第116話/ペンペン

第116話


 さらに歩き続けること五分ほど。やがて到着したのはRPGダンジョンで言うところの最深部―――ぽっかりと開けた大空間だった。


「ここがヌコ族の本拠地か……」


 俺は渋面を作った。予想はできていたのだが、ここもゴミの山だらけだった。

 人間族が捨てた不用品でごちゃごちゃしている。仮に盗まれた勇者の剣をこの山々のどこかに隠されたとしたら、自力で見つけるのは不可能だろう。


 とにかくゴミで溢れた息苦しい環境。

 そんなヌコ族の本拠地で俺を待っていたのは、




「つ、ツキシドさん!? 本当に来られたのですかぁっ!?」




 ナクコだった。

 キキが言っていた通り彼女は首輪をしていた。蝶ネクタイ型の赤い首輪だ。

 あれが宝具の一つ、魔族の首輪なのだろう。


 無論、本拠地なのだから彼女一人ではなく。

 慌てて彼女を護るかのように、約三十匹の武装したヌコ族がずらりと立ち並んだ。


(そりゃこの場に現れたのは魔王最有力候補、ドラゴン族のツキシドだもんな。警戒しない方がおかしいだろ)


 ともあれナクコの様子が気にかかる。

 自分で俺を呼んだのに、どうしてそこまで驚いているのだろうか。

 そして勇者の剣を盗んだ時とはどこか雰囲気が違うような……。


「ナクコ様! ご安心くださいませにゃ! ツキシドはこのように……両手を使えない状態にしておりますにゃ!」


 俺は背中を向けるように促され、他のヌコ族達に縛られたままの両手を見せた。

 だがその直後、ナクコが意外すぎる反応を示した。


「!! な、何てことをしてるんですかぁぁ!? これじゃわたし達がツキシドさんに敵意があるようじゃないですかぁぁ!?」

「にゃ!? いや、念のためですにゃ!」

「必要ないですからっ! 早く解いてあげてくださいっ!」

「し、しかし……! それは無理ですにゃ!」


 俺を連行してきた二匹のヌコ族が首を左右に振った。


「常々思っていたんですにゃ! ナクコ様は油断しすぎですにゃ! この男は本物のツキシド、魔王最有力候補なのですにゃ!!」

「そうですにゃ! 確かに見た目は弱そうでバカそうでブサイクな感じですがにゃ! しかしヤバいという意味で何をしでかすか分かったものじゃありませんにゃ……!!」


 すると他のヌコ族達が各々納得の表情でナクコを見返していた。

 俺の拘束を解くべきではないと、彼女以外は意見が一致しているようだった。


 これにはさすがに我を通せなかったらしい。

 俺と同じ魔王有力候補の彼女は申し訳なさそうに、


「……ツキシドさんごめんなさい。盗んだ剣は後できちんとお返ししますから、どうかそのまま、わたし達の話を聞いてもらえないでしょうか……」

「いいぞ」

「ええっ!? い、いいんですかぁぁぁぁっ!?」


 ありえない、とナクコが卒倒しそうになっている。

 どうやら取り合ってくれないだろうと予想していたらしい。


「だってお前、俺に話があるからここに呼んだんだろ? なら俺がここに来たのは、俺にも話を聞く気があるからだろ」

「で、でもわたし達は今、ツキシドさんに失礼を働いてしまっています……」

「大丈夫だ。ペンペンで許してやる」

「……、ペンペン……?」


 ナクコを含めた全てのヌコ族達の頭上に疑問符が浮かぶ。

 とはいえ具体的に説明するわけにはいかない。

 彼女のお尻をペンペンするなんて告げたら最後、俺は撲殺されかねない。


「ま、まぁ気にするな。で? 俺に話ってのは?」

「えっと、話というよりお願いなんですけど……きっと無茶なお願いになってしまうんですけど……う、うぐっ……」

「?」


 ごくりと唾を呑むナクコと、固唾を呑む他のヌコ族達。

 だがまだ何も事情を知らない俺には戸惑いの顔色すら繕えなかった。


 しかして彼女は緊張した面持ちで願い出てきた。

 



「わ、わたし達ヌコ族をっ! ツキシドさんのに入れてくださいっ……!!」

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