第5小節:壮絶(4)

 戦いが終わろうとしていた。

 タクミさんのトランペット小銃とトロンボーン型レールガンによる集中砲火。近接武器であるゴールデンタイムとシルバーウォッチでは手も足も出ず、しおりちゃんとおりめちゃんは半ば戦意を喪失しているようだった。


「どうする?」

「逃げる?」

「それは」

「そうだね」


「おや、先程までの威勢はどうしましたか?」


 しかし、彼女達とは対照的にみらいの抵抗は凄まじかった。降りしきる放火の中、粉砕される自身の甲冑も、そこから体に次々突き刺さる砲弾もまるで顧みずに彼らの元へと突き進むみらい。痛みを感じる様子のないその虚無の表情に、私は鳥肌が立った。ナイトとみらいを並べて、どちらが機械かを問われれば十中八九全員がみらいの方を選ぶだろう。もはやそこに、私の知るみらいはいなかった。

 そのみらいを、ゆかりさんが止めた。レイピアと弓が擦れ合い、悲鳴のような音を上げる。しかしその直後、みらいの背後からそれまで戦意を喪失していたはずの双子が飛び出してきた。彼女達は、みらいを盾に狙うべき獲物に接近するチャンスを窺っていたのだ。そして、地を這うように迫りくるゴールデンタイムを構えたしおりちゃんと、軽やかに跳躍したシルバーウォッチを携えるおりめちゃんが、地上と空中の2方からその獲物―――タクミさんに矛を突き立てた。


「タクミさん、逃げて!」


 私はトライアングルの盾で彼を守ろうと走る。しかし、私の位置から急降下するおりめちゃんに追いつくには、圧倒的にスピードが足りなさすぎた。もはや迎撃は間に合わない。タクミさんは、自身に迫る死を呆然と見つめる事しかできない。そして、彼の黒いスーツを金と銀の刃が貫いた―――かに思えた。

しかし、彼女達が貫いたのは柔らかい肌ではなく、硬く冷たい装甲だった。


「ナイト…!」


 スラスターを失い、機動力のなくなったナイトにタクミを退避させる手段はない。ならばとその意思の込められた人形は、自身を盾に主を守ったのだ。


「邪魔」

「どいて」


 だが、2人がそれに驚愕したのは一瞬だった。すぐに、腹部と右肩に刺さった時計の針のような剣をそのまま繋ぎ合わせ、ハサミのようにして胸部の動力ユニットに向かって抉っていく。だがナイトは、彼女達の時計の針を両手で思い切り掴み、それを止めた。そのナイトの掌を、オイルのような琥珀色の液体が伝った。抉られ、剥き出しになった内部メカからは火花が散る。


「だから」

「邪魔だってば」


 2人の力が、金の長針と銀の短針を重ね合わせようと力を込めた。それだけで飛び散る火花は激しさを増し、腕の駆動部が悲鳴を上げた。それでも、ナイトは手の力を緩めない。そして、ナイトを両断する事に夢中になっている双子に向かって、残された機銃とレーザーを至近距離で一斉に放った。


「……!」


 立ち上がる爆炎が、双子だけでなくナイト自身をも徐々に包み込んでいく。しかしその中でも、双子は尚抵抗していた。もはや彼女達の甲冑は半分以上は消し炭になり、所々露出した白い肌もすぐに滴り落ちる血が赤黒く染め上げていく。その中で、しおりちゃんはゴールデンタイムを握るナイトの右腕を肘打ちで破壊し、そして開放された得物でおりめちゃんのシルバーウォッチを掴むもう一方の腕の関節部に刃をねじ込む。これまでに私達が与えた損傷も相まって、ナイトの機能は停止寸前まで追い込まれていた。しかしそれでも、ナイトは砲撃をやめようとはしなかった。それどころか、更に出力を増していく。


