第138話/リア〇爆発

第138話


 ナクコが三人の前に駆けつける。

 最初に反応したのは負傷した騎士団長だった。


「お前は先ほどの! 巨大ゴキブリか!」

「ち、違います! これはカブト虫コスですっ!」

「お前もゴキブリらしく俺とイリアを襲う気なんだな!?」

「わたしの話を聞いてくださいよおおお!」


 ナクコが泣きそうになる。……ちなみにカブト虫の角部分は俺が持っている。

 レンタル衣装なので拾わないわけにはいかなかった。


「待ってオルバフ! その子は……ヌコ族よ!」


 ナクコの正体に気づいたエロフコス少女。

 恐らく顔立ちで判断できたのだろう。

 コスプレ喫茶で何度もヌコ族の顔を見ていたはず。


「……ヌコ族だと? こいつはゴキブリじゃないのか?」

「ええそうよ。ゴキブリコスをしているだけのヌコ族だわ」

「ですからこれはカブト虫コスなんですううううぅぅぅ!」


 ナクコが熱弁を振るうかのように声を荒げる。

 だがリア充カップルはナクコの頭に角が生えていないからか、耳を傾けようともしなかった。


「イリア。どうやら俺達はここで息絶えるしか選択肢がなさそうだ。グール族にヌコ族が加勢したのでは、さすがの俺でも……」

「……そう、ね。ゴキブリコスまでしているヌコ族が、わたし達を殺さないわけないものね……」

「偏見ですっ! それは確実に偏見ですっ! ゴキさんに失礼すぎますからっ!!」


 非難する調子でリア充カップルに食ってかかるナクコ。

 そんな彼女に対してグール族の男が話しかける。


「グヘヘ……。こりゃあ驚いた、魔王有力候補のナクコがご登場とはねエー。あんたもボクに血を提供してくれるんですかアー?」

「どうしてそうなるんですかっ。わたしの目的はあなたを懲らしめることですよっ!」


 騎士団長とエロフコスの少女が目を瞠った。

 よほどナクコの目的が信じられなかったようだ。


「おっとっとオー? これはまた驚いたなアー? つまりあんたは人間族に味方しちゃうんですかアー? ヌコ族が人間族に友好的って話は聞きますがねエ、魔族の敵に回るのはちょっとマズいんじゃないですかねエー?」

「え? 人間族に味方して何がマズいんですか?」


 ナクコは平然と相手にそう問い返すと、


「それにわたしは魔族の敵に回るつもりなんてありませんよ? わたしはただこの国や街を脅かす存在を排除したいだけです。なんせこのわたしも住んでいますから」

「ゴキブリコスでそれ言いますかアー!?」


 悔しいが俺もグールのツッコミに激しく同意だった。

 ゴキブリコスで言ったら説得力皆無! 

 お前自身が脅かしてる存在!


「ということで命令です。今すぐこの国から消えてください。さもないと本当に懲らしめちゃいますよ?」

「……グヘヘ! 臆病者で有名なあんたにしてはえらく頑張ってるじゃありませんかアー? ボクが怖かったら逃げてもいいんですよオー?」


 グールが妖しい笑みを湛えてナクコに語りかける。

 すると彼女は「はいっ」とその場でくるっと半回転。

 ダッシュでこちらに戻ってきた。


「(って、おいいい!? お前、マジで逃げてきてどうするんだよ!?)」

「(だってやっぱり怖いじゃないですかあああああああ!! 血を吸われたらどうするんですかあああああああああ!!)」


 内心ガクブル状態だったらしい。

 ナクコがバイブレーション機能のように身震いを始めていたので、


「(お、落ち着けよ! 俺はお前をこんな弱い子に育てた覚えはないぞ!」

「(育てられた覚えがないんですがっ! こんな時にからかわないでくださいよぅ!)」


 ……うむ。明らかに嘘とバレる説得の仕方では無理のようだ。

 それなら魔族の腕輪がちゃんと機能するよう、それっぽい内容でナクコに信じ込ませてやる!


