第21話/頭脳戦()鬼ごっこ
第21話
俺は全身汗だくで地面に倒れ込んでいた。
「はぁ、はぁ……」
無理ゲー、ではないな―――。
それが一時間が経った時点で俺が出した結論だった。
この鬼ごっこ。限りなく無理ゲーに近いものの、その要因となっているトピアの
一時間前と全く変わらない声音でトピアが言う。
「いいんですか? 君が休憩している間、わたしも発効限界量を回復しているんですよ?」
……そうだ。トピアは今、
(
つまり単純計算なら六十秒、トピアの尻を追っていれば捕まえられることになる。なぜならその時彼女は異能力を解除しなければ
だが無論、
さらに良い意味でも悪い意味でも、この資材倉庫を秘匿しているシュレディンガーの空箱が影響してきていた。
まずは良い意味。
(……トピア曰く、シュレディンガーの空箱はコスト八毎秒だ。これはこの一時間、常に発効し続けている。彼女はこれを解く気がないから、その分、
二つの異能力を同時に使い続けるのなら、単純に『十二+八』でコスト二十毎秒だ。
式
加速装甲の
そしてこれをタンク七百二十で割ると―――三十六秒。つまりトピアの
シュレディンガーの空箱も発効しているおかげで、トピアの逃げる余力は半分近く減っていると分かる。
(けどこの三十六秒ってのも不正確な数値だ……)
なぜならこれらの計算にトピアの
というわけで悪い意味。
ただしそれは『トピアが常に発効限界量を回復し続ける』なんて既知の話ではない。
(……端的に言って、シュレディンガーの空箱のせいでトピアの
例えば彼女の回復量が八毎秒だとすれば、シュレディンガーの空箱のコストと同じなので打ち消しになる。
式
加速装甲の
式
トピアの
(だけど違うんだ。実際のトピアは
なので確実に言えるのは、シュレディンガーの空箱のコストよりも、彼女の回復量の方が大きい値だってことだ。だからこそ彼女はシュレディンガーの空箱を解除しないでいられる!
(せめて……せめてトピアの回復量が知りたい。そしたら最大何秒追い続ければ捕まえられるのか、算出できる……!)
俺は目標や目安がないと努力できないタイプだ。だから彼女を捕まえるためには最大何秒全力疾走する必要があるのか、把握しておきたかった。
「そろそろ次のヒントを出しましょう。わたしの毎秒ごとの回復量は十五です」
「!? んなっ……」
じゅ、十五だと!?
まさか
(ってことは、異能力の合計コスト二十毎秒から回復量の十五を引いて……五! トピアは
式
異能力の合計
式
トピアの
「百四十四秒ですね。シュレディンガーの空箱の継続発効を前提に、わたしが
「…………っ」
「絶望したような顔ですね。しかし三分未満ですよ? たった三分も耐えられないんですか。じゃあ君はカップラーメンを普段どうやって食べているんですか? まだ麺が固いままですか? それともまさか、お湯なしですか?」
「じゃあの使い方がエグいな、お前……」
そもそもカップラーメンはお湯を入れて待つだけでいい。
体力を使う鬼ごっこと比べる発想がおかしい(正論)。
「よくよく考えたら三分より二分の方が近いですね。もはやカップラーメンを食べる資格がありませんでしたね、憑々谷君?」
「……ツッコまないぞ」
俺は溜息した。……あぁ、バカにされること自体は仕方ない。
この倉庫は広いと言っても端っこから端っこまで十秒とかからないんだ。
運動部のヤツなら余裕でトピアを追い詰めるチャンスを作れるだろう。
(何年と激しい運動をしていない俺が、あまつさえ二週間も家に引きこもっていた。だから一時間かかってもクリアできないんだ……)
繰り返すがこの鬼ごっこは決して無理ゲーじゃない。俺の小学生にも劣るかもしれない異常な体力のなさが災いしてるだけだ。
「百四十四秒。それは間違いないんだよな」
「はい。全回復しましたので本当の意味で合ってます。良かったですね」
全然良くない。そりゃ百四十四秒きっかり追い続けられたら確実にタッチできるのだろうが、俺はもうヘトヘトだった。
「何か賭けますか?」
「……、圧倒的有利のくせによく言う……」
「じゃあご褒美でいいです。君がクリアできた場合の。そうですね―――」
トピアは顎に手を当てて考える仕草をした後、
「では、わたしの脚をスリスリしていいですよ」
「え!? いいのか!?」
即座に立ち上がる俺。これはやるしかないな!
