第5小節:壮絶(3)

 あいらさんの鍵銃と、ナイトの無数の楽器型火器が火を吹く。それを、タクミさんのチューバ砲とシンのトランペット小銃が迎撃する。しかし、あまりの火力差に2人の装備では対抗しきれない。すぐに押し負け、砲弾の雨が私達に降り注いだ。あいらさんだけならともかく、ナイトを相手にするには火力に差がありすぎるのだ。だったら、接近戦で持ち込む。タクミさんの話では、『ナイトの砲撃は確かに強力だが、その高すぎる火力は仲間を巻き込む可能性がある為、近接戦闘では威力を抑えなくてはならない。勝機があるとすれば、そこしかない』と言っていた。ならば、ここは接近戦に特化した私達女子組の出番だった。砲弾の雨を掻い潜り、私達は一気にナイトの元へと迫る。狙いは、ナイトを機能停止。そして、動力ユニット『Holyホーリー』を『Mareメア』に換装するのだ。それで、ナイトをこちらの戦力として取り戻す。それが私達の作戦だった。

 しかし、当然それをおいそれとさせてくれる彼らではなかった。すぐにやれやれ君、しおりちゃんとおりめちゃん、そしてみらいがそこに割って入った。


「飛車勅閃斬!」


 やれやれ君の、自身よりも大きい大剣が閃いた。私達を何度も窮地に追い込んできた、悪夢の一撃。だが、もはやそれに恐れはない。やれやれ君に対しては、きちんと対策を立ててきていたのだ。まず私は、建物の柱に背中を合わせる。そして、彼の振り上げた刃の挙動に全神経を集中させる。そして、それが振り下ろされた瞬間、体を思い切り内側に捻った。かわした。いや、掠った。私の頬から、赤黒い血が一筋流れる。しかし、それで十分だった。空を切った彼の一撃は、剣とは思えぬ凄まじい轟音を立ててすぐ背後にあった柱を粉砕した。

 彼の飛車勅閃斬は、速度も威力も他の戦士とは一線を画す。しかし、その速度は直線的なもので、精密な命中精度は低かった。更に彼は、2つの斬撃を繰り出す直前に一瞬だけ動きが遅くなる。後はその一瞬で攻撃の軌道を読む事さえできれば、いかに攻撃範囲が広くとも回避する事はわけなかった。…最も、わけないと言いながら掠ったけど。


「行くよ、合わせな!」

「はい!」


 柱を背にしていれば、やれやれ君が背後に回る事はできない。更に、柱を突き崩す事で瓦礫と砂塵が一瞬だけ彼の視界を塞いだ。そしてその僅かな隙を突いて、私とれんなちゃんが同時に武器を叩きつける。

 以前は全く効果のなかった私の攻撃。だが、れんなちゃんとの連携と合わさって今度は効いた。クラリネットとトライアングルが織りなす二重奏。やれやれ君の右肩の甲冑が砕け散った。更に畳み掛けようとする私とれんなちゃん。しかし、突如横から飛んできた砲弾にそれを阻まれた。


「悪いが、ヒカルはやらせない…私が絶対に守る!」


 やれやれ君の影となる死角から、弾道を曲げて放たれたあいらさんの角散弾だった。今度は、私達が隙を突かれる番だった。砲撃に仰け反った私とれんなちゃんに、しおりちゃんとおりめちゃんの息の合った斬撃が襲いかかる。防御の暇もなく、軽い私達の体はその威力に吹き飛ばされた。


「ホーム」

「ラーン」


 その間に、ゆかりさんは単身ナイトに迫っていた。私とれんなちゃんに彼らが気を取られている今なら、接近するチャンスは十分にあった。が、そこにみらいが立ちはだかった。意志の籠らない鋭い視線と共に、彼女のレイピアがゆかりさんの体を刺し貫かんと迫る。それを、ゆかりさんはヴァイオリンの盾で弾く。以前私の前で戦った時のように、ゆかりさんはカウンター攻撃で攻めるつもりのようだった。しかし、みらいはゆかりさんの弓が弧を描く前に蹴りでヴァイオリンの盾を弾き飛ばした。予想外の出来事に、ゆかりさんの動きが一瞬鈍る。その隙を突いて、みらいのレイピアがゆかりさんの肩部を捉えた。咄嗟に身を翻し、それを回避しようと飛び退くゆかりさん。が、間に合わずその切っ先は彼女の右太腿を刺し貫いた。みらいもまた、私と同じようにゆかりさんに負けたあの時より成長していたのだ。


