第5小節:壮絶(2)


 やかましいカラスのバックコーラスを背に、私達5人は駅の入り口に立っていた。私にとっては始まりの地でもあるこの場所。あの時は、私の声はみらいには届かなかった。けど、今は無力だったあの頃の私とは違う。愛と穢れが生み出したこの力で、今度こそみらいをこの手に掴む。覚悟は、できていた。


「どうです? 感度の方は」


 改めて確認する。今朝の時点で、まだこの駅にノイズが発生しているのは推測の域を出ていなかった。しかし、シンはしたり顔でそれに答えた。


「ああ、ビンビン来てる。本物のノイズに近いせいか、ニセモノとの違いがはっきりわかるぜ。どうやら、ここで当たりだったみたいだな」


 周囲は不自然なほどに人の気配がなかった。いくら早朝にしても、まるで誰もいないというのはおかしい。それが、この場所にノイズがある可能性を確固たるものにしていた。


「それじゃ…行くか。新世界行の始発電車が、俺達を待ってる!」


 そうして私達は、いつかと同じように不気味に静まり返った駅の構内へと、足を踏み入れていった。

 まず、最初に私達を出迎えたのは、分厚い防火シャッターだった。


「おやおや、本日はお休みですか」


 タクミさんが冗談交じりな声と共にケースに仕舞われたチューバを取りだし、シャッターに向かってそれを構えた。無論、駅に休日などない。つまりこれは、既にピースメーカーがこの先に万全の防衛網で待ち構えている事を意味していた。

 タクミさんのチューバ大砲から放たれる大出力ビーム。その威力は、戦車一台を溶かす程だと言われている。防火シャッターの1枚や2枚、ものの数ではなかった。

チューバ砲にエネルギーが収束していく。その時、空がにわかに色めきたった。見れば、先ほどまでやかましく鳴いていた黒いカラス達の姿は失せ、代わりに白い鶏のような無数の鳥が上空を旋回していた。フライ・チキン。ノイズを守護するバラックミュートだ。それが、まだ白みかかった空を覆い尽くし、防火シャッターを破ろうとするタクミさんに向かって急降下を始めた。戦いの火蓋が、切って落とされたのだ。


「あいつら、どんだけ数連れてきたわけ!?」

「はっ、熱烈歓迎って所か」


 私達は一斉に各々の楽器を構え、武器に変換してタクミさんの周りに陣を組んだ。チューバ砲は超火力を有する代わり、収束に時間がかかるのだ。それが完了するまで、私達が守らなければならない。彼に向かってダイブしてくるフライ・チキン。それを、私のトライアングル、ゆかりさんのヴァイオリン、れんなちゃんのクラリネットが叩き落としていく。更に、タクミさんのもう一つの楽器であるトランペットを拝借したシンが、攻撃態勢に入る前のフライ・チキンを次々撃ち落としていった。

 しかし、いくら倒してもフライ・チキン達の攻勢は止まない。そればかりか、攻撃はますます激しさを増していった。


「ちょっ、まだ!?」

「あと10秒お待ちを!」


 れんなちゃんが、タクミさんに向かって毒づく。死を恐れずダイブしてくるフライ・チキンの猛攻に、早くも私達は焦りを募らせていた。と、その時フライ・チキンとは別の影が死角を突いて私達の陣形を突破した。トム・キャット。隠密性に優れた猫型のバラックミュート。それはしなやかな体躯をくねらせて建物の隙間に潜み、じっと攻め入るタイミングを見計らっていたのだ。そして、それが今だった。無防備のタクミさんに向かって矢のような勢いで爪を閃かせる。それが、タクミさんの左腕を抉った。


「ッ…!」


 タクミさんは眉をしかめ、その場にへたり込みそうになる。だが、すぐに態勢を立て直し再びチューバ砲を構える。その彼に、トム・キャットの第二波が迫る。しかし、再び迫った爪がタクミさんを切り裂く事はなかった。一閃。ゆかりさんの振るった弓が、そのトム・キャットの体を一刀両断にしていた。だが直後、別のトム・キャットがゆかりさんの背中に迫った。ゆかりさんはタクミさんの周囲の警戒に気を取られ、自分の危機に気づいていない。


「ゆかりさん!」


 私は彼女の背後に飛び込み、トライアングルを展開した。その音壁が、地を這うように迫っていたトム・キャットを弾き返した。そして、態勢が崩れたそこにゆかりさんの一撃が叩き込まれる。


「ありがとう」

「いえ!」


 背中合わせに、お互い微笑む。ここにきて、私は彼女との絆を確信していた。と、ここでようやくタクミさんによる天使のラッパが聞こえた。


「お待たせしました、チャージ完了!」

「おっしゃぶちかませ!」


 それを合図に、タクミさんのチューバ砲が火を吹いた。全てを飲み込む光の奔流。それが、轟音と共に来るもの全てを拒んでいた防火シャッターをドロドロに溶かした。更に、防火シャッターを死守せんとその前に立ちはだかった数十体のフライ・チキンをまとめて消し飛ばす。これで、駅への侵入が可能になった。

 しかし、溶けたシャッターの奥から今度はラビット・ホースが群れをなして襲いかかってきた。地面を揺らすほどの無数の行進。だが、今更それに怖気づく私達ではなかった。私達は、それに真正面からぶつかっていった。ラビット・ホースの脚蹴は強力だが、その動きは単調で予測しやすい。回避するのはわけなかった。


「てぇい!」


 そして、棍となった私のトライアングルが、最前列で蹄を振り上げ無防備になったラビット・ホースの後ろ足に直撃した。威力は低いが、不安定になったラビット・ホースを転倒させるには十分だった。それに躓く後続のラビット・ホースが、ドミノ倒しのように次々沈黙していく。そこに、一本の道が完成した。


「急いで!」


 混乱するラビット・ホース達を尻目に、私達は遂に駅構内へと侵入を果たした。









「ほほう、電車ってモンをしばらく使ってないから知らなかったが、最近の駅ってのは随分複雑になってんだなぁ」


 第一の防衛網を突破した私達を待ち構えていたのは、迷路のように入りくねった長い通路だった。


「いや、んなわけないっしょ」


 その光景に感心していたシンに、れんなちゃんがツッコミを入れる。確かに、この駅は他の駅に比べてホームも多く複雑な構造をしてはいるが、以前訪れた時とは明らかに様子が違っていた。

 空間がネジ捻じ曲がっているような感覚―――私は、この光景に既視感を抱いていた。それは、あの人影がいた路地裏だった。あの時も、無限に続く回廊に私は不安を覚えていた。もし、これがあの人影による力だとしたら、あの路地裏での奇妙な体験も説明がつく。ということは、今こうしてノイズへの道を阻もうとしている人影もやはりバラックミュートの仲間なのだろうか。


「恐らく、僕達が楽器を性質変化させて武器にしているように、この建物全体が侵入者を阻害する要塞として変化させられているんでしょう。それほどの力を彼らが持っているとは、少々驚きです」

「はっ! 正義の味方様ともあろうものが、随分姑息な手を使うじゃねえか。よほど俺達が怖いと見える」


 シンが不敵な笑みで彼らピースメーカーを嘲笑した。しかし、実際迷宮と化した構内にはどんな罠が仕掛けられているかわからない。油断はできなかった。


「それで、ノイズの反応は?」


 ゆかりさんがシンに問う。するとシンは、少しして入り組んだ構内の奥、そこに見える改札の向こうを指さした。


「この先だ」

「ここって…」


 それに対し私は、半ば呆然と呟いた。シンが指さした先―――その先にあったのは、あの日人影と遭遇した改札前だった。少しだけ様子を覗いてみると、あの時ゆかりさんとみらいが争い、崩落した壁や瓦礫は、全て元の姿に戻っていた。まるで、何事もなかったかのように。しかし、みらいは元に戻っていない。そして、私も変わった。あの日の出来事は、確かにちゃんとあったのだ。その事実はなくなったりしない。もし、世界がそれをなかった事にしようとするなら、私が絶対に否定する。ノイズの中に消えていった、のぞみちゃん達と同じように。

 そんな私に、ゆかりさんは私の肩をそっと抱いた。言葉はない。だが、それが私を案じてくれているのがすぐにわかった。


「…大丈夫です」


 肩に置かれた手を、私はそっと握り返した。

 私は、振り向かない。今はとにかく進むのだ。前へ。みらいへ。そしていつか、あの日の無力な私の元へ、みらいを連れていくんだ。


「それにしても、なんか変じゃない…?」


 ふと、れんなちゃんが辺りを見回しながら呟いた。そして、私達全員が同じ事を感じていた。


 先ほどまでの苛烈な猛攻に比べ、内部の守りが手薄すぎる。

 構内に入ってから現れたのは、ハウンド・ドッグ。しかし、フライ・チキンやラビット・ホースに比べて数は少なく、その防衛網はあまりに脆い。下手をすれば、このまま最深部まで潜り込めてしまいそうな勢いだった。それに、やれやれ君達ピースメーカーが未だ1人も姿を見せていない事も気がかりだった。いくらバラックミュート達が防衛網を敷いているとはいえ、ここまで侵入を許しておきながら誰一人迎撃に来ないというのは、流石に不自然としか言い様がない。

嫌な予感がする。

 私達は、罠を警戒しつつ慎重に歩を進めていった。張りつめた空気に、神経が研ぎ澄まされていく。


 そして、私が最初に人影を見かけたホームの改札を越えた時、その予感は的中した。


<ブラストバンドオーケストラ・フルスコア>


 それを回避できたのは、後ろにいたゆかりさんに引っ張られたおかげだった。直後、私が歩いていた場所が爆風に飲まれ、蒸発した。黒煙が吹きあがる中、ゆかりさん達は何が起こったのかと顔を険しくさせている。しかし私とタクミさんだけは、それが何かを理解していた。煙が晴れる。そこに、砲撃したナイトを始めとした彼らピースメーカー6人が並び立っていた。彼らは、バラックミュートの中でも最も知能の高いハウンド・ドッグを使って戦力を集中投入したこの場所に私達を誘導し、総力戦による決着に持ち込むつもりのようだった。


「これはこれは、皆様揃ってお出迎えとは。人気者は辛いねぇ…そんなに俺に会うのが楽しみだった? でもパーティ会場は事前に連絡しておいてもらわないと」

「下らない能書きはいい。今日こそ、永き因縁の戦いに決着をつけよう」


 やれやれ君が啖呵を切り、それに続くようにあいらさん達が一斉に武器を構える。その気迫は凄まじいものだった。彼らにとって、この戦いは後には退けない戦い。世界の命運は、彼らの手に託されているのだ。


「せっかちな奴め。もう少しウィットな会話を楽しめないのかね。…ま、どんな言葉を並べた所で、結果は変わらないだろうがな」


 しかし、負けられない戦いであるのはこちらも同じ。彼らに呼応し、私達もそれに劣らない気迫で臨戦態勢を取った。


「みらい…」


 そんな中、私はその中に並ぶト音記号のヘアピンを付けた少女を見つめた。それに対し、彼女は意思なき瞳に敵意を孕んだその視線を向ける。やはり、私の声で目を覚ます様子はなかった。今のみらいにとって、私は一人の敵でしかなかった。


「みらい…もうすぐだよ。もうすぐあなたを取り戻すから…だから、待ってて!」

「セカイの敵は、全て排除する」


―――そして、最後の戦いが始まった。


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