第77話/アリスの心の内

第77話


 完全に痛いキャラに変わり果ててしまった奇姫が去った後―――。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「うん。いいよ」


 言うが早いか席を立った俺は、癒美に断りを入れて道を開けてもらった。


「んじゃ俺もトイレ」


 樋口も立ち上がった。

 だが俺はすかさず彼を冷めた目で見ると。


「……樋口お前……俺が連れション大嫌いなの知ってて言ってるのか?」

「え、そうだったか? いやでも普段から俺達って連れションしてるよな? お前から『寄ってこうぜ』って。何度も連れション誘われた記憶あるぞ?」

「それはお前だけだ。ああ、お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

「…………」


 どうして連れションなんかでこの有名な台詞を使わせてもらわなければならないのか。とはいえ効果は抜群だったらしく、足早に歩き出した俺を樋口は追いかけてこなかった。


 人混みを掻き分けつつ階段を下り、再び闘技グラウンドの入場口前へ。

 そこにはトイレがあったが、本当は用を足すつもりではなかったので、さらに階段を下りて地下へと向かう。


 地下に入ると大会の熱気はほぼ感じられなくなった。

 人の数が極端に減ったのだ。


「さてと。人のいない場所探しでも始めるかー。っと、その前に」


 目と鼻の先に紙パック自販機があった。

 適当にコーヒー牛乳とイチゴ牛乳を購入。それからまた歩き出す。

 迷宮のように入り組んだ狭い廊下を、たまに人とすれ違ったりしながら。


「そうだ、廊下の突き当たりで、ベンチとかあればな」


 なんて呟いたりしてみると、これが簡単に見つかってしまうわけで。

 偶然か必然か、廊下の突き当たり、観葉植物が飾られているところにベンチが設置されてあった。


 周囲に人気がないことを念入りに確認し、ベンチにどかっと座る。


「はぁ、見つけるの地味にメンドかったな。……よし、出てきてもいいぞ」

「ぶっはァ!! 脱水症状で死ぬかと思ったし!!」


 まるでずっと息を止めてたかのように。我慢顔のアリスが制服の胸ポケットから飛び出てきた。もちろん彼女の格好はメイド服なのだが、今は通り雨に遭ったかのようにびしょ濡れだった。