 その砲撃が、自身にも影響が及ぶ事はナイト自身もわかっていたんだと思う。しかし、その体を犠牲にしてでも、彼女は主であるタクミさんと、彼が自身を犠牲にして積み上げてきた願いを守りたかったのだ。


「さっさと壊れろ」

「ヒトもどき」


<拒否します。この心は、私だけのモノではありませんので>


 そして、やがて閃光が3人を包みこんだ。地をも揺らすような轟音が、ナイトの身を案じる私の叫びを掻き消した。



「ナイト…」


 構内を包み込む炎。その中で、タクミさんが困惑と落胆の混じった声で呆然と呟く。当然だった。ようやくその手に取り戻した夢の結晶を、目の前で砕かれたのだ。絶えられるはずがなかった。私も彼の心中を痛いほど理解し、いたたまれなくなる。

だが少しして、私は目を見張った。炎の中に、何かが揺らめいたのだ。私は一瞬、それが例の人影に見えた。しかし、やがてそれは徐々に像を結んでいき―――ナイトの姿となって、炎の中から現れた。


「タクミさん、あれ!」


 うな垂れていた彼に、私は歓喜の声をあげた。そして、ナイトの姿を認めた彼の表情にもまた、光が差す。

 しかし、ナイトの損傷は甚大だった。体には未だゴールデンタイムとシルバークロックが刺さったままであり、破壊された腕部や腹部からは幾重に束ねられた配線が火花を散らしながら剥き出しになっている。もはや、動いているのが奇跡の状態だった。そして、おぼつかない足取りでタクミさんに近づいていったナイトは、やがて彼の胸の中に辿り着くと同時に崩れ落ちるようにして機能を停止した。


「ご苦労様です…帰ったら、すぐに修理しましょう」


 安心しきったような、安らかな表情で眠る機械の人形。それを、タクミさんは我が子を案ずる父親のような顔で抱きしめた。

その時、小さな悲鳴がわずかに生まれた静寂を切り裂いた。そして、傷ついたゆかりさんが地面を転がってくる。…みらいだった。


「ゆかりさん!」


 私は、ゆかりさんに駆け寄り盾を展開しながらゆっくりと彼女の体を抱えた。


「流石、あなたの妹ね…」


 ゆかりさんは、息を切らしながら半ば呆然と呟いた。その視線の先には、体中に傷を作りながらもまるで平然と立ち、こちらを睨みつけるみらいの姿。


「あいつが最後の砦、ってわけか」


 あいらさんに打ち勝ったれんなちゃんがタクミさんの隣に立ち、構えた。それに伴って、ナイトをシンに預けたタクミさんもトランペットの銃口をみらいに向ける。


「ま、待ってください」


 私はそんな彼らの前に出て、それを止めた。別に、今更傷つけるなというつもりはない。もはや、傷つき傷つかなければみらいを取り戻せない事はわかっていた。


「あの子は、私が」


 ただ私は、れんなちゃんとあいらさんが自分達の手で決着をつけたように、自分の手でみらいを取り戻したい。そう思っていた。

 しかし、今度はそれをゆかりさんに制された。


「いいえ、あなたは歯車を持ってノイズの所に行って。もし彼女に私達が突破されたら…あなたの足でしか、あの子を振り切れる人はいないでしょう?」


 そして、最後に残った歯車を胸の辺りに押し付けられる。


「で、でも…!」


 私も食い下がる。自分の手でみらいを取り戻したいという想いは勿論あったが、それだけではない。みらいは、彼らの中でもやれやれ君に迫る強さを誇っている。そして、やれやれ君と違ってみらいは私達にも、そして自分の体にも容赦しないだろう。そんな彼女を止めたかったし、疲弊しきったゆかりさんや皆を置いていくのが怖かった。