「また全身に悪寒が……。ただしあと一時間にしたいと思います」
「いい! 構わない! 俺はこの鬼ごっこをクリアしてお前の脚をスリスリする! 必ずやしてみせる!」
「あ、あの、憑々谷君? わたしの知っている憑々谷君そっくりになってきてませんか……?」
言われてハッとした。
俺としたことがセクハラ常習犯のようなテンションになっていた。
「す、すまん。つい男の性で……」
「い、いえ。わたしも軽率な行動でした……」
とても気まずい空気になり視線を逸らす俺達。
だが俺自身はこういうのも悪くないと思った。
正直、青春している心地だった。
「じゃ、じゃあそろそろ仕切り直しといくか?」
「ですね、仕切り直しといきましょう」
「いくぞトピア!」
「―――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は変身を始めるトピアに問答無用で全速力だった。もちろん考えなしではない。トピアは俺がいきなり体力を一気に減らす真似はしないだろうと、油断しているかもしれないからだ……!
「ちっ!?」
「遅すぎですね。なぜ急げば間に合うと思ったのでしょう?」
三分の二ほど距離を縮めたところで
「もう追って来ないんですか? でしたら解除して限界量を回復しますけ―――」
「させるかあああああああああああああああああああああッ!」
トピアが言い終える前に再び接近を試みた。だがトピアは余裕綽々な様子で高速移動する。俺なら全速力で走って五秒はかかる距離を、一瞬で移動する!
(くそっ! そもそも何なんだ、あの異能力は!?)
「おぶっ!?」
何もない所で無様にこける俺。
足が疲れてしまって思い通りに働いてくれなくなってきた。
「あと百二十秒です。追って来ないなら―――」
「こっからだ!」
気合で起き上がり、俺はトピアに猪突猛進する。
だが待ち受ける余裕すらあるトピアは顔をしかめ、
「気合だけは一人前ですね。目を見張るものがあります」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「…………」
……おや? 今回はトピアが逃げない。残り五メートルしかないのにその場に突っ立ったままだ。これはチャンス! まだ一度も披露してなかったヘッドスライディングで一気に詰めてやる!
「とーう!」
「!?」
いける! 俺の体勢が崩れてトピアが困惑していた。
(はっ! 俺がまたこけたとでも思ったのか? バカめ! 俺を甘く見てるから足を掬われるんだよ!)
足先だ!
足先に触れさえすれば―――!
「もうやけくそですね」
「うぶっ……!?」
結論。それでもトピアが僅かに早かった。
俺の意表を突いたヘッドスライディングは、彼女が上空に跳び上がることで回避されてしまった。
俺はホームベースを奪えなかった野球選手のごとく、拳を地面に打ち下ろして悔しがった。
「あー惜しいッ!」
「惜しくなんてありません」
「はっ、このツンデレめ! お前らはそうやって素直になれないから人生損してるんだよ! 好きなら好きと言えよ言ってください!」
「あの、ですから憑々谷君? わたしは別に君のことが―――」
「こっからだ! まだまだ行くぞっ!」
ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら地面を蹴った。あと何秒だ。九十秒切ったか。とにかく距離を離されてはダメだ。もうすぐトピアは制服に戻って回復してくるはず!
いかにトピアに回復する時間を与えないのかが勝負の分かれ目!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……変わり映えしませんね。というよりこの鬼ごっこ自体、飽きてきたかもしれません。ここは些か工夫を」
えっ、何だ?
トピアが物凄い勢いでこちらに向かって―――!?
「っううう!?」
「逃げる側は、鬼に攻撃アリとしましょう」
俺は思わず尻餅をついていた。だが無理もない。
トピアの突き出された拳が、俺の顔面スレスレを通過して行ったからだ!
「って、おいいいい!? 今のは順番が逆! 口より手が先だったぞッ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。