第7小節:未来への鍵(5)




「今時さ、流行んないよね……義理の妹とかさ」


 鎖を斬り、解放されたみらいの第一声がそれだった。彼女は、気まずそうに私から目を背けている。


「…ごめんなさい、お姉ちゃん」


 そして、表情を曇らせたまま俯いた。


「私、お姉ちゃんにたくさん酷い事しちゃった…。たくさん傷つけて、拒絶して―――悪者なんて、罪も背負わせて。もう、私がお姉ちゃんと一緒にいられる権利なんてないよね。…本当の妹でも、なかったんだし」



 だが、私はそんな力なく立ち尽くしているみらいにそっと近づき、項垂れる彼女の前髪に指を掛ける。そこに、ト音記号のヘアピンを添えた。


「…?」


 そして、彼女が目を丸くしているのもお構いなしにその華奢な体を抱きしめた。折れてしまいそうなくらい、力いっぱい。


「お、お姉ちゃん…?」


 話したい事は山ほどあった。一人暮らしの楽しい事。逆に、面倒な事。私がいなくなってからのみらいの事。それから、テレビの話、服の話、世界の真実の話―――聞きたい事だって山ほどある。でも、今は……。

 みらいが、私の目の前にいる。それだけの事がたまらなく嬉しく、そして愛おしかった。


「おかえり、みらい」


 私は、話したかった全てを、そのたった一言に込めて静かに呟いた。戸惑っていたみらいもまた、少し間を置いてからゆっくりと応える。


「…ただいま、お姉ちゃん」


 そして、微笑む。その瞳に、もう"正義の味方"だった頃の敵意の籠った鋭さはない。私は、確かにみらいをこの手に掴んだのだ。





「…これで終わったと、思っているのか?」


  だがその時、静寂を切り裂く声がした。振り返ると、そこにたった今倒したはずのセカイが立っていた。


「そんな! どうして…!?」


 みらいも驚愕に目を見開く。それも無理はなかった。彼の体からは、私が与えた傷跡が完全に消えていた。セカイは、まるで何事もなかったかのように私達の前に立っていたのだ。


「"役者"の君達に、管理者である僕は殺せない。例え君が僕の与える役割に逆う事が出来ても、僕がこの世界の管理者である限りそのルールは覆らない! つまり、最初から君が僕に勝つ事なんて絶対に不可能だったんだよ!」


 勝ち誇るセカイ。しかし、私はもう武器を構えたりはしなかった。


「…ひとつだけ言っておきます。世の中に、絶対なんてない。絶対帰ってこないみらいが、今ここに帰ってきたように」

「バカが! ならば、君に絶対の絶望をくれてやる! 『みらいの役割を停止』!」


 セカイは掌をみらいに向かって翳し、それを握りつぶす。多分、それで役割を操作しようとしているのだろう。ゆかりさんにそうしたように。

 しばしの沈黙。しかし、いくら経ってもみらいには何の反応もなかった。


「何!? なんでだ、何故停止しない!?」


 狼狽するセカイ。すると、そこにどこからともなく場違いとも思えるとぼけた声が投げかけられた。


「悪いが、お前にもうその力は使えない」

「シン」


 舞台袖から悠然と現れたのは、それまで戦場に姿を見せていなかったシンだった。


「…よく頑張ったな」


 彼は私の肩に手を置き、そしてセカイの前に立つ。


「どけ、小悪党が! お前に構っている暇はない!」

「いい加減気づいたらどうだ? 管理者であるお前が直接手を下している時点で、お前の世界は破綻してるんだよ。つまり、既にお前は負けてたんだよ」

「黙れ! 『シン、お前の―――』」

「『お前が黙れ』」


 セカイは、先ほどみらいに対してやったようにシンの役割を操作しようとする。だが、その命令を口にしたのはセカイではなく、シンだった。その瞬間、セカイが口をつぐんだ。意志とは関係なしに。


「悪いな。だが"観客"は、もうお前の事を見捨てたらしい」


 明らかに狼狽するセカイ。それに対し、シンはいつもと同じ調子で答えた。


「どうも、俺が新しい『セカイ』です。……ああいや、この世界はもう俺のものになったんだから、『シンセカイ』とでも名乗るべきか?」


 その宣言と共に、セカイ―――いや、元・セカイの周囲に従っていた歯車達が、一斉にシンの方へ移動する。管理者のみが操る事の許された世界の歯車…それが、彼が新たなる支配者である事を知らしめていた。