 しかしゆかりさんは、そんな私の想いを悟り、小さく微笑んでみせた。


「大丈夫。あなたの妹さんは、必ず私が止めてみせるから。私達もあの子も、誰もあなたの側からいなくなったりしない。絶対にね」

「……本当ですか?」


 そうしてゆかりさんは、その場の全員が見ている中で、私の額に口づけをした。それは誓いの御呪いであり、同時に私が絶対にゆかりさんに逆らえなくなる呪いでもあった。


「約束。さ、行って」


 ゆかりさんは微笑むと共に、私の背中をポンと押した。その時、私とゆかりさんを引き離すように刃が閃いた。みらいだ。そのまま、もつれ合うようにゆかりさんとみらいは刃を交えながら炎の中に消えていった。

 私は、彼女に託された歯車を握り締める。


―――振り向かずに、まっすぐ前を見て。


 いつかの、ゆかりさんが私に勇気をくれた言葉。それを胸の中で一度だけ唱えてから、私は迷いを振り切るように走り出した。


「頼んだぞ! 次に会う時は、世界が俺のものに変わった時だ!」


 後ろから、シンのとぼけたような声が聞こえた。







 捻じ曲げられた構内の改札を抜け、無人のホームを1人駆け抜ける。途中、電車の発車を告げる『未来への鍵』の電子メロディが鳴った。やはりあの日と同じように、人の姿が見えない以外はいつもと変わらない駅の日常がそこには流れていた。

そのメロディを浴びながら、私はホームからホームへ、階段を伝い駆け抜けた。その時何を思っていたかは、もうよく覚えていない。

 ただ気が付いた時には、私は最後の扉―――待合室へと続く扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと回していた。


 果たしてそこに、ノイズはあった。

 部屋の隅に追いやられた、古ぼけた木製の椅子。その背もたれに、歯車の形をした黒い穴が開いていた。奇しくもそれは、私がみらいを待っていたあの日に座っていた椅子だった。つまり私が、その椅子の最後の使用者だったのだ。

私は掌に乗せた歯車を見つめる。


「……」


 それから、いつかのあの日、髪を整えるのに覗いた窓の外を眺めた。いつの間にか日は高くまで昇り、雲一つない透き通るような青空がどこまでも広がっている。そして、その下を思い思いに歩いていく人たち。彼らはいつものように、変わらぬ日常を過ごしている。私がこの歯車を目の前の穴に嵌めるだけで、世界が終わるとも知らずに。


―――私は今、何を考えているんだろうか。


 この手ひとつで、彼らが犠牲になるなんて、正直実感がなかった。そしてそれを、今更躊躇うつもりもない。しかし、それとは別に心の奥底で何かが引っかかって、私の手は歯車を嵌めようとしなかった。何故? わからない。私がずっと取り戻そうと、手を伸ばし続けてきたその未来が、すぐ目の前にあるというのに。

 もう一度、歯車を見る。そして、みらいの顔が頭の中に浮かび上がってくる。長らく忘れていた、彼女の太陽のような笑顔。それが、もう手の届く所にあった。しかし、その隣に別の笑顔が浮かんだ。いつも私を支えてくれた、柔らかく優しい笑顔。それがゆかりさんの笑顔だと気がついた時、私はある事に気づいた。

 それは、この歯車を託した時の彼女の笑顔。だがそれは、いつもの柔らかな微笑みとは少しだけ違っていた。違和感があったのだ。まるで何かを私に隠し、無理をしているかのような……。


「ゆかりさん、まさか…」


 その心に引っかかる"何か"がゆかりさんの事だとわかった直後、背後で轟音が鳴り響いた。扉を開くと、そこにゆかりさんがいた。ただ、その漆黒のドレスも、体も、ボロボロだった。そして、満身創痍の彼女の喉元に、みらいがレイピアを突きつけていた。れんなちゃんやタクミさんの姿はない。多分皆、"裏返"になったみらいによって敗れたのだ。


 私に歯車を託した時、既に皆体力の限界が近づいていた。だから、最初から勝てない事はわかっていたのだ。しかし、それではシンを打ち倒されて、シャトランジの全員が死んでしまう。だからこそ、最もフットワークのある私に歯車を託し、少しでも早く最後の歯車を起動させようとしたのだろう。しかし、みらいは予想以上に力を残していた。結果、大した時間稼ぎにもならずここまで追い詰められてしまったのだろう。

