第137話/腐敗錬成

第137話


 俺とナクコは物陰に隠れつつ様子を窺っていた―――。


「アァ、そっちの娘を吸いたくてたまんねェですわ。見てるだけでも喉が乾いてきちまうよオー……」

「ひいッ!?」


 男のグールが舌なめずりをしながらエロフコスの少女に歩み寄っていく。

 少女は恐怖に腰が抜けたのか尻餅をついた。


「イリア、お前は逃げろ!」

「む、無理よ、立ちたくても立てないの……!」

「くっ、なぜよりもよってこんな時にグールが現れるんだ!」


 騎士団長は舌打ちしグールの前に立ち塞がると、


「おい! この都でグールに血を吸われたという被害報告がある! 犯人は貴様で合っているな……!?」

「おやおや……誰かに似ていると思ったら地ノ国の騎士団長サマじゃないですかアー。わざわざ他国で娘を口説いてるんですかアー?」

「俺の質問に答えろ!」


 騎士団長がグールに殺気を放つ。

 しかしグールはそのことに気づいた風もない。


「ンー、それは何とも言えませんねエー。ボク以外にも人間の血が吸いたくて国境を越えるグールはいそうですしねエー? まぁでもたぶんボクで合ってるんじゃないですかねエー……グヘヘ」

「……、素直に国へ帰る気はあるか?」

「考えてやらないこともないですよオー?……そこの娘の血を吸わせてくれたらなアー……?」

「! ふざけるなッ!!」


 騎士団長が地面を蹴った。

 グールとの間合いを一瞬でゼロにし、グールに殴りかかった。


 それは間違いなく会心の一撃だった。腐った鷲鼻を殴られたグールは「ぐべえ!?」と紫色の鼻血を噴き出しながら吹き飛んでいった。


 さすがは騎士団長だ。かなり強い。

 今のところだとナクコに助太刀させる必要はなさそうだ(感想)。


「……さあ。国へ帰るがいい。そして人間の血とは無縁の生活に戻れ」

「グヘ、グヘヘ……。そんなに急かさないでくださいよオー……」


 鼻を痛そうにしながらもグールがゆったりと起き上がった。


「あんたがその娘を早く味わいたい気持ちは分かるんですがねエー。ボクも気持ちは一緒なわけですよオー。『邪魔者は先に排除しなければ』ってなアー……?」

「俺に勝てると思っているのか?」

「グヘヘ……そりゃ地ノ国に留まっているグールじゃ厳しいだろうなアー……。ひょっとしたらあのグリーヴァでもあんたには勝てないかもしれないねエー……」


 グリーヴァ? 確かグリーヴァって魔王有力候補だった気がする。

 魔王の側近が名前を挙げていたと俺は記憶している。


「(ぐ、グリーヴァさんより強いって相当ですよね……。武器がなくてもあのグール族を追い払えてしまうんでしょうね……)」

「(……どうかな)」

「(えっ?)」


 この状況、そして。ナクコの活躍がなければ騎士団長が負けそうになるはず。お約束なのだ。


「(……ナクコ)」

「(はい?)」

「(お前、騎士団長がピンチになったら助太刀に入れ。いいな?)」

「(え? 普通に考えたらですよね?)」


 逆……? あぁしまった、ナクコは魔族だった! 

 普通に考えたら人間の騎士団長ではなく相手グールに助太刀するんじゃないか!


「(そ、それはあれだ、お前がこの国を大好きと思っての判断だ! たとえ魔族でもこの国に犯罪者がウロウロしてんのは許せないだろ……!?)」

「(は、はあ? 確かに犯罪者は裁かれて然るべきですけど……)」

「(それじゃ決定だな! 俺が合図するからそれまで出番待っとけ!)」


 ナクコとの会話を早々に切り上げてしまう俺。

 そんな俺を彼女がどこか不思議そうに見ていたが、今はそれを気にしている場合ではない。


「……グヘヘ。けどなぁ騎士団長サマアー? 人間の血で体中が潤ったグールボクならどうかなアー?」


 楽しげなグールが腐った右手を掲げた。

 その手中に収めていたのは何の変哲もない植物の茎だ。

 裏路地の壁にまとわりついていたのを軽く毟り取ったのだ。


「? 何のつもりだ?」

「すぐに分かりますよオー。……こんな風にとっても簡単なんですからアー」


 次の瞬間、バギン! と。

 植物の茎がそんな乾いた音を立てて……長剣らしき形に切り替わったのだ。


 ただしそれはまるでグールの腐った右手と融合したかのようだった。

 彼の右手と長剣に値する部分の境目がない。

 ましてあれを本物の長剣と解釈するにはあまりにも腐り果てていた。

 ドクドクと生き物のように脈打っていることからも、やはり本物の長剣ではないことは分かるのだが……。


「(何だ? あいつは何をしたんだ……?)」

「(えっ、ツキシドさん知らないんですか? グール族は自身の腐敗エネルギーを元にして……ああやってができるんですよ)」


 ふ、腐敗錬成!? 

 そんな意味不な錬成方法があるのか!


「(でも腐敗錬成の真髄はあんなものではないはずです。もっとすごいんです。グリーヴァさんや人間の血を吸ったグールなら腐敗エネルギーが潤沢でしょうし、やりたい放題だと思うんですけど)」

「(は? じゃあこの街で人間の血を吸ってたアイツは―――)」


 俺はそこまで言って目を戻した。

 見れば、騎士団長が二度目の突撃を仕掛けているところだった。

 再びグールとの間合いを一瞬でゼロにしようとしたが、


「!? ぐあああああああああっ!?」

「…………いけませんなアー。、なんて甘い考えはねエー……?」

「ぐっ……!」


 苦悶の表情を浮かべる騎士団長。

 なおその原因は彼の肩口に長剣()が刺さっていることに他ならなかったが、


 その偽物の長剣が、まるでヘビのようにウネウネと動いていた。


「グヘヘヘヘ! 今のボクには高度な錬成も可能なんですわ! 植物の茎から長剣、長剣から伸縮自在の長剣ってなア――!!」


 グールが下卑た顔で嘲笑する。

 その時にはすでに騎士団長を見ていなかった。


「さア、地ノ国の騎士団長サマ? 命が惜しかったら先に国へ帰るといい。もちろんそっちの娘を捨て置いてなアー?」

「お、オルバフ逃げて! わたしは大丈夫、血を吸われるだけだからっ……!」


 エロフコスの少女が切実に叫んだ。

 死に別れだけは絶対にしたくないと訴えているようだった。


「い、イリア……」


 騎士団長はよろめきながらも首を強く振り、


「ダメだ、ここで俺が逃げたら……もう君と一生会えなくなる気がするのだっ」


 グールを睨み据える騎士団長。

 肩口から大量の鮮血が流れているが、それでも彼の意思は固い。


 そんな彼の勇姿と少女の失意を見て……俺は呟く。


「(……ナクコ頼む、あのリア充カップルを助けてやってくれ。これは……一生に一度のお願いだ)」

「(ツキシドさん? あの、どうしてそうまでしてわたしに頼ろうとするんですか……?)」

「(それは―――)」


 自分では助けられないから―――などと告げられるはずもなく。


「(……ははっ、そんなの決まってるだろ? 俺があの戦いに混ざれば……今お前に見えているもの全てを破壊してしまいかねないからだよ)」

「(にゃ!?)」


 ビクッとするナクコ。

 どうやら俺の脅し気味な言葉が効いたらしい、


「う、うにゃあああああああああああああああああ――――!!」


 いよいよナクコが飛び出していった。

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