第65話/勝ちパターン
第65話
「ぐおっ!?」
アリスの妙な発声と同時、先生の体がくの字になって吹き飛ばされていく。
鏡張りの壁に……彼女の背中は強く打ち付けられた。
元いた位置から五、六メートルは動いただろうか。
先生は驚きに両目を瞠ると、
「な、何だ? 何が起こったんだ? くしゃみがわたしを吹き飛ばした、のか?」
「いえ。くしゃみっぽいのはあの子の掛け声なので違います。これはエアキャノンです。空気の大砲ですよ」
「!……あー、空気繋がりで……」
俺は納得して手をぽんと叩いた。
今しがた存在が空気になっていたアリスの異能力は空気だったわけだ。
うーんこの伏線(笑)。
「どおツっきん? 強力な異能力っしょ?」
「否定はしない。ただ問題は、大会で便利に使えるかどうかだろ?」
「使えるぞ」「使えます」
俺の素朴な疑問に対し、先生とトピアの声が重なった。
「お前はまだ知らんのだろうが、決勝以外の試合では『リング外に出たら負け』なのだ。今のアリスの攻撃を用いれば、対戦者を簡単にリング外に追い出せる!」
「それだけではありませんよ。『両膝をついたら負け』『背中をついたら負け』というルールもあります。仮にエアキャノンでリング外に追い出すことに失敗しても、さらにその二つのルールを対戦者は守らなければなりません」
「ああ、困難に決まっている。まして今のを連発されでもしたら―――」
「残念ですがコストは五十毎秒です」
「……、連発は無理だったか。だが憑々谷、一発放つのにかかる時間は短い上、対戦者にヒットすれば激熱だ。出し惜しみはもったいないとわたしは思うぞ?」
先生が意見を言いながら俺達の傍まで戻ってくる。
俺は「そうだなぁ……」と実験台になってくれた先生に返答した。
「どうした? 悩んでいるのか?」
「まぁな。使いどころがアレだなぁーって」
俺のぞんざいな指摘に、トピアが反応してくる。
「エアキャノンの使いどころは、やはり至近距離まで対戦者が近づいていた時でしょう。ですがそのタイピングを狙うとなると……アリスの存在がバレてしまう危険性があるんです」
……素晴らしい。俺の思考を直接聞いて代弁してくれたみたいだった。
(トピアもすでに感づいてたんだから、その危険性を蔑ろにすることはできないよな。……対戦者には絶対にアリスの姿を見せてはならない)
たとえ天使サイズのアリスがただの人形にしか見えなかったとしても、そんな些細なことから厄介事は生まれていくものだ。
「ふむ……。何か手はないのか?」
腕を組んでトピアに尋ねる先生。
俺も顎を撫でつつ思考の海原を彷徨い始める気分だったが、
「―――アリス」
「うん。普通にあんじゃん。よよいのよいじゃん」
トピアがアリスに何かを訴えた。
するとアリスは途端に右手を上げ、叫ぶ。
「出でよっ! ピコっと★ハンマー!」
パンパカパァーン! とリアルに小さな星々が弾けて俺の眼前に現れたのは、
「こ、これは……ピコハン!?」
「ピコっと★ハンマー!!」
「いやどっちでもいいだろ」
俺のツッコミはさておき、これはピコハンにしか見えなかった。
先端のハンマー部分が赤い円筒になっていて持ち手はやや太長の黄色い棒。
サイズは主流のと変わりない。ゲーセンのモグラ叩きで使うのがこれくらいだ。
そんなごく一般的なピコハンが、俺の眼前でぷかぷかと浮いていた。
まるで俺に握ってくれと言わんばかりに。
「これがアリスの手にした新たな異能力、そのもう一つです。コストは三毎秒。他の異能力も発効しない限りは、試合中ずっと携帯しておくことが可能です」
「おう……。けどよ、明らかに弱そうなんだが?」
俺はためらいがちにピコハンの持ち手を掴んでみた。
(……しっくりとはくるが、想像以上に重さがない。これでピコっと対戦者を攻撃したところでノーダメに違いない……)
と思いながら、俺は何となく空いた方の手にピコハンを当ててみる。
ピコっと軽快な音がした。
「あ」
アリスの漏らした声が耳に届いた時には、俺の頭が真っ白になっていた。
「……ぇ? うへっ……?」
前後左右の感覚が潰え、トピアと先生の姿がぐにゃりと捻じ曲がっては円を描くように融合していく―――。
「…………。ふはっ!?」
俺はそこで意識をはっきりと取り戻した。
それはほんの数秒の出来事だったように感じた。
「憑々谷君。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。もしかして俺、意識を失いかけてたのか……?」
「はい。三、四秒くらいでしょうか。ですが君の不調ではありませんよ。まさしく今のがピコっと★ハンマーの効果なんです」
「なるほどな……。一時的に相手を行動不能にさせる異能力なのだな?」
「正解です」
トピアが大和先生に肯定した。
「見ての通り、決して長くはないですが相手に隙を作らせます。相手のどの部位に当てても効果が発動しますので、大変心強い武器ですよ」
「そうか分かった! まずはこれで攻撃して、怯んだところをさっきのエアキャノンで!?」
「はい憑々谷君。アリスの存在が気づかれずに済みますし、確実にエアキャノンを当てられます。言わば君の勝ちパターンですね」
「! 勝ち、パターン!」
トピアが「はい」と微かに顔を綻ばせる。先生が「……ふん」と同意したように鼻を鳴らし、アリスが俺の肩の上で「えっへん!」とない胸を張っていた。
そして俺は。
こう思わずにはいられなかった。
(あれ!? マジで優勝できそうな気がしてきたな……!?)
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