第119話/お遊び?
第119話
乙ったハンターよろしく俺が着座した荷車を、六匹のオッサンヌコ族達が携帯ランプだけを頼りに引っ張っていく。
彼らの操縦は初速から全速力だ。一刻を争う状況のせいかもしれないが、それにしたって乱暴がすぎていた。ごく普通の緩いカーブなのに、出来の悪い走行ロボットみたいに角度をつけて曲がりやがる!
「うわっ、落ちる! なぁもっと丁重に俺を運べよ運んでください!!」
歩道や水道に幾度となく振り落とされそうになる俺は、未だに両手を縛られていた。こんなで暴走同然の荷車から振り落とされないようにするためには、さすがに下半身だけの筋力では限界があった。
「喚いてんじゃねえにゃ! 足腰で踏ん張れにゃ足腰で!」
「で、できるかっ!」
これはロデオだ! 本物の牛とか馬に乗ってるのと同じだ! キツすぎる!
「貧弱め! それだけ乗り心地に不満だったらにゃ、こっちの誰かと交代するかにゃ!?」
「えっ、いいのか……って何でだよ!? 何で俺がこれ引っ張らなきゃならないんだよっ!?」
この荷車が俺の足枷になるだけだろ!
そんな単純なことも分からないのか、このオッサンヌコ族は!?
「ちっ。お前らお喋りはそこまでにしとけにゃ。……追いついてきよったにゃ」
顎をしゃくった一匹のオッサンヌコ族。
彼の鋭利な視線が、俺の背後へと移っていく。
「なっ……!?」
つられて俺も背後を見、それからすぐだった。
巨大な
「オラオラオラァ――!! 逃げきれるもんだったら逃げきってみろにゃア――!!」
ツヨシだ!
溢れんばかりの魔力でゴミを弾き飛ばしながら迫ってきている。
彼が通りがかる度に歩道に形成されたゴミの山がごっそりと切り崩されていく。
「ま、マズいぞ!? アイツ、ゴミで荷車ごと俺を……ッ!?」
「ああピンチだにゃ! だが諦めるにはまだまだ早いんだにゃア!」
その時、ツヨシの横合いに屈強なヌコ族達が現れた。
そして「「「うにゃア!!」」」と裂ぱくの気合と共にツヨシへ体当たりをかました。
ツヨシの体が水道側に揺らぐ。だがその直後には深緑の魔力が彼らを襲っていた。
「しぶてえヤツらだにゃアアアアアアアアアアアアアアア――!!」
「「「ぐにゃああああああ!!」」」
屈強なヌコ族達が歩道側の壁に叩きつけられ、ゴミの中へずるりと埋もれていった。
「あ、アイツら大丈夫なのか……!?」
「前向きにとらえろにゃ! ツヨシの妨害を成功させたんだにゃ!」
確かに、彼らのおかげで数秒はツヨシの走りが遅くなっていた。
だが正直なところ、五十歩百歩だ。
俺達はたった十メートルもツヨシとの距離を稼げていない。
やはりこのままではマズい。
ツヨシは俺達を追いかけながらゴミ攻撃が可能なのだ。
命中率は低いようだが、仮に粗大ゴミが飛んできたら……俺は即死だ!
「なぁ! ツヨシがナクコに戻るのって、どのくらいかかるんだ!?」
「早くて三分、長くて五分だにゃ! こ、これ以上は話しかけんの止めろにゃ!」
オッサンヌコ族達は俺よりも切羽詰まっている様子だ。ツヨシに俺の殺害を許したらナクコに顔向けできない、とか考えているのかもしれない(責任感)。
三分から五分か。
俺の感覚的に、あと一分は必ずかかってしまうと。
(いや、一分じゃ終わらないし時間まで持ち堪えるなんて無理だ。身体能力と人間力が高いんだろ、さっきツヨシ本人が言ってたじゃないかっ)
なのでツヨシは全然余力を残しているのだと思う。
この闘争という名の『お遊び』を楽しんでいるのだ。
そうじゃなければ。ツヨシの脚力はとっくに、オッサンヌコ族達が引っ張るこの荷車を追い越せているはず……!
