第3小節:最近の主人公は、最初から理不尽に強い(5)
あいらさんの放つ弾丸の雨を掻い潜りながら、ゆかりさん達による攻防が始まった。まず、れんなちゃんが飛び込んだ。クラリネット型のトンファが、唸りを上げてやれやれ君の細身の体に迫る。しかし、いとも簡単にそれを受け止めるやれやれ君。長大な刀身に守られた彼の体はびくともしない。すぐに反撃が来た。重さと速さを兼ね備えた一撃。その一振りだけで、れんなちゃんの小さな体が宙を舞った。諦観したくなるのもうなずけるような、デタラメな性能。
だが、そのすぐ後ろにゆかりさんがいた。大剣は、その巨体故に攻撃が必ず大振りになる。その隙をついての攻撃だった。一閃。だが、だめだ。その頃には、彼の体はゆかりさんの頭上にあった。なんという機動性なのか。遠巻きに見つめていた私が、目で追う事すら出来なかった。そのまま彼が、勢いに任せて大剣をゆかりさんに叩きつける。鈍い音が響き、ヴァイオリン型の盾でそれを受け止めたゆかりさんの体が床に沈む。少しでも力を抜けば、ゆかりさんの体は真っ二つにされてしまうだろう。
なんとか助けないと…!
しかし、盾では彼を退ける事はできない。そうしている間にも、大剣の刃はゆかりさんの盾を押し切り、じりじりと彼女の頭上に迫る。
「せめて、攻撃する手段があれば…」
そう思った時、手の中のトライアングルが再び黒い閃光に包まれた。そして、見る間にその姿形を変えていく。
「おや、当たりを引きましたね」
タクミさんが、感心したように顎をさすり呟いた。
「当たりって?」
そしてその光が収まった時、私は目を見張った。
トライアングルだったものが、一直線に伸びる棍へとその姿を変えていたのだ。
「役割が変わったものに、更に別の役割を与える…つまりその武器は、あなたがその時求める役割に、形を変えられるみたいです」
私は姿の変わった眩い光を放つ白銀の武器を見つめる。タクミさんの説明は正直よくわからなかったが、これが"なんかすごい武器"だという事はわかった。そして何より、今ならゆかりさんを助けられるという事も。
「て、てぇーい!」
私はソフトボールのバットを振るう要領でやれやれ君に棍を振るった。直撃。棍の一撃が彼の肩を捉える。しかし…。
「…?」
彼は、何事もなかったかのように平然としていた。肩の装甲にも、傷一つついていない。何かの間違いかと思い、もう一度叩いてみる。更に2度、3度。しかし、何も起きない。場を妙な沈黙が支配する。
「…弱」
そして、起き上がってきたれんなちゃんがその沈黙を破った。
「な、なんで!?」
「…鍛錬不足ですね」」
タクミさんも顔を手で覆った。どうやら、武器ではなく私が非力なのが問題らしかった。宝の持ち腐れとはこういう事をいうのだと痛感する。
が、これによってやれやれ君の気がわずかに逸れた。その隙をゆかりさんは見逃さない。力の弱まった彼を盾で押し返し、弓の一閃が遂にやれやれ君の肩に傷を負わせた。初めて苦悶の表情を浮かべるやれやれ君。
「ヒカル!」
そこに、今度はあいらさんの銃弾が火を吹いた。その弾道は、正確にゆかりさんを狙っている。ゆかりさんが危ない―――!そう思った時、またも私の握っていた棍は眩い光を放ち、元のトライアングルの形に戻る。私の想いがそのまま、この武器に伝わっているのような、奇妙な感覚だった。だが、今はその感覚を楽しんでいる暇はない。私は先ほど彼の攻撃を防いだように、その三角形に折れ曲がった銀の棒を前へ突き出す。空気がわずかに揺らぎ、私の目の前で弾丸を弾き返す。彼女の舌打ち。しかし、それでもあいらさんはトリガーを緩めない。
「無駄です!」
しかし、言い放った直後私の頬に稲妻のような衝撃が走った。見ると、頬からわずかに血が滴っている。跳弾だ。何が起こったのかわからず、焦燥する私に彼女が再び弾丸を放つ。そして次の瞬間、驚愕した。
「これを使わされる、か…」
「なっ…砲弾が曲がる!?」
彼女が放った弾、その弾道は最初明後日の方向を向いていた。しかし、何もないはずの空中でまるで壁にぶつかって跳弾するように直角にその進路を変えたのだ。そして、音壁を避けた弾丸が真下から私を狙ったのだ。
「あらゆる地形でも砲弾をコントロールし命中させる"角散弾"……私に狙えない的はない」
「…!」
顔から一気に血の気が引く。そして、戦慄した。相手は、ただの一度見ただけでその未知の武器の打開策を見出したというのか。
更に迫る弾丸に、私は早くもパニックに陥った。跳弾した弾丸がどこから狙ってくるかわからない。私は無敵でなくなった盾を縦横に闇雲に翳す。しかし、それが裏目に出た。あいらさんも、私がこうなる事がわかっていたのだろう。真っ直ぐに放たれた弾丸は、盾を難なくすり抜けて私の腕に、足に次々突き刺さっていく。
「あぐっ…!」
声にならない悲鳴をあげ、私はその場に崩れた。
「待ってくれあいら!彼女を傷つけるのは―――」
背後で、やれやれ君が叫ぶ。この状況で、尚私を気にかけようというのか。
「!」
ゆかりさんもまた、私を心配し駆け寄ろうとする。しかし、あいらさんの弾丸はゆかりさんの行く手を阻んだ。
…まず、援護射撃で邪魔をしてくる彼女を何とかしなければ。
「あたしと新入りで姉貴を潰してくる。それまでクイーン、あっちの奴を頼む」
れんなちゃんが、へたり込んでいた私の腕を引っ張りながら実姉を睨みつける。ゆかりさんは、私達に背を向けながらそれに頷く。しかし、これまでの戦いを見ればわかる通り、彼との力の差は歴然だ。いくらゆかりさんと言えど、私達が束になっても敵わなかったその彼を相手にして何分、いや何秒持つのだろうか…?
「ゆかりさん…」
しかし、ゆかりさんはそんな私の心配を吹き飛ばすように、微笑んで見せた。
「大丈夫、心配しないで」
しかし、よく見ると弓を握る手がいつもより汗ばんでいた。ゆかりさんもまた、勝機のない戦いに恐れを感じているのだ。今の言葉も、きっと私を安心させる為だけではない。大丈夫だと、自分に言い聞かせる為だった。
私は、背中越しにそんな汗ばんだゆかりさんの手をそっと握った。
別に、彼女を勇気づけようとか大層な考えはない。ただ、私も怖かったのだ。この絶望的な状況が。そして、ゆかりさんを失うかもしれない事が。そう思えるくらいには、私は彼女の事を大切に想うようになっていた。
「…無理はしないでくださいね」
背中越しで表情はわからない。ただ、ゆかりさんの早かった鼓動が少しだけ和らいだのははっきりと感じる事ができた。
「あなたに言われたくはないわね」
笑みがこぼれる。その声はもう、凛として落ち着きを払ったいつものゆかりさんの声だった。
「あはは…それもそうですね」
私も、乾いた笑と共に自信に満ちた表情でそれに応えた。それで、この状況をどうにかできる気がするくらいには自信を持つことができた。
「あのさ、イチャついてる暇があったらその盾持って走ってくんないかな」
と、れんなちゃんが腕組みで苛立ちを露わにしながら顎であいらさんの方を差す。
「ご、ごめんなさい。でも、盾の死角はもう見破られて…」
「っさい、新人が口答えしない。つべこべ言わずさっさと行けっての!」
れんなちゃんが私の背中を叩き催促するのを合図に、私達は一斉に地面を蹴りだした。
「何のつもりかは知らないが、私はヒカルのように甘くはないぞ」
彼女が鍵銃の引き金を引く。真正面からの銃弾の雨。そして、私の武器が造り出した防壁がそれを弾き返していく。れんなちゃんはその後ろに身を潜め、私を壁にするような状態になる。
しかし、あいらさんの攻撃は想像を超えて苛烈だった。そのあまりの猛攻に、走る足が鈍る。更に、弾と音壁が衝突する際に飛び散った火花が、一瞬だけ私の視界を完全に遮った。彼女はその一瞬を見逃さなかった。気が付いた時には、虚空を蹴って音影を飛び越えてきた角散弾が私達を捉えていた。だがその時、何かに引っ張られる感覚がして私の体は後ろに引き戻された。襟元を引っ張ったのは、当然背後にいるれんなちゃんだった。突然の事に、私は目を白黒させて硬直する。しかし、それが状況を好転させた。あいらさんは、走ってくる私の速度も計算に入れた上で弾道をコントロールしていたはずだ。だが、れんなちゃんが私を制止させた事でその目測は狂い、弾丸は防壁を越える事なく虚しい音を立てて弾かれた。それだけではない。目標を失った弾は放った主の元へ舞い戻り、さらに周囲に置かれていた打楽器達に当たって乱反射する。
「ッ…!?」
暴走する弾に翻弄され、あいらさんの警戒が一瞬だけ私達から逸れた。
風を巻いて突撃する。そして、トライアングルを棍にした私はあいらさんの脳天めがけてそれを振り下ろした。
「この…!」
あいらさんは咄嗟に、鍵銃の砲身でそれを受け止める。しかし、それが天啓となった。私の攻撃は、先ほどの一部始終を見てわかる通り極めて威力が低い。それは同じく戦いを目の当りにしていたあいらさんもわかっていたはずだし、攻撃を受け止めた時、その軽微な反動で実感したはずだ。しかし、彼女は対処の必要がないそれを受け止めてしまった。そして結果的に、その反射的の行動こそが、彼女の運命を決めることになった。
―――今、彼女の横はがら空きだ。
「しまッ…!」
れんなちゃんの怒号の叫びと共に、クラリネットの棍はあいらさんの脇腹にめり込んだ。彼女の纏っていた甲冑は見るからに強固で重厚そうではあったが、全力を込めたれんなちゃんの一撃を防ぐにはあまりに脆かった。体をくの字に折り曲げて吹っ飛んだ彼女は、私が突き破った扉のすぐ傍まで転がっていき、呻き声をあげてその場に蹲った。
「あいら!」
異変に気付いたやれやれ君が、こちらを向きながら叫ぶ。その間にも、ゆかりさんの容赦ない剣戟の舞が彼を襲う。
「珍しいこともあるものですね。では、後はお任せを」
と、それまで戦闘に参加していなかったタクミさんが久々に口を開いた。見ると、彼の持つ巨大なチューバの砲塔に光が収束していく。そして、砲塔の周りの空気が激しく揺らいだ。
「何ぼーっと突っ立ってんの。どかないと一緒に消されるよ」
私は戸惑っていた。このままタクミさんがあの大砲の引き金を引いたら、あいらは確実に死ぬ。だが、それでいいのだろうか。敵とはいえ、彼女は仲間であるれんなちゃんの姉だ。いくら不仲とはいえ、もし彼女がこの世界からいなくなったとしたら、れんなちゃんは平気なのだろうか。否、平気なはずはない。今は敵対する関係にあったとしても、家族という特別な絆を簡単に断ち切れるはずがない。私とみらいのように。
「あ、えっと…これくらいで許してあげませんか」
「はぁ? あんた何言ってんの」
私は彼女を殺さない提案をした。しかし、真っ先にそれに食って掛かってきたのは、他でもないれんなちゃんだった。
「だって、あの人はれんなちゃんのお姉さんなんでしょ? なのに…」
「変な気使うな気持ち悪い。あたしがいいっつってんだから、いいんだよ」
れんなちゃんは、まるで他人事のように気だるそうにつぶやいた。だが、私はガラにもなくそれに反論する。
「いいわけない!大切な家族を殺していいなんて、間違ってるに決まってます!」
その言葉に、れんなちゃんの眉がピクリと反応した。そして、半開きだった瞼が怒りに見開かれる。
「…あんたさ、さっきのあたしの話、聞いてたよね。あたしは、知ったような口を利くヤツが大嫌いだって…何がわかるっての? 幸せに暮らしてきただけのあんたにさ」
低く地の底から響くようなその声は、怒りと恨みに震えていた。
「あたしと姉貴の前から親が消えた時、世界はあたしらを助けてなんてくれなかった。なのに、姉貴はその世界を守ろうとしてる。あたしは、それが気に入らない! あたしより世界を取るそいつは、もう家族でもなんでもないんだよ!」
いつもの私なら、既に怖気づいて口を閉ざしてしまうところだ。だが、それでも私は退かなかった。
「そんなわけない。絶対そうしなきゃいけない事情があったはずです…! だって…妹の事を想わない姉なんているはずないから」
「だから、わかったような口を利くなって言ってんだよ!」
れんなちゃんの拳が、私の頬に飛んできた。でも私は、かわすでも受け止めるでもなく、されるがままに受け止めた。それが、彼女の言葉を受け止める事でもあった。
「…わかりませんよ。他人の事情なんて、気持ちなんて。だから私も、そのせいで…妹と喧嘩したままですから」
脳裏に、家を出たあの夜の光景がよぎる。私がみらいと話した、最後の日。
「だったら…!」
「だけど…今はすごく後悔してます。失ってから気づいたんです。妹の…大切な人の、存在の大きさに。だから、わかるんです。れんなちゃんには…私と同じ気持ち、味わってほしくない」
れんなちゃんは、何かを察したように眉間に皺を寄せた。それでも、まだまだ反論し足りないといった様子だったが、私と視線を合わせるうちに何かを想ったのか、やがてそっぽを向きながら言葉を詰まらせてしまった。
「……っさい。あたしだって、あんたの事情なんか知らないっての」
「ごめんね」
「いや……あたしの方も……………殴って、ごめん」
か細い声で何か呟いて、そのままそっぽを向いてしまったれんなちゃん。私は、そんな彼女に微笑みかける。少しだけ嬉しかった。それまで遠くにあったれんなちゃんの心に、少しだけ触れられた気がしたから。
―――だがその時、非現実めいた閃光が私達を現実に引き戻した。
閃光の元を辿ると、ゆかりさんがやれやれ君の足元で地に伏していた。だが、それだけじゃない。やれやれ君の持つ大剣が、青白い光を纏って輝いていた。尋常でない威圧感に、総毛が逆立った。
「はは、結局これですか…」
タクミさんが、半ば呆然と呟く。
「え、え!? なんですか、あれ?」
「"
「うらがえし?」
「抑えていた力を覚醒させる…正義の味方特有のパワーアップ、ってヤツですかね。これにいつも負けるんですよ。これがアニメなら今頃、主人公が勝つ感じのBGMがガンガン流れてますね、きっと」
思わず顔が引きつった。今までだって、彼はたった1人で十分私達を圧倒してきた。なのに、この上更に強くなるというのか。
「な、何かないんですか!? 対抗する方法とか…!」
「ない」
「ないです」
あっさりと否定される。
「…あいら、今助ける」
そんな私達には目も暮れず、彼は目に見える威圧感を纏った大剣を引きずってあいらさんの元へ近づく。その気迫は、近づいただけで私達の体を消し炭にしてしまいそうなほどだ。
そこに、別の閃光が迸った。
タクミさんのチューバ砲から放たれた、野太い光の奔流。それが、彼を飲み込んだ。閃光はたっぷり6秒は続いた。そのあまりの衝撃に、周囲の楽器達がまとめて吹っ飛ばされていく。勝った。私は一瞬そう思った。だが直後、彼の大剣の一振りが、何事もなかったかのようにそれを掻き消した。
「戦車一台は溶かせる熱量なんですけどね、今の…」
呆然と呟くタクミさん。それでも私は諦めず、れんなちゃんと同時に彼の前に躍り掛かる。しかし、私達は武器を振りかぶる事すら許されずに弾き飛ばされた。体が地面を転がる。私は、何が起こったのかすらわからなかったわからなかった。
そして、完全に気圧された私達に向かって彼は大剣を翳し―――
「飛龍、十字剣ッ!」
その場の全てを包み込むように、大きく薙いだ。
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