第78話/最後通牒
第78話
式場なんてこの大闘技場の中にあるはずがない。
そうと分かりきっていたのだが―――。
「くそっ! 放送室にいないとか、悪意ありすぎる!」
俺は放送室から消えた大和先生を捜して奔走していた。
これが難航必至であり、場内のどこを見回っても赤の他人、他人、他人。
黒山の人だかりが彼女の発見を遅らせていた。
『―――試合準備が整ったようです。それでは武闘大会二回戦、第七試合……始め!』
「……、一時間は経ってるよな」
俺は
それから大闘技場の外へと視線を移す。
こうなったら、こっそり寮部屋に戻ってスマホで連絡を取ろうかと一考した。
「……いや、却下だな。先生が俺の電話に出るとは限らないし、先生の愛のパワーに屈した気分になりそうだ」
ヒロインにスマホを取りに行かせられるのなら満更でもないが、いかんせん先生はヒロインではないのだ(断言)。
「まいったな……。あとは癒美か樋口に頼んでスマホ貸してもらうくらいだが……」
しかし二人もさっきの放送を聴いているはず。
癒美には『憑々谷君……ぐすっ!』と涙声で、樋口には『俺を裏切った(!?)のかっ、憑々谷ッ!?』と怒鳴り声で迫られそうだ。……今二人には近づきたくない。
「打つ手なしだな。腹立つが諦めよう。また呼び出されるの待って次やったら絶縁状だ。あのヤンデレ教師の眉間に瞬間接着剤ではっ付けてやる!」
「……はあ? あんたそこで何ブツブツ騒いでんのよ……?」
というアニメ声に反射的に振り返ると、そこには案の定、嫌悪顔でこちらを見つめる熾兎の姿があった。
「…………。お前には関係ない」
「あそう。じゃあこれだけ。結婚おめでと」
「してない!」
「……、えっ?」
「いや意外そうにするなよ! あの呼び出しは先生の冗談に決まってるだろ!?」
「嘘……だって先生にお祝いメール送ったら『ああ、わたしも可愛い妹ができて嬉しいぞ』って……」
「妙にリアルな裏側やめろやめてください!」
結婚なんてありえないから逆に生々しく聞こえてる(鳥肌)!
「……? 妙にリアルっていうか、リアルの話してんだけど?」
熾兎は小首を傾げた後、
「まぁいいわ。それより、あんたにもう一つ、言うこと思い出した」
「先生のお腹に赤ちゃんはいるの? とか訊くなよ。いたら想像妊娠ならぬ設定妊娠だ」
「?……はぁ、記憶喪失って不憫ね。どっかのネット掲示板で『……などと意味不明な供述をしており』なんてディスられてもおかしくないわ……」
「安心しろ。お前が思うほど、俺はおかしい人間ではないんでね」
少なくとも元いた世界では心配無用だ。ネットでディスられはしない。
著者からの扱いが不憫すぎて俺が誰なのか特定しようとはされるかもしれないが。
熾兎が溜息したそうな様子で、
「はぁ……ねぇタワシ。トピア先輩ってさ、あんたの何なの?」
「婚約者だ」
「バッカじゃないの」
何でだよ!?
先生との結婚より断然それっぽいじゃないかっ!
「あたしが気になってんのはさ。あんたを助けようとしてる先輩の腹の内よ。だってそうでしょ、自身の優勝を手放すどころか、それを悪用したデマまで流してんのよ? あんたはもう異能力者じゃないのに。優勝なんて不可能なのにさ」
「……、まだそうと決まったわけじゃないだろ」
「決まってるでしょ。Bブロックを不戦勝で突破。けどそれまでよ。あんたに戦う術がない以上、優勝はできっこない」
「言ってろ」
俺には秘密兵器のアリスがいる。彼女とは昨日一日特訓に明け暮れ、ほぼ完璧なまでに連携が取れるようにしてある。
そんな俺達を支えてくれたトピアと大和先生からは、充分優勝を狙えるとのお墨付きを貰っている。
「……どうやら他にも策があるようね。はっ、こうなったら呆れるしかないわ。あんた、どれだけ人サマを巻き込めば気が済むのよ? そんなに退学が嫌だっての?」
「嫌に決まってるだろ」
「あそう。ならこの際言っておくけど。記憶喪失になる前のあんただったら、今回の大会にもエントリーすらしなかったはずよ」
「……、理由は?」
「あんたは入学してからずっと序列最下位だもの。この学園での立場に全く執着がない、学園生活なんてもうどうでもいいからでしょ。違う?」
「…………」
……違わないかもしれない。ただそれはきっと熾兎が産み出してしまったアイツを……グロキモな怪物を、早く倒してあげたかったからだろう。
彼にとっては大会への出場が無視できるくらい大事だったのだ。
(とはいえ実際にそれほど大事だったのなら、セクハラとかナンパとかしてる場合じゃないだろうに。中学時代に青春してなかった反動とか言い訳するなよ)
高三直前まで非リア充だった俺には鼻で笑えるレベルだ。これを読んでいる読者の中には、俺とも比べた上で失笑できている猛者もいるはずだ(敬意)。
当然ながら熾兎はそのあたりの事情を知らない。知っていたら俺に優しいはずだ。兄に対して死んで欲しい・退学して欲しいなんて冗談でも願わない。
「ねぇ、やっぱあんた、棄権しときなさいよ」
出し抜けに言ってくる熾兎。
それは最後通牒のように酷く穏やかなものであり、
「優勝して退学を免れたい気持ちはよく分かったわ。今のあんたには深く同情する。可哀想ってね」
「……、」
「だけどね、あんたの妹だからこそ言ってあげてんのよ。優勝を目指したところで、ただ恥を掻くだけだって。退学した後、余計に生活が辛くなるだけだって」
「……。テレビに映るからか?」
「そうね。無能力者とバレたら世界中で笑い者にされるでしょうし……。残りの人生を、ひっそり生きるなんてできなくなる」
確かに。俺に
……であればだ。
「はっ、余計な心配だなぁ? そもそも俺は退学するつもりもひっそり生きるつもりないぞ。前にも言ったが、優勝するつもりなんでな!」
俺は声高らかに改めて自信の程を示してやった。
すると熾兎は短く息を吐いてから、
「……そ。あんたは自分の好きにするってことね。ならいいわ、あたしもそうするから」
「おう、そうしとけ」
何の気なしに。
俺が熾兎に返して直後。
「死んで頂戴」
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