第192話/アホ鳥

第192話


(無理だ。俺にこの喧嘩は止められない。女同士のプライドを賭けた戦いだから男は邪魔すんな、っていう圧を感じる……!)


 俺は溜息した。これは完全に脱線だ。この脱線の後、風ノ国で吹き荒れる強風についての話は再開できるのだろうか……(憂鬱)。


「……鳥頭とか痴れ者とか害鳥とかってさー。よくもまぁ品性の欠片もない単語たくさん知ってるよねー?」


 イツモワールが上から目線でリーゼを小馬鹿にする。

 今は殺意よりも悪意の感情が勝っているようだった、


「やっぱりサキュバス族ってさー、幼少から下品な教育ばっかり受けてるんでしょー? 育ちの悪さがはっきり出ちゃってるもんねー♪ お姉さん同情しちゃうなー♪」

「いえ? 安い挑発しかできないハーピー族ほど落ちぶれてはおりませんよ」


 無表情ながらも売り言葉に買い言葉を実行するリーゼ。


「それと。わたくしには理解できませんね」

「はあ? 急に何のことー?」

「世界魔王遺産のことでございます」


 そういえば、と俺は思い出した。あの時……リーゼのアルティメット・ノヴァのせいで、大勢のハーピー族達が世界魔王遺産とされる庭園を荒してしまった。あれからどうなったのだろう?


「呆れましたよ。あなたは事後処理として最悪の選択を取りましたね」

「リーゼ、お前何か知ってるのか?」

「はい。この鳥頭は……ことにしたのです」

「なかったことに? 何を?」

「ですから、したのですよ」

「………………………………」


 リーゼの言葉をしっかりと咀嚼してから、俺はぽつりと呟く。


「これはアホ鳥」

「アホ鳥です。救いようのないアホ鳥です」

「ええっ!? ツキシド君まで、うちのどこがアホなのよ――!?」


 イツモワールが「撤回してぇ――!!」と抗議してくるが、


「……なぁリーゼ。早くこのねぐらから逃げた方がよくないか? ブチ切れた魔王が本拠地ごと焼き払う未来が近いと思う」

「そうですね。ではこのアホ鳥から足輪を手に入れましたら、そうしましょうか」


 俺達は救いようのないアホ鳥に呆れながら頷き合った。


「はっ、ははははは。どーもツっこみどころが満載だけどさー? とりあえず、うちが負ける前提なんだねぇ―――!?」


 と、イツモワールが中華包丁を投げ放った。

 ブーメランのように高速回転しながらリーゼの体に差し迫ったが、


「当然です。不可能と申し上げたはずです」


 リーゼの防御魔法が中華包丁を弾き返した。


「……、わたくしの勝ちですね」

「ごめー、今のはちょっとした肩慣らしー。これが本命だからー♪」


 イツモワールがまたも中華包丁を取り出してみせた。


「何度試しても同じことです」

「どうかなー?」


 イツモワールが右足を上げる。

 魔族の足輪を誇示するポーズだ。


「さぁ、この必中の撃で地獄に落ちろ! リーゼロッテ!!」


 右足を上げてから右手で投げるという謎投法で、中華包丁がイツモワールの手から離れた。だがその投法以上に謎だったのは、イツモワールが中華包丁を投げただった。


「………………。は?」


 俺は愕然とした。彼女の中華包丁はリーゼとは別の方角に飛んでいき、空気中に漂う七色胞子の先に消えていったからだ。


「ど、どういうことだ? 最初はちゃんと投げれたのに、今のは真北と真西くらいに投げる方角が違ってただろ……?」


 言うなれば、練習では完璧だった投手役が本番でファーストに投げてしまった始球式……を目撃した気分だ。


「いくらアホ鳥とは言ってもな、このトンデモ展開に納得できるヤツはいないだろ……。めちゃくちゃだ……」

「ふっふー。ツキシド君、投げる方角はテキトーでいいのだよー。こっからこっからー♪」

「? まさか?」


 イツモワールの自信ありげな表情(と胸)を見て、俺は咄嗟に叫んだ。


「リーゼ! 油断するな! 何か裏があるみたいだ!」

「……、はい」


 リーゼが防御魔法で奇襲攻撃に備える。

 俺達の拍子抜けした空気が一転、緊迫感に包まれた。


 ………………そうして待つこと十数秒。




「………………………………。あらー???」




 イツモワールの表情から笑顔が掻き消えた。

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