 ゆかりさんは、息も絶え絶えの様子でみらいを睨み付ける。だが、もはや抵抗する術はない。後は、みらいが少し腕を動かすだけで、彼女の命はそのレイピアの閃きの中に消えてしまうだろう。

その時、ようやくみらい達に追いついたと思われるシンが、ナイトを背中におぶりながら現れ、そして私に叫んだ。


「早く、歯車を! ゆかりがやられる前に!」


 弾かれるように待合室を振り返る。そこに、歯車の挿入を待つノイズと、みらいを待つかつての私の姿が重なってみえた。


「新人ちゃん!」


 そして、シンの怒声に蹴られるように、私は体を跳躍させた。

 …しかし、それはノイズの待つ待合室の方ではない。私はトライアングルを盾から棍の状態に構え、みらいのレイピアにぶつけた。

ゆかりさんを救う。それが、私の決断だった。


「ど、うして……?」


 ゆかりさんは、虚ろな目に途切れ途切れの声で私に聞いた。


「言ったはずです。私はゆかりさんとみらい、両方いなくちゃ嫌だって」


 確かに、歯車を起動しシンが全ての力を取り戻せば目的は達成される。しかし、それではきっとゆかりさんを助ける為にシンはみらいを消してしまうだろう。それはダメだ。私はゆかりさんを守り、またみらいを守るために2人の間に割って入ったのだ。

 ゆかりさんは、そんな私に弱々しい笑みを向けた。


「まっ、たく……本当に、ワガママに、なったの、ね…」

「悪者、ですから」


 私も笑みを返す。そして、みらいに向き直った。


「セカイに仇名す悪は、全て排除する…」


 抑揚のない、冷淡な声。始まりの日の記憶がフラッシュバックする。


―――あの日、ゆかりさんは私を助けてくれた。だから、今度は。


「今度は、私が助ける番!」


 私は、トライアングルの棍を横薙ぎに払った。が、みらいはそれを寸ででかわし、私にレイピアを突き立てる。それだけで、ただでさえ面積の少ない私の戦闘スーツがボロ着れに変わった。だがみらいの動きにも、もはやそれまでのようなキレはない。よく見れば、みらいは小さく肩で息をしていた。ゆかりさん達との戦いで、彼女もまた疲弊していたのだ。

 もう一度、今度は縦に。それもかわされる。右に、左に。みらいにとっては、私の動きは止まって見えただろう。その度に、私の肩や太腿に切り傷が刻まれていった。私の体が膝をつく。そして、みらいは私の相手にもう飽きたとばかりレイピアを私の首筋目がけて構えた。


 だが私は、その瞬間を見逃さなかった。みらいはトドメを刺す時、勢いをつける為にレイピアを一度大きく体の奥へ引く。そのわずかな隙に、私はトライアングルを盾の姿にして突っ込んだ。みらいは咄嗟に腕でそれを防いだが、それでも構わず押し込み続ける。そして、お互いノイズのある待合室まで転がった。私は再びトライアングルを棍にしてまだ態勢の整っていないみらいにそれを振るった。


 ト音記号のヘアピンが、宙を舞った。そして、ノイズのある椅子の下に虚しい音を立てて転がる。


 もはやみらいは、私の攻撃を避けようとはしなかった。私が繰り出す攻撃に、されるがままでいる。しかし、それは私も同じだった。お互い、避ける気力がもうなかった。私の棍がみらいの頬を叩き、みらいの刃が私の胸を斬り裂く。それは殴り合いのような、原始的な戦いだった。


「もうやめて…みらい! これ以上、戦ったら…あなた、体が、壊れちゃう…!」


 その攻撃すらも勢いが衰えだした時、私は最後の力を振り絞ってみらいに叫んだ。しかし、虚ろな瞳で小さく息をするみらいに反応はなかった。そしてみらいもまた、最後の力でレイピアを高速で突き立てた。何度も。

