第108話/お持ち帰りメニュー※

第108話


 口内がヒリヒリしすぎて従業員レイヤー達をろくに鑑賞できない―――そんな事態を自ら進んで掴み取ってしまった俺は、コップの水を呷ってテーブルに突っ伏した。


「う、うぅ……。変人著者には有効かなって、あえて激辛じゃない可能性に賭けてみた俺がバカだった……」


 結果はこの通り。俺は惨劇を回避できなかった。

 ごくごく普通に激辛ハンバーグを食べさせられた。

 サービス()で提供された、一人前を……(泣)。


「約束……だしね。好きなの注文してもいいわよ……? デザートとか……」

「いやぁ……。遠慮しておきます……」


 同じく突っ伏していたキキに答える。オムライスは美味だったが、デザートやジュースには何か罠がありそうで注文する気が起きなかった。


「お、おおおお客様っ!? どうされましたかっ!?」


 俺達がいかにも具合悪そうにしていたからだろう。

 悲鳴にも似た女性の声が降りかかってきた。


「……んあー、お気遣いな……!?」


 仕事で忙しいはずの従業員。

 だから俺は、やんわり断ろうとしたのだが、


 固まった。魅入られた。


「あ、あのぅ……?」


 心底心配そうに立っていた彼女。

 尖った耳に白い肌、ピンクのワンピース―――恐らくはエルフコスの女の子に!


「……、君は……?」


 俺はこの出会いに運命のようなものを感じ取り、気づくとそう問いかけていた。


(う、美しい……!)


 彼女は突き抜けた美しさを持ち合わせていた。

 その慈愛に充ちた小顔も、そのふくよかな肉付きも、その天使じみた声音も。

 美しきものの代名詞となりうる存在の彼女に、俺は名前を訊き出そうとしていた。


 しかしどうやら俺の訊き方が悪かったようだ。

 彼女は「はい? あぁ、このコスプレが知りたいんですね?」と誤解釈すると、

 



「これは……エフです♪」




 清らかに、ニッコリと。

 ワンピースの裾を摘んで、くるりと一回転したのだった。


「え、ろ、ふ……? エロフゥゥゥゥゥ!?」


 えっ、どのへんがエルフじゃなくてエロフなんだ!? というツッコミよりも先に、エロフってこの世界じゃエルフと区別されてるのか!? という衝撃的事実に、俺は愕然とした!


 エロフ……エロフコス! 

 だがやはりどのへんがエロフなのかが分からない。

 俺のイメージするエロフは脱げるものは全部脱いでいる。

 しかし彼女は薄着ながらちゃんとワンピースを着込んでいるわけで。

 外見上のエロさはない。ただひたすらに美しい―――。


「……………………」


 キキが半眼無言でこちらを睨んでいたが、俺は勇気を振り絞ってエロフコスである理由を訊き出してみることにする。


「えっと……。エルフじゃなくて、エロフ?」

「はい、エロフです♪」

「……そ、そうですか。ちなみにどのへんがエロフなんですかね……?」

「ふふ。それはですねぇ―――がです♪」

「???」


 俺は眉根を寄せて戸惑った。

 彼女が急に手渡してきたのは、このコスプレ喫茶の品書きらしかったからだ。


「い、いや。俺達はもうこれ以上食事する気ないんですが……。……ん!?」


 見出しにはローマ字でこう書いてあった。『エロフのお持ち帰りメニュー』。

 まぁここまではおかしくない。

 お持ち帰りメニュー、飲食店ならばあるところはある。


 だがしかし肝心のメニュー欄には……R-18指定必至の淫らな内容が、これでもかとばかりに生々しく書かれていてっ!?


「……うーん。これは非常に悩む。どのプレイでお持ち帰りしようかなぁ……」

「ぷ、プレイって何よ!? お食事メニューなんじゃないのそれ!?」

「ああ食事だ。ある意味お食事だ。確かにお持ち帰りメニューだ。そしてエロフだ」


 納得した。

 これは何としてでもエロフコスの彼女をお持ち帰りしなければならない(使命)。


「ちょっと! それには何が書かれてるのよ! あたしにも見せなさい!」

「だ、ダメだっ! 生娘のお前だと持ち帰るにはレベルが高すぎる!」

「どういう意味よ!?」


 キキが腕を伸ばしてきたので身を引いて立ち上がる俺。

 品書きのアレな内容を、エロフコスの従業員だけに見せるようにして、


「じゃあこの……五番のやつで。さすがに四番までは俺には早そうなんで……」

「はい、かしこまりました♪ では外出の準備に少々お時間をいただきますね♪」

「ありがとうございます。……今晩、どうぞ宜しくお願いしますお願いします」

「あんたらいったい何するつもりなのよおおおおぉぉぉぉ!?」


 キキが勢いよくテーブルから立ち上がった、その直後。




「食い逃げよ―――ッ!!」




 決して穏やかではない女性の叫び声だった。

 店内にいる人々が一斉に声主の従業員に注目し、それから店の出入口に目を移した。


 そこにはまさにたった今、扉を潜り抜かんとする『何か』がいた。


 その何かは毛むくじゃらのお尻から生えた尻尾を揺り動かし、脱兎のごとく四本足で外へと走り抜けていく。その数は二人……いや、二


「あ、あれはです!」


 エロフコス少女は説明口調で、


「ひっきりなしに注文していたので警戒中だったのですが、隙を突かれてしまいました! あぁ、どなたかあのヌコ族を捕まえてください! このままではっ、このままではっ! 翌朝まで始末書を書き続けるハメにっ!!」

「んな!? 翌朝まで始末書ぉ!?」


 俺は頭に血が上って咆哮した!

 つまりこのままでは彼女をお持ち帰りできなくなる!? 

 ゆ、許せん、あのヌコ族めえええええええええ(絶許)!!


「キキ追うぞ!? 俺達でヌコ族を捕まえるんだ!! ゼッタイに、ゼッタイにだッ!!」

「……、別にいいけど。ただあんたのその道化ぶりからして、絶対に思い通りにいかないと思うわよ?」


 不退転の決意で臨まんとする俺に対し、キキは完全に冷め切った様子だ。

 この温度差を引っ提げつつも、俺達は食い逃げヌコ族の捕獲に挑む!!

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