第22話/カウントダウン
第22話
俺の抗議に対し、トピアは無表情のまま言った。
「なかなかの反射神経と動体視力ですね。ではそういうことでルール追加です」
「却下! 俺にメリットがない!」
「ありますよ。君が確実に勝てる方法ができたことです。ヒントは……肉を切らせて骨を断つ、ですね」
「だから却下だ! それだと肉は俺の頭じゃないか!」
半ギレになる俺に対し、トピアは倉庫の隅に高速移動すると、
「あと六十秒ほどなので、そろそろ回復したいと思います」
「! させてたまるかっ!」
慌てて立ち上がりすぐにダッシュ。だがその時にはすでにトピアは
「―――
そしてまだ手を伸ばすこともできない距離の内にトピアは再び変身し、別の隅へと高速移動する。
「―――
解除には三秒、発効には四秒くらい時間を必要とする。だがそれでも隅から隅へと休憩場所を移す手法を取られたら俺には為す術がなかった。引きこもりだった俺にはどうしても体力が続かない。
「く、くそぅ……」
倉庫を一周したトピアに対し、俺はたった半周―――まだ斜め向かいの隅だった。
「やはり先ほどのルール、追加しましょうか?」
「こ、断る! 次また攻撃してみろ、俺は脚スリスリ以上のことをご褒美としてお前に要求するぞ! それでもいいんだな!?」
「…………」
と、なぜか突然トピアが押し黙った。
「? どうしたんだ?」
もしや俺が気分を悪くさせるようなことを言ったのだろうか。
気息を整えつつトピアの反応を待っていると。
―――また突然だった。
「……今日の特訓は中止でお願いします」
「え!?」
さすがに冗談だと思い、俺はトピアの元に走り寄った。だがトピアは
「お前、怒ってるのか? 俺が何かしたか? あぁ、俺が敬語使わないことに堪忍袋の緒が切れたりしたのか?」
「いいえ……そうではありません」
「じゃあ急にどうしたんだよ?」
「出てきてください。そこにいるんでしょう」
あれ、デジャヴ―――。
咄嗟に俺は奇姫の登場を予感したが、違った。
背後を振り返っていたトピアの視線は倉庫の隅に注がれている。
その周囲よりもちょっと暗い程度の空間に、縦に一本、鈍色の亀裂が走り、
「あれおっかしいなー。シュレディンガーの空箱って探知効果あったっけ……?」
「んなっ?」
まるで締め切られたままの舞台幕から姿を現すかのごとく……自称俺の妹が登場したのだった。
「探知効果はありませんよ。あなたの制汗剤の匂いで分かったまでのことです。わたしも同じ制汗剤を使用していて匂いは嗅ぎ慣れていたので」
「あー失敗。昼休みにバスケしちゃったからなぁ……」
なるほど、どうりでジャージ姿だった。
自称俺の妹のバスケ姿……かなり見てみたい(切実)。
「あなたこそ、なぜここが分かったんですか?」
「だって先輩、いつもここで練習してるじゃないですか。有名ですよ?」
「? わたしを捜していたんですか? あなたとわたし、初対面ですよね?」
「いや捜してたのはそこのタワシです」
自称俺の妹が俺に指を差してくる。
「さっき大和先生から『お前の兄だろ、連れて来い!』と怒られてしまいまして。その時にもしかしたら先輩と一緒にいるかもしれないってことも聞いたんですよ」
「……、兄」
「そうです。あたし
「はあ……? タワシ……?」
「あ、そこは気にしなくていいです。ただの兄の呼び方なんで」
……良くない。
ちゃんとお兄ちゃんって呼んでくれ。
「ところで二人きりになって何してたんですか? 来たばかりで状況が読めてないんですけど」
「……」
「嘘じゃないですよ。まぁ信じられないんでしたら教えてくれなくてもいいですけど」
「……すみません」
トピアは―――拒否した。
これは正しい判断だ。トピアは盗聴によって妹の存在は知っていただろうが、俺自身からは妹についてまだ何も話していないのだ。
(つまり、俺の事情を知る『仲間』じゃないかもしれない、ってことだ)
いくら俺の妹だからって安易に話されては困る。だいたい俺だって今朝会ったばかりでコイツを信用できてないんだ。
兄である俺への扱いも酷いものだった。何が「死んだ?」だ(粘着)。
「ねぇ、いつまで黙りこくってんの?」
熾兎が俺を睨み付けてくる。
「大和先生にもそうだけど、あたしに何か言うことないわけ? 授業まだあったんだけど?」
「おう、サボれてよかったな」
「……、はあ?」
眉を歪めた熾兎。
……やばい。当たり前すぎる回答したせいで呆れられてしまったか?
「憑々谷君、君という人は……」
「先輩。申し訳ないですけど、手出し口出しは無用で」
トピアにそう釘を刺すや、熾兎は「はっ!」と声を発した。
それを耳にした時には強烈な腹パンによって突き飛ばされていた。
躱すなんて俺には無理だった。
速い遅いを認識する暇もないくらい、熾兎の腹パンが速かったからだ。
「……ふぅー。あースッキリしたぁー!」
激しい吐き気を伴いながら倉庫の床を転げ回った俺を、熾兎は恍惚の境地に至った様子で見ると、
「授業をサボったり遅刻したり、女の子を困らせたり泣かせたり……。タワシなあんたのせいであたしがどんだけ大変な思いをさせられてきたか分かってない。まるで分かってない。だったら腹パンされても仕方ないよねぇ?」
「……ってぇー! なんて妹だ……!?」
やっぱり俺の妹じゃないなコイツ。兄を兄と思ってないだろ。本人もタワシだって思ってるし。粗品だろ。リーズナブルだろ。でもタワシなめるな(怒)。
(そりゃ見た目は何でも許してあげちゃいそうなくらい可愛いけど。だったらなおさら、俺の妹じゃないって思えてくるんだ!)
俺にはもったいないくらいの妹だ。
あぁ、見た目だけはな!
「で? あたしに言うことないわけ?」
熾兎が俺に歩み寄ってくる。
一歩一歩、それは死のカウントダウンのように、ゆっくりと。
もちろん俺は正しい回答を持っていた。あぁ、ごめんなさいって謝ればいいんだろ。今までの得られた情報を踏まえれば、コイツらの知ってる俺は相当の問題児だ。
さぞかし俺は人に迷惑をかけつつ青春をエンジョイしていたんだろう。
(……だけどな、俺の妹よ。ここで俺がお前に謝ったら、お前の言動が正当なものだってことになるじゃないか)
腹にばっか攻撃しやがって。お前は腹フェチか。男を腹で選ぶのか。まぁそれはいい。とにかくお前は俺の妹って設定なんだ。兄妹として俺もお前にやり返す権利はある。たとえ世界中がお前の言動を支持してもだ。
「よおマイリトルシスター! 今日もおカラダの発育は順調か!?」
「うるさい死ね」
俺的『妹がいたら言ってみたい言葉』第一位が、俺の最期の言葉となった(完)。
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