第177話/キキorリーゼロッテ

第177話


 その後……階段を三十分ほど登ったあたりで休憩間隔が短くなり、一時間も経てば俺とキキの足腰は老人のようにボロボロだった。

 無限と錯覚するくらい階段は続いているのに、俺達はその階段の上でぐったり座り込んでいた。


「うん……念のため急ごうとか軽率な発言だったな。お前らすまんなすみませんでした……」


 笑って久しい両膝をさすりながら嘆息する。俺の謝罪にはキキが短く鼻を鳴らすだけだった。反応するのもやっとの状態であるらしい。


 次に俺はリーゼロッテに目を移す。……彼女は底なしの体力をお持ちのようで一片の疲労も見て取れなかった。

 俺とキキが休憩している間は無言で立っているだけだったが、




「―――なぜです?」




「……。へっ?」


 彼女が唐突に口を開いたので何のことかとたじろぐ俺。

 彼女の表情には僅かに険があった。


「ツキシド様、現在のあなた様は記憶喪失なのではないのですか?」

「そ、その通りだが。俺は記憶喪失だぞ、」

「ですが記憶喪失に体力の衰えは無関係のはずです」


 そこで俺はハッとした。

 リーゼロッテの質問の意図が掴めた。


(し、しまった! こいつ、俺がドラゴン族だから疑ってるんだ! ドラゴン族だったらもっと体力があるもんだろ!?)


 俺自身は人間族としか思えないわけだが、彼女の視点だったら疑いを持ち始めても仕方ない。記憶喪失を言い訳にするには無理がある……。


「ツキシド様。どうぞここで洗いざらいお吐きください」

「っ!」


 リーゼロッテが俺の正体を暴こうとしてきている。これは明らか大ピンチだ。

 今ここには勇者側のキキもいるし、下手なことは言えない状況だ。


(ど、どうする……!?)


 募る焦りが俺の思考を停滞させていく。キキは疲れすぎて俺とリーゼロッテの会話が聞こえていない様子だが、しかしそれでも俺の事情を語り始めたらバレてしまうだろう。




 そう。俺は勇者でありながら魔王最有力候補という立場で。

 勇者として魔王を殺すのか、それとも魔王最有力候補として魔王を殺すのか、究極の選択を迫られていることを。




(……もう、うかうかしていられるほど終わりは遠くないのか。いいや、そんなの分かってる! 分からないはずがない!)


 風ノ国のイツモワール、水ノ国のミヨーネ。そして魔ノ国の現魔王。残す大敵はたったこれだけだ。チート級の戦力であるリーゼロッテが俺の仲間になったんだし、だからきっと魔王討伐も難しくないのだ。


 今までの戦闘を振り返れば……最初から俺に戦う術なんて求められていないんだと気づける。とにかく俺に求められているのは勇者ルートと魔王ルートのどちらを選ぶのか。ただその一点に尽きている。


(ある意味だけどこの局面……キキを選ぶのか、リーゼを選ぶのかでもあるんだよな……)


 俺は両者を交互に見る。勇者か、魔王か。俺が事情を語ったらどちらかが仲間を抜ける可能性がある。もちろん戦力的にはリーゼロッテ、つまり魔王ルートを選ぶのが無難なのだろう。彼女なしに魔王を討伐できるとは思えないからだ。


(あぁ、普通ならリーゼだ。キキがいなくなったところで正直何も困らないからな……)


 だが極端なまでに決意を固めるのが簡単だ。となるとやはり……著者の罠なんじゃないかと警戒してしまう。俺にキキや人間族を裏切らせることこそが著者の策略なんじゃないかと思えてきてしまうわけで……(頭痛)。


「ツキシド様……?」

「ツキシド……?」


 両者が俺を見返してくる。

 彼女達の戸惑いの声は俺の異変を感じ取っていた。




『―――仲間を集めながら、立ちはだかる敵を倒しながら、大いに悩メ。昨今のラノベは魔王が主人公だったりするしナ。お前には勇者で終わるのか魔王で終わるのか選ばせてやル』




「(はっ、何が選ばせてやる、だ……)」


 著者の言葉を思い出し、俺は文字通り頭を抱えた。

 セーブ不可、きっと取り返しがつかない局面。……俺は、こんな風に葛藤するくらいなら、選ぶ権利なんて……欲しくなかった。


「あの、ツキシド様? 何もそこまで深刻にならずとも良いのではないでしょうか?」

「…………。えっ?」




「実を申し上げますと、わたくしにはツキシド様のお考えが読めております。ツキシド様が体力的にのは、キキ様の体力や品位を気遣ってのことなのでは?」




「…………………………………………………………。バレたか」


 うん……うん。マジすごいなこのデカパイ。俺にはそんな発想できない。

 できたとしても胡散臭すぎて、とてもじゃないが言えない(白目)。


「……は? あたしを気遣って……?」

「はい、キキ様。たまにみだりがましいご発言はございましたものの、記憶喪失になられる前のツキシド様は、女性に大変お優しいお方だったのです」

「え、えーっと……?……だからって今のツキシドが疲れた演技してるってのは、たぶん、いや、絶対ありえないわよ?」


 キキは記憶喪失前のツキシドが『設定』であると知っている。そのため、リーゼロッテの予想は間違っていると断言できるのだ。


「いいえ。女性に大変お優しいツキシド様は、ご健在なのです」


 対し、リーゼロッテもまた断言する。

 ……あれ、妙な空気になってきた。


「ツキシド様がキキ様を心から気遣っておられる事実、部下であるこのわたくしめが保証いたします」

「全然嬉しくないんだけど!? ってか何なのこの空気!? まるであたし一人が足手まといになってるかのように解釈されてて、超居心地悪いんだけど!?」

「勘違いするなよ。キキ、お前は幸せ者だ」

「不幸者よ――!!」


 …………その後、リーゼロッテからの提案で、彼女だけが階段を登りアリス達と合流、そしてアリスが彼女を連れて空を飛ぶことで、本拠地の頂上付近に繋がるゲートを手に入れる―――そんな合理的な作戦へと移行した。


「ま、まぁ紆余曲折はあったが、ほとんどの階段を登らずに済むわけだし、結果オーライだろ?」

「ええそうね! リーゼさんの誤解に助けられたあんたは、さぞかし気分がいいでしょうねぇ!?」

「……あぁ。全くもってその通りだよ……」


 次第に小さくなっていくリーゼロッテの姿を見上げながら、俺はキキに同意した。


 いや本当に助かった。

 皮肉にも俺はキキかリーゼロッテを……裏切らずに済んだのだから―――。

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