第3章/退学と死

第25話/ハイレベルリア充

第25話


 翌朝。十月九日金曜日。訳あって寝付けず授業を休みたかったが、好きな子トピアに呆れられるのは嫌なので登校することにした。


(土曜も授業あるとかギャグなのか……?)


 とぼとぼ廊下を歩きながら早くも明日の授業に萎える俺。

 今日一日だけなら頑張る気になれたのに。激しく鬱だった。


 ちなみに今朝、妹の熾兎は俺を起こしに現れなかった。理由は不明だが昨日の件が関係してるのは疑いようがない。俺をぶん殴って満足したからか。あるいは俺が反省してきちんと登校すると確信できたからか。


(まぁ今はどうでもいいか。……目下の問題は、俺の席がどこにあるかだ)


 寮部屋に保管されていた新入生の手引きによると、俺のクラスは一年D組。癒美と一緒だった。しかし座席表らしき書類はなかった。これではクラスメイトから『どうして徘徊してるんだコイツ? さっさと着席しろよ』と白い目で見られてしまう。……そんな事態は回避したかった。


 だから手は残されていなかった。

 俺は一年D組の教室に足を踏み入れるや、




「―――す、すすすすんません! 寝坊してしまいましたッ!」




 緊張で噛みまくり。

 俺に集まる視線は『またかよ……』と興味なさげだった。


 だがそう、俺はあえて遅刻したのだ。

 朝のホームルームが始まってまだ五分と経っていないが、遅刻は遅刻だ。


「……座れ。憑々谷」


 教壇に立っていた大和先生に睨まれる。俺は冷や汗を掻きながら教室を見回した。俺以外の生徒は全員登校している。それが証拠に空いてる席は一つだった。

 一つということは、あそこが俺の席であるはずだ。


「昨日は災難だったな憑々谷。だがわたしはもっとだったぞ? なぁあとでじっくりと聞きたいよな? そうだよな? ふふっ、やはり遠慮がないなお前は。いいだろう昼休み職員室に来い」

「…………。うっす」


 ―――不幸にも俺の席は教壇前だった。大和先生の呪詛のような呟きに震えながら、俺は自分の席に腰を下ろした。


 と、不意に隣の生徒と目が合った。


「ふんっ」

「……………………。うっす」


 よりにもよって絶賛嫌われ中の癒美だった。雪のような白い肌にふんわりとした茶髪の女の子。この世界で最初に出会った彼女に、ぷいとそっぽを向けられしまった。


(おいおい……。最悪の席じゃないか。著者め、相変わらずエグいことをしやがる。これならまだ『お前の席ねーから』って設定の方がマシじゃないか……)


 それからすぐに休み時間となり、俺は自分の机に突っ伏した。

 だるい。もう帰りたい。なぜ授業を受けなければならないのか。履修科目は高一で勉強するところだ。高三になる直前だった俺からすれば復習になってしまう。

 

(補習じゃないが……俺は異能力だけを勉強するべきなんだ。復習に時間割いてる場合じゃない。このままだと落第生まっしぐらだ……って、んん?)




 俺って……これからどうなるのだろう?




 来週の武闘大会ことだけしか頭になかった。その後はどうなるのだろう?

 絶対神()の著者が決めるのだろうか。嫌な予感しかしない。


(念のため元いた世界に戻る方法をアリスと探っておくべきだな……。アイツは本物の神様なんだ、アイツの力さえ回復すれば―――)


「よう憑々谷! 今日は早いな?」

「……え?」


 肩を叩かれたので顔を上げる。するとそこにはイケメンとしか言いようがないほどの爽やか少年が立っていた。


 非リア充だった俺とは遺伝子レベルで対極的な雰囲気がある。というか絶対にリア充だ。つい俺は無愛想に「……誰だお前?」と訊ねてしまった。


 だがそこはリア充、対処スキルがハンパなかった。爽やか少年は俺に快活な笑みと綺麗な歯並びを見せつけてくると、


「おおっ? まだ寝ぼけてるのか? 樋口だよ。樋口ひぐち成人なりと

「! 樋口!?」


 あぁ、ちゃんと覚えている。樋口と言ったらあの樋口だ。俺が癒美の彼氏と勘違いしてたヤツだ。樋口はそのくらい癒美と仲がいい設定だったはずだ。


「おい癒美、お前からも何か言ってやってくれよ」

「…………。わたし関係ないもん」

「どした? もしかしてお前ら、喧嘩でもしたのか?」

「っ!」


 ……鋭い。ハイレベルなリア充になってくると洞察力も高いようだ。

 ちなみに非リア充の俺なら『女子は大変そうだよなぁ……』と、ホルモンバランス的な見方をしてると思う。我ながら甚だキモい。


「……だって憑々谷君、わたしと樋口君が付き合ってるって勘違いしてたんだもん」

「ちょ、おま!?」


 ほ、本人がいる前でそれ言うか普通!?


 俺が癒美の大胆な行動に驚愕したのに対し、意外にも樋口は冷静だった。


「は? 何だそりゃ? はは、冗談キツいな憑々谷。この俺が癒美に相応しい男に見えるか?」


 余裕で見えるんですが。

 そして思いっきり嫌味に聞こえるんですが!