 アリスは体の熱を冷ますように激しく飛び回り、


「ツっきんってば気が利かないねぇ! 一時間ごとに休憩させてよ! あたし相当堪えてたからね!?」

「悪い悪い。けどお前、暑さは無効なんじゃないのか?」

「それは神様の力! 使えたら使ってるに決まってんじゃん!」

「ということは力はまだ取り戻せてないんだな……。とにかく俺の影に隠れて大人しくジュース飲んでろ」


 俺はストローを刺したイチゴ牛乳をベンチの上に置いた。

 置くと同時にアリスがストローの口にかぶり付く。チューチューと吸い上げていく。


 俺もコーヒー牛乳に一口つけ、喉を潤すと、


「……言い訳じゃないけどな。俺だってこの大闘技場に閉じこめられてからずっと息苦しいんだ。……好奇な視線に晒されてんだよ」

「それはしょうがないじゃん。今のツっきん、トピアを棄権させたくらい強いって噂されてるんでしょ?」

「だろうな。もう寮部屋に戻りたいくらいキツい……」


 しかしながら学園生徒はこの大会中、一歩も場外に出てはいけない決まりだった。

 なので俺は大会が終わるまで辛抱し続けるしかないのだ……(泣)。




「……………………。




 ぽつりと。

 それは無意識だった。


 今日は大事な日で、今はそれどころじゃないのに。

 気づいたら俺は口に出してしまっていた。

 感情表現などせず、ただ廊下の蛍光灯を仰いで。


「……ふん。この世界に来たのはあたしのせいだって言いたいんでしょ」


 アリスには思考を読まずとも伝わったらしい。

 彼女は不服そうに頬を膨らませると、


「ツっきんの本当の願いは『ラノベ主人公みたいなリア充になりたい』だった。でもあたしは『ラノベ主人公になりたい』って解釈して願いを叶えちゃった」

「……、」

「言霊を間違えたのはツっきんで、一〇〇パーセントツっきんのミスなのに。あたしのせいにしたいんでしょ」

「それは……否定しない」


 思考が読めるんだったら俺の言い間違いにも気づいてくれよと。アリスのせいにしたくないといったら嘘になる。

 ……だが―――。


「でも、この世界も悪くないって思ってるんでしょ?」

「お。ちゃんと分かってるじゃないか」


 元いた世界で非リア充しているよりは全然楽しいのだ。

 美少女が身近にいるんだし、この振り回されてる感じがいかにもリア充っぽい。

 だからラノベ主人公サマサマだなって主人公の先輩達には感謝している。先輩達が主人公の特徴を築き上げてくれたおかげで俺は念願のリア充になれているのだ。

 ……ただ―――。


「著者さえいなければ、ね」

「ああ。著者さえいなければな」


 この世界を牛耳っている著者がいるから、俺は心の奥底でアリスを責めたがっている。それほど俺にとって著者の存在は害悪なのだ。


「まぁ、うん。ツっきんの気持ちは理解したよ。あたしのせいにしたくなるのは著者のせいってことでしょ?」

「だと思う。……というわけで、さっきの呟きに悪気はないんだ。次からは聞き流してくれると助かる」

「あいあい。……ふー、やっと体が冷めてきたよ」


 アリスはイチゴ牛乳を飲み終えたようだった。

 ストローで吸い上げようとしてもズズズー! とはしたない音がするだけだ。


 と、大会運営のアナウンスが聴こえてきた。




『武闘大会一回戦が全て終了しました。予定時刻より早い終了となりましたので、今から二十分間の休憩を挟みました後、予定を繰り上げて二回戦を執り行います。何卒ご了承ください』




 七回戦からが出番の俺には関係のない連絡だった。

 大会は順調に進行中のようだが、さすがにまだ緊張はしない。

 ならばと、俺は心静かなままアリスに声をかけた。


「……アリス」

「んー? もしかして暇なの? 暇ならどっかで特訓しとく?」

「いや、特訓は無理だな。……試合中以外、異能力の使用は禁止されてる」


 誤って保護者や来賓に怪我を負わせてしまうかもしれないからだ。

 そして発効したのがバレたら大会失格も充分ありえると、大和先生が俺に警告してくれてあった。


「ふーん。じゃあ二回戦の試合でも観とけば? 対戦するかもしれなさそうな人の異能力はチェックしとくべきでしょ」

「それはそうなんだが……」


 ただ、あまり気分が乗らない。今まで目の当たりにしてきた異能力の大半が、俺にとってろくなものではなかったからだ。


「というか……お前はそうやって避けたいのか?」

「……、」

「嫌なら嫌と今ここではっきり言ってくれ。本気で嫌なら……俺はこれからもお前に尋ねない」

「…………。あたしのこととか、パパのことでしょ……?」

「そうだ」


 俺は重々しく縦に頷いてみせた。


(尋ねる機会がなかったのもそう。尋ねる余裕がなかったのもそう。けど近い内に尋ねてみようとだけは心に決めていた)


 彼女は本物の神様だから。

 著者なんかよりもずっと興味があるから―――。


「しょうがないなぁ……。一つだけならいーよ」

「一つ?」

「質問には一つだけ答えるってことだよ。まぁツっきんもとっくに気づいてるんだろうけどさ……あたしパパに殺されたの、すんごいショックだったんだよねぇ……」


 しょんぼりと虚空を見つめるアリス。

 全く彼女らしくない弱りきった姿だった。


 だがそんな彼女の様相によって俺が得たのは安堵感だった。

 神様だとしても、親に殺されて平気でいられる子供がいるだろうか?

 つまりそういうことだった。


「……分かった。お前が自分の話題をしたくないほど傷心中なら。悪いがこの質問だけには答えてくれないか?」

「うん。あたしも充分楽しいよ」

「……、まだ質問してないんだが」


 やれやれだ。

 読者にはどんな質問か伝わってないだろうに……(溜息)。


 だがアリスの回答で予想できただろう。

 俺は彼女に『お前はこの世界に来て楽しめてるか?』と尋ねようとしていたのだ。


 とにもかくにもこの質問が最優先だった。もし彼女に楽しめていない原因があるのだったら、俺は大のラノベ好きとして、その原因を解消してやりたかった。


「……あ。やっぱりあたし楽しめてないかも。だってベーコンレタスがねぇ?」

「ベーコン、レタス? 食いたいのか?」

「まーね。ツっきんに食べさせて欲しい感じ」

「そうか。別に構わないが、大会後でいいか?」

「いいよ、あんがと。ちなみに方のベーコンレタスだかんね?」

「腐って……?……あぁ! なるほど、それでベーコンレタスか! 誰が食わすかッ!」


 納得からの全力拒否! 俺はバカにされた気がしてアリスを捕まえようとするも、一足先に彼女が「あはははー! そのカオ激しくこわーい!」とベンチから飛び立っていた。


 と、そんな風に。

 俺達がふざけ合っている時だった。

 



『あー、テステス。皆よく聴け、迷子のお知らせだ。一年D組、憑々谷子童君。新婦の大和先生が式場でお待ちかねだ。指輪持って早く来い。……くくく』






「!! あ、あんのヤンデレ教師があああああああああああああああああ!!」


 これ絶対テレビで生中継してるって分かってて喋ってるよな!? 

 あーもう許さない、許さねぇ! 許したら許した俺が許せねえから(絶許)!!


「というか! 式場ってどこだよどこですか!?」

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