第7小節:未来への鍵(3)


―――いざこういう状況になると、何を喋ったらいいか意外とわからなくなるものね。えっと……じゃあ、まずは、そうね。


 ナイトがこれを読み上げてる時には、もう私はあなたの側にいられなくなっている時だから…きっと、世界について色々知ってしまったし、色々知りたい事がたくさんあると思う。だけど、セカイのせいで全部は話せないようにされてるから、断片的にしか伝えられないの。ごめんね。でも、言える範囲でなんとか頑張ってはみるから。

まず、セカイの事だけど…彼に正面切って勝つのは、例えあなたでも無理だと思う。いくら彼に逆らえても、世界そのものが彼に逆らえないから。

 だけど、実は全く可能性がないわけでもないの。すごく低いけど…その方法を使えば、管理の側にいるセカイを舞台に引きずり降ろす事ができる。そして、実はその方法にあなたは一度気づいてる。それは―――。―――。……ごめんなさい。流石に、それが何かまでは言えないみたい。だけど、大丈夫。一度気づけたのだから、もう一度気づける。あなたは、それができる人だから。


 それと……少しの間だけど、私のワガママに付き合って貰ってごめんね。あなたと出会ってしまって…ごめんね。本当は、妹さんの為とはいえ誰かを悲しませるような事なんて、したくなかったよね。最初から、わかってたの。でも、あの時の私はあなたがそんなに優しい人だなんて知らなかったから……こんなに、あなたの事を大切に想う日が来るなんて…………思ってなかったから。

 だから、ごめんなさい。今更謝ったって、許してもらえるかなんてわからないけど……でも、あなたへの気持ちは嘘じゃないから。それだけは、信じて。

―――説得力ないかな。でも、本当です。

 あなたは、私の事をあなたにとっての正義の味方ヒーローと言ってくれたけど……私は、あなたのおかげでセカイの呪縛から解き放たれる希望を持てた。嫌いだった自分の事も、好きになれた。だから…私にとっての正義の味方ヒーローは、あなたです。……こういうのって、両想いって言っていいのかな。

……なんてね。


 もし、まだ私の事を信じてくれるなら。いつか、あなたが私に聴かせてくれた夢を、もう一度聴かせてください。また、あの場所で。今度は、妹さんと一緒に。こんな事しか言えなくて、申し訳ないけど―――


―――頑張って。"未来への鍵"は、既にあなたの手の中にあるから。











 向かってくるハウンド・ドッグの群れに対し、私は右手に携えた弓を無造作に一振りする。その一撃で、8~10体のハウンド・ドッグが宙を舞った。次に、横に一閃。死角から迫っていたトム・キャット達が白い粉となって霧散する。紙よりも楽に敵が斬れた。そこに、今度はラビット・ホースの蹴りが来た。力強い走りを生み出す前足から繰り出される豪快なストンプ。それを、私はヴァイオリンの盾で受け止める。多少の衝撃はあった。だが、それだけだ。お返しとばかり、私はラビット・ホースの胴に思い切り蹴りを見舞った。直撃。ラビット・ホースの体が、周囲のバラックミュートをボーリングのピンみたいに吹き飛ばしながら転がっていく。その様子に、遂に私を取り囲んでいたバラックミュート達に動揺が走った。私が一歩踏み出すと、それにあわせるように彼らがジリジリと後退する。その圧倒的な力の差に、自分でも内心驚いていた。

不思議な感覚だった。すぐ側にゆかりさんがいて、私を守ってくれているような…そんな感覚。そして、彼女を想えば想うほど、胸の底から力が湧き上がってくるようだった。


 と、そこに突如閃光が迸った。長大なエネルギーの奔流。それが、味方のバラックミュートもろとも巻き込んで私を飲み込もうとしていた。流石に、盾では体を庇いきれない。私は横っ飛びでそれをかわす。すぐ脇を駆け抜けていく、チューバ砲の閃き。タクミさんの、コンサートホールからの狙撃だった。更に、追いうちとばかりに銃弾の雨が四方から降り注ぐ。しかし、それらの砲撃は全てある一点の場所から放たれていた。角散弾。砲弾の軌道をコントロールし、あらゆる角度から敵を狙い仕留めるあいらさんの鍵型の銃火器。その弾道の全てが、正確に私を捉えていた。しかし、私に以前のような動揺はない。私は、わずかに上体を反らしながら冷静にそれをかわしていく。そして、最後に弓でそれを弾いた。戦場を乱反射する無数の弾丸。それらが、周囲の建物の窓を砕き、ガラスの雨を降らせる。