「(ナクコ、お前は全然強いはずだろう? ツヨシがお前の魔力を借りていたが、あれほどおぞましい魔力の持ち主は中々見ないからな?)」

「(それはそうですけどっ、)」


 お。正解だったか。

 触れようとするものを物理的に拒絶する効果があるっぽかったからな。

 強力な魔力には違いないのだろう。

 よし、もうひと押しだ。


「(それになぁ? お前はバリバリの肉食獣だろ? アイツが血を吸いたがってるグール族なら、お前はアイツの肉を喰らいたいヌコ族だろ? そうなんだろ?)」

「(はい、それもそうですけど……って、いくら何でもそれはないですっ!! 餓死寸前だったらありえるかもですが、さっきご飯食べてお腹パンパンですしおすし!!)」


 げふぅー! とゲップをしてみせるナクコ。

 彼女が下品なのはアリスに似てきたせいか、それともヌコ族の性格か(困惑)。


「(えーっと……とりあえずお前、緊張解けたよな?)」

「(あ。言われてみたらそうですね。……不思議ですね?)」


 魔族の腕輪が機能したのだろうか。

 正直微妙な結果ではあるものの、


「(ナクコ、改めてお願いだ。リア充カップルをあのグールから救ってやってくれ。お前なら絶対にできるからよ)」

「(はい分かりました! お任せくださいっ!)」


 ナクコは俺に意気込んでみせたと同時、深緑のオーラを全身に纏った。

 言わずもがな、彼女の魔力だ。


「(わたし気づきました! 血を吸われたくないんだったらこの魔力を放出していればいいんです! これなら相手はわたしに近づけません!)」

「(お、おう……。すまんが急いでもらっていいか?)」


 目の前にいられると俺も魔力による被害を浴びそうだった。

 というかすでに肌がピリピリした感覚を受けている。


「(しっかり見ていてくださいツキシドさん! この魔力を限界まで放出して、ものの一瞬で終わらせちゃいますから!)」

「(え? ちょ、ま―――!?)」


 ナクコが物陰から飛び出していく。その直後には前方に高く跳び上がっており、空中からグールの男を睨み下ろしていた。


「! グヘヘ……! 戻ってきたかと思ったらボクに攻撃する気満々なんですかアー!?」


 グールが腐敗錬成していた長剣もどきを振り上げる。

 ヘビのようにウネウネしながらそのリーチを伸ばし、ナクコの体へと迫っていく。


 だがナクコの魔力オーラに潜り込んだ瞬間、長剣もどきは明後日の方向に弾き出されていた。


「はい! その程度の錬成物ではわたしの魔力に勝てません!」

「グヘヘヘヘ! あんたは曲がりなりにも魔王有力候補だもんなアー!?」


 知ってました、とばかりにグールが長剣もどきを再錬成する。

 彼が伸縮自在の長剣から新たに錬成したのは、


「さアどーですかアー!? 今のボクにはこーんなバカデカい武器だって錬成できちゃうんですわア!!」


 それはフレイル型のモーニングスターもどきだった。

 化け物じみた右腕が柄と鎖の働きを担っており、煙突サイズ並の棘鉄球を強靭に支えている。


 グールの男が右腕を大きく振り動かし、棘鉄球でナクコの魔力に挑みかかった。

 だがそれでもなお、魔王有力候補であるナクコにとってみれば―――。


「えっ? もしかしてこれがあなたの限界なんですかっ???」


 たった一秒も保たずに棘鉄球が弾き出され、グールがギョッとする。

 それこそナクコの実力を完全に見誤っていたと気づいた様子だった。


 無論その時点で彼の逃亡は手遅れであり。

 そして俺が危惧していた事態についても、すでに手遅れだった。


「だったら記念に見せてあげます―――わたしの……魔力の限界をッ!!」


 ナクコの宣言通り深緑の魔力が放出される。

 掛け値なしに限界まで放出されていったのだ。




 ……そう。こんなにも狭い裏路地で。




 これぞリア充爆発ならぬ、

 裏路地の壁が音を立てて瓦解し、もはや建物や裏路地の原形すら留めないほど、ナクコの魔力は爆発物の役割を果たしていったのだ。


「なあナクコさんや……。お前が爆発した感じになってどうするんですか……?」


 俺は爆心地に向かって声をかけるも、そこにはナクコの姿ではなく瓦礫の山があった……(完)。

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