第193話/反則級のガン無視
第193話
彼女は中華包丁を投げた方角をきょとんと見つめ……俺とリーゼ以上に『何が起こったのか分からない』といった様子だった。
いやそもそも。
『何か』は起こったのだろうか?
「リーゼ、お前無事だよな? というか無傷だよな?」
「はい」
「つまり……何も起こってないよな?」
「はい」
俺達は虚空を見回してから、イツモワールに視線を戻すと。
「あぁ、そっかー。そういうオチとはねー……」
なぜかイツモワールは一人納得していた。ボーっとした面持ちは神妙なものへと切り替わっている。
「ははは……こりゃアホ鳥言われてもおかしくないなぁー。今まで気づけなかったうちが救いようがないのもその通りかぁー」
言ってイツモワールは右足から魔族の足輪を外すと、
「そっちの勝ちだよ。あげる」
「……、」
まるで引き寄せられるかのように、リーゼの手の中に足輪が投げられた。
「大切に使ってねー♪」
「……? ああ」
俺はイツモワールの言葉に嘘はなかったと安堵する一方で、この決着に納得がいかなかった。彼女が一切悔しさを滲ませていないのも気になった。
「どういうことか説明して欲しいんだが?」
「必要ないよー。うちの負けでーす。……はぁー」
イツモワールは地上に降り立ち、大きく溜息してからソファに横になった。
「さっきの中華包丁はどうなったんだ?」
「んー? うちの投げた方角は覚えてるでしょー? 探せば落ちてるんじゃないー?」
「本当はちゃんと投げれただろ? 今リーゼに投げた足輪だって正確無比ってくらいだった」
「うちがテキトーに投げたのはただの気まぐれだからー。……結果は変わらないはずだったからねー」
「結果は変わらない……? じゃあ、」
いい加減に投げてもリーゼに中華包丁を当てられるとすれば。
「この足輪が理由なのか? この足輪は本来、どの方角に投げても必ず標的に当たる効果があったりするのか?」
「ふぅん? よく分かったねー?」
イツモワールが感心したように鼻を鳴らした。
俺達に説明する気になったのか、ゆっくり上体を起こした。
「そ、必ず当たるんだよねー。一時的に防御魔法で防いでも、中華包丁は半永久的にリーゼロッテを狙い続ける。魔法を解いた時がリーゼロッテの最期だったんだよねー」
「マジか……!?」
俺は冷や汗を掻いた。事実であればリーゼは負けていた?
魔法を永遠に使ったままにできなければ、殺されていたのだから。
と言っても、現在はリーゼの手中にある魔族の足輪が、
「本物だったらねー……」「本物だったらか……」
重なる声と声。自ずと俺達の注目がリーゼに集まっていく。
「……確かに、これは偽物ですね。触ってみれば魔力がほとんど感じられないと判ります。レプリカです」
「じゃあ、本物は? 本物はどこに?」
「決まってるでしょー。カエル君が持ってる」
「ミヨーネが……!?」
俺はハッとした。ミヨーネがイツモワールを眠らせたわけを。
「ま、うちを眠らせておいて盗まないわけがなかったよねー。他にも変なことされてるかもしれないと考えると、お姉さんゾクゾクしちゃうなぁー♪」
「何でそんなに余裕なんだよ……?」
「だってうち、魔王有力候補から外された方が幸せだものー♪」
「お前も魔王になりたくなかったのか!」
ミヨーネから宝具を取り返すつもりがない、と言いたげなイツモワールだった。
魔王に興味はないと薄々感づいていたので驚きはしないが。
「なるほど。本物はミヨーネ様が所持していると。どうりで」
「リーゼ?」
「ツキシド様。どうやら風ノ国の王都で吹き荒れる風も、トード族と共謀したハーピー族の仕業と思われます」
「え?」
「火ノ国に大雪を降らせていたハーピー族の集団は、風ノ国にも強風を送っていたということです」
「んん? 同一犯だったのか? じゃあ今、風ノ国の王都は……?」
イツモワールの許可を得て、リーゼが殲滅したのだから―――?
「今朝、風ノ国の王都も視察いたしましたが、強風は止んでおりました。ご報告が遅れて申し訳ありません」
「! そ、そうか。じゃあ俺が寝てる間にお前が全部解決してしまってたのか……」
俺は苦笑いした。
……俺の出番と活躍がほとんどなかった。
(うーん、少しでも被害を抑える意味で、早期解決は素晴らしいんだけどなぁ)
こんな主人公でいいのかと自問自答したくなった……(複雑)。
「へぇー、あんたも察しがいいじゃんー」
イツモワールがリーゼを見て笑っていた。
「うちからも補足させてもらうと、火ノ国と水ノ国の国境から強風を送っても風ノ国には届かないよー。普通ならねー」
「遠方からでも届くように、ミヨーネ様がハーピー族に足輪の力を使ったのでしょう」
「大正解だよー。ハーピーの羽根は風を起こす時に微量の魔力を放出するんだけど、その羽根に必中効果を付与させたら、」
「放出する魔力が必中効果を伴い、作り出した強風を狙った場所まで確実に運ぶのですね?」
「そ。ツキシド君も理解できたー?」
「……ああ。とりあえず、反則級の装備なのは理解した」
まさか射程までガン無視とは。空が飛べるハーピー族なら上空から広範囲に狙いをつけられるし、卑怯の極みと言っていい。
イツモワールがやる気さえ出せば、魔王なんて簡単に倒せてしまいそうだ。
そう考えるとミヨーネに足輪を奪われたのは非常にマズい……。
「そういえばツキシド君。君も、カエル君に何かされたんだったよねー?」
「っ…………!?」
「ねぇ、どうなのー?」
イツモワールに問われて俺は全身が硬直した。
問われた瞬間には思考回路がショートしかけていた。稲妻が走ったような衝撃だった。
(この状況で、根底から覆されない方がおかしい……!?)
そう。俺は序盤からとんだ思い違いをしていたのかもしれない。
著者の企みを看破した気になっていたから。
そもそも著者の言葉が信じられないから。
俺は今、最悪の可能性を目の当たりにして絶望している。
「……それー」
イツモワールに指で示されるより前に、俺は見ていた。
自分の右腕にある『それ』を。
「君が持ってるドラゴン族の宝具。魔族の腕輪は、本物なのー?」
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