第71話/最強の異能力者

第71話




 自分自身にさえ打ち克てる、最強の異能力者になりたい―――。




 中学二年に上がった頃だろうか。その厨二病っぽいどうしようもない『思い』は、いよいよ俺に確かな苛立ちを与えていた。




 ―――どうしてアイツは、俺より異能力の発現が早いんだ。

 ―――どうしてアイツは、俺より異能力をたくさん持ってるんだ。

 ―――どうしてアイツは、俺より異能力の発効が上手いんだ。




 ほんの、ほんの僅か。

 だが最強というゴールテープにまた一歩近づいていく同世代の知り合い達。

 彼らの背中がまた遠くなっていく。俺はそんな気がしてならず内心焦っていた。


 もっとも『誰がいち早く最強になれるか?』を実際に競争しているわけではなかった。彼らの頭には『最強の異能力者』というワードすら存在していない。

 それもそのはず、彼らは皆、遊びの延長線上で異能力を嗜んでいるだけだったからだ。


 だからこそ俺は余計に悔しかった。


 勝手に自分の中だけで彼らと競争を始め、誰よりも断然負けん気で走っているはずなのに。俺は彼らに負けてしまっている。

 ……そう、俺と彼らの間には、意識の違いだけでは埋めようもないほどの、才能の差があったのだ。


「……ねぇお兄ちゃん。今日も学校終わったら特訓しに行くの?」

「当たり前だろ。すぐ行けるように準備しとけよ?」

「う、うん」


 妹の熾兎は従順な良いヤツだった。

 一応血は繋がっているみたいだが、俺とは顔も性格も似ていない。

 愛くるしい顔立ちな一方、地味で控え目。

 学校では俺の後ろに隠れることもしばしばなので、この中学校でも彼氏ができることはなさそうだった。


「お兄ちゃん、準備できたよ。行こ?」

「おう早いな……って、どうした?」

「え? 何が?」

「いや……。いつもより楽しそうな気がしてな」


 熾兎には頬と唇をピクピクと―――具体的には口角を左右に動かすクセがある。

 俺達の誕生日やクリスマスだったりすると、彼女は毎回こんな表情になる。


「!……うん、後で教えてあげるね」

「? そうか」


 しかしながら俺には思い当たる節なかった。誕生日やクリスマスに匹敵する何か嬉しいことがあったのだろうか。

 ……はっ!? ま、まさかのまさかで熾兎に彼氏ができた、とかか!?


 気になってしょうがない俺は、下校中に何度も彼女の表情をチラ見した。

「お兄ちゃん危ない!?」と言われた時には電柱に頭をぶつけたりして、俺はだいぶ冷静ではいられなくなっていた。




 だが事実は違った。熾兎に彼氏ができたのではなかった。

 それは、最強の異能力者になりたい俺にとって、至上の報せだった。




「―――お兄ちゃん、実はあたしね? 早く強い異能力者になりたいお兄ちゃんのために、もっとお兄ちゃんのために何かできることはないかって、あたしなりにずっと考えていたの」


 熾兎がそう告げてきたのは、俺達の秘密基地に到着してからだった。

 背の高い雑草だらけの鉄道高架下であり、滅多なことでは誰も近づかないだろう場所。


 俺達はそこで放課後ほぼ毎日、異能力の発現を試みたり発効の練習をしていた。

 始めてからかれこれ四年は経っただろうか……。


「そ、それでね? 昨日こんなのはどうかなって部屋でボーっとしてたら……発現できちゃったみたいなの」

「発現……? それは異能力なのか?」

「うん。たぶんお兄ちゃんのための異能力」


 俺には熾兎の言っている意味がよく分からなかった。彼女が発現できた異能力なのだからそれは彼女自身のための異能力だろう。


「じゃあ今からやってみせるね? 本当にお兄ちゃんのための異能力なのか、確認したいから」

「お、おう……」


 熾兎を止める理由はなく、ただこくりと頷くしかない俺。


「名付けて……オニイチャンだけのエクストラボーナスステージ、発効っ」


 いつにもまして集中しているからだろう。

 低い声音でそう言い放つ熾兎。


 すると次の瞬間、とっくに見慣れたこの秘密基地が、一瞬の内に赤黒いドーム状の空間に急変したのだ。


「…………はぁ!?」


 それは漫画やゲームなどに登場しそうな結界っぽかった。

 広さはバスケコートくらい。

 秘密基地の何倍と大きいが、何もない殺伐とした空間だった。


 だが俺の驚きはそれで終わらなかった。

 むしろこちらの方がよっぽど驚きだった。


「どう? お兄ちゃん?」

「し、熾兎!? お前、熾兎なのか!?」


 目の前の俺に語りかけくるのは、熾兎の声をした『何か』で。

 その何かとは、なぜか真っ赤なスライムだった。


……! ……!?」


 それもバカデカいスライムだった。

 よく『虫が人間サイズになったらヤバい』みたいな内容のテレビ番組をやっていたりするが、まさにそれのスライムバージョン。

 人間がコイツに圧しかかられたらひとたまりもないだろう。


 スライム姿の熾兎はその場でぴょんぴょんと跳ね、


「これはね、お兄ちゃん? あたしがモンスターに化けて、お兄ちゃんがこの状態のあたしを倒せば大量の経験値をゲットって異能力なの! だからオニイチャンだけのエクストラボーナスステージっ!!」

「え、ええと……。感覚としてはテレビゲームのアレか? 特定のモンスターを倒すと普通じゃ考えられないような経験値が貰える、みたいな。つまりレアなバトルステージ……?」