―――"『未来への鍵』は、既に私達の手の中にある"。ゆかりさんからのあのメッセージは、実はあるヒントになっていた。それは、舞台上から管理側へと繋ぐ通路を開く方法。『未来への鍵』とは、特定の場所で演奏される事でその道を開く、いわば管理者のみが知り得るパスワードのようなものだった。そして、その特定の場所というのがこれまで歯車を嵌めてきたノイズの発生場所だった。例えば駅。あそこでは、ホームに電車が到着する際にその曲が流れる。しかし、その役目は電車の到着を知らせる事ではなく、電車の行く先を管理する側へと繋ぐ事にあった。他にも、公園の時計台の鐘や小学校のピアノなど、その全ての場所で『未来への鍵』は流れる、または演奏する事が出来るようになっていた。

 それに気づけたのは、やはりあのメッセージのおかげだった。

『あなたは一度、それに気づいている』。

前にも、似たような事をどこかで言われたと思った。そしてそれが、まさにこのコンサートホールの壇上で私が『未来への鍵』を演奏した時だった。あの時、ゆかりさんが音をずらして弾いていたのは、管理側への道を開かせないようにする為のロックだったのだろう。そして、シンがズレに気づけなかったのは、役者が誤って管理側の扉を開かないよう、役割によってズレた音を正しい音と認識させられていたからに違いない。いや、多分この世界にいる全ての人がそう認識させられていた。だから、普段はどの場所でもズレた音での演奏が流れる。しかし、役割の強制を受けない私にはそのズレがわかった。

 そうして、シンは小学校のピアノから管理側の道を開いた。ちゃんと、音を"ズラして"。そして、私とのぞみちゃん達がセカイを引き付けている間にこの世界の新たなる管理者としての権限を得たのだ。

 シンは、図らずも『世界の秩序を破壊し、新たな世界を自分のものにする』その願いを叶える事となったのである。

 何かを言いたげな元・セカイに対し、シン―――シンセカイが再び命じる。


「どうした、祝辞でも述べてくれるってか? 『もう喋っていいぞ』」


 そして、彼の言葉が耳に届くと同時に、金魚みたいに口をパクパクさせているだけだった元・セカイは声を取り戻した。


「そ、そんな筈ない! 仮に見捨てられたとしても、まだこの世界に閉じ込めているしおりとおりめが……!」


 だが、事実を認めたくない元セカイは首を振る。その姿は、駄々をこねる子供みたいで滑稽だった。 


「いないよ」

「もう」


 そして、追い詰められた彼にトドメを刺すように背後から声が響く。しおりちゃんとおりめちゃんが、観客席の通路にいた。だが、そこにいたのは彼女達2人だけではない。


「タクミさん、れんなちゃん…!」

「すみません、遅くなりました。道が混雑してまして」

「前から思ってたけどさ、それ面白くないんですケド」


 そこには、私が待ち焦がれていた彼らが、"私のよく知る姿"で立っていた。その隣には、傷だらけになったのぞみちゃんとななちゃん。そして、白だった甲冑をそのまま黒く変えたやれやれ君と、将校の軍服のような姿に変わったあいらさんもいた。私には一目でわかった。皆、ようやくセカイの呪縛から脱する事が出来たのだ。


「あいつらは全員俺が貰った。いや、この世界の全部がもう俺のものだ。もう、お前の命令に従うような奴はこの世界のどこにも存在しないぜ?」


「私達観客側は」

「世界を記憶し、存在させ続ける事が目的」

「でもセカイ、アナタはやりすぎた」

「もう、アナタに肩入れする観客はいない」

「例えアナタがこの後も世界を管理しても」

「観客は、この世界を忘れ去るだろう」


「くそっ……僕は認めないぞ! お前が…お前如きが、僕の世界を……ゆかりの為の世界を汚すなど! この世界は僕のものだ! 誰にも…誰にも渡すものか!」


 セカイが、おぼつかない足取りで檀上にあったピアノまで走る。恐らく、もう一度管理側の扉を開こうとしているのだろう。だが、彼が鍵盤に指を掛ける前にシンセカイの声が彼を貫いた。


