第271話/魔法少女とマスコット

第271話


 前の世界で俺の仲間だったアリクイの魔物。背中からウナギの蒲焼のタレみたいな味の分泌液を出す。だからヒツマブシと名付けていたのだが……。


 俺はどういうわけか、そのヒツマブシの姿になっていた……(絶句)。


「……ひつまぶし? 確か名古屋の名物グルメですよね? それがどうしたんですか?」

「い、いや……」


 やばい、さすがに衝撃的すぎて状況の理解に頭が追いつかない。

 思考が完全に死んでいる。実は俺は魔物の姿だったという事実を処理できない……。


「ツっきんさん……?」


 少女が心配そうに声をかけてくる。だがそれでも窓に映るアリクイから目を逸らせない。しかもなぜか……頭の上には謎の黄色い花が咲いていて、首にはアリスバンドが装着されてある。


(俺の知ってるヒツマブシと微妙に違うな…。この黄色い花は何の花だ……? 首輪版のアリスバンドにも新しい効果があったりするのか……?)


 本当に分からないことだらけだ。

 ただそれでもはっきり分かったのは、少女が巨人なのではなかったということと、


(魔物というか……か。俺は魔法少女専属のマスコット役。この世界ではこのもふもふ姿がデフォってことかよ……!)


 泣きそうだ。

 人間の姿ではないという時点で。


「あの……もしかしてかぼちゃのお花を強く引っ張り上げたの、怒ってました……?」

「かぼちゃの花? ああ、頭の上のこれか」

「正確には花の茎ですけど……。茎は丈夫そうだったので、つい……」

「いや。おかげで助かったから気にしないでくれ」


 言いながら花を触ってみようとする。

 アリクイの両手で。


「……うーん、やっぱり違和感がすごいなぁ……。というか腕が花に全然届かないじゃないか……」


 人間から魔物に転生させられて、極端なくらいに不自由になってしまった。

 前の世界ではいきなり魔王がいてヤバかったが、今回の方がもっとヤバそうだ。人語を喋れるのが唯一の救いか。


「ツっきんさん?」

「……何でもない。ところでお前、俺のこと『さん付け』だな。……俺って偉そうな感じに見えるか?」

「えっ。今更何ですか? 偉そうというか……じゃないですか」

「あー……だったな」


 この子は魔法少女なのか。まぁそんな気はしていたが。


(で、俺が力を授けたマスコットで確定なわけだな……)


 なるほど、そのあたりの設定は一般的な魔法少女モノと変わらないようだ。

 ―――別にマスコットが偉いわけではないが、少女には少なからず尊敬の念があったので『さん付け』ということか。


「でも、」

「ん?」

「今後は『さん付け』をやめます。やめない方がおかしい話ですもんね」

「???」

「すみれちゃんにも言われたんです。もうツっきんに優しくする必要ないって。万が一、館に戻ってきたら汚い言葉で罵って追い返してみてって」

「お、追い返す……!?」


 もしかして館というのは目の前のこの西洋館を指しているのだろうか。年季の入った煉瓦造りの豪邸だ。すみれちゃんが家主だったり?


「そういうわけなんです。どうして花壇の地面に潜っていたのか、さっきから様子がおかしいのか、わたしは気になるんですけどね。でももうツっきんを信じること自体、わたし達にとっては無理なので」


 少女がこほんと咳払いをする。

 次に口を開いた時、俺を見下ろす彼女の目は据わっていた。




「―――おうこら害獣! 人様の家に潜り込んで汚ぇ花咲かせてんじゃねえ! てめえのエセかぼちゃはゴミとクソの掃き溜めで実らせとくのがお似合いだ! おととい来やがれ害獣!!」




「…………。が、害獣……」

「あああああすみませんすみません! やっぱりわたしには汚い言葉で罵るなんてうまくできません! 才能がないから!」

「いや文句ナシにできとるわっ! 才能ありまくりだわっ!」


 前もって練習していそうなくらいばっちりだった。その証拠に俺の心はズタズタだった……(泣)。


(うぅ……魔法少女に罵られるマスコットなんて可哀想すぎる……。あと俺はかぼちゃの妖精だったりするのか……?)


 前の世界のヒツマブシにかぼちゃ要素はなかった。それだけに疑問点が多い。

 俺が地面に埋まっていたらかぼちゃが実るのだろうか? こんな蒸し暑い日に埋まっているなんて自殺行為だが。


「……そうか、俺にどっか行けと。ただでさえ全身もふもふで、外も暑くて、生きてる心地がしないのに。このままじゃ死ねそうなのに」

「え? 外にいたら暑さで死ねそうなんですか? じゃあ順当に死ねばいいんじゃないですかね」

「何でだよ!? パートナーであるマスコットを殺したがるな! ええい、お前それでも魔法少女か!?」


 少女に向けてびしっと指を突き出したが、腕が短すぎるので全く様になっていなかった。だが決まりの悪さを気にしてはいられない。俺達が険悪な関係になっていて良いことなど一つもないはず。この世界でのハッピーエンドも俺達の一致団結があってこそ掴み取れる……はずだ!


「はぁ……それでも魔法少女か、ですか」

「え、ちょ!? いきなり何するしてるんですか!?」

「何って、お花に水やりです」


 頭上から大量の水が落ちてきた。どうやら少女はじょうろを使って花壇に水やりをしている途中だったらしい。びしょびしょだ!


「俺は魔法少女のマスコット! 俺の本体は花じゃない!」

「ここは花壇ですよ。お花しかいません。お花が喋ってちゃいけないです」

「だから俺は花じゃ、」

「違うのなら。あなたがお花じゃないのなら。早くこの館から出て行ってください」

「と言われてもだな、」

「それに……ここに魔法少女はいません」

「……え?」


 どういうことだ、と俺が訊ねる前に。少女は花壇から背を向けていた。

 そして去り際に一言。




「―――わたし達、魔法少女を辞めましたから」

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