 私はトライアングルを盾に変換するのが間に合わず、棍のままその無数の剣戟を受け止める。例え自身を犠牲にしてでも、みらいは私を倒すつもりだ。その威力に、遂にトライアングルに亀裂が走った。まずい。このままでは、砕ける。

 しかし、反撃しようにも今防御を解けばあの無数の剣戟に晒されてしまう。それでは意味がない。ふと眼を凝らすと、みらいのレイピアにも亀裂が生じていた。凄まじい速さでの度重なる攻撃を強いた結果、刀身が耐えられなくなっていたのだ。こうなれば、もうどちらの武器が先に根を上げるかの勝負だった。

 お互いの武器に、亀裂が広がっていく。どちらも、首の皮一枚で繋がっているような状態だった。そして。

 砕け散ったのは、私のトライアングルだった。その衝撃に、私の体がのけぞる。


―――そして。

 みらいの、ボロボロになったレイピアが、私の体を深く刺し貫いた。


「!!」


 お腹の辺りが、次第に熱くなってくる。それから、徐々に目が霞み、足の感覚が無くなっていく。

 だが、ぼやけた視界の中に、みらいが見えた。彼女ももうこれ以上は限界なのか、私を刺した状態のまま左右に体を揺らして立ち尽くしている。


「っ………うぁぁあッ!」


 私は残った力の全てを使って、目の前のみらいに蹴りを放った。それは、これ以上みらいが戦闘を出来なくさせる為。そして、ノイズのあるこの待合室から離れさせる為だった。

 私は、みらいが待合室の外に転がっていくのを見届けてから、レイピアを自分で引き抜こうとする。しかし、力の加減を間違えたのか、レイピアは柄の根元からポッキリと折れた。トライアングルが砕けたのは、紙一重の差だったのだ。仕方なく、刀身が体に刺さったままノイズのある椅子に向かって歩いた。ほとんど感覚のない足を引きずるようにして、壁伝いに。普通に歩けば3秒とかからない距離。しかしそれが、途方もなく長い道のりに感じた。途中で感覚が完全に無くなり、崩れるように倒れこむ。そこからは腕でなんとか這いずって、なんとかノイズの元まで辿り着いた。


「新人ちゃん、何する気だ…?」

「あなた……まさか…!」


―――私の掌には黒い歯車があった。

 歩く事すらままならない今の私が、この場で歯車を起動させれば、ノイズの闇は確実に私を呑み込む。満身創痍のゆかりさんが私を抱えて逃げられるとは思えないし、ナイトを背負ったシンもまた、せいぜいゆかりさんとみらいを連れて離れるくらいが関の山だろう。

 だが、これでいいんだ。これで、みらいが救われるなら。


「やめて! 私には死ぬなという癖に、自分は消えるって言うの!?」


 ゆかりさんが、何かを叫んでいる。しかし、もう私には何も聞こえないし、ゆかりさんの綺麗な顔も見えてはいなかった。


「シン…お願いがあります」


 そして、あやふやな意識だけを頼りに、精一杯の力を振り絞って声を紡ぎだす。


「あなた、が…全部力を、取り戻したら…。その子、を…みらいを、普通の女の子に戻して、やってください……。それが、シャトランジで戦ってきた………わ、私の、願い…」

「―――!」


 ゆかりさんが、遠くで私の名前を呼んでいる。出来ていたかはわからないけど、私はゆかりさんを心配させまいと微笑みかけた。

それから、わずかな意識の中でノイズを探す指だけが動いた。



―――ごめんなさい、ゆかりさん。約束、私から破ってしまって。虫の良い話かもしれないけど…みらいの事、お願いします。



 手の感覚が失せていくのと同時に、震える指で歯車を静かに押す。


 そして……視界が漆黒に支配された世界の中で。私の意識は、深い暗闇の中に沈んでいった。






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