第63話/宇宙の藻屑並の無評価
第63話
大和先生が晩御飯の仕度のため台所へ。
俺はトピアの案内でアリスと再会することになった。
「ずいぶん立派なマンションだな。先生は一人で住んでるんだよな?」
廊下を歩いていると目移りが止まらなかった。先生が立つ台所から玄関、洗面所、トイレ、居間、物置、卓部屋、ペット(犬)部屋。そして客人用らしき寝室が確認できた。……どうしてこの寝室を俺に使わせてくれなかったのだろう(困惑)。
「先生は異能警察執行部のエリートだったりしますからね。学園に出向していることもありますし、これくらいのマンションの家賃は楽々払えてしまうでしょう」
「いや、金の問題というよりは……」
俺は苦笑して声を詰まらせた。あまり言いたくはないが、正直、一人(とペット)で住むにはもったいなさすぎるような。
(もっと小さいところに住んでこつこつ金を貯めて、結婚相手を見つけた時に一軒家を即買いしてしまった方がいいよな……)
俺が先生の立場だったらそうするんだが。
「まぁいいか。俺には関係ないしな。余計なお世話だろう」
「……、先生と結婚しないんですか?」
「!? するわけないだろ!?」
真顔で尋ねられてショックのあまり数歩下がった俺。
トピアの蒼い双眸が、及び腰な俺の姿をとらえていた。
「しかしですよ? 先生の求婚に頷いてしまえば、これからの人生が楽ではありませんか? 少し考えれば見返りが多いこと、分かりますよね?」
「お、おう。色々分かるけど……ただ俺、そんな質問されたくなかった……」
俺はまだ十代だ。法律に引っかかってすぐには結婚できない。
「不服そうな顔ですね。まぁそれこそわたしには関係ありませんが。―――ここです」
唯一扉が閉じられていたそこは特訓室だった。
雰囲気はダンススタジオにほぼ近い。鏡張りになっている壁があって高価そうな無垢材が床に敷き詰められてある。照明にはスポットライトだ。規則正しく何個も取り付けられており、優に二十畳はあるだろう特訓室を隈なく照らしていた。
「うーん、むにゃむにゃ。ツっきんったらどこ食べてるのさぁ……。やぁーん……」
―――そしてアリスは、ミニチュアサイズの敷布団の上で寝言を言いながらぐっすりお休み中だった。しかも部屋のど真ん中で。フリフリなメイド服を着たまま。
「…………。どんな夢を見てるんだ……?」
「さあ……。先生やわたしが登場する寝言も喋っていたので、君も気にしなくていいのでは?」
顔を見合わせる俺達。
と、そこでトピアが思い出したように、
「あぁ、すみません。まだ君にお伝えしていなかった件がありましたね」
「件? 何かあったっけ?」
「癒美さんについてです」
「あー……」
言われてみれば確かに。
ヤンデレ先生爆誕のせいで今まで思い返す余裕すらなかった。
そうだ。トピアとアリスがここにいるのは自然だとして。
だったらなぜ癒美は……ここにいた?
「も、もしかしてだが。アイツにも俺の正体を……?」
「安心してください。わたしが君の事情を明かしたのは先生だけです。癒美さんには恐らく感づかれてもいません。わたし達が先生と戦ったことも、もちろんこの子のことも」
「……じゃあ結局、アイツがここにいたのは?」
するとトピアは何を思ったのか、寝言を吐き続けるアリスの前でしゃがみ込んだ。
「彼女はですね、先生から頼んで来てもらったんですよ」
「先生が癒美に頼んだ?」
「はい」
トピアはアリスの頬を指の腹で突きながら、
「というのも、憑々谷君が一向に目を覚ましてくれないので、出来る限り怪我の治療を急ぐべきだと判断したんです。癒美さんは治癒系の異能力を所持していましたので、適任でした」
「! あーなるほど。やるなアイツ」
次に会ったらきちんとお礼を言っておこう。
俺の体に傷一つないのは癒美が頑張ってくれたおかげだ。
彼女の治癒能力なければ、きっと三日で完治できなかったはず。
「ちなみに君の怪我の理由ですが。彼女には事の真相をお伝えするわけにはいかないので、先生が特訓中にやり過ぎたということにしておきましたよ」
「いやいや……やり過ぎってレベルじゃなかった……」
げんなりしつつ俺もアリスの反対側の頬を突き始めた。
赤ちゃんみたいにプニプニしていてこれが案外楽しい。
気泡緩衝材をプチプチするのと通じるところがある気がした。
両の頬を交互に突かれまくっているアリス。
そんな彼女の目元が苦しそうに力んだ。
「うぅ……。ツっきんったら激しいってばぁ」
「まだ俺が登場してんのか……」
「そ、そんなに縋るように求めたってぇ……。さすがにもうこれ以上は……樋口っちはあげられないんだよぅ……」
「要らねえよッッッ!!」
ズブリ!(怒)と。
俺はためらいなくアリスの頬を刺傷した。
「あっ、だああああああああ!? 何!? 何事ッ!? やったるで!?」
アリスが寝ぼけ眼でファイティングポーズを取った。
その佇まいは虚勢を張ることしかできない負け犬で完全に一致。
全く威嚇になっていなかった。
「……って、ふぁい? ツっきん? ツっきんじゃん!」
「おう俺だ。アリス、心配かけたな―――」
両目を擦っているアリスに対し、俺はもう一度頬を優しく突いた。
それからトピアにも話しかけるように肩を引くと、
「…………ってな、わけで。ふ、二人共、俺のためにサンキュ、な? お、おかげさまで、俺は、大和先生から生き延びることが、できたし。こうして、ここうしてだな。お前らとまた元気に顔を合わせられてっ……お俺は、その。とてもうれ……うれし。ええい、つまりそういうことだよっ! わわわ分かったなッ!?」
これぞコミュ力皆無の非リア充! 恐るべし! 出し抜けに突拍子もないこと言おうとして見事に玉砕してしまったじゃないかああああああ(号泣)!
