第278話/記憶喪失×

第278話


 ……これはむしろ、少女のあられもない姿に興奮して感電死した方が良かったのかもしれない。


「ようやくお目覚め?」とすみれ。

「さっきはビビったよー」とひまわり。

「ふふっ。面白くなってきたわね」とつばき。

「むぅ……」とゆり。


 ……目が覚めると、今回のメインキャラの皆様方が俺を取り囲んでいた。絶対に逃がさないという強い意志が感じられる空間が出来上がっていた。

 ちなみにひまわりはバスローブを羽織っていた。なぜ風呂に上がってすぐにそうしないのか。おかげさまで絶望的な状況だった。


「………………あ、あれ。ここはどこかなー、」

「記憶喪失になったなんて言い訳させないわよ」


 ぴしゃりと言い放つすみれ。

 睨み下ろしている四人の中で彼女の視線が最も刺々しかった。


「だいたい、あなたは魔素の塊そのものでしょう。電気ビリビリぐらいで魔素に深刻な影響があるとは思えない」

「だねぇ。しかもツっきんの魔素は特別製みたいだしー?」

「でも、痛がってはいたのですよね。ふふっ。わたくしもちょっと見てみたかったです。ビリビリしているツっきんを」


 つばきがくすりと微笑む。

 しかし彼女以外は険しい表情を変えなかった。


「さて。どうしてあなたはここに戻ってきたのかしら? 自分が家主だから当然だ、なんて主張が通るとも思えないのだけど」

「え? 俺が家主だって……?」


 意外な言葉につい正直に反応してしまった。マスコットの俺がこの洋館の家主? これはびっくりだ。


「なぜ驚くの? もしかして、分かってたの? あなたを追い出してから……わたし達で勝手に家主をひまわりに変えたこと」

「え? あ、あぁ。何となくな」


 口から出任せで誤魔化す俺。

 実際は転移したばかりで何も知らなかったわけだが。


「ツっきんごめんねー。一応うちがこの家の主ってことで落ち着いたんだ」

「ひまわりさん、謝る必要はありませんよ。わたくし達の中でひまわりさんが一番この建物にお詳しいのですから。それに比べてツっきんは……お掃除すらできませんし。家主に相応しくありません」

「はっきり言って、ツっきんは色んな意味で害獣」

「「「そう。害獣」」」


 ゆりに異議なしとばかりに少女達が頷いた。

 やはり俺に対する好感度は最悪だった……。


「質問の回答がまだよ。あなたは何のつもりで戻ってきたのかしら? さあ早く答えなさい」

「それは……―――」


 俺は項垂れながら考える。どうせ好感度は下限なしの下り坂だ、いっそズバズバと攻め調子で会話してみようか。


「……お前ら、魔法少女を辞めたんだってな」

「……、それは誰に聞いたのかしら」


 少女達が顔を見合わせた。『ツっきんに教えたのは誰だ?』と犯人を追及したそうな様子だったが、


「誰でもいいだろそんなこと」

「何ですって?」

「お前ら……俺を追い出すだけじゃなく、魔法少女まで辞めてしまって、これからどうする気だ」


 ゆりが言っていた。

 ―――自分達は捨て子で学校にも行っておらず、戸籍すらないのだと。


(冷静に考えたら、魔法少女に特殊な境遇は付き物だ。可哀想だけどな)


 しかしながら、魔法少女を辞めると言い出したら感想が変わってくる。『本当に辞めるのか?』と不安でしかない。


「芸能界を引退したアイドルでさえ普通の女の子に戻るのに苦労するんだ。どんなに辞めたい思いが強くても現実は厳しいんだよ」

「うちらとアイドルを同列に扱うの? 無理あるよ」

「ああそうだ無理だ。お前らの方があまりに特殊すぎる生い立ちだしな。だからお前らが普通の女の子になるのは不可能と言っていい」

「ふふっ。ツっきんはわたくし達が普通の女の子になりたくて魔法少女を辞めるとお考えなのですね?」

「違うのか?」

「いえ、実は未定なのです。勢いで辞めたといっても過言ではありません。これはある意味、痛い所を突かれました」

「つばき!」


 すみれが不快そうに名前を呼んだ。するとつばきは肩を竦めて微苦笑した。

 気のせいかこの二人の仲には溝がありそうだ。


「よく分かったわツっきん。つまりあなたがここに戻ってきたのは、わたし達を子供扱いして嘲笑するためだったのね。……最低」

「何でそうなるんだ。俺の目的はお前らがよく分かってるはずだ」


 俺は他の少女に気取られないようにゆりを見た。

 彼女はうげぇ、と一瞬だけ険しい表情を崩すと、


「……誰がツっきんにバラしたのか知らないけど。ツっきんはまだアガルタへの帰還を諦めてないから、わたし達が魔法少女を辞めないよう説得しに来た……って感じじゃないかな」

「おお! さすがゆり、正解だ! まるで事前に打ち合わせしてたかのようだな!」

「し、してない!」


 不審な目つきになった他の少女達を前に、ゆりが大慌てで否定した。


「そ、そもそも! ツっきんの目的なんて元々アガルタしかないよ! 分かり切ったこと言っただけだし、わたしは潔白っ!」

「百合だけに潔白ってか。うーん、今回はあんまり面白くないなぁ」

「黙れ害獣!」

「ひいっ!?」


 ゆりがダン! と俺の眼前に片足を叩き落とした。

 誤って踏み潰しても構わない、といったくらいの危険な決め打ちだった……(動揺)。


「うわー。今の威嚇、マジのマジだった。殺す気あった……」とひまわり。

「……そうね。ツっきんを殺ろうとしたゆりは犯人じゃない」とすみれ。

「ふふっ。口調の荒々しいゆりさんも充分素敵です……よ?」とつばき。

「って、皆!? どうして一歩引いちゃってるの!? ねぇ!?」


 ゆりは明らかにドン引きされていた。

 ともあれ、ゆりの二面性のおかげで疑いは晴れたようだった。


(ま、ゆりが犯人なんですけどね)

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