「だったら認めさせてやる。『最強の英雄、俺に服従しろ』」

「ぐぉ……ッ!?」


 それまでのセカイだったら、シンセカイの言葉に抵抗できたかもしれない。しかし、彼は忘れていた。私に確実に勝利する為、自身に役割を与えてしまっていた事を。それが仇となった。管理者としての権限も失い、もはやただの役者と成り下がった彼が、それに抗う術はなかった。


「ほう、他人を言いなりにできるってのは確かにちょっと楽しいかもな。だが生憎、男をおもちゃにして遊ぶ趣味はないんでな。今から、最高のバッドエンドでお前の物語を終わらせてやるよ」


 反応もなく立ち尽くす元・セカイ。心の奥底では、罵詈雑言をぶつけていたかもしれない。泣き叫んでいたかもしれない。だが、それを聞く事はもうない。そして、彼を助けようとするものも、もう誰もいなかった。

 やがてシンセカイは、深く息を吐いた。


「神様気取りはここで終わりだ。『お前は管理側の記憶を全て捨て、永遠に普通の人間エキストラとしてこの世界とりかごで生きろ。そして二度と、その面を俺達の前に見せるな』」


 元・セカイは、何も言わずにただこっくりと頷く。そして、全員が見守る中で亡者のようにふらふらと観客席の通路を昇っていき、やがて……扉の奥へと消えていった。世界の全て手にしていたはずの男は、こうしてその全てを失ったのである。


「…かわいそうな人」


 それを呟いたのは、みらいだった。彼女は、自分を良いように弄んだ相手にも関わらず、彼に同情の念を抱いているようだった。


「何、ゆかりが感じてた苦痛を味あわせてやるだけさ。奴がした事への仕打ちと比べりゃ、優しい方だろ?」


「彼はただ」

「愛が欲しかった」


「たった一人の…ですか」


 しおりちゃんとおりめちゃんの言葉に、私は続ける。たった1人の為に、他の全てを犠牲にする―――その点で言えば、私と元・セカイは似た者同士だったのかもしれない。もし、決定的に違っていた事があるとするならば。


「お姉さん!」


 私の胸に、のぞみちゃんが飛び込んでくる。それに追従するようにななちゃんが、タクミさんが、れんなちゃんが私の周りを囲んでいく。

―――彼は、力で自分を理解させた。しかし私は、心で理解し合った。自信はないけど…多分これが、私と彼の差だ。


―――暖かさに包まれながら、私は今の幸せを噛みしめる。この暖かさこそ、ゆかりさんが世界に求めたものだった。

 そして今、私の手の中には―――セカイから奪い返した2つの未来が、確かに在った。









 だがその時、その幸福を否定するかのようにコンサートホール全体が激しく揺れた。


「な、なんだなんだ!? 俺がカッコよく活躍して終わりじゃなかったのか!?」


 新たな支配者でありながら、早速起こった想定外の事態に狼狽えるシンセカイ。その異変を真っ先に把握したのは、しおりちゃんとおりめちゃんだった。


「古い世界が」

「崩れてく」


 この世界は、元々セカイが創りあげたもの。だが、突然の秩序の変化に世界が耐えられず、崩壊を起こし始めていた。舞台の為だけに用意された人や物、空間が次々黒や白の歯車となって抜け落ち、虚空に消えていく。