「……ッ!」


 態勢を崩し、着地に失敗したゆかりさんは地面を転がる。しかし、それで終わりではなかった。地面に崩れ落ちる彼女の眼前に、ナイトがいた。しかも、その砲身の全てがゆかりさんに向けられていた。


「ゆかりさんッ!」


 私の体は、反射的に彼女の元へと飛び込んでいた。


「馬鹿、新人右!」


 しかし、焦燥に視界が狭くなっていた私は、横から迫るやれやれ君の飛龍十字剣に気づかなかった。直前、トライアングルの音壁が展開する。交錯。衝撃に火花が散る。もし、あと一瞬盾の展開が遅れていたら私は死んでいたかもしれない。だが、それでもその威力は相殺しきれず、私の体は元の場所へ引き戻されてしまった。


「ゆかりさん!!」


 私はもう一度叫んだ。直後、私の目を刺す閃光。そして、爆音。ナイトの重火器が火を吹いた音だった。私は、爆炎の中ゆかりさんの姿を捉えようと必死に目を走らせた。しかし、煙が濃く状況はまるで掴めない。


「そんな…」


 私の足から、力が抜けていくのがわかった。私はまた、大切な人を失ってしまうのか。しかも今度は、二度と戻らない―――


「ゆかりさぁーんッ!」


 私は、彼女の名前を声が枯れそうになるほどに叫んだ。


「"クイーン"って、言ってるでしょ。覚える気ないでしょう、あなた」


 だが、すぐに呆れたような声が返ってきた。それは紛れもなく、爆風の中に消えたはずのゆかりさんだった。


「ふぇ、ゆかりさん!? だって、今撃たれたはずじゃ…」

「全く…少しは周りを見なっての」


 すると、ゆかりさんに肩を貸したれんなちゃんが私に向かってため息を吐いた。


「まぁまぁ、間に合ったのですからいいではないですか」


 更に、いつの間にか武器をトランペットに替えたタクミさんが背後にいた。どうやら、私がやれやれ君と鍔迫り合いをしている間に、タクミさんがしおりちゃん達を砲撃で足止めし、その隙にれんなちゃんが間一髪ゆかりさんを回収したらしかった。


「よかった…」


 私は心底安堵し、深くため息を吐いた。


「あなたを置いて、逝ったりするわけないでしょ」


 そういって微笑むゆかりさんの姿は、涙でぐしゃぐしゃに滲んでいた。


「ゆかりさん…っ」


 私は、彼女の体を力いっぱい抱きしめた。こうして触れられる事が、何よりもうれしかった。


「そういうのは、全部終わってからね」

「あ、ご、ごめんなさい…」


 言われて我に返り、私は髪のヘアピンを弄る。しかし不思議と、もう髪を梳いて顔を隠す気はなくなっていた。それから、髪を上げていた方がゆかりさんや皆の顔が、はっきりと見える事に気がついた。ゆかりさんがくれたこのヘアピンのおかげで、いつしか私も変わっていたんだと実感した。


「あのさ、一応助けたのあたしなんだけど…」

「では、僕が代わりに抱きしめて差し上げましょうか」

「キモい、無理」


 そんなやり取りをしている所に、爆炎の中からナイトが突っ込んできた。背部のユーフォニアムスラスターを全開にして、近距離からリコーダー型機銃とホルン型ビーム砲を斉射しながら私達に迫る。


「ちょっ! 誰が近距離なら撃てないって!?」


 嵐のような銃弾の中で、れんなちゃんが再び毒づく。それにはタクミさんも驚愕の表情を浮かべていた。


「まるで隙のない完璧な性能…アレに弱点はないのですか!!?」

「あんたが知らなきゃ誰も知らないと思うんですケド…」


 さりげなく自画自賛するタクミさん。しかし、ナイトが単騎で突撃してきた事は、私達にとってむしろ好機だった。

 ナイトが、両腕を取り囲むように展開したフルート型のガトリングを構える。そこに、私のトライアングルを"盾の状態で"叩きつけた。その攻撃そのものには大した効力はない。その目的は、盾で砲口を塞ぐ事にあった。ナイトは、それに気づくのが一瞬遅く、暴発した火器が自らを襲った。爆風。私とナイトの体が、反発する磁石みたいに吹っ飛んだ。そして、ナイトが吹き飛ばされた先にいたのは―――れんなちゃん。


