは相変わらず文句を垂れていたが、今の私にとっては渡りに船だ。


「キングは別に嘘は言ってないわ」

「え、でも…」

「簡単な話。あの服は、別に透明人間になれるわけじゃなくて、"人に気づかれなくなる"だけなの。要するに、道端の草や石と同じように"いて当たり前"って認識になるって事」

「え? ……あ、なるほど」


 それで、なんとなく合点がいった。この写真は、コンビニの防犯カメラの映像から撮影されたものと書かれていた。つまり、写真や映像を通してではこの服の効力もないという事だった。


「…そう思うと、あんまり意味ないんですね。アレ」

「まぁ…そうかもね」


 なんだか、ますます悲しくなってきた。


「そうかもじゃないし! その服があったから新人ちゃんもこの男に手ェ出せたんだろうが!?」

「はいはい、感謝してます。ついでにデザインもなんとかしてもらえると助かるのですが」


 いくら身体能力が上がっても、やはり水着みたいな姿で外をほっつき歩くのは気が気でなかった。しかし、シンは腕でバツの形を作り、首を振った。


「それはダメ」

「何故」

「言っただろ、伝統」


 本質を忘れ、思考停止した伝統など壊れてしまえと思った。そして、愚かな決断を下した3週間と2日前の自分を呪った。

 それにしてもまさか、"悪者"だけでなく心霊現象にまでなる羽目になるとは。人生、何が起こるかわからないものである。


 そんなやりとりをしていると、ちょうどウェイトレスさんが注文していた料理を運んできた。身長から言って、高校生くらいだろうか。ツインテールに、フリルを満載した制服を纏った、可愛らしい子だった。


「失礼します、エクストリームドリームパフェのお客様―――」


 そこまで言いかけて、そのウェイトレスさんの顔が固まった。


「げ、キング…」

「よう"れんな"、来てやったぞ」


 そんな様子もお構いなしに気さくに声をかけるシン。と、同時にウェイトレスさんの顔つきが急に険しくなる。どうも、お互い知り合いのようだった。


「…あのさ、いつも言ってんじゃん? 頼むからここには来るなって!」

「あん? いいだろ別に、減るもんじゃなし。むしろ売上は増える」


 しかし、あまり歓迎ムードという感じではなさそうだ。


「知り合いにこんなのがいるって知れたら、恥ずかしいんだっての」

「あーそりゃすまん。確かに、誰が見ても俺は眩しいものな」

「いやそうじゃないし」


 そのウェイトレスさんは、あからさまに迷惑そうな顔でシンの事を煙たがった。そしてそのまま、父親と娘の喧嘩みたいな口論が始まってしまう。おかげで、周囲の視線がますます痛い。


「いいんですか、止めなくて?」

「いつもの事だから」


 私はなんとか2人を止めようとゆかりさんに助けを求めるが、ゆかりさんは我関せずといった様子でコーヒーに砂糖の山を作りあげていた。


「……帰りたい」


 今の私は、戦闘スーツを纏う必要もなくステルス状態だった。と、その時。


「…ていうか、見ない顔がいるような気がするんですケド」


 ここで、ようやくウェイトレスさんが私の存在に気づいた。


「ゆかりの妹…? いや、ないか」

「え、えーと…」


 別に、私とゆかりさんは顔が似ているわけではない。それでも姉妹に見えたというのは、単純に仲がよさそうに見えたという事だろうか。当のゆかりさんはというと、窓の外を見つめて物思いに耽ったような顔でコーヒーを啜っていた。山盛りになった砂糖がカップから大量にこぼれて、テーブルの上に雪の積もった後みたいなものを作っている気がするが、多分気のせいだ。


「おっとそうだった、新人ちゃんにこいつを紹介しなくちゃなぁ」


 と、おもむろにシンが立ち上がり、さっきまで喧嘩を繰り広げていたウェイトレスさんの肩に腕を回した。


「こいつはれんな。シャトランジの"ルーク"だ」


 肩に回されたシンの腕を払いのけながら、そのウェイトレスの少女―――れんなちゃんは、私を一瞥する。可愛らしいと思った第一印象とは打って変わって、その雰囲気は今にも噛みついてきそうな番犬のようだった。