 その雨を掻い潜って、2つの影が私目掛けて飛び込んできた。片方は、クラリネットの意匠を施されたトンファを携えた少女。もう片方は、自身の身の丈より遥かに大きな剣を持った少年。れんなちゃんと、やれやれ君だった。2人は、息のあった動きで左右から挟みこむように私に迫る。が、その刃が私に届く事はなかった。私の前に側近のように寄り添う別の2つの影が現れ、それを阻んだのだ。


「お姉さんは、のぞみとななちゃんが守るよ!」


 紅く変化した傘の槍を振り回し、やれやれ君の大剣を弾き返すのぞみちゃん。そして、その隣でれんなちゃんのトンファを片腕で受け止めるナイト―――ななちゃん。


「ちっ…仲間がいたのか」


 攻撃を防がれ、憎々しげな表情でこちらを睨むれんなちゃん。しかし、彼女の言葉に対し彼らの前に対峙したのぞみちゃんとななちゃんがそれを否定した。


「仲間なんかじゃないよ!」

<トモダチ、です>


 そして、内臓されたリコーダー機銃と傘の槍が同時に彼女のトンファに突き刺さった。その光景を尻目に、私はふと昔の事を思い出していた。

 そういえば、小学校でやれやれ君達と戦った時、れんなちゃんも同じような事を言っていた時があった。あの頃はまだ出会って日も浅かったし、それほど親密ではなかったから、単にまだ仲間と認められていないのだろうかと思っていた。だが、もしかしたら―――あれも、本当は仲間とはまた違う関係であると言いたかったのではないか。今のれんなちゃんに聞いても、きっとそんな事は覚えていないし、そもそも私の言葉など聞く気もないだろう。だけど、もしそうだったとしたら……。セカイをその座から引き摺り下ろし、皆を解放する理由がまたひとつ増えた。


「2人とも、ここはお願い」

「うん!」

<タスク受理>


 私は、のぞみちゃん達に2人の相手を任せ、再びコンサートホールに向かって歩を進めた。しかし、それを阻むように立ち塞がるやれやれ君。その大剣が、青白い輝きを纏っていた。


「待て……ここは行かせない。例え相手がどんなに強大でも、仲間が信じてくれている限り俺は戦う。……そして、セカイを守ってみせる!」

「…そうですか」


 "裏返うらがえし"状態になった彼が、大剣を振り翳した。これまで、幾度も私達を退けてきた大技。多分、彼は勝利を確信していただろう。…そして、勝敗は一瞬で決した。

―――彼の望まぬ形で。


「でも、もう聞き飽きました。そういうありきたりな台詞ねがいは」


 彼の大剣が振り下ろされる事はなかった。それよりも一瞬早く、私の弓がその刀身を腹部の装甲ごとバラバラに斬り裂いていた。私は、構えを解いて硬直したままの彼のすぐ横を通り過ぎた。後ろで、彼が地面に膝をつく虚しい音が聞こえる。しかし、私はそれに振り向く事なくホールの入り口へ通ずる扉をくぐった。











 本拠地がしおりちゃんとおりめちゃんに破壊されて以来、私は初めてホールへと続く防音扉の前に立っていた。かつては毎日のように、当たり前のようにくぐっていた赤い扉。私は、背筋を伸ばし、一度だけ大きく息を吸ってからその重い扉の取っ手に手をかけた。そして―――視界が開けたその先に、彼はいた。


