第117話/戦える
第117話
「わ、わたし達ヌコ族をっ! ツキシドさんの傘下に入れてくださいっ……!!」
「………………。は???」
「ど、どうしよぉぉぉぉぉぉ!? 言っちゃった、もう後には引けないよぉぉぉぉ!!」
「ナクコ様、落ち着いてくださいにゃ! あんまり弱気だと足下を見られてしまいますにゃ!」
「でも、でもっ! うにゃああああああああ―――!?」
パニック障害でも抱えているのだろうか。ナクコは髪を乱し体をうねらせたかと思うと、力が抜けたようにぐったりとして他のヌコ族達に支えられた。
「こ、これは一体全体、どういう状況なんだ……?」
「にゃほっ。仕方ありませんにゃあ。この儂がナクコ様の代理でご説明いたしますにゃ……」
白髭と白眉を蓄えた、長老と思しきヌコ族が俺の前に進み出てくる。
「ご覧のようにナクコ様は非常に臆病でしてにゃ? ヌコ族の命運がかかった交渉を前に、あえなく発狂してしまったんですにゃ」
「え? お前らの命運がかかってるのか?」
「はいですにゃ。というのも儂らはヌコ族のごく一部でしてにゃ? ほとんどのヌコ族は『臆病なナクコ様では魔王になれない』と判断し、この本拠地から出て行ってしまったんですにゃ」
「……、ナクコを見限ったってことか?」
「若干違いますにゃ。彼らは……逃げたのですにゃ」
ヌコ族の長老は重く溜息すると、
「……魔王とその側近によって選ばれた有力候補は、自身の種族をも巻き込んだ争いを強いられますにゃ。つまり彼らは『ナクコ様のお近くにいると危険』と考え、どこか遠くへ逃げたのですにゃ」
「なるほど、背に腹は代えられなかったんだな」
著者も言っていたな。魔族社会にも醜い争いがある、と。
じゃあ最初から負けると分かり切っている有力候補の身内なら……距離を取りたくなるのも不思議ではない。
「三十余りとなった儂らは無力同然ですにゃ。魔王を倒すどころか、他の有力候補からナクコ様を護ることすら危うい。……そこでですにゃ」
「つ、続きはわたしに話させてください……」
青ざめた顔のナクコが口を挟み、それから俺に向き直ってくる。
「そもそも、わたしは魔王になるつもりがありません。わたしは元の賑わいを取り戻したいだけなんです。ヌコ族の、平穏な日常を……」
ナクコの言葉に、周囲がしんみりとした空気になる。
「でも、わたし達だけでは取り戻せないんです。次の魔王を決める争いに生き残れないからです。……はい、臆病なわたしなんかじゃ、絶対に」
「そうか、それでお前は俺の傘下に入る以外にヌコ族が生き残る術はない、と」
「はい、包み隠さずお伝えします。ツキシドさんが次の魔王になる可能性が極めて高いので、わたし達は傘下先にツキシドさんを選びました……」
「へぇ、清々しいほど正直者じゃないか」
しかし弱ったな。実を言うと俺が魔族の首輪を手に入れる方法として考えていたのは『ナクコに何か願い事はないかと尋ね、あったらそれを叶えてやる』ことだった。
人間族がヌコ族に困っていることがあるように、ヌコ族が人間族に困っていることもあるはず。そのへんを突いていけば交渉の余地はあるんじゃないかと予想していたのだ。
でだ。こうして彼女の方から願いを教えてくれたわけだが……俺の傘下に入れて欲しいだと?
(要するにナクコはドラゴン族の俺に頼ろうとしてるんだよな。けど俺はまだドラゴン族としてろくに活動できてないんだよな……)
ドラゴン族に関して完全無知な俺。
そんなで承諾するのはだいぶマズいような気がする。
いや、二つ返事で叶えてやれる願いではあるのだが―――。
「やっぱりダメですよね……。ツキシドさん側にメリットがありませんし……」
俺の返答を待たずナクコが途方に暮れかけた、まさにその時。
(……ん? 待てよ? これはチャンスなんじゃないか?)
我ながら大変素敵なアイデアを思いついた。
早速とばかりにヌコ族達の沈黙を打ち破る。
「なぁ。この場にナクコさえいなければお前らは魔王を決める争いに巻き込まれないし、逃げた仲間も帰ってくるんじゃないか?」
「にゃにゃ!? 貴様、何を言い出すんだにゃ!?」
傘で脇腹を叩かれる。
だが俺は痛みを我慢して続けた。
「も、もちろんナクコがいなくなるのは次の魔王が決まるまでの間だ。永遠に別れればいいって提案してるんじゃない。会いたかったらいくらでも会えばいい」
「にゃほっ。では儂らがナクコ様と一時的にお別れするとして。その間は誰がナクコ様をお護りするのですかにゃ?」
「それは……この俺だ」
長老と思しきヌコ族からの質問に、自然と笑みがこぼれた。
「魔王有力候補の俺ならナクコを護れる。あぁ、ここにいる他のヌコ族達の面倒までは見切れないが、彼女だけなら余裕だ。それに何より、わざわざお前らが俺の……ドラゴン族の傘下に入らなくて済むってのが魅力だ」
おぉ、とヌコ族達がざわついているのが分かる。
やや困惑しつつも『悪くない提案だにゃ!』と口にしたげな様子だ。
やはり俺の傘下に入るのは嫌だったのだろう。
「ありがたいお話ですけど……わたし、できるならツキシドさんのお役に立ちたいんです……」
ナクコが不安そうに言ってくる。
彼女はあまり自分に自信がないようだ。
だが俺は(謙虚なだけだろ……)と内心ツッコんだ。
つい先ほどの長老の発言を俺はしっかり記憶している。
『魔王有力候補は魔王とその側近によって選ばれた』と。
そう。彼女は選ばれたのだ。
ならば必然、至極真っ当な理由があるはずで。
少なくともこれだけは断定できる。
彼女は、ヌコ族の中で最も戦闘力が高い。
―――臆病だけど、戦えるのだ。
「ナクコ、魔王倒すの手伝ってくれ」
「えっ……?」
「もし俺の役に立てないと不安なら必死にあがけばいい。俺の仲間になって臆病な自分を変える努力をすればいい」
俺はナクコに勇気を与える心地で、
「俺と魔王を倒したら、きっとお前は強くなってここに戻って来られる。お前自身、そうしたいと思わないか?」
「!! は、はいっ! わたし、強くなりたいですっ! どうかわたしをツキシドさんの仲間にしてくださいっ……!!」
よっしゃああああああああ!
ナクコりんゲットだぜえええええええええ(大歓喜)!!
どうだ! 健全かつ理想的に彼女を落とせただろう!
勇者の剣を取り戻し魔族の首輪を手に入れ、さらには俺が欲しかった魔族の仲間、それも魔王有力候補を獲得! 超激アツの成果だ!
「な、ナクコ様、僕は反対ですにゃ!」
突っかかってきたのは俺を連れてきたヌコ族の片割れだ。
「この男の見た目は確定事項なので割愛しますがにゃ! だとしても危険すぎますにゃ! 裏切られたらどうするんですにゃ!?」
「そうですね。でもわたしは、ツキシドさんを信じます」
全員へ宣言するように、ナクコが凛々しく答えた。
「わたしはツキシドさんの魔王討伐に協力します。どのくらいかかるか分からないですけど……いつか必ず、またこの場所を活気づけてみせます!」
「にゃほっ。約束ですぞ?」
「はいっ! だから少しの間、お別れですっ!」
どうやら話がまとまったようだ。
ヌコ族達がナクコに温かい声援を送っている。
「よし! これでもうナクコは俺の仲間だな!」
「はいっ、これからよろしくお願いしますっ!」
萌え度マックスの笑顔をナクコが見せてくる。
しかし―――。
(…………。あれ? 頭の中にファンファーレが流れ込んでこないな? 仲間にしたんだからプゥップルー、っての、鳴るんじゃないのか……?)
著者が忘れているのだろうか、と俺が思いかけた直後だった。
「あっ、そうでした! 盗んだ剣をお返ししますね! 今すぐ探します!」
「……、探す?」
「はいっ、ツヨシ君が隠したのではっきりとは覚えてないんですけど、たぶんあのあたりですから!」
言うが早いかナクコがゴミの山に走っていき、大量のゴミを掘り返し始めた。
……のだが、
「あれっ!? あれっ!? あれえーっ!?」
「ナクコ様、僕達もお探ししますにゃ!」
「お、お願いします! このあたりのはずなんですっ!」
勇者の剣が見つからないらしい。
続々とヌコ族達がナクコの元に駆け寄っていく。
「ありませんにゃ!」
「こっちもありませんにゃ!」
「ナクコ様、これですかにゃ!?」
「それは縦笛ですっ!」
「ナクコ様、これですかにゃ!?」
「それはラケットですっ!」
「ナクコ様、これですかにゃ!?」
「それは指揮棒ですっ!」
…………やれやれ。
ヌコ族の中には剣すら分からない者もいるようだ。
仕方ないので俺も一緒に探すとしよう。そうしよう。両手縛られたままだけど。
「おいナクコ、本当にこのあたりにあるのか?」
「ツキシドさん! は、はいっ、そうだと思ってました……」
俺が参戦しようとゴミの山に登ってくると、ナクコが泣き出しそうな顔になった。
「ご、ごめんなさい。もしかしたら……見つけられないかもしれません……」
「謝るなよ。そもそもお前じゃなくてツヨシってヤツが隠したんだろ? というかそいつに訊けばいいじゃないか。今はいないのか?」
「! それはもちろん……います、けど……」
「います??? なら何で訊かないんだ? 訊けば一発で分かるだろ?」
そんな風に。
俺が僅かに眉根を寄せると、そこでナクコは堰を切ったように、
「う、うにゃあああああああああああああああああああああああ――!!」
なぜか―――大号泣し始めて。
そしてそれに気づいた他のヌコ族達が、
「「「……にゃア!? ナクコ様、いけませんにゃアアアアアアア!!」」」
なぜか―――ナクコに一斉に飛びかかって。
彼女の体へ重々しく覆い被さった。
「え?……え???」
な、何だこの状況は?
ナクコの姿が見えなくなるくらい一ヶ所に押し固まってるんだが。
まさか他のヌコ族達が彼女を圧殺しようとしてんのか……?
「た、耐えるんだにゃ! どうにかするんだにゃア―――!!」
「そうだにゃ! 気合を入れるにゃ! 気合で何とかするんだにゃア―――!!」
「絶対にこのタイミングでっ、ツヨシを解き放ってはならないんだにゃア―――!!」
えっ、ツヨシを解き放ってはならない?
それはどういうことなんだ……?
と、俺が謎の汗を額に浮かべた、次の瞬間だった。
「「「ぐにゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!?」」」
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