「で、こっちが"ポーン"の新人ちゃん…あれ、名前なんだっけ?」

「いい、興味ない。人の名前覚えるの苦手だし」


 そう言ってれんなちゃんは、ずいっと私に顔を近づける。


「ど、どうも…」


 気まずい沈黙。見惚れるとも、嘲るとも違う視線に睨まれ、思わず体が固まってしまう。時間にして10秒ほどだったが、私にとっては永遠にも思えた。


「…ま、足引っ張んないならなんでもいいけど」

「が、頑張ります」


 そうして彼女は、興味を失ったようなつまらなさそうに鼻を鳴らしながら近づけていた顔を離した。が、そこでふと思い出したように私の方を指さす。


「あ、でもその服は"芋い"」

「い、いも…?」


 私は首を傾げた。別に、サツマイモっぽくもジャガイモっぽくもないピンク色のカットソーだが。そんな私の様子に、れんなちゃんは小さくため息を吐いた。


「ダサいって事」

「ぁう…すみません」


 私は体を縮こまらせた。そういえば、みらいにもよく私に対して『選ぶものにセンスがない』と言っていたのを思い出す。でも、私にはみらいが選ぶものとの差がさっぱりわからなかった。


「ところでさぁれんな、お前こっちに顔出したのいつが最後だっけ?」


 ふと、嫌味か純粋な質問かわからないような調子でシンがそんな事を言った。すると、それまで飄々としていたれんなちゃんの肩がビクンと跳ね上がる。まるで出席日数を気にしている高校生みたいだ。


「っ、っさいな…しょうがないじゃん、シフトの融通利かないんだもん…」


 痛いところを突かれたのか、そのままれんなちゃんは体をしどろもどろさせながらそっぽを向いてしまった。どうでもいいですが、優先度はレストランのバイトの方が上でもよろしいんでしょうか、悪の組織さん。


「と、とにかく、このパフェ食ったら全員帰れ、いいな!」


 それから、居心地の悪くなったれんなちゃんは悪役の捨て台詞みたいに吐き捨て、逃げるように店の奥へ消えていった。


「態度悪い店員だなー、よくアレでやっていけてるよ」


 シンは呆れたように彼女の背中を頬杖をついて眺めていたが、そもそもの原因はシンのような気がしなくもなかった。最も、隣でゆかりさんが2杯目のコーヒーの上に砂糖のエベレストを作り始めたせいで、頭の中から吹き飛んでいったが。


 シンが注文したエクストリームドリームパフェと格闘している間、私は暇つぶしに店内を見回してみた。昼時にも関わらず、店内は閑散としていて人気もまばら。正直、いつ潰れてもおかしくなさそうな雰囲気だった。実際、先ほどかられんなちゃんを観察しているのだが、接客態度がとにかく悪い。声は気だるげでやる気がないし、お皿やメニューの置き方も雑。客足が遠のくのも納得だった。

 しかし、とあるテーブルに近づいた途端急にれんなちゃんの態度がしおらしくなった。


「どう、れんな。ここの仕事にはもう慣れた?」

「う、うん…まぁ、ね」


 先ほどまでは怖いものなしのライオンみたいな声だった癖に、そのテーブルに座る男性に話しかけられた時には人畜無害な子猫みたいな甘ったるい声をあげる。一瞬、別人かと思ったくらいだ。


「ホントか? さっき、向こうの人となんか言い合いしてたように見えたけどな」

「ッ…!? み、見てたの…?」


 しまった、という顔をするれんなちゃん。言い合いっていうのは、多分さっきのシンとの事だ。


「やれやれ、やっぱりれんなはれんなだなぁ」

「ッ、っさい! ヒカル如きが、わかったような口利くな!」


 呆れたようにため息を吐くその男―――ヒカル君に対し、れんなちゃんは顔を真っ赤にして反論する。


「如きってなんだよ、如きって。全く…もう少し大人してればかわいいのにな」

「……口が悪いのは生まれつきなんだよ」


 それから、口をしどろもどろさせながらそっぽを向いてしまった。


「ははぁ、なるほど」


 あの2人がどういう関係かは知らないが、とどのつまりれんなちゃんは彼の事が好きなんだ。口では辛辣な事を言いつつも、綻んだ表情がその全てを物語っていた。彼女自身は隠しているつもりかもしれないけど、端から見ていれば他との態度の違いは一目瞭然だった。


 しかし、その彼はといえば彼女の滲み出る好意の波動にまるで気づく気配がない。あれだけ露骨なラブビームを照射されていながら気づかないとは、どれだけ朴念仁なんだ。それに、なんだか風貌も冴えない感じだ。彼の事は深くは知らないが、れんなちゃんが一体彼のどこを好きになったのか、非常に疑問だった。


「やれやれ、相変わらずだなあいつも。それがいいところでもあるんだが…」


 れんなちゃんが別のテーブルに行った後も、彼は誰にともなくそんな事を呟いていた。なんなんだお前は。ライトノベルの主人公でも志望しているのか。

 もう会うかわからないけど、私はそんな彼に敬意と嘲笑を込めて勝手に"やれやれ君"と呼称する事にした。

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