「よくここまで来れたね。歓迎しよう」


 所々板のめくれた壇上の上で、腕を広げ悠然と佇むセカイ。しかし、私を待ち受けていたのはそれだけではなかった。その予想外の光景に、私の心が少しだけ揺らぐ。


「お姉ちゃんっ!」

「みらい…!」


 そこにいたのは、白い甲冑に身を包んだみらいだった。ただし、何故かその体は空中に浮いた巨大な歯車から伸びる白い鎖に繋がれていて、その眼差しも私に敵意を向けている様子ではなかった。


「彼女には"観客"になってもらったよ。君が目の前で敗北し、世界が再生する瞬間を見届けてもらう為の」

「お姉ちゃん、ごめんなさい……私っ…!」


人質のような状態のみらいは、悲痛な面持ちで私に何かを訴えかける。しかし、私は笑顔を作ってそれを制した。


「みらい、大丈夫だよ。みらいは、お姉ちゃんが絶対助ける。私は、みらいの為なら何だって出来るし、何にでもなれるから。…だから、そんな顔しないで。安心して、待ってて」

「……お姉ちゃん」


本当は、すぐにも元に戻ったみらいの元に駆け寄りたかった。だが、セカイがそれを許すとは思えない。だからまず、私はみらいを安心させる事にした。折角元に戻れたのに、私の為に辛い顔をしているみらいなんて見たくなかった。

するとみらいは、少し戸惑いながらもぎこちなく笑みを返した。彼女に敵意以外の感情を向けられたのは、随分久しぶりなような気がした。そして、それだけで力がより昂ぶっていく。そんな気がした。


「名も無き闇の女王よ…」


そこに、セカイが割って入った。私を見据えるその瞳は、怒りとも嘆きともつかない歪な感情に満ちていた。


「君は、どこまでも僕の邪魔をするつもりなんだね。だけど、"未来"が僕の手の中にある限り、君は僕に絶対に勝てない。"管理者"のいなくなった世界が、秩序を失った世界が長く保つはずがない! やがてすぐにノイズに飲まれ、滅びゆくのがオチだ。つまり、君が僕を打ち倒すという事は、世界の未来を……そして妹の未来みらいを滅ぼすという事なのさ!」


そして、私を威圧するように言い放つ。しかし私は、わざとらしく小さなため息を漏らした。


「それ、命乞いですか? ……哀れですね。あなたが管理しようがしまいが、もうこの世界の"役割"なんて、とっくに綻びノイズだらけなのに」

「…何だと」

「しかも、アナタ自身が今それを証明してるじゃないですか」

「何が言いたいと聞いている!」


 その瞬間から、彼の歪な表情から嘆きの感情が消えた。

 セカイは、その答えを望んでいる。ならば、言ってやろう。彼を、絶望に突き落とす一言を。


「気づいていないんですか? 今のアナタ……まるで、"追い詰められた悪役"そのものですよ」


 一瞬、セカイが凍った。その後、彼がたじろぐ姿を私は面白い演劇か何かを鑑賞するようにジッと眺める。が、私が思っていたより早く彼は立ち直った。そして、あの表情が失せた顔で再び怒りの矛先を私へぶつける。


「ならばなんだ…君の方が正義ヒーローだとでも言うつもりか? あり得ない! 世界の秩序を乱し、全てを崩壊させる君を賞賛するものなど、いるはずがない!」


 もはや、セカイからかつての余裕は微塵も感じられなかった。彼は、一刻も早く消し去りたいのだ。この世界から、不協和音わたしを。

―――それなら、望み通りにしてやろう。私も、"不協和音を調整してから"ここにやってきた。そして、この世界を終わらせる最後の旋律を奏でる為に、このコンサートホールに来たのだから。


「…私は、正義ぐうぞうなんかになる気はありません。私は私です。何者でもなく、そして何者にでもなれる―――自分勝手で、ワガママな悪者。だから、賞賛なんていらない。私が欲しいのは、もっと別のものだから」


それは、私が望んだ最初の願い。そして、今でも変わらぬ願い。その為に私は、今まで戦って来たのだ。

―――私は、最後の舞台に幕を下ろす為、ゆっくりとヴァイオリンを構えた。





「返してもらいます。私のみらいを……ゆかりさんの未来を」



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