「癒美は一途だしな。俺みたいな彼女を取っ替え引っ替えしてる男は眼中にないだろ。きっと小さな時から一緒にいてくれたヤツを好きになってるんじゃないか? 例えばそうだな……癒美のおさなな」

「!? わー、わー、わー!?」


 癒美が顔を真っ赤にして樋口の発言を中断させた。

 そのテンパりっぷりは死ぬほど可愛いかった。萌えー。


「んもう、樋口君!」

「悪い悪い、これは秘密だったな。すまん憑々谷、忘れてくれ。といってもよく分からなかったよな?」


 いやよく分かる。癒美と俺は幼馴染だったのか。まぁ薄々察してはいたのだが、俺のこと苗字で呼ぶから怪しかったのだ。

 それで癒美にとって樋口は恋の相談役なのだろう。リア充の樋口なら恋愛経験は豊富だろうし話しかけやすそうだ。


(……あるあるだな。樋口を癒美の彼氏と勘違いしてたのは、癒美が俺のことが好きで、樋口に相談してたからっていうパターン)


 しかしお似合いだなこの二人。普通に考えたらこの二人こそが主人公とヒロインだ。俺は主人公のおこぼれをいただく、良くも悪くも相棒が相応しい(自虐)。


「ところで憑々谷。お前、来週の武闘大会には出るのか?」

「……、さーな」

「さーなって……。あぁ、さっきの失言が気に障ったのか? だったらもう一度謝る。すまん!」

「んな!?」


 や、やめろ! 頭下げるんじゃない! 

 これじゃ俺の方が悪者に見えてしまうだろ!

 

(聞こえなくても俺には聞こえるんだ! 『樋口君に頭下げさせるなんてサイテー』『嫉妬してんじゃないわよこのガチブサ!』って女子達の声が!) 


 なぁ樋口、お前も女子達から聞こえるの知っててやっているんだろ?

 知らないんだったらお前……完璧なイケメンじゃないか!


「許してくれるか? そろそろ頭、上げたいんだが」

「お、おう……」

「良かった。それで? お前は大会に出るのか?」

「出る……出ます」


 しどろもどろになりつつ、俺は答えた。

 するとなぜか樋口は安堵したような笑顔になり、


「本当か! いやぁ、ようやく危機感を持ってくれたんだな! ダチとしてこれ以上の喜びはないぞっ!」

「危機感? 何を言ってるんだ?」

「何ってお前、前にも忠告しただろ? お前だけ一度も大会に出てないんだから、今回もスルーしてしまうと退って」


 …………え???


「いや。お前の場合は大会出るだけじゃダメかもな。初戦を突破してこそ学園からの評価が変わると思う。いいか? 間違っても初戦で負けるんじゃないぞ? あの手合せの噂が事実なら尚更だぞ?」


 俺はぎこちなく頷く。

 しかし頭は真っ白になっていた。


(……初戦で負けたら退学? 序列最下位の期間が長すぎるから……!?)

 

 やばい、一旦冷静になろう。ここで挙動不審になっていては怪しまれる。

 樋口の言ったことは事実確認も必要だ。今は軽く受け流しとくべきだ……。


「前々から思ってたけど、樋口君って学園のことに詳しいよね。どうして?」

「三つ上の兄ちゃんがここの卒業生なんだよ。生徒会長をやってたからさ。学園の内情にも通じていたんだ。……兄ちゃんは口が軽いけど、嘘は吐かない。だから憑々谷、俺の言ってることは信じてくれ」


 こくこくと頷くので精一杯な俺。

 そんな俺の様子が癒美の目には不安そうに映ったのか、


「憑々谷君、頑張って。わたしにできることなら何でも言っ―――!?」


 突如ハッとしたように癒美が口を抑えていた。

 たぶん一昨日、俺に『もう知らない』と口走っていたのを思い出したのだろう。


「ふ、ふん! 憑々谷君なんかこの学園からドロップアウトしちゃえばいいんだ!」


 舌をベーと出して再びそっぽを向く癒美はやはり可愛らしかった。

 つい俺は見入ってしまった。萌えー。


「やれやれ……。喧嘩をするほど仲が良いとはよく言ったもんだ」

「な、仲良くないもん!」

「そうかいそうかい。……ところで憑々谷、大会に向けて練習相手は決めてあるのか? 今の内に決めとかないと来週ろくに練習できないかもしれないぞ」

「その心配は要らない。……身に余るほどの強力な助っ人がいる」


 それがトピアとは言わない方がいいだろうな。


「誰だ?」

「秘密だ」

「もしかして妹の熾兎ちゃんか?」

「……、どうしてアイツなんだよ?」


 なぜか少しイラッとした。だがそういえば熾兎も一年生だったな。俺と顔も性格も似てないことからすると彼女は早生まれなのだろうか。あるいは義妹の設定だったり?


「えっ、違うのか? 学年トップの成績だし、三年生との手合せでも勝ちまくってるんだぞ? 熾兎ちゃん以外に強力な助っ人がお前にいるとは―――」

「い、いるったらいるんだよ。そろそろ席戻れよ」

「分かったよ。じゃあ気が向いたら教えてくれよ?」


 樋口が自分の席に戻っていく。

 ……やはりと言うべきか、彼が座ったのは窓側の最後列。完全に主人公だった。

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