<全員檀上に! 巻き込まれたら一緒に消滅してしまいます>


 のぞみちゃんを抱えたななちゃんの号令と共に、観客席側にいたタクミさん達全員がステージの上に転がり込む。


「シン、管理者の力とやらでなんとかできないの?」


 セカイには、世界のノイズを再生させる力を持っていた。白い歯車も、その力の一端みたいなものだ。しかし、シンセカイの反応はどうにも歯切れの悪いものだった。


「わ、わからねぇ…何しろ急いで来たもんだから、自分の力を把握しきれてないっつうか」

「はぁ? つっかえな…」

「流石はキング。肝心な所で締まらない所がらしいですね」

「かっこわるーい」

<わるーい>

「うるっせ! お前らが足止め出来そうになかったから急いで来たんだろうが!」


 言いたい放題嬲られるシンセカイ。この空気も随分懐かしいものに感じた。しかし、今はそれどころではない。


「お前ら真面目にやれ! …しおり、おりめ。お前達なら知ってるんじゃないか? この状況を打破する方法を」


 彼らを軽くあしらってから、あいらさんが双子の方を向く。その場の全員の視線が、彼女達に集中した。


「ある」

「だけど…」


 こちらも歯切れが悪い。それだけで、その方法が容易でない事がすぐに想像できた。


「管理側と、舞台を繋ぐ"舞台袖"」

「その全ての場所で」

「『未来への鍵』を」

「同時に奏でる」

「そうすれば」

「7か所の舞台袖が線を結んで」

「直接、管理世界の理と繋がれ」

「力を行使できる」


「それってつまり…この崩壊していく世界の中を掻い潜って、ノイズのあった7か所に辿り着けって事?」


 みらいが半ば呆然と呟く。いや、恐らくその場のほぼ全ての人間がみらいと同じ気持ちだっただろう。既に、このコンサートホールも徐々に崩壊を始めている。ここから外に出る事すらままならないこの状況で、それは不可能だった。

 しかし、その絶望を切り裂く者がいた。やれやれ君だった。


「…やろう。ここで消えるのを待つよりはよっぽどいい」


 それは、正義の味方ヒーローたる役割だった名残なのか。立ち上がった彼の瞳には、少しの迷いもなかった。そして、それに触発されて他の仲間達も気力を取り戻していく。


「でもさ、駅や公園はいいとして小学校のピアノとかどうする? 悪いけど、あたしその『未来がなんとか』っての、弾くどころかよく知らないんですケド」


れんなちゃんの疑問は最もだった。仮に辿り着けたとしても、『未来への鍵』を演奏できなければ意味がない。そして、それを演奏できる人間はおのずと限られてくる。だが、おりめちゃんが前に出た。


「問題ない」


 そして、証明に反射して白く輝く球体を取りだした。それは、かつてななちゃん―――ナイトの体に別の役割を与えていた動力ユニット『Holyホーリー』だった。


「この中に、ゆかりの残したデータが残ってる」

「調律の合ったデータ」

「この通りに再現すればいい」

「ナイトなら、簡単なはず」

<タスク受理……小学校へは、私が>


 ななちゃんは、Holyを受け取り胸のスロットを開く。


「じゃあ、のぞみは公園に行く! あそこまでの道、のぞみが一番知ってるもん」


 のぞみちゃんが手を挙げて立候補する。それに、タクミさん達も続いた。そうして、7か所全ての担当がすぐに決まった。しかし、その中で役割のない人間がいた。


「ちょ、ちょっと待って。私とお姉ちゃんは?」


 私と、みらいである。舞台袖7箇所に対して、この場の人数は11人。シンセカイは動けないので10人だとしても、余剰が出るのは必然だった。私は傷だらけののぞみちゃん辺りのサポートに回るつもりでいた。だが、私達2人にはちゃんと別の役割が用意されていた。


「あなた達2人は」

「ここで弾いて」


「え…?」


「7箇所の舞台袖を開いた後」

「その力を束ねるのは、"8箇所目"のこの場所」

「再生という大掛かりな作業は」

「世界の中心であるこの場所でしかできないから」


「そっか、だから私に弾いてほしかったんだ」


 みらいが納得したように息を漏らす。後からみらいに聞いた話だが、彼女達は一度この場所で元・セカイに気づかれないよう管理側の扉を開こうとしていた。恐らく、しおりちゃんかおりめちゃんのどちらかが彼と同じ管理側となって、セカイを止めようとしたに違いない。それは叶わなかったが、代わりにシンが双子の願いを叶えたというわけだ。


「…わかった、やるよ」


 そして、みらいは決意を込めてゆっくりと頷いた。その間にも、崩壊は観客席を飲み込んで徐々にステージに迫ってくる。残された時間は、僅かだった。


「よし、新生シャトランジ全員出撃! 悪として、俺とお前らが生きる世界を守れ!」


 その号令と共に、彼らは黒い絶望の中へと駆け出した。









 私とみらい、そしてシンセカイが残された檀上は、静まり返っていた。目の前に迫る歯車が崩れる音だけが、静かに響く。その中で私は、ピアノの前に座るみらいを見つめていた。

 彼女がピアノの前に座っているのを見るのは、随分前の事だった。手に怪我を負う前の日だから、3年以上は前だろうか? あの日から、私とみらいの運命は少しずつ狂っていってしまった。そして今日まで、私達はすれ違ったままでいた。


