第64話/心から応援されてるらしいです

第64話


 今晩は大和先生お手製のオムライスだったのだが、俺のだけケチャップでハートマークが描かれていた。しかも禍々しいまでに輪郭が歪んでいた。

 それを見て食欲が湧かないでいると、『どうした憑々谷、それはアーン待ちか? わたしにして欲しいのか?』と誤解されてしまい、一刻も早く完食しなければならないハメになった(憔悴)。


「―――さて。腹ごしらえも済んだことだしな。作戦会議といこうじゃないか」


 ……そうして。新たに先生を加えて特訓室に集まった俺達は、武闘大会で俺が優勝するための策を練ることとなった。


「トピア、先ほど憑々谷の異能力診断は済ませたのだろう? わたしにも結果を教えてみろ」

「はい。まずは憑々谷君の発効限界量の上限ですが……タンク百五十です」

「! 何だそれは。素人同然じゃないか。その低さではろくに戦えんぞ」

「と言いましても彼の所持する異能力はただ一つ……パンチラの風のみですからね。戦う以前の問題です。一応こちらのコストも調べました。……〇・一毎秒です」

「なっ! パンチラし放題じゃないか!?」

「は、はい。彼の発効限界の回復量は一毎秒でしたので。半永久的にパンチラが可能です」

「す、すごいっ! すごすぎるぞっ! それが変態主人公、憑々谷子童のステータスなのだな!?」

「えっと、まぁ、はい。……優勝、できますかね?」

「もちろんだ。できん」


 ……………………………………………………デスヨネー。


 先生が棒読みだったので一縷の望みが残されているはずもなかった。

 居たたまれなくなった俺は未だ痺れの取れない右手で後頭部を掻く。

 ……はあ(溜息)。


「とはいえだ。憑々谷は直接戦わせないと決めてあったのだろう? だからこそお前はこの三日間、アリスを厳しく鍛え上げた」

「そうです。アリスを鍛え上げながら、彼女にも異能力診断を行いました。彼女を百回も気絶パンクさせたのですから、正確な値は入手できていますよ」

「ならばわたし達に話してみろ」


 トピアが頷く。俺と俺の肩に座っていたアリスに見向き、


「まずはアリスの発効限界量、その上限です。これがタンク五百でした。回復量は七毎秒です」

「ほう? 新米異能力者にしてはえらく高いな? さすがじゃないか、トピアが天才と認めるだけのことはある」

「でしょでしょ!? そりゃ神様だしねー!」


 えっへん! とばかりにアリスが大きく……否、小さく……否、ない胸を張った。

 ちなみにアリスと先生の関係はすこぶる良好だ。先生は「ああ、神様のお前なら優勝も充分射程圏内だろう」と微笑していた。


(うーん、薄気味悪い仲良しぶりだな……)


「続いて名無しの黒骨体ネームレス・マリオネット萌え豚症候群ブヒステリーのコストですが。これが三十毎秒と七毎秒と推定されます」

「やはり名無しの黒骨体ネームレス・マリオネットは高コストだな……萌え豚症候群ブヒステリーと組み合わせれば三十七毎秒。そこから回復量を引けば三十毎秒か。確かにあれは強力な連携技だったが……おいそれと発効できんな」

「そうですね。奥の手として決勝戦まで取っておくべきかと。ただ、萌え豚症候群ブヒステリーは対戦者への目眩ましに使えます。なので萌え豚症候群ブヒステリー単体での発効は積極的に狙っていきましょう」

「ああ、異存はない……っと、憑々谷? わたし達の話についてこれているか?」

「……今のところは」


 二人共、難しいことは言っていない。

 これから徐々に置いてけぼりにされそうな予感はするが(不安)。


「もし俺が話についていけなくなかったら、攻略本みたいなのを用意してくれ。読んで覚える方が得意なんだ。それさえあれば問題ない」

「おい、何を偉そうに指示出ししてるんだ」


 大和先生は呆れ口調で、


「ったく、昔の憑々谷と変わらんな。聞いて覚える努力をしようともしない。お前の元いた世界の教師達も言ってなかったか? テストで高得点を取るためには、教科書よりも黒板、黒板よりも教師達の発言を気にしろとな?」

「その通りですよ憑々谷君。攻略本は君自身で作ってください」

「…………トピア。お前はわたしの話をきちんと聞いてくれ……」


 先生が額に手を当てて項垂れる。

 演者のごとくかなり洗練された落ち込み具合だった。

 ……皮肉にも手慣れてしまったのかもしれない。


「だがまぁ……そうだな。わたし達との話をまとめておくくらいのことはしておけ。読者に地の文とかで改めて説明しなければならん時、お前自身が困るだろう?」

「おおう何だこの人。ここが小説の中って自覚ないくせに読者への気遣い始めちゃってる。逆に尊敬しちまうんだが」

「ん、当たり前だろう? 彼らはわたしとお前の結婚を心から応援してくれている、大切な方々なのだぞ?」

「いや心から応援してないわ! というか腕組もうと近づくんじゃない!」


 先生が嬉しそうにすり寄って来たので『カサカサカサカサ』という擬音が聴こえてきそうな勢いで逃げたのだった。


「ふふっ、照れ屋さんめ♪」

「…………うわー、このエセヒロイン超ぶん殴りてぇー」

「! またわたしを殴ってくれるのかっ!?」

「どうしてそこで笑顔の花を咲かせちゃうんだ!? あーもう、ヤンデレはこれだから取り扱いに困るんだよなぁ!」


 ヤンデレが身近にいる主人公の皆様。

 どうか、どうかお幸せに……!


「…………………………………………」

「うわっ。著者が先生に全力注いでるせいでトピアというNPCが機能してない」

「そんなわけないじゃないですか。お願いですから、脱線はこれくらいにしてください……」

「そうそう! ウザキャラのあたしを空気にしないでよぅ!」


 口々に言うトピアとアリス。

 俺は二人らしい反応だなぁと思い、微苦笑した。


 だが二人の主張はごもっともだ。脱線している場合じゃないし、アリスの話題をしていたのに彼女を空気にするのはよくない。


「それでは空気にして欲しくないとのことなので……。アリスにはこの三日間で手に入れた新たな異能力を披露してもらいましょうか」

「お、やるじゃないかアリス。一体何を手に入れたんだ?」


 万能能力マルチスキルをひとつ習得するのには早くても一か月はかかる。

 それなのにたった三日間でとは。

 正直期待はできないのだが、どんな異能力なのだろう。


「アリス」

「あいあい。じゃあテンテーに攻撃するよん」

「わたしか。いいだろう、発効してみるがいい」


 警戒の色も見せずに大和先生は俺と向かい合ってきた。

 距離は二メートルほど。その間に遮蔽物はない。


「ねぇテンテー? トピアとツっきんの時みたいに油断してたら大怪我するよ? 気を付けてね?」

「異能力の事前説明もなしによく言う……。だがそれが面白いッ!」


 うん……うん。その『とりあえず受けてみよう』精神のおかげで俺はあの戦いで勝ったようなものだ。まぁあのチート級の異能力を発効していたら、油断も仕方ないかもしれないが。


「さぁ、こい!」

「てやんでい!」


 俺の肩に乗ったまま、アリスが立ち上がる。

 そして三角形を作るように親指と人差し指をくっ付けると、その手の平を先生に見せるようにすっと持ち上げた。次の瞬間、




「へっ、くしょい!」

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