「そう! そんな想像したらホントに発現できちゃったの! どう!? すごいでしょ!?」

「…………。な、なるほど……」


 俺は納得しつつも愕然とした。

 熾兎の珍妙な発想にもそうだが、この異能力で俺が一気に強い異能力者になれると確信した彼女の様子に。俺には現実は甘くない気がしてならなかった。


「さあ、お兄ちゃん! かかってきて! あたしを倒してみて!」

「と、言われてもだな……」


 俺は渋い顔になってしまう。

 依然楽しそうに跳ねるのは、人間サイズの巨大スライム。


 このデカさ、ゲームじゃ絶対に初見殺しだ。

 正直、戦える気がしなかった。


「え、あれ? も、もしかしてお兄ちゃん、戦える気がしなかったりする……?」


 さすがは俺の妹だった。

 彼女もまた異能力者の一人。血の繋がった兄の思考を読み取るのはそう難しくないのだ。俺は「ああ……」と認めた。


「! ご、ごめん。もっと小さいスライムなら良かったんだろうけど……。たぶんこれ、自動的にあたしと等身大になっちゃうんだと思う……」

「……、お前が想像したスライムは、これより小さかったってことか?」

「そうだね、ゲームの序盤に出てきそうなスライム」


 ということは熾兎の予想は間違っていないのだ。

 スライムに化けたら自動で等身大になってしまうのだと。


「無理そうなら止めてもいいよ? これがあたしの想像通りの異能力だったなら……この空間を抜け出せばいいはずなの。面倒だったらあたしの方で解除してもいいけど―――」

「いや待て。せっかくお前が発効したんだ。……スライムのお前と戦わせてもらう」


 こんな異能力で急成長なんてできないと思いながらも、俺は右手に産み出した安っぽい剣を構えた。




 そしてその日。夕日が沈むまで熾兎と特訓し続けて。

 スライムの彼女を倒すには至らなかったが、俺は新たな異能力を手にした。




 そう、オニイチャンだけのエクストラボーナスステージは本物だった! 

 熾兎の想像通り、この俺を異能力者として急成長させてくれる、とんでもない異能力だったのだ!


 スライム化した彼女には『視えないHP』があるらしいのだが、別にそれを戦ってゼロにしなくてもよかった。というかゼロにする前に彼女が発効限界を迎える。

 だから始めの内は三分戦って休憩、また三分戦って休憩の繰り返しだった。

 だがそうやって短いスパンで彼女と対峙していても、これが恐ろしいほどに急成長した。




 ―――過去に想像して発現できなかった十の異能力を改めて想像してみると、その内の一つはすぐに発現できた。

 ―――安っぽくしか発現しなかった剣を改めて発現してみると、俺が元々想像していた通りの豪奢な剣になった。

 ―――感覚で気づけるほど異能力のコストが大きく減少し、発効限界量の上限が上がり、さらには回復量が倍になった。




 もう何から何まで全部が全部だ。

 異能力の発現率、精度、品質、性能、コスト……。そういったものが見る見る内に向上する。

 俺自身も戦い方のコツや異能力の便利な使い方を閃きやすくなっていたりした。


 厨二病っぽい自覚は確かにある。だがそれでも俺は最強の異能力者になりたかった。最強の異能力者になって、自分自身に打ち克ちたかった。

 自分自身に打ち克って、本当の意味で最強の異能力者になりたかった。


 無論なれそうな気がしてきていた。妹が俺のために発現してくれた、この、オニイチャンだけのエクストラボーナスステージさえあれば!


「お兄ちゃん、今日も特訓しに行くんだよね?」

「ああ! 頼りにしてるぞ熾兎!」

「! うんっ!」


 あれから三日も経てば俺はスライム姿の熾兎を難なく倒せるようになっていた。

 そして一週間も経つと瞬殺できるようになっており、だがその代わり、いくら倒しても異能力者として成長できなくなっていた。


 どうやらゲームと同じでスライムの経験値はほぼ固定、対して俺は成長し続けるので、その経験値では物足りなくなっているようだった。

 これには少し焦ったが、


「お兄ちゃん、今日はもっと強そうなモンスターを想像してみるね」

「おお!? そんなことができるのか!?」

「うん! たぶん!」


 と言って熾兎が新たに化けたのはゴーレムだった。

 やはり熾兎と等身大であり、確かにスライムよりも強そうな印象だった。


 俺はゴーレムと一戦交えてみると、成長できている証拠が続々と出てきた!


「でも……うん。スライムに化けることはもうできないみたい」

「ゴーレムよりも弱いからか?」

「うん。あたしはお兄ちゃんに強くなって欲しい思いでこの異能力を想像したから。あたしの中でスライムがゴーレムより弱い認識なら、そうなっちゃうんだよ。たぶん」


 だが全然構わないと思った。

 弱いモンスターは経験値が低いと分かったのだ。

 スライムはこれから先必要ない。


 そうして俺はゴーレムからガーゴイル、ガーゴイルからケルベロス、ケルベロスからユニコーン、ユニコーンからタイタンと。あくまで熾兎の認識ではあるものの、より強いモンスターに化けた彼女と戦い続けた。

 ゲームに没頭するかのように、無我夢中だった。




 ―――そうして中学二年の冬休みに入った頃。その時点で俺は万能能力マルチスキル派生能力デリベーションスキル所持する、間違いなく最強の異能力者となっていた―――。

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