「……」


 みらいの手が震えている。それは、私達を飲み込もうと目前まで迫っている崩壊に対する恐怖なのか。それとも、一度は夢に破れた自分が、再びその夢と向き合っている事への戸惑いなのか。

 私は、そんな鍵盤に置かれたみらいの手をそっと握った。


「…不安?」


 みらいは何も答えない。その沈黙が、答えだった。


「大丈夫」


 私は、みらいの耳元で囁く。そして、いつか私が不安になった時、"彼女"がそうしてくれたように、みらいの背中をゆっくりと指でなぞった。


「まず、胸を張って」


 丸まっていたみらいの背中が伸びる。


「一回、深呼吸」


 そして、目を瞑って私の言葉に倣う。みらいの手から、少しだけ震えが止まった。


「そうしたら、後は簡単……振り向かずに、ゆめだけを見て」


 その頃には、手の震えは完全になくなっていた。すると、みらいは目を丸くして私を見つめる。


「お姉ちゃん…そんなテク、いつの間に身につけたの?」


 そして、冗談っぽく笑う。折角勇気づけてあげようと思ってやったのに、茶化されたせいで私は少しむっとしてしまった。


「もう、こっちは真面目だったのに!」

「ごめんごめん」

「……まあ、確かに受け売りなんだけどさ。私が、一番尊敬してる人の」


 そうして、私もまた目を閉じる。そこに描かれているのは、愛する"彼女"の背中。その背中が、こちらに振り向いてくれるまで……もう少しだ。


 と、その時そこにやかましい電子音が鳴った。タクミによって簡易改造が施された携帯電話だ。これにより、全員とリアルタイムに通信ができる。


『こちらヒカル、所定の位置に着いた』

『同じくのぞみ! 公園の時計台にいるよ!』

「よっし。他の連中は?」

『しおり。バラックミュートが暴走してて、上手く進めない』

『おりめ、右に同じ』

『あー、あいらだ……一応駅には着いたが…』

『姉貴、ちゃんと援護しろ! 犬野郎ハウンドドッグに噛まれかけたし!』

『っさい! お前こそ真面目にやれ愚妹が!』


……どうも、駅の辺りは立て込んでいるらしい。色んな意味で。


『あいらお姉さん達、喧嘩しちゃダメ!』


それを嗜めるのぞみちゃん。これでは、どっちが小学生だかわからなかった。


<ナイト、小学校は崩壊が激しく現在侵入経路を捜索中>

<<およそ30m先、上空を右折です>>

<受理できません、フライ・チキンの対処に53.26秒要します>

<<このルートが効率的です>>

<拒否。飛行能力の低下している現状では確実性に欠けます>

<<気合で飛びなさいポンコツ>>

<マスター、Holyの動力停止を申請>


 こっちもちょっと問題がありそうだ。どうも、ななちゃんの中でMareの部分とHolyの部分が反発し合っているらしい。


『おやおや、やっぱり無理に2つユニットを入れるのは問題でしたかね? あ、僕はちゃんと我が家に着きました。今コーヒー淹れてます』

「アホ! んな場合か! いいからオルゴールの前に戻れ! 今すぐただちに早急に!」 

「……なんか、面白い人達だね」


 その様子に、少し引きつった笑みを浮かべるみらい。私も、つられて苦笑する。


「まあ、うん……。でも、皆、私にとって大切な人達だよ」


 それだけは、胸を張って言える。あの人達がいなかったら、私は必ずどこかで挫けていた。私がみらいを取り戻せたのは―――間違いなく彼らのおかげだ。


「今度、紹介してね。その、"大切な人"も含めてさ」

「うん、約束する」




『遅れた、あいらとれんな、駅のホームに到着!』

<ナイト、天井を粉砕し侵入に成功>

『しおり、いける』

『おりめも』

「よし、行くぞ。……新世界、開演の時間だ!」


 指揮者シンセカイの合図と共に、私はヴァイオリンの弓を弦に乗せた。


「お姉ちゃん…覚えてる? 私達の夢」


 ふと、みらいが呟いた。大きなコンサートホール。世界という観客。そして、隣にはみらい。今ここに、幼い頃に思い描いてきた全てがあった。


「…忘れるわけ、ないよ」


―――世界が、私達の奏でる音色に包まれていく。そして、未来への鍵が、その扉を開けた。

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