「……うぅ。なぁ、トピア? 俺、もういっぺん寝てきていいか……?」
「自爆からのふて寝ですね? 分かりました、不許可で」
「あははー! ツっきんってば超キモーい!」
「はい。面白かったですね。雰囲気が台無しですけど」
「う、うううるさいぞお前らっ! 俺はまだ主人公になりたてなんだよ! ここぞって時にミスってしまうのは、まだ仕方ないだろ!」
うん……うん。二人には文句ナシにウケている。
俺が墓まで持っていきたいほどの恥を、これを読んでる皆にも晒したから。
ぐすっ。もう俺、一生お嫁にいけない(意味深)。
「憑々谷君。落ち込んでいる場合ではないですよ。大会までほとんど時間がありません」
トピアが立ち上がり際に俺の手首を掴んでくる。
さっさとお前も立てとばかりに引っ張ってきた。
「くっ、離せ……。俺は存在自体が変態だぞ……」
「そのネタはもう結構ですから。元は奇姫の罵声だったのに、何だかんだで気に入ってません?」
「ああっ!? トピアが、俺のトピアが冷たい!?」
「俺の、じゃないですよ。さらっと所有権を主張しないでください。創作キャラ扱いされているようで甚だ不快です。創作キャラのわたしですが」
や、やばいぞ! いい加減トピアがヒロインじゃ見えなくなってきた!
例えるならエピローグで妊娠して登場のお友達!
主人公の俺には逆転の機会が絶無だ!
「さぁ、ここに座って下さい」
泣く泣く俺がトピアに連れてこられたのは、部屋の隅に鎮座していた一台のマッサージチェアだった。
ただし肘掛けのところには腕を通すトンネル状の物体が備わっており、まるで拘束具のようでもあった。首元にも似た形状の拘束具らしきそれが取り付けられていて、
「……、何、するんだ? うぐ!?」
訳も分からず座った途端にガチャリと。トピアがロッカーを開け閉めするかのような要領で俺の首を拘束具で固定した。これが息苦しくて辛い!
「今から君の発効限界量と異能力のコストを調べます。少し我慢しててくださいね」
「……え? あぁ、この椅子で調べられるのか?」
「はい。極めて高性能です。これほどの一品は学園にも置いてありませんよ」
「そ、そうなのか」
「両腕を通して貰えますか?」
俺は従った。腕を通すと、やはり窮屈な感触がしてきた。
痛くはないが具合が悪くなりそうだった。
血圧計が苦手な人には向かないと思った。
「アリスもこれで調べられてたら良かったんですけどね。残念ながらあんな体なので無理でした。……本当に残念な体でなりません」
「ちょっとちょっと!? 今あたしの悪口言ってない!?」
地獄耳のアリスが一目散に飛んできた。
三日ぶりなので俺はその飛ぶ様にどこか懐かしさを感じたが……。決してそれは神様の力が戻った証拠ではないので相変わらず残念な彼女だった。
神様は神様の力を使わなくても生まれつき飛べるらしいのだ。
「いや、その。まぁ、うん。力は戻ってないけど。戻ってくる気配がしないけど。だ、だからって何なのさ!? その低評価、酷くない!?」
「評価されてるだけマシだろ。……この世にはな、評価されたくても誰からも評価されず埋もれていく存在ってのが、宇宙の藻屑並にあるんだぞ?」
具体的にその存在が何かとは言わないが。
(……あれ、おかしいな。すごい目が潤んできた……。目の病気にでもかかったかな)
「…………はいっ! 評価されるだけマシですよね!……ぐすっ!」
「え!? えええええええええええええええええええええ!?」
あのトピアたんがガチ泣きしてる、だと!?
まさか俺の言葉に感極まったのか!? けどどうしてそこまで!?
「……あ。あたし分かったかもしんない」
「言わないでくださいアリス! これ以上わたしをキャラ崩壊させないでくださいっ! ホントお願いですからっ!」
わ、分からないぃぃぃ!
でも不思議と知りたくないぃぃぃ!
「と、ということでしてっ! わたしを泣かせたサイテーの憑々谷君には最高出力でいきますね!」
「え。」
トピアの口から不吉なワードが吐き出された、まさにその直後。
「ポチっと、です」
「ぐががががばばばあああいいいひひひひあああああぶぶぶ―――!?」
せっかく癒えきった俺の全身に。
死をも覚悟するほどの電流が駆け巡り始めたのだった……(完)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。