第277話/ビリビリグッズ
第277話
夜。アリスはこっそり俺の食事を運んできてくれたが、すぐにゲーム機を持っていなくなってしまった。
「あいつ……俺からの頼みを忘れて遊んでるんじゃないだろうな……?」
ゆり達との仲を取り持つ任務を果たすまで、ゲームは禁止にしようとも考えた。
しかしアリスはゲームを通してゆり達を上機嫌にさせると言い張ったので、渋々ゲームの力を信じることにした。
「まぁ男女問わずゲームは盛り上がるしな。この姿じゃなかったら俺も混ぜて欲しくて先走ってたかもしれないな。……もぐもぐ」
俺は不満を溢しつつもおにぎりを完食した。幸い、味覚は人間だった時と変わらない。食べづらさは食事が口に合いさえすれば我慢できそうだ。
ただどうしても我慢できないのは、
「くそ……熱帯夜は勘弁してくれ……!」
扇風機では役不足なほどの猛暑だった。
長い舌でお皿に入った水を舐めてみるが気は紛れない。
「はぁ……アリスとゆり達は……冷房が効いたリビングでお菓子を摘まみながらゲームを楽しんでる真っ最中か……?」
想像するとイライラしてきた。これだけ暑さに我慢を強いられている俺と比べたら天国のようなものだ。地獄にいる俺には不快感が募ってくる。
「もうダメだぁー! このままアリスの迎えを待ち続けてたら暑さとストレスで死ねる! 死んでたまるか!」
俺はこのサウナみたいな部屋からの脱出を決意する! アリスがきちんと扉を閉めていかなかったので、部屋から出ること自体はあっさりできた。
「やっぱり階段も暑いな……!」
切れかけの照明が不気味な雰囲気を醸し出している中、俺は慎重に階段を下りていく。三階から二階、休憩を挟んで二階から一階に移動した。
「…………。笑い声」
女子らしき声が玄関まで響いていた。
何を喋っているのかは不鮮明だが、愉しんではいるようだ。
「もしかして今ならいけるんじゃないか……?」
まずは様子を窺うため、声のする方角に歩いていく。
一階廊下の照明も寿命が近いのか弱々しく、ゾンビでも出てきそうだ。
「……ん?」
ゾンビを連想したせいだろうか。不意に俺の毛皮が寒気を感じ取った。
「何だ……?」
いや、俺が実際に感じ取ったのは寒気ではなく冷気だった。
―――廊下の曲がり角にある部屋、そこには丁寧な字で『つばきの冷凍庫』とネームプレートが提げられていた。
「こ、こんな所に冷凍庫……? どうして名前まで書かれてあるんだ……?」
謎多き厳重な銀扉だった。鍵付きっぽく思える。
扉の傍にいるだけでも涼しく、正直ずっとここにいたいくらいだ。
「……ふぅ。怪しい冷凍庫だが助かったな。生き返った」
小休止をした俺は銀扉から離れ、再び歩き始める。
足取りが軽くなったおかげか、のそのそ歩調も板についてきた。
「あの部屋か?」
小窓から光が射している扉があった。
俺は慎重に近づいていき、壁際に聞き耳を立ててみる。すると声がはっきりと聞こえた。
『ねぇ、これたぶん手詰まりよね? 最初からやり直した方がよくない?』
『えー、お宝は目前なのにー! この場は味方を犠牲にしちゃえばいいよん!』
『味方を犠牲にしたら報酬が激減しちゃうけど……それでも誰かを犠牲にするんだったら、わたしのキャラでいいよ』
『それはダメですよ、ゆりさん。ヒーラー役はあなたしかいないでしょう? この場はわたくしのスキル……生贄進化で突破しましょう』
『つばきちゃん!? ひょ、ひょっとしてオート放置中のひまわりちゃんのキャラを生贄にするつもりなの!? それはマズいよ、ひまわりちゃんが戻ってきたら大変なことになっちゃう!』
『あの子のキャラを勝手に犠牲にしたら……全員分のゲーム機を破壊するまで暴れるかもね。つばき、あの子はそこまでしないと許してくれない子よ?』
『大丈夫ですよ、すみれさん。ひまわりさんの犠牲は無駄になりませんし。このわたくしが無敵状態になれるのですから。ふふっ』
『それってつばきちゃんが無双したいだけだよね!? 大丈夫じゃないよね!?』
『って、おかしいわ。共有アイテムがごっそり減ってる。アリス、あなたの仕業なの?』
『えっへん! 使えるものはじゃんじゃん使っていく! これがあーしのプレイスタイルじゃーい!』
『ふふっ。アリスさんったら、自己中がよく似ていますね』
『……えっと。誰に似てるって言ってるんだろう……?』
『はぁ。やっぱり最初からやり直した方が全員のためだと思うのだけど……』
―――小窓を覗くと、四人の少女が思い思いの体勢でゲームに没頭していた。
アリスは絨毯に寝そべり、ゆりはカウンターチェアに、つばきと呼ばれた少女はテーブルの前で正座していて、すみれという少女はソファで足組みしながらゲーム中だ。
「(同じ部屋で同じゲームをしてるのか。でも何だか……全く別々の作業をしてるみたいに見えるな?)」
ゲームで盛り上がっているのは事実。しかし微妙な距離感が気になった。
まぁ真夏だし、皆でくっ付いて遊ぶ方がおかしいかもしれないが……。
「(と、そうだ。つばきとすみれの描写描写……)」
つい先ほどの冷凍庫の所有者(?)である、つばき。彼女は赤のツインドリルと派手な髪型をしつつも、おっとりとした相貌で言葉遣いも上品さがある。まだ雰囲気だけだが、料理が上手そうでエプロン姿がとてもよく似合っていた。
「(つばきは育ちのいいお嬢様キャラか? 礼儀は正しそうだな。ゲームはちょっと暴走気味だが)」
続いてすみれ。彼女は紫色のミディアムヘアの持ち主で、他の女子と比べて全然笑わないあたり、クールな印象がある。ブラウスとデニムスカートから伸びた細長い手足はプロモデルのそれと言っても過言ではない。モデルの卵とはこういった子を指すのだろう。
「(しきりに溜息をしては眉間に皺を寄せてるな……。気苦労が絶えなさそうな子だな。ゲームではあまり粘らないタイプか)」
とここまで紹介したところで、俺は今回の登場キャラが花の名前とその花の色の髪色であると気づいた。ゆりが白で、つばきが赤、すみれが紫。ということはまだ見ぬひまわりは黄色だろう。
「(……この少女達に、マスコットの俺は嫌われてるのか)」
ゆりが言っていた。『もうツっきんに優しくする必要ないって。万が一、館に戻ってきたら汚い言葉で罵って追い返してみて』と。すみれにそう言われたのだと。
ぱっと見は少女達がまったりゲームしていて微笑ましい風景。しかしこの風景に俺が加わった時、殺伐とした空気が漂ってしまうのは避けられない。―――そう考えると、とてもじゃないが少女達の前に立つ勇気が湧いてこない。
「(…………とりあえず、今日は無理だな。全員が揃ってないし、何よりもアリスがゲームで迷惑かけすぎてる)」
特にすみれの顔が険しくなっていた。ゲームに冷めていっているのが見て取れる。俺の登場チャンスは次回に持ち越しだ(断念)。
「(しかしあいつら、どうしてひまわりの戻りを待つという選択をしないんだろうな。オート放置中ってことはすぐ戻ってくるんだろ。ひまわりを待つか呼ぶかしたら勝てるだろ、)」
「ん? ツっきん呼んだ? うちの名前」
少女達がゲームで騒がしくしているのと、廊下が暗いのが原因だった。
「いっ……!?」
気づけなかった。
俺のすぐ背後に、全裸の少女が立っていた……!
「そういえば、ツっきんっていつから戻ってたの? 聞いてない」
黄色のおかっぱ髪をタオルで拭きながら、起伏に乏しい肢体を恥ずかしげもなく晒している少女。状況をよく呑み込めていない様子の彼女こそが、ひまわりだ……!
「って、どうしたの? 急に頭のお花が元気になったよ? あ、もしかして興奮してる? うちの裸で」
「えっ!? 花っ!?」
「うんうん。ツっきんのかぼちゃの花、嘘吐けないもんね。ぶっちゃけ男の子のあれみたい」
ひまわりはしゃがみ込むと面白可笑しそうに俺の花をちょんちょんと突き始めた。
「お、お前っ、寄るなっ触るなっ……!」
「照れてるの? というか何で興奮してるの? うち、お風呂あがりはいつも裸で徘徊してるじゃん? ツっきんよく見てる」
「み、見てない! 見てないぞ今の俺は!」
テンパりながらも視線を逸らす俺。不可抗力とはいえ異性の裸を見続けるのはマナー違反だ。特に中学生くらいの女の子に対しては、何かしらの法律に引っかかりそうだ!
「嘘じゃん。お花がめちゃ元気」
「うぅ……!」
俺はついに全身が沸騰するような感覚に囚われた。
隠そうと必死だった後ろめたい感情に、押し負けた瞬間だった。
つまり俺は……ひまわりの裸を見て、興奮していると自覚してしまったのだ……(敗北)。
「あれ? どしたの、そのダサい首輪? 今まで着けてなかった、」
ひまわりが俺のアリスバンドに注目した直後だった。
ビリリリリリリリリ! と。
俺の首回りから突如、激しい電流が流れ始めた。
「ぎゃああああああああああああああああ!? まさかのビリビリグッズうううううううううううううううう――――!?」
俺は昇天しながら今回のアリスバンドの設定を確信した。
どうやら俺は……少女達に性的興奮を感じてはいけないらしい(当然)!
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