「ポンコツロボット、とっとと目覚ましな!」


 そして、クラリネットトンファの一撃がナイトのユーフォニアムスラスターを完全に破壊した。これで、ナイトの動きは封じた。しかし、機動力を失ってもなおナイトは抵抗をやめようとしない。肩部のホルンビーム砲が、腕のリコーダー機銃がれんなちゃんや接近してきたゆかりさんを薙ぎ払う。しかしその時、ゆかりさんに向かって放たれた機銃をタクミさんがトランペット小銃で撃ち落とした。そして、そこに生まれた一瞬の隙をゆかりさんは見逃さなかった。ナイトが次の武器を構える前に、彼女はナイトの懐に飛び込み、胸部を覆う装甲に手を掛ける。そして、それを破り捨てるように一気に下へ叩き下ろした。直後、ナイトの胸部が開放され、内部メカが剥き出しになる。そこに、ピースメーカーによって埋め込まれた白銀の心臓『Holy』があった。


「行ってビショップ!」


 太腿部から放たれたサックス型ミサイルポッドに吹き飛ばされながらゆかりさんが叫ぶ。それとほぼ同時に、タクミさんのトランペット小銃が偽りの機械心臓を撃ち抜いた。やがてバチバチと怪しい火花を上げて地面に転がり落ちる『Holy』。そして、動力を失い機能を停止したナイトの空っぽの胸部に、タクミさんは黒鉄の心臓『Mareメア』を静かに押し込んだ。


「起きなさい、ナイト。そろそろ夢から覚める時間ですよ」


 そして、子供を諭すかのような穏やかな声でタクミさんは再び起動したナイトに語りかけた。それに呼応するかのように、それまで白く覆われていた装甲が漆黒へと塗り変えられていく。


<システム起動―――おはようございます、マスタータクミ>


 聖夜は終わりを告げ、そこに悪夢が誕生した瞬間だった。

ナイト奪還。そして遂に、そこにシャトランジの全ての駒が揃った。


「タクミさん」


 私は、タクミさんとナイトの元へと駆け寄る。その時の彼は、これまでにないほどの、心から満ち足りた笑顔を見せていた。


「これで少しは、あの子の願いに近づけましたかね」


 私はそれに、自分の事でもないのに心から込み上げてくる嬉しさが止まらなかった。


「はい、きっと!」


 そして、動き出した彼の夢の結晶に向かって私は歓喜に満ちた眼差しを送った。


「では、まずはキング達に謝罪を。中々派手にやってしまいましたからね」


 そんな事を気にしている人は誰一人としていなかったが、確かにナイト1人に対して随分奔走させられたのは事実だった。しかし次の瞬間、場の空気が一瞬凍った。


<タスク拒否。謝罪する必要性は認められません>


 流石のタクミさんも、これには面食らった。


<やったのは『Holyホーリー』であって、私ではありません。それに、謝罪ならばまずこの身をみすみす敵の手に渡したマスターがすべきだと進言致します>


「…これ、本当にロボ?」

「なんか、すごい生意気なんですケド」


 れんなちゃんには言われなくないと思う。しかし、その感想も最もだと思った。


「…ふふ、感情のコントロールは完璧ですね」


 そういって笑うタクミさんの声は、逆に感情が籠っていなかった。


「声震えてるぞ」

「まぁまぁ…それよりナイト先輩、今度一緒にオイル交換に行きましょうね!」


 私がその空気を無視して急にそんな事を言ったものだから、周囲のゆかりさん達は目を点にしていた。だが、それくらい私は嬉しかったのだ。彼女がちゃんと心を持っている事が。


<タスク受理。その際はぺスタの高級オイルでお願いします>


 ナイトの返答は抑揚のない機械的な音声によるものだったが、今のみらいよりも遥かに人間的なものに思えた。


「ようポンコツロボット! 俺の事はわかるな?」


 その背後から、チューバを抱えたシンが不敵な笑みを湛えながら悠然と姿を現した。それにナイトは、恭しく頭を下げる。


<勿論です、マスター>

「よし、ならばお前の役目を言ってみろ。わかるな?」


<はっ! 我が使命は、一人ぼっちの少女の笑顔を取り戻し、ついでにセカイをマスターの望むモノに造り変える事であります>


 ナイトの鋼の心は、完全にシャトランジの兵器として機能していた。そして何より、そこにタクミの願いも顕在している。これこそ、K-MA 007 ナイトの在るべき形だった。完全だよね。


「うん? なんか、最初に余計な事を言ってたような気もするが…」

「いいんですよ、これで。ね、タクミさん」

「ええ。全て、正常に機能していますよ」


 首を傾げるシンを尻目に、私とタクミさんは笑みを交わした。


「ま、それならそれでいいか! これで全ての駒は揃った! もはや俺達を止める事など誰にも出来ん! お前たちは己の無力さに打ちひしがれながら、最後の歯車の起動と共に世界が俺の思い通りに蹂躙されていく様を指をくわえてみているがいい!」


 シンはまるで悪の首領のような大見得を切って彼らピースメーカーを威圧する。否、もはやそこにいるのは間違いなく世界を混沌に支配する闇の王そのものだった。


「お前達、まずは手始めにこれまで散々俺達をコケにしてくれた奴らにたっぷりと礼を返してやれ。"歩く間違い探し少女×2"と"定食の小鉢女"に集中攻撃をかけ、手負いの主人公少年に絶望の悪夢を見せてやるのだ!」


 シンの命令と共に、私達はナイトを加えて再び陣形を築いた。もはや流れは、完全にシャトランジの方にに向いていた。


「あの…ところで"定食の小鉢女"ってのは誰の事で…?」


 しかしそこでふと、私は彼らを1人1人眺めながら首を傾げた。"歩く間違い探し少女"というのは、間違いなくしおりちゃんとおりめちゃんの事だ。ちなみに、その答えは武器の色とサイドテールの結わえている位置。しかし、定食の小鉢に当てはまりそうな人はいなかったし、そもそもそれが何を意味しているのかもよくわからなかった。が、そこで思案していたれんなちゃんが顔をあげた。


「あ、姉貴の事か」


 直後、私達の視線があいらさんに殺到する。


「「あぁ…」」


 そして、ゆかりさんとタクミさんが納得が言ったというように感嘆の声をあげた。

定食の小鉢。つまり、メインの定食(やれやれ君)に付いてくる小鉢(添え物)の女…という意味だった。それで納得されてしまうのが、なんとなく悲しい。最も、よくよく考えれば選択肢はあいらさんかみらいかの2択しかなかったのだが。


「何が『あぁ…』だ!? 切干大根にして添えてやろうか貴様らッ!」


 あいらさんの悲痛な叫びが構内に木霊する。しかし、それを宥める者はやれやれ君しかいなかった。もしかしたら、仲間である彼女達も同じようにそう思っていたのかもしれない。


「でもでも」

「いいの?」

「作戦」

「聞いちゃった」


 あいらさんとしおりちゃん達双子の前に、みらいとやれやれ君が立った。彼女達を庇おうというつもりらしい。


「あいらはやらせない!あいらが俺を守ってくれたように、俺もあいらを守ってみせる!」

「ヒカル…」


 先ほどとは打って変わって、熱の籠った目でやれやれ君を見つめるあいらさん。もし、れんなちゃんが彼の正体を知ったら今の光景をどう思う事だろうか。


 だがこれこそ、シンの本当の狙いだった。

 彼らは今、シンの発言によって後衛のあいらさん達を守る事に気を取られている。だが、彼女達を守る為には常にその側にいなければならない。つまり、わざと警戒させる事でやれやれ君にとって強力な武器のひとつである"機動力"をさりげなく封じたのだ。私達は、彼らが防御態勢に入ったのを確認すると同時に四方に散った。そして、左右から取り囲むようにして徐々に彼らを密集させるよう追い込んでいく。


<ブラストバンドオーケストラ・フルスコア!>


 先ほどまで私達を追い詰めていたナイトの一斉掃射が、今度は彼らに降り注いだ。私達との戦いで武装をいくつか破壊されているとはいえ、その火力はあいらさんの角散弾だけで迎撃できるほど生易しくはない。あのやれやれ君でさえ、防御するだけで精一杯のようだった。


 そして、遂に天啓が下った。

 私達からの攻撃を受け止める事に必死だった彼らは、気づけなかったのだ。それが、チューバ砲の射線上に全員をまとめて入れる為の罠だという事も、そしてそれをチャージする為の時間稼ぎだったという事も。


「勇者様ご一行、射線上パーティにご案内!」


 チューバ砲から、野太い光の奔流が放たれる。それが、彼ら全員を飲み込もうとしていた。全てを焼き尽くす破滅の閃光…飲み込まれればひとたまりもない。だがその時、それに立ちはだかるようにやれやれ君が前に出た。傷ついた体を引きずり、大剣を盾代わりにその光の奔流を受け止める。しかし、甲冑を砕かれた一撃と先ほどのナイトの超火力を受けたせいで、彼の体力は限界を越えようとしていた。もはや、以前のようにそれを掻き消す力は残されていなかったのだ。閃光が止む。


「ヒカル…ッ!」

「あいら…よかった……ちゃんと、守れて…」


 そして、彼女達が無事である事に安堵の表情を見せると同時に、彼はその場に倒れ伏した。

 私達は遂に、やれやれ君に打ち勝ったのだ。


「流石はタクミさんが造り上げたロボット!」

「恐縮です」

「もうあいつだけでいいんじゃないの? 少なくとも新人、あんたはもういらないな」

「ちょっ、それはないですよ!」

「あ、壊しちゃった所は大丈夫?」

<問題ありません。ですが、後で体を洗浄してくださると助かります>

「あのさ、トドメ刺したの俺なんだけどね」




「すまん、ヒカル…。あとは任せろ」


 そこからは、白兵戦となった。あいらさんは、燃えるような意志を瞳に宿して彼を打ち負かしたチューバ砲を持つシンを睨み付ける。しかし、その前に悠然と立ち塞がる影があった。れんなちゃんだった。


「姉貴、あたしらもここいらで、決着つけよう」

「れんな…いい加減目を覚ませ。セカイを壊す事が、本当に私達にとってのセカイへの報復になると思っているのか」


 2人の視線が火花を散らしてぶつかり合う。


「あ、あの、れんなちゃん…」


 私は、それに割って入ろうとした。れんなちゃんもあいらさんも、本当にお互いを憎んでいるわけじゃない。それを知った今、私が2人を止めなければならない、そう思った。

 しかし、口を動かそうとする私をれんなちゃんは片手で制した。


「これはあたしら姉妹の問題だ。あんたは他の連中に手、貸してやりな」

「でも…!」


 もう戦う必要なんてない。そう言いたくて、食い下がろうとした。しかし・・・れんなちゃんの背中を見て、私は口をつぐんだ。その時のれんなちゃんは、もう反射的に姉を憎んでいた時の彼女ではなかった。その背中から、まっすぐな覚悟が感じられたのだ。


「…わかりました」


 私はその覚悟を信じて、別の戦場へと踵を返した。












「あたしは…今でも世界は許せない。あたしら家族を引き裂いて、未来を奪った世界なんて大嫌いだ。……ただ姉貴。あたしはさ、何も復讐の為だけに悪になったわけじゃないんだ」


 いつになく神妙な面持ちで、れんなは姉をまっすぐに見据えた。


「正直、最初は世界にムカついてたから、だから世界に迷惑かけられりゃ何でもよかった。それに、ヒカルと出会ってからはちょっと後悔もしてたんだ。世界が壊れたら、アイツも一緒に消えちまうのかなって。でもさ。今は違う。

…あんたはずっと、辛そうな顔してた…だから、あんたにそんな顔させてる世界を壊して、シンが創った新しい世界になったら…あんたはもう、辛い顔しなくて済むようになるのかな、って。だからあたしは悪になったんだって、そう思ってる」


 そして、今まで話せなかった思いの丈を全て打ち明けた。あいらは、最初こそ面食らったような顔をしていたが、やがて小さくため息を吐き、同じように妹に向き直った。


「私もだ。お前がこれ以上、涙を流さなくてもいいように…なんとかセカイを内側から変えたい…そういうつもりで正義になった。だが実際は、そんな事は出来なかったがな。お前の所の首領の言う通りだよ。私は、いつも誰かに守られて、頼る事しかできない非力な存在だ。ヒカルを守ってもやれなかったし、お前の本当の気持ちも、わかってやれなかった」


 それからあいらは、れんなに向かってぎこちない微笑みを見せた。


「ごめんな…れんな」

「…遅せーんだよ、言うのが」


 れんなは、照れくさそうにそっぽを向いた。そしてあいらと同じく、どこか固い笑顔をそっと作る。それは、彼女達がすれ違って以来ずっと交わす事のなかった、初めての笑顔だった。


「お互い様だろ。…私達は、もっとちゃんと向き合うべきだったんだ。そうすれば、こんな事…する必要なんてなかったのにな」


 2人が、同時に武器を構えた。気持ちを伝えた2人の間にわだかまりはもうない。しかし、もはや正義と悪という対立の立場を打ち消すには、それはあまりに遅すぎた。


「ああ…だからこれは、あたしらのケジメをつける戦いだ」


 それまで笑いあっていた2人の表情が戦士のそれに変わる。

そして、あいらが引き金を引き、同時にれんながクラリネットを振り翳した時。


―――勝敗は決した。




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