第9章/イツモワール

第182話/イツモワールのねぐら

第182話


 火ノ国に被災レベルの雪が降り積もって、ドラゴン族の本拠地が氷漬けに。

 王都も交通が麻痺し、王様が寝込んでしまった。


 風ノ国では強風が都市全域を支配していた。

 まともに歩けない風速のため、こちらも経済損失が計り知れなかった。


 ―――そんな危機的状況の両国を、どうして勇者一行が無視できるだろうか。

 異常気象を引き起こしている犯人の手がかりを掴んでいるというのに。


(そうだ。これは絶対に避けられないルートだ)


 ゲームで言えばメインストーリー。ここをクリアしなければ次には進めない。

 勇者ルートも魔王ルートも全く関係ない。


(犯人を野放しにしたままじゃいられない。ドラゴン族だったら、真相を突き止めた上で、反撃とか復讐をするはずだ)


 やはり俺は間違っていない。

 これが著者の罠なのだとしても、このルート以外にありえない。

 イツモワールと接触することは必須イベントだ。そうじゃなければ―――。


(……いや。今更考えても仕方がないよな)


 俺は思考を断った。今更考えても疲れるだけだ。

 そもそもイツモワールの口から真相が聞けるとは限らないし、何も語らずに戦いを仕掛けてくるかもしれない。実はイツモワールというハーピー族はこの世界に存在しないなんて可能性だってあるのだから。


(さすがに存在しないなんて展開はないか。さっきハーピー族からねぐらで休んでるって言質取ったしな)


 だとすれば。ちゃんとこの階段を登った先にいるはずだ。そこが確かにイツモワールのねぐらなのだったら―――。




「き、貴様らなぜここにッ!? 若い衆の包囲網を掻い潜ってきたというのかッ!?」




 階段を登り終えた俺達を出迎えたのは、一匹の年老いたハーピー族だった。

 ただでさえ戦力ゼロな風貌にもかかわらず、今は絶望までが顔に貼りついたかのように青褪めていた。


 まるで俺達の方が悪者に思える雰囲気だった。しかしそんな雰囲気を気に留めないのがリーゼロッテだった。


「族のご長老の方とお見受けします。イツモワール様のねぐらはこちらでしたか?」

「そ、そうだが。なんの用だッ?」

「ご質問に回答する暇はございません。……イツモワール様の元までご案内していただけたなら、あなたに危害は加えないことをお約束しましょう」

「ぐッ……!」


 さも悔しそうに歯噛みするハーピー族の長老は、観念したように、


「い、いいだろう。貴様らを案内してやるッ」

「ありがとうございます」

「だが勘違いするなッ。儂は貴様らの脅迫に屈したのではないッ! 貴様らに利用価値を見出したのだッ!」

「はい?」

「利用価値……?」


 リーゼの隣で俺も瞠目した。

 急にそんな腹黒い言葉が出てくるとは思わなかった。


「あ、あのぅ……。わたし達を利用するってどんな風にですか……?」

「ぺッ! 儂にも回答する暇はないッ!」

「! ひ、酷いですぅ……」

「さあこっちだッ!」


 こつこつと杖を突きながら歩き始める長老。

 罠の可能性は低いと考えた俺達は、彼女の丸い背中を追うことにした。


「ここがイツモワールのねぐらなのか―――」


 俺の勝手なイメージだが、いくつもの竜巻が侵入者を通さんと荒れ狂っている場所だと思っていた。―――だが実際には違っていた。


「あははー、巨大な綿飴のベッドみたーい!」

「ぴゅ~ん!」


 視界に映るもの全てが綿飴のような胞子でできていた。胞子化、とでも言えばいいのだろうか。草花や木々も胞子のようにふわふわしている。しかもそれらは七色に彩られており、朝露の輝きに似た光を放っていた。


「何なのこれ? 胞子? 綿飴?……どっちにしたって謎すぎよ」

「ちょっと不気味ですよね……」


 キッズコーナーで暴れている風情のアリスとヒツマブシ。

 その一方でキキとナクコは嫌そうな目で七色の世界を眺めていた。


「(……ったく。どこでイツモワールが見てるか分からないってのに)」

「(視線は感じませんが、気配は感じております)」


 俺の小言にリーゼロッテが有益な情報を告げてくる。

 どうやら長老の案内は正しいようだ。


「ふんッ! 捜す手間が省けて良かったなッ! では儂はここで失礼させてもらうッ!」

「え? おい、まだイツモワールは―――」


 踵を返した長老は聞く耳を持たなかった。

 先ほどまで杖を突いていたというのに、ダッシュで走り去っていった。


「に、逃げた?」

「そのようです。人質にされるのを恐れてのことでしょう」

「あー、なるほどな」


 リーゼは長老に危害は加えないと約束したが、人質にしないとは言っていない。

 とにかく警戒心の強いハーピー族だった。


「まぁいいか。イツモワールの居場所は分かりそうか?」

「あちらの木の下でございます。進んでみましょう」

「ああ。行こう」


 リーゼが指し示した木に向かう俺達。

 するとそこには確かにイツモワールの姿があった……!




「ぐぅ~。ぐぅ~。ぐぅ~」




 そう……ソファ型の胞子の上に横たわり、ひっきりなしに鼻提灯を膨らませている美女を。


「……寝てるな」

「寝てるわね」

「ぐっすりですね……」

「裏山死刑じゃん!」

「ぴゅぴゅ~ん!」

「なるほど。気配が薄かったのはこのためでしたか」


 ……さて。これはある意味で強敵ではないだろうか。ここにもリーゼのアルティメット・ノヴァの爆発音が届いているはずなのだが、なぜかまだ寝ている。


 というか絶賛爆睡中だ。


(でも何というか……。え、エロいな)


 美女のリアルな寝姿なんて見たことがない。

 だからこそ俺は煽情的な魅力を真っ先に感受していた(悩殺)。


(胸デカいしヘソ丸出しだし生足も超綺麗だし……そんなエロい女が完全無防備になってる。やば、ハーピー族とはいえ興奮してきたかもしれない!? むしろフサフサな羽もイヤらしく見えてッ!? こ、これは危険すぎる!!)


 魔族の足輪を装着していることも確認できたところで、俺はこほんと咳払いする。一時の迷いを断つように(無心)。


「……何よ? 今のあからさまな咳払いは?」

「い、いや。イツモワールをどう起こしたものかなーと」


 誤魔化す俺。

 しかしキキは半眼のままだった。


「は? 嘘でしょ。あんた今、舐め回すようにガン見してたわよ」

「びょ、描写のためだ! かなり頑張ったぞ俺は!」

「物は言いようじゃないの! そして要らないとこで頑張ってんじゃないわよ! そんなのあたしの保安委員権限でカットよカットッッ!!」


 リーゼとナクコとヒツマブシが『???』になっている。……くそ、無念だ。

 眠れる美女の描写は、キキによって大幅カットされてしまったに違いない(←しました。by著者)。

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