(つまりツヨシはまだ本気じゃない。俺達がどこまで粘るのかを試してるんだ。…………? 試して、る?)
なぜ試している???
そもそも、こんなお遊びを楽しんでいる余裕がツヨシにあるのか? ないだろ。
あと早くて一分しない内にナクコに戻ってしまうんだろ。
そしたらせっかくの俺を殺せるチャンスが台無しだ。
俺がツヨシの立場だったら、むしろ時間がなさすぎてかなり焦る場面だ。
にもかかわらず彼には余力を残している趣きがある。
これは妙な話だ。
(! まさか。ツヨシは俺を、殺す気がない……?)
だとしたら?
彼は本当に、俺達を試してるだけだったとしたら?
彼はナクコの兄ちゃん的存在で、この俺が『妹を預けるに相応しい人格者』かチェックしてるだけだったとしたら……?
そんな―――漫画でもラノベでも使い倒された、オチだったとしたら?
(い、いや! たとえその予想が当たっていたとしてもだ! 俺がそう予想した時点で著者はいくらでも変更できるはず! ならあの変人著者の性格上、そのオチは使わないッ!)
「さァて、そろそろ俺様の本気を喰らってもらうとするかにゃア――!!」
ツヨシの叫びと同時、彼が歩道から水道に飛び込む。
ドボン、という着水の音がして、彼の姿が消失した。
咄嗟に俺は泳いで追いかけてくる気かと思ったが、違った。
次の瞬間、ゴボオオオオオオオォォォォォォ!! と。
深緑の魔力が水道の水を押しやり、この地下水道に洪水を引き起こさせた。
「はあっ!?」
「にゃはーッ! 溺れ死んでしまえにゃア――!!」
荒れ狂う波が歩道のゴミを呑み込み、唸りを上げてこちらに押し寄せてくる!
に、逃げきれない!
「おい! どっかにあの激流を凌げる場所はないのか!?」
「あ、あるにゃ! 橋の下だにゃ!」
その返事で俺は思い出す。
―――恐怖に足を竦ませてしまった、あの板製の橋を。
「この荷車をイカダ代わりにして落っこちるにゃ! たぶんそれしか生き延びる方法はないにゃ!」
「分かった! それでいこう!」
丁度前方に件の橋が見えていた。
そして俺の後方には大量のゴミを含んだ荒波が差し迫っている。
もはや悩む時間は残されていなかった。
当然、覚悟を決める時間も。
「いったるんだにゃア――!!」
橋の手前で急角度で曲がっていく荷車。
俺はこれが最後の踏ん張りどころだと信じ、オッサンヌコ族達と橋の下、水道の枝道へ落下していく!
「うおおおおおおおおおおおおおお――!!」
「「「うにゃアアアアアアアアアア――!!」」」」
俺達は荷車もといイカダの上から頭上を仰いだ。
水道への落下よりも洪水の勢いと轟音に恐怖を覚えた。
この枝道にも滝のように、水とゴミが降り注いでくる。
だが洪水の勢いは橋を全壊させるほど凄まじいものだった。
そのため水とゴミは道なりに過ぎ去っていったのだ。
結果、大きく脇に逸れるように落下した俺達に、直接的な被害はなかった。
洪水の気配が遠ざかっていく。
……やがて俺とオッサンヌコ族達は、自然と安堵の息を吐いた。
「た、助かったあ……!」
「「「助かったにゃア……!」」」
だがしかし―――俺達が精一杯浮かべた、やつれた笑顔は。
ガゴン! と。
イカダに降り立った影に、ほんの一瞬で奪われた。
「―――来たばっかの俺様に教えてくれにゃ。テメエらはいったい何から助かったんだにゃア?」
興味津々に歪められた金と銀のオッドアイが、俺達から笑顔と……安堵をも奪ったのだ。
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