第32話/万能能力と派生能力

第32話


 暗くなるまで俺は異能力の獲得に努めたが、最初のパンチラの風以降、新たに異能力が発現することはなかった。


「数時間で一つと考えれば大変優秀です。もっとも、大会で使える異能力でなければ意味ありませんが」

「……悪かったって言ってるだろ」


 いつもの無表情とは裏腹にトピアの言葉は刺々しかった。

 よほどパンチラの風が気に入らなかったらしい。


 ちなみに俺が他に想像してみたのは、簡単そうなものから順に『トピアにくしゃみさせる』『魔法陣を俺の足元に出す』『俺が透明人間になる』『トピアの体を宙に浮かせる』『トピアが俺に愛の告白する』だった。

 それぞれの名前は恥ずかしいので割愛させてもらおう。


(それにしても上手くいかないもんだ。強く想像できても運や遺伝的素質がなければ再現しない……。この条件が厳しいな)


 手さぐり感がありすぎてモチベーションを上げにくく、その代わりに集中力がどんどん減っていくのも問題だ。想像している時に『どうせ徒労に終わるんだろ』なんて考えてしまう。それがますます発現を難しくする。


 だからそう。この世界で異能力者になれずにいる人間は、きっと今の俺の心境の末に諦めてしまったのだ。


「今日の特訓はこれで終わりますが、部屋に戻った後も頑張ってみてください」

「……ああ」

「それと最後にアドバイスです。思い入れが強いと、発現しやすいです。たとえばわたしの加速装甲ブーストアーマーは、わたしが幼い頃によく視ていたテレビアニメによってもたらされた異能力です」

「へえ、意外だな。女子なら魔法少女になりたいって思いそうだが」

「魔法少女も試しましたよ。でも発現しませんでした。……残念です」


 トピアが短く息を吐く。

 その落胆ぶりは相当な努力をしたからこそなのだろう。


「憑々谷君も昔誰かになりきろうとした経験、ありませんか?」

「ない、とは言わないが―――」


 俺は数時間前を思い出す。


「でもお前、真似をするのは無理って言ってなかったか?」

「この場合は少し違うんです。わたしはアニメを視て毎日変身ごっこしていた記憶があるのですが」

「変身ごっこ……」

「ですが昔のことなので、そのアニメ自体はタイトルすら覚えていないんです。結果、わたし自身が変身しているイメージだけが残った」


 なるほど。それはずいぶん都合よく忘れているものだ。


「わたしが言いたいのは、断片化されても覚えている過去の記憶のように、長い期間強く印象に残り続けているのなら、案外真似でも発現できるかもしれない、ということです」

「長い期間……か」


 となると十年前とかだろうか。それほど昔なのに頭の中に残ってる記憶だったら、確かにいけそうな気はする。


 しかしながらだ。異能力に使えそうなガキの頃の記憶って、そうそうあるものじゃない。俺が実際に真似してたのはお笑い芸人の一発ギャグくらいだ。相手を笑わせるか冷めさせる効果しか発揮できない。


「いや、ダメだな。異能力として使えそうな物がない」

「ではもう、オリジナルしかありませんね」

「あ、そうだ。著者が俺に使わせた異能力あるだろ。あれならどうだ?」


 真氷城塞アイスシャトー武神ノ剛腕ゴッドアーム第三支配サード・ペイン

 これらの想像は他人の真似にならないはずだ。


「確かに君自身が使ったので想像はしやすいはずです。ですがあれらは派生能力デリベーションスキルであり、習得方法が異なります」

「んん? 俺が今オリジナルで考えてんのは万能能力マルチスキル?」

「そうです。想像のみで発現できる異能力は、万能能力マルチスキルに該当します」

「じゃあ派生能力デリベーションスキルは?」

「前にも言いましたが万能能力マルチスキルの習熟や応用です。ついでに補足しておきたいことがあります」


 トピアが言い継ぐ。


万能能力マルチスキル派生能力デリベーションスキル。その二種間の決定的な違いとして、万能能力マルチスキルはオリジナルを無尽蔵に産み出せますが、派生能力デリベーションスキルは数が決まっており今や出尽くしてしまっているとされています」

「えっ、そうなのか?」


「ただし専門的根拠はありません。皮肉な話ですが、新しい派生能力デリベーションスキルと認められず万能能力マルチスキルと決め付けられるケースが後を絶ちませんね」

「決め付けられる? どういうことだ?」


「分かり易く言うなら……例えばわたしが新種の生物を発見しても、関係者から『新種はもういないだろうからそれは新種じゃない』と否定されてしまうんです」

「ええ! 身も蓋もないな!?」


 それじゃ努力した結果としてあまりに悲しすぎる。

 新しい万能能力マルチスキルと新しい派生能力デリベーションスキルとでは価値が違いすぎる。


「仕方ありませんよ。他人には見分けがつかないんですから」


 そりゃそうか。万能能力マルチスキルの習熟と応用じゃ他人にはそれが新しい派生能力デリベーションスキルか分からない。

 唯一の判断材料はその異能力が強力かどうかだけ。いくらなんでも無茶だ。


「帰りましょう。君が使った派生能力デリベーションスキルは諦めてください」

「……分かった」


 トピアがシュレディンガーの空箱を解除する。

 俺は彼女と共に資材倉庫を出た。


「疲れましたか?」

「そりゃあな」


 体力的にはそうでもないが、精神的にはぐったりだった。夕飯も食わずに眠ってしまいそうな自信がある。


「でしたら来ませんか? わたしの部屋に」

「え?」

「ご馳走します。大したものは作れませんが、それでもいいなら」

「! 行く! 行くに決まってるだろ決まってます!」


 トピアの手料理にありつけると理解した途端、俺のテンションは急上昇だった。


「あ、ですが今日は寮長に許可とってませんね。どうしましょう。他の女子生徒に騒がれなかったら済む話ではあるのですが」

「……な、何だったら俺の部屋で作ってくれてもいいん、だぞ?」


 恐る恐る提案してみる俺。しかしトピアは首を横に振った。


「却下です。他の男の部屋にだけは間違っても入るなと、婚約者から指示されてますので」

「………………そうですか」


 あー、婚約者殺したい(切実)。


「では窓から一緒に入りましょう。アリスに開けてもらいます」


 俺一人だと不審者だと断定されてしまうからだろう。

 トピアはそう言って俺と中庭へ歩を進めた。


 中庭は何も植えられていない花壇があるくらいだ。身を隠せるような木々なんてなかった。俺は一瞬不安になったものの、ほぼ全ての部屋窓がカーテンで閉じ切られていた。


「ラッキーですね。これなら誰にも見られずに済みそうです」


 堂々と前を歩くトピア。俺も安心して続いた。花壇を踏まないように気を付けながら対角線上に進み、ある窓辺の前に立つ。


 部屋には明かりが点いていない。その部屋の窓を迷わずノックするトピア。


「これで他人の部屋だったら笑えるな」

「ですね」


 だが杞憂だったようだ。

 しばらくしてカーテンの隙間からアリスがひょっこり顔を出し、


「あいあい! ここに神様はいましぇーん!」

「開けてください」

「どのようなご用向きでしゅかー!」

「いいから」

「………………あい」


 トピアの真顔攻めが効いたらしい。

 アリスは怯えた顔で窓の施錠を解いた。


「中にどうぞ、憑々谷君」


 窓を開け、先に部屋に入るよう促してくる。

 …………、

 ……………………、


「待っていても、わたしからは絶対に上がりませんよ?」

「! な、何のことだ?」


 くそー、先に上がらせて下着見ちゃう作戦がバレていたか。

 漫画やラノベじゃあるある過ぎな展開だから気づくか(残念)。

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