第3小節:最近の主人公は、最初から理不尽に強い(2)
「……また増えた」
それから数日後、次のノイズの捜索の為に呼び出された場所に行ってみると、ゆかりさん、シン、れんなちゃんの他にもう一人見慣れぬ姿があった。工場などの作業着を纏った、長身の男。彼は私を見つけると、人当りのよさそうな笑顔を作って私の手をいきなり握ってきた。
「あなたが噂の新人さんですか。お話はかねがね…いや素晴らしい。初仕事にしていきなり歯車を起動させてしまうなんて」
「え、いや…その、どうも」
遠慮のない突飛な行動に最初は面食らってしまったが、褒められるのはなんだか悪い気はしない。私は照れ臭くなって、前髪を梳いて顔を隠した。
「その謙虚さも素敵ですね。こんな事なら、もっと早くに僕も参加すべきでした」
「いや、ちゃんと毎回来いよ"タクミ"」
シンはいつもの調子で、彼―――タクミさんの肩を軽く叩いた。彼もやはり、シャトランジの一員だった。
「すみませんキング。これからは、持病の仮病が発症していない時には常に参加させて頂きます」
タクミさんは、笑顔を崩さぬまま言った。
「ところで新人さん、休日は普段何を…」
「"ビショップ"」
再び私の手を握ろうとするタクミさんとの間に、それまでその様子を静観していたゆかりさんが割って入ってきた。その表情は、何故か少しムッとしている。そんなゆかりさんに、タクミさんはすぐさま両手を上げて無害をアピールした。
「冗談ですよ。クイーンのお気に入りです、手を出したりなんかしませんよ。それに知ってるでしょう? 僕のストライクゾーン」
彼の言動は、どこまでが本気でどこまでが冗談なのかまるでわからなかった。なんだか、掴みどころのない人だと思った。
「ま、変な奴だけど悪い奴じゃあないからさ」
警戒する私に、シンが歩み寄り、ポンと肩に手を置いた。
「いやいや。悪い奴ですよ、僕は。なにせ悪者ですからね」
そして、そのフォローを彼は一瞬で台無しにした。
「あーうん…まいいや。あいつは"ビショップ"のタクミだ。ゆかりの次にウチに来た」
「先ほどは失礼を。よろしくお願いいたします」
彼―――タクミさんは、これまでのふざけた調子とは一転した儀礼を込めた声で深々とお辞儀をしてみせた。私も、それにつられて慌てて頭を下げる。
「あ、えっとこちらこそです」
「ちなみに、俺のシャトランジハーレム計画を邪魔した男でもある」
「別に、僕がいてもハーレムと言えばいいでしょう」
「え、嘘だよね…?」
「嘘ですけど」
「だよね」
…やっぱり変な人だ。
今回呼ばれた場所は、山のふもとにある小さな小学校。木造で、所々ペンキや板が剥がれ落ちた歴史を感じさせる校舎だった。しかし、入学者の著しい減少から近々廃校が決まっているらしい。その寂れ具合を見ると、なるほど確かに、いかにもノイズが生まれそうな場所ではあった。
「それにしても、もう少し正確な位置、わからないもんなのか?」
並んで歩くれんなちゃんが、顎に手を添えて愚痴をこぼす。
歯車をひとつ起動させた事で、シンの力は少しだけ戻った。そして、それによってノイズの気配を少しだけ感知できるようになっていた。しかし、あくまで少しだけで、正確な位置までは特定できない。今回で言えば、この小学校の"どこか"といったところか。その為私たちは、校舎内に侵入しそれを探し出さなければならなかった。
「どうしたの?」
ゆかりさんが、ふと私の顔を覗き込んできた。多分、相当に険しい顔をしていたんだろう。そして実際、私はそれにあまり乗り気ではなかった。
いくら廃校寸前で人の少ない小学校であっても、部外者が平然と入れるわけではない。発見されて通報でもされれば大事だ。それは避けなければならない。そこで使うのが、例の"ステルス機能"であった。しかし、私の戦闘スーツは先日の通り完全に不具合を起こす可能性がある。それが怖かった。もし、純真無垢な子供たちの前でまた不具合が起き、このあられもない姿を晒してしまったりしたら……考えただけでも恐ろしい。
それに、問題はそれだけではなかった。それは、侵入後の作戦内容にあった。
ノイズが生まれた以上、バラックミュートもいずれ必ずそれを察知する。つまり、バラックミュートに勘付かれる前に私達はノイズを見つけなければならなかった。そこで、私たちは2班に別れて捜索する事になった。私は前回同様、ゆかりさんと行動するつもりでいたのだが……何故か、気がつけばれんなちゃん、タクミさんと一緒に木造校舎独特の、杉の木の香りがする渡り廊下を歩いていた。
正直、まだ素性もはっきりしない2人と行動するのは不安で仕方なかった。
「まぁじっくりやりましょう。幼き日を偲ぶのも楽しいものです」
ステルス機能を発現させる為、作業着から黒いスーツのような姿に変わったタクミさんが貼り付けた能面のような笑顔で言った。それで笑っているつもりなのか知らないが、少なくとも本心と表情が一致していない事だけは確かだった。
「お、見てください。体操着ですよ。こんなに小さいものだったんですね」
「いや、お前それは流石に…」
引きつった表情でタクミさんを一瞥するれんなちゃん。彼女もまた、キャミソールの姿からスリットの入った黒の制服に姿を変えていた。
「嫌ですねれんな、流石に着たりはしませんよ?」
「わかってるんだが絵面的にヤバい」
れんなちゃんは実直に感情を口に出すタイプだ。しかも、口が悪い。怖いものなしで、気に入らないものには何にでも突っかかる。シャトランジに入る以前の私だったら、まず交流のないタイプの人間だった。
「あの、そろそろ真面目に探しませんか?」
私は、それでもなんとか我が道を行く2人をまとめ、理解しようと努めた。どんなにソリが合わなくても、同じ志を持つ仲間である以上、一緒にやっていかなくてはならない。しかし、私がそんな風に健気に考える私に対し、れんなちゃんは信じられないような事を言い出した。
「じゃ、後よろしく」
「えっ!?」
あろうことか、彼女は自分の役割を放棄してさっさと立ち去ろうとしていたのだ。
「いやいやいや、一緒に探さないんですか!?」
「いや、あたしそういうのガラじゃないっていうか」
「え、いや、えぇ…!?」
「大体さぁ、ちまちま何かモノ探して見つからないように隠れてとか、悪役がやる事じゃないだろ」
まぁ、それは正直ちょっと思う。
「あたしはさ、もっとこうドーンと暴れてガーッって壊すような、そういうのをやるつもりで入ったんだからさ。だからそういう面倒な事はパス」
「でも、歯車を起動しないとシンが…」
私は、何とかれんなちゃんを説得しようとすがるような目で彼女を見つめる。しかし、無情にもれんなちゃんは私の肩に手を置いた。
「悪い、でも無理。捜索は任せた。これ、先輩命令ね」
「そんな…」
「見つけたら呼んで~」
そうして私の必死の制止も虚しく、れんなちゃんはひらひら手を振りながらどこかへ消えてしまった。なんて自由な人なんだろう。私は、そんな彼女の背中を無力に見つめることしかできなかった。
「まぁ、アレはいつもあんな感じなので」
タクミさんもまた、特にそれを咎めるでもなく本来の目的に戻っていく。取り残された私は改めて、住む世界の違いを痛感していた。
「ところで、リコーダーも今見ると小さいものですね」
「やめましょう、本当に危ないです。絵面的に」
私は、彼らからなんとしてでも解放される為に、一刻も早くノイズが発見される事を願った。
しかし、私の願いとは裏腹にノイズはなかなか姿を現さなかった。さほど大きな学校ではなく、しかも教室の数も普通の学校に比べれば数えるほどしかないので発見は時間の問題だと高を括っていたのだが……。
想定外の苦戦に、次第に焦りが募る。長引けば長引くほどバラックミュートに発見される危険性は高まっていく。それに、いつまたこの戦闘スーツのステルス機能が不具合を起こすとも限らなかった。
『どう? そっちは』
「ダメですね…一通り教室は全て回ったんですけど」
携帯電話の受話器越しから、ゆかりさんも落胆したため息が聞こえた。その後ろでは、シンが苛立ち混じりに何か呟いている。
だが、彼の苛立ちも最もだった。この学校は、大きく分けて西と東の2つの校舎から成っている。その内、比較的教室のみで構成された西校舎を私とタクミさんが、体育館などの共有設備も設置された東校舎をゆかりさんとシンで捜索していた。しかし、どちらも既に全ての教室、設備を巡回し終えており、本来ならば発見していなければおかしい状況だったのだ。
「で、でもあるのは確実なんですよね?」
『そのはずだけど…キングの言う事だからね』
そういわれて、私はヨレヨレのTシャツに締まりのない笑顔を浮かべた頼りがいのなさそうな男の顔を思い浮かべる。確かに、ゆかりさんが苦笑いをするのも納得だった。
と、ここでタクミさんが珍しく真面目に思案を始めた。
「捜索の仕方が普通すぎるのかもしれませんね」
「…と、いうと?」
「道端の石や草木に名前があるように、全てのモノには意味があり、役割がある」
「はい?」
私は、突然のタクミさんの言葉に首を傾げた。
なんだろう、ポエムかな。そうだとしたら、何故今言ったんだろう。
「つまり、普段からそこにある何気ないものにも目を向けろ、って事です」
「はぁ…」
わかったような、わからないような。とにかく、もっと注意深く見ろって事かな。
「そういえば…」
言われてみて、私はふと壁に掛けてあった校舎内の見取り図を眺めた。そして、タクミさんに言われた通りにそれを注意深く観察する。そして、ある事に気づいた。
「校庭とかは、まだみてないですよね」
そう、あくまで私達が見て回ったのはこの見取り図に乗っているような教室などの部屋だけ。校舎の周りに関しては可能性を考慮していなかった。そう考えれば、まだ捜索していない場所は出てくる。体育館のの外に隔離された用具倉庫や、屋根の上。人の入れないようなダクトの中だって、あり得ない話ではなかった。
僅かな光明が差す。ゆかりさんの後ろも、また騒がしくなってきた。
『よし、じゃあ俺は一旦外に出る!ビショップは見取り図に載っていない構造の隙間かなんかがないかチェックだ!』
「いいでしょう」
自信ありげに返答するタクミさん。もうふざけた様子は微塵も感じられなかった。それにシンの様子からも、彼に対する信頼の程が窺える。
『クイーン、お前はこれまでのルートに見落としがないかもう一度捜索だ』
『承知いたしました』
ゆかりさんは、あんな男に対してもしっかり崇敬の意を示す。彼女の中のシンに対する評価は高いのか低いのか、よくわからない。
と、そこまではよかったのだが。
『ルークはその隙間にかたっぱしから突っ込め!多分、小柄なお前以外入れない場所もあるだろうからな』
一瞬、沈黙が生まれた。
『……おい、返事は』
「あ、えーっと…いないです」
『あん!?』
シンが素っ頓狂な声をあげた。
「いや、なんかガラじゃないとかなんとか言ってどこか行っちゃいまして…」
『あの反抗期め、またか!』
また。つまり、日常茶飯事なんだな。
なんだか、シンが娘に手を焼く父親のように見えてきて思わず苦笑する。が、すぐに私も他人事だと笑っていられなくなった。
『じゃあ新人ちゃんの役目は、あいつを探す事!』
「え!? いやでも、どこにいるか見当もつかないんですけど…」
想定外の無茶振り。私は、見えるわけもないのに携帯電話ごしに慌てる素振りを見せた。冗談じゃない。私とれんなちゃんの付き合いは、まだ2日にも満たない。シン達と違って、彼女の習性には明るくないのだ。どこにいるかなんて見当もつかなかった。だが、シンも余裕がないのだろう。そんな私の狼狽など気にも留めず、受話器越しに唾が飛んできそうなくらい一気に捲し立てた。
『そんなの俺も知らん!とにかく今すぐ!ただちに!早急に探しだすのだ!』
そうして、一方的に連絡は途切れた。
「…全くもう」
携帯の画面に小さく毒づく。ただでさえ急いでいるのに、探し物を増やしてどうするんだ。気が付けばタクミさんも隣にいない。多分、既にいくつかの見当をつけそこに向かったのだろう。
…仕方ない、私も行こう。どこへ行く気か知らないけど。
「エクストリームドリームパフェ、4個は奢りだな…」
それくらいはしてもらわないと、腹の虫が収まりそうになかった。
そんな気持ちを紛らわせようとしたのか。気づけば私は、教室の中にいた。表札には、"5-1"とある。一度は捜索した教室だが、一応れんなちゃんがいるんじゃないかと思ってぐるりと見渡してみる。
「…なんて、いるわけないよね」
彼女が猫なら、教卓の下で丸まって寝ている可能性もあっただろうけど。しかし、あの自由気ままさはちょっとそれに通ずるものがあるような気がする。
そんな事を考えていると、私はふとあるものに目が留まり立ち止まった。恐らく、ノイズとは関係のないもの。それでも、私にとっては無視できないものだったのだと思う。
それは、子供たちが授業で書いた文集の展示だった。その内容は、"自分の将来の夢"。野球選手とか、保育士とか、希望に満ち溢れた夢がそこには綴られていた。だが、それらが並べれられた真ん中辺りに私は違和感を覚えた。
そこあったのは、何も書かれていない白紙の紙が一枚。他の、文字が書かれたものとさも同じもののように貼り出されていた。私には最初、それが何なのかよくわからなかった。転校してしまった子がいたのだろうかとも思ったが、それなら紙ごと剥がすし、その場所は詰めて掲載するだろう。
私は、すぐにそれから目を逸らし、教室の出口に向かって踵を返した。何故か、見ているだけで変な悪寒がしたのだ。まるで、駅で遭遇したあの人影がすぐ側に近づいてきた時と同じような感覚が。理由はよくわからない。ただ、なんとなく踏み込んでいはいけないもののような気もした。
それに、少なくともノイズ以外のものに構っている時間がない事も事実だった。
その時、私が開けようとした教室の扉がひとりでに開いた。否、外から扉が開けられたのだ。私は、タクミさんが戻ってきたのだと思い、慌てて平静を繕う。しかし一瞬後、私の思考は完全に停止してしまった。
そこにいたのはタクミさんではなく。ましてやれんなちゃんなどでもなく。扉を開けた主は、見慣れぬ白の甲冑に、髪を後ろで一点に結わえた少女だったのだ。
「…」
「……」
しばらく、私達はお互いを見つめあっていた。これが恋愛小説で、しかも相手が男だったならラブロマンスにでも発展していたかもしれない。だが、現実は違った。多分、この時の私は酷く間抜けな顔をしていたと思う。相手も同じような顔をしていた。まるで、時間が止まっているような奇妙な感覚が、教室中を支配する。
私は、停止した思考でぼんやりと考えを巡らす。相手は初対面。でも、その服装には見覚えがあった。
1回目は駅の中で。そして、2回目は公園。そこで対峙した少女達は、皆一様に透き通るような白銀の甲冑を身に纏っていた。そして、彼女もまたその少女達と同じ甲冑を身に纏っている。つまり―――
「えっと」
先に口を開いたのは私だった。そして、それを合図に―――止まっていた時が、動き出す。
「お、お先に失礼します!」
「な、待て!」
私は、律儀に一礼してから彼女―――"正義の味方"がいない、もうひとつの扉